#1
彼は、私に「どうして」と訊いた。
小さな、幼稚園児だった。
「何でお姉ちゃんそんな変なもの付けてるの?」
私は答えなかった。16歳―――僅か16歳で、国家機密を担うほど、管理される身となってしまった、私。
街角のスーパーで、偶然コーナーで鉢合わせになった時、男の子は私に尋ねた。
私が身に着けていた、防弾チョッキと言うものが、奇妙だったらしい。
私が一番訊きたかった。何故私はこんなものを付けなければいけなくなったのだろう。
ただ、悪意を抱いた人物が、赤く発光して見えてしまうという、実に奇妙な障害を発症してしまったがゆえに。
病院で診断を受けた時、母の美織は泣いていた。
気遣う医師の手を払いのけて、母は漏らした。
「この子はそんな変な病気じゃないですよ!」
しかし、医師は私の質問に、厳しい言葉を出してきて。
――これは、病気ではありません。障害なので、治療の術が……ないんです。
「お姉ちゃん、何で?」
男の子は目をまんまるにして尋ねてきた。
私はそっと、身をかがめた。そうして、男の子に向き直ると、頭に手を置く。
「何でもないんだ…ただの……」
病気なんだ、そう自分に言い聞かせるように呟こうとして、誰かに腕を掴まれた。
「ユキさん、触れないほうがいい」
彼、北沢は言った。どちらかというと細身で、強面の印象の無いしかし、笑んだことがない真っ白い印象の男。私専属に、この障害―――ハートクラッシュの援助機関から配属された、人物である。
本当に、彼の笑った姿を見たことが無かった。
男の子の傍に駆け寄ってきたのは、一人の女性。30代前半に見える、落ち着いた印象のジャケットを羽織った、彼女は男の子の母親らしかった。
「行くわよ!りっくん。言ったでしょ、ママが知らない人と話しちゃダメだって」
えー、と男の子はふくれっ面をしている。
触ろうとして伸ばした手を北沢に掴まれて、私はただ、親子の去って行く後姿を見つめた。
「行きましょう、ユキさん」
彼は、私の肩を引いた。
店の外の駐車場には、ワゴン車が止まっていた。ガラッとドアを開けると、彼女、汐田さんがパンをかじって振り返った。
「ん…おかえり」
咀嚼しながら言うと、彼女は運転席のシートベルトを締めた。