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9 探偵ごっこと俺の嫁


「真っ暗ね」

「ああ、真っ暗だな」


 俺とレオンの声だけが、その空間で空しく響く。


「……」

「……」


 少しの静寂。


「はぁ。どうして復旧しないのかしら」

「さぁな」


 レオンが若干の苛立ちを感じ始めているのがわかる。俺とて同じだからだ。


「だいたいこんな事になったのも、クズが変な情報に踊らされたせいよ。相変わらず使えないわね」

「は? なんで俺のせいになるんだ。そもそもお前が勝手な行動取るからだろ」

「何よ! 私のせいだって言うの!?」

「俺のせいじゃあないだろう!」


 苛立ちがお互いの口から少しずつ溢れ出す。


 俺たちはホタルの光ほどのわずかな明かりしかない、密室空間に閉じ込められていた。


 そこはおよそ2mくらいの正方形の箱の中。そう、エレベーター内である。


「だいたい今時こんなドラマやアニメみたいな事が現実に起こりうるのか」

「全くだわ。この会社の設備不良を訴えるべきね。ここから出たらすぐパパに連絡してやるんだから」


 レオンのやつ、本気だな。この会社もとんだ人間をトラブルに巻き込んだものだ。


 おまけにこんな時に限って携帯電話を携帯していない始末。全くついてない。まあそれについても俺のせいではないのだが。


 俺たちは今、とある小さな商社のオフィスビル内。その一角に閉じ込められている。


 こんな事になったのもすべては三日前、あの新井の提案のせいだ。



        ●○●○●



「はあ? 街中宣伝、だと?」


 俺とレオンがエレベーター内に閉じ込められる状況となる三日前。いつもの部活中での事。新井が俺に頼みごとをしてきた。


「それが我が部としての主旨だが、今回のは警察に貢献するボランティアを兼ねた慈善事業の一環でもある。それをお前とレオンちゃんに頼みたい」

「どういう事だよ?」

「テレビ見たか? お前も知ってるよな例の事件」

「いや。けどクラス内での噂で聞いた。例の凶悪犯罪者ってやつだろ?」


 今、普段平和で滅多な事件も起きないこの六間市に、凶悪犯罪者が逃亡してきており街中に身を隠しているのだという。


 本日のクラス内ではひっきりなしにその噂でもちきりだったが、俺とレオンがそれを知ったのは今日になってからだ。なんせうちは本当にテレビを見る機会が少ない。俺もたまに気が向いた時、お笑い番組やニュースをちょっと見る程度だし、レオンもテレビをあまり見ようとはしない。


 以前、レオンのやつにドラマとか見ないのかと尋ねたところ、なんかドラマとかの安っぽい作り物のお話は嫌いなんだとか。ラノベとか小説とかだって作り物なんだけど、よくわからんこだわりを持っていた。


「その凶悪犯逮捕に我が部も捜査協力しようと思っている」


 相変わらず我が部の部長はとんでも発想がお好きだ。


「なあ新井。俺達は婚活部だよな? なんでそんな事をする?」

「いいかよく聞け厚真。俺はこの婚活部をただの自己満の世界で終わらすつもりは毛頭ないんだ。女の子と楽しくコミュニケーションを取れるように頑張ろうなんてこんな部、多分どの学校に行っても見つからないよな?」


 そうだろうなあ。それ以前にそんな部を学校側が安易に認める所が、普通はないだろうなあ。


「で、街中で我が部についてもっとアピールするんだ。当然俺達のような六間学生も街中で出会う事もある。婚活部は男女仲良く、こういう社会貢献にも協力する、由緒正しい部活なんですよーっていうアピールをだ。俺達の部ってやっぱり世間的に卑猥な感じがするだろ? 男女で何する部なんだよとか、エロい部だって声をよく聞くからな」


 そりゃそうだ。俺だってこんな怪しい部活、普通なら入らない。


「そんな誤解を払拭する。俺達の部は健全に男女の交友関係を広める、素晴らしい部活なのだと世間様に知らしめてやるのさっ!」


 相変わらずものすごい発想の転換だ。


「あわよくば他校からや奥様方にも知れ渡って、良い噂が広まれば来年、再来年と新たな入部希望者が増えるかもしれん。それはつまり、わかるよな厚真?」


 ああ、わかるとも。お前のスカウター(メガネ)に活躍の場が増えるって事だよな。


「そういうわけで、男女仲良く、レオンちゃんとお前で放課後のセンター商店街通りで、この俺が作成した防犯のビラ配りを数日間続けてきてもらう」

「えー……本気で面倒くさいんだけど」

「安心しろ、お前らだけじゃない。俺と三上先輩も駅周辺でビラ配りをする。相原、藤田には大型スーパーの店内でやってもらう」

「面倒くせぇ……。っていうか、なんでそういう組み合わせなんだよ?」

「レオンちゃんがこの組み合わせがいいって言ってきたからな」

「え、レ、レオンのやつが?」

「ああ。正確には三上先輩とお前が一緒なのは絶対ダメって言い張ってきたからだ」


 そんな下らないことでも俺は少しドギマギとしてしまった。ここ数日、俺は確かにレオンの事を意識してしまっている。極力オモテには出さないようにしているが、やはりレオンのそういう行動や言葉に深い意味を考えてしまう。


「加えて藤田のやつは組むなら相原がいいって言ってきたから、必然的にこの組み合わせになった。どうも藤田のやつは相原を気に入ったっぽいな」


 そういえば以前のデート部活で結構仲良くやってたしな。これは意外なところで意外なカップルが誕生しそうな予感だ。


「なーに、ビラ配りを小一時間するだけでいい。そしたらあとは勝手に帰宅してくれ。もうさ、警察の方にも話をしちゃったし、今更やらないわけにはいかないんだよ」


 新井よ、どうしてお前はいつもそうやって勝手になんでも進めてしまうんだ。少しくらい相談しろっつーの。


「そういや、お前はもうレオンの事諦めたのかよ?」

「いいや。けど今回は仕方がない。仲睦まじい男女でなければ良い宣伝にはならない」

「仲睦まじいって……俺、クズ呼ばわりされてるけど?」

「大丈夫だ。今日から数日間だけはクズ呼ばわりだけはやめてもらう約束をした」

「レオンにか?」

「ああ。それが出来ないなら三上先輩と厚真で組ませるしかないと言ったら渋々承諾してくれたからな。だからビラ配り中のレオンちゃんは案外優しくしてくれるかもしれないぞ」


 優しいレオン、か。想像がつかんな。


「まあそういうわけでよろしく頼む」



        ●○●○●



 という流れで俺とレオンは、以前三上先輩と二人でデートしたセンター商店街通りでビラ配りをしていた。


「凶悪殺人犯検挙にご協力お願いしまーす」


 俺達は手書きで作成された『六間市を守れ! 六間高等婚活部!』というクソ恥ずかしいキャッチフレーズの施された幟を片手に、ビラを配っていた。


「まったく、サルの考えってほんと意味わかんない」


 レオンのやつは隣で予想通りの文句を垂れている。


「俺も同感。あいつとの友達付き合い、少し考えた方がいいな」

「ほんと、そうした方がいいわよ。あんなサルとずっといたら、あんたもサル並の思考になっちゃうから」


 お互い共通の愚痴をこぼしつつも、初日、俺達はそこそこ仲睦まじくビラ配りを終えた。


 それから二日間、俺達婚活部は懸命にビラ配りをしていたが、その成果はいまだ現れず凶悪殺人犯が捕まったという情報は得られずにいた。


 そして運命の三日目。


 その日も俺とレオンはやる気など特になく、淡々とビラ配りをしていた。


「あー、もう本当に面倒くさいわね。これ、いつまでやるの?」

「さあ……新井のやつが飽きるまでじゃないか?」

「あのサル……今度何か驕らせないとダメね。こんだけ働かせたんだから!」


 全くだな。それには俺も激しく同意せざるを得ない。


「あ、そうそう、ク……じゃなかった。厚真。ちょっと携帯貸して?」


 約束通り、人前でのレオンは俺をクズ呼ばわりせず厚真と呼んでいる。こういうところは案外律儀なやつだ。


「なんだよ?」

「あんた、確か美香の番号知ってたわよね。美香が言ってた面白いって小説のタイトルを忘れちゃったから、もっかい聞きたいの。買って帰りたいから」

「ふーん。ほらよ」


 俺は携帯をレオンに手渡す。それにしてもこいつ、本当小説とかラノベにハマりやがったな。俺もまあラノベは好きなんだけど、こいつはめちゃくちゃ読みまくるから家の中はすでに三十冊を越えるラノベや小説が並んでいるくらいだ。


「ありがと」


 俺から携帯を受け取るとレオンは手に持っていた幟を地べたに置いて、その場を離れようとした。


「お、おい、どこ行くんだよ?」

「うるさいわねぇ。ついでにちょっとお化粧直しよ!」


 レオンは少し頬を赤らめながら、むすっと答える。化粧直しってお前、化粧してないじゃん。便所って言えばいいのに。ま、そこはアイツも乙女って事か。レオンは近くの書店へ向かって走り去って行った。


 レオンがいなくなるとこのビラ配りにちょっと気恥ずかしさが出てくる。やはりこういう作業は一人でやるのは心もとない。俺はさきほどまでより少し声のトーンを落としてビラ配りの続きを始める。


 しかしこの防犯ポスター、何気によく出来てるな。新井はこういう作業、本当に得意だな。あいつ行動力もあるし、エンターテイナーとしちゃ本当に才能あるのかも。


「おにいさん」


 と、俺がどうでもいい事を考えながらビラを配っていると、見知らぬおばさんが声を掛けてきた。


「はい? なんすか?」

「おにいさん達、最近ここでよくビラ配りしてるね。あたしんち、近所だから印象ついちゃってさ。それにしても怖いわねえ。こんな犯罪者が潜んでいるなんてね。あたしゃ全然知らなかったんだけど、おにいさんに昨日もらったビラを読んで知ったのよ。最近の若いもんはこういう事しないと思ってたのに、おにいさんたちは偉いねぇ」

「はあ……ありがとうございます」


 買い物かごを片手におばさんは気さくな表情で笑っている。人のよさそうな、感じのいい人だ。


「そういや、いつも一緒の彼女は今日はいないのかい?」

「あ、いや、あいつは今、ちょっと席を外してて」

「そうかい。でも若いってのはいいねぇ。あたしも若い頃にさあ……」


 気さくなおばさんは自分の昔語りを始めてしまった。どうも長くなりそうだ。


「でね、近所に住んでる中本さんちのおばあちゃんがねえ……」


 しかしおばさんというのは不思議なものだ。よくもまあこうポンポンと次から次へと話が沸いて出てくる。おまけに前後の会話にはなんの脈絡もないのだから、全くもって驚かされる。どうしてそこまで百八十度違う話をノンストップで繰り広げられるのだろうか。おかげで全くビラが配れない。にしても、レオンのやつ随分長い便所だな。大か?


「あ、そうそう、そんで話戻すんだけどさ、この凶悪犯の顔さ、どっかで見たことあるのよ。それでおにいさんに声掛けたのよ」

「え?」


 思いがけない有力情報が突然出てきた。


「ここから北大通りの方に向かうとオフィスビルが立ち並ぶ通りがあるじゃない? あたし、そこの一角で清掃婦をやってんだけどね、鶴田商事ってビルのトイレを清掃してた時なんだけど、そこでこんな感じの男を見たような気がするのよ」

「そ、それ、本当ですかっ?」

「はっきり覚えてるわけじゃないんだけどさ、なんか風体とかがこのビラに書いてある特長にそっくりだった気がするのよ」


 それが本当なら、すぐにでも警察に連絡を入れなければ……。もしこれが有力情報となって、犯人検挙に貢献したら、もしかして功労賞とかもらえたりするんじゃないか。


「もっと詳しく教えてもらえませんか!?」

「たしかねぇ、上下ブルーのツナギに大きめの黒いハットを深く被ってたね。あたしがトイレの清掃に入ったらやたらと挙動不審になったから、最初は用を足すところを邪魔しちゃったのかと思ったんだけど、なんか違ったのよねえ」

「違った?」

「そうなのよ。なんかあたしが入ってきたあとも、少しの間トイレの中でうろうろしてたのよ。まるで何かを探してるような感じだったわね。でもあたしの他にもう一人いる清掃婦も入ってきたら、その男はそそくさと逃げる様に出て行っちゃったのよ。その時はなんとも思わなかったんだけど、今考えるとこの凶悪犯がまたなんか悪さでもしようとしてたのかもしれないわねぇ」


 おばさんは鼻息を荒くして言った。


 というか、もしもう一人の清掃婦が来なかったらおばさんの命が危なかったんじゃないだろうかと考えたら少しゾッとした。


「そのビルの場所、教えてもらえませんか?」

「北大通りを歩いていればすぐ見つかるわよ。でかでかと鶴田商事って書いてあるからね。あたしがこの男を見たのはそのビルの三階、エレベーター付近にある男子トイレよ」

「ありがとうございました! 早速警察の方に連絡します!」

「本当にこの男かどうかはわかんないけど、もし役に立ったら今度教えてね。そしたらあたしも鼻が高いからねぇ。じゃ、あたしゃそろそろ行くね」

「はい、必ず」


 俺は深々と礼をし、長話を終えて立ち去るおばさんに手を振って見送った。


 しかし思いがけないところでものすごい情報が手に入ってしまった。俺は早くこの事をレオンや新井達に言いたくてうずうずしていたが、携帯電話はレオンが持っていってしまったし、当のレオンもまだ便所から戻らない。かれこれ二十分近くは経つというのに、いくらなんでも少し遅い気がする。


「遅くなってごめん、ク……厚真」


 と、考えていた矢先にレオンが戻ってきた。


「随分長かったな。便秘か?」

「違うわよバカ! 美香と長電話しすぎちゃったの!」


 ああ、それでこんなに遅くなったのか。


「それにしても携帯ってやっぱ便利ね。私も買おうかなあ……」

「お前、機械オンチっぽいからやめとけ」

「なんでよ? そりゃ機械とか詳しくないけど、説明書読めば問題ないでしょ」


 いや、多分あーだこーだと文句垂れて、結局俺が手を焼きそうな予感がするから面倒臭い展開になる気がする。


「そうだ、レオン、すごい話を聞いたぞ」

「なによ?」

「それがさあ……」



        ●○●○●



 レオンに先ほどの情報を話すやいなや、案の定その場所へすぐ行こうという事になり、俺とレオンは鶴田商事のビル前までやってきていた。


 俺は大人しく目撃情報を警察に知らせるべきだと話したんだが、レオンのやつはもっと手柄をあげてから連絡しようなどと言いだした為、こんなところまできてしまった。


 オフィス街であるこの近辺は、退社するサラリーマン風の大人達でごった返している。すでに辺りは夕闇が迫りつつある時刻になっていた。


「よーし、いくわよクズ!」


 俺の嫁は目をらんらんとさせて張り切っていらっしゃるが、俺はもう正直帰りたい。っていうかもうクズに戻ってるし。


「まてまて。俺たちみたいなガキがいきなりオフィスビルに入れるわけないだろが」


 しかしレオンは得意げな表情で悠長に語りだす。


「あんた、ちょっとは頭使った方がいいわよ? こういった道沿いにある開けたところのオフィスビルはだいたい受付がいるわよね。受付の人に父に頼まれたものを届けにきたので通してくださいとでも言えばいいじゃない」


 うーん、そんなので簡単に通してくれるのかなあ……。


 と、そんな俺の憂慮などお構いなしにレオンはさっさとその鶴田商事ビルの中へ入ってしまった。


「お、おい待てよ」


 俺も仕方なく後を追う。


 レオンは堂々と受付のところまで行くと、さっき俺に言った通りの言葉を受付嬢にぶつけていた。


「……頼まれた物、ですか?」


 しかしやはりいかにも受付嬢は胡散臭そうな表情でレオンに返す。


「はい。父は経理部なんですが、これから会議で使う書類の一部を家に忘れてしまいまして、私と弟で急遽届けにきたんです。エレベーターはどこになるんでしょうか?」


 受付嬢は俺とレオンは一度だけ見やると、少し間をあけてから、


「右手にある自販機の角を曲がった先にエレベーターがあります。そちらからどうぞ」


 と、言って通してくれた。


「ありがとうございます」


 レオンがお礼を言いつつ会釈をしたのに釣られて、俺も軽くぺこっとお辞儀をした。


 関心したのはレオンのとってつけた嘘の経理部ってやつだ。


 俺は言われてから気づいたのだが、経理部はちょうど目的地である3Fに位置していた。こいつって世間知らずかと思っていたけど、案外そういうところ抜け目ないな。


「しっかしボロいビルだな」

「ほんとね。壁なんか黄ばんでて汚らしいわ」


 そんなつまらない事を呟きながら俺たちはエレベーターに乗り込む。


 予想通りというか、エレベーター内も昭和に作られたものなんじゃないかと疑うレベルに汚らしく、壁面には風化したガムらしきものなども張り付いている。


「なんて底流な会社なの……おまけになんか臭いし」


 俺もレオンのその発言には同意だった。エレベーター内は独特の異臭を放っている。


「まぁいいわ。さっさと3Fへ向かうわよ」


 レオンが3と表記されたエレベーター内のボタンを押すと、がっくん、という振動と共にエレベーターはゆっくり上昇を始めた。


 それからわずか数秒後の事。


「なんだ!?」


 ウウーン、という消失音と共に突然、エレベーター上昇による浮遊感が消え、途端に中は暗闇に包まれたのだ。


「え、なになに? なんなのよ!」


 レオンも狼狽している。


「くっそ、停電か? いや、待て。こういう時は焦らずに……」


 俺はすかさずエレベーター内にある緊急ボタンを押してみた。が、すぐに反応は見られない。


 こういった類の物はだいたい外部接続か内部接続しかない。オフィスビル内にはまだ人も居たし慌てることはないと思うが、やはりすぐに何も起こらない事は少々不安を煽った。


 と、そこで俺は先ほどレオンに貸した携帯電話の事を思い出す。


「そうだレオン。俺の携帯返せ。それで外に連絡を取ろう」

「あ、んっと……」

「どうした?」


 レオンは少しうーん、と考えた後、とんでもない事を言った。


「あはは、ごめん。無くしちゃった」


 なん…だと…。


「さっき美香と電話した後にトイレ行って、そのトイレの棚の上に置きっぱなしにしちゃったの」

「はあ!? おま……ふざけんなよ!」

「だからごめんって言ってんでしょ!」

「ごめんで済めば警察はいらねぇ!」

「何子供みたいな事言ってんのよ! 過ぎちゃったことは仕方ないでしょ!」


 俺は大きくため息をつきながらその場に座り込みうな垂れた。


「はあ……」


 くそ、こいつにはもう二度と携帯は貸さねぇ。



        ●○●○●



 ――と、そんな流れから幾ばくかの時間が過ぎた。


 どのくらいこんな状況が続いているのか、時間を測る術がないので正確に把握は出来ないが、少なくとも三十分以上は経っていると思われる。


 いまだ停電は復旧していない。


 レオンも俺もいい加減小競り合いも飽き、二人して黙って座り込んでいる。


 しかしやけに時間がかかるな。いくらこんなオンボロビルとはいえここまで復旧に時間を掛けちまって大丈夫なのか? それに俺の携帯も心配だ。誰かに盗まれちゃいないだろうな……。


「ねぇクズ」


 俺が考えにふけていると突如レオンが口を開いた。


「ん?」

「私たち、ここで死んじゃうのかな……」


 いやいやいやいや。レオンさん、そりゃいくらなんでもマイナス方向に考えがぶっ飛びすぎでしょう。

 たかが小さなビルのエレベーターに閉じ込められたくらいでさすがに死に直結はしないだろう。……多分。


「このままここから一生出られなかったら、ごはん食べられないもん。飢え死にしちゃう」

「いや、レオン大丈夫だって。いくらなんでもそりゃないわ」

「どうして大丈夫って言いきれるのよ。普通だったら停電の復旧程度にこんな時間掛かるわけないわ。何か異常事態が起きたに決まってる」


 確かにそれは否めない。が、いくらなんでもエレベーター内で飢え死にって。そんなつまんねぇ話があってたまるか。


「ばーか、大丈夫に決まってるだろ。だいたいまだこの会社には人が居ただろう。すぐに復旧するさ」

「いつ? いつ直るの?」

「そこまではわかるわけないだろ……」

「ほら、あんたも何もわからないじゃない。もしかしたらこのエレベーターが落っこちちゃって、死んじゃうかもしれないし……」


 レオンの表情は暗闇の中で窺えないが、不安で一杯なのだろう。


 先ほどから悲観的な(ちょっと非現実的な事ばかりだが)発言が止まない。


 かといって俺もうまい返しが思いつかずその場で黙りこくった。


「……レオン?」


 少しずつ暗闇に目が慣れ始めてきた頃、いつの間にかレオンは俺のすぐ隣に密着する形で体育座りしていた。気づかぬ間に少しずつ俺の方へ寄ってきていたようだ。


「どうした?」


 俺が訝しげに尋ねると、


「ちょっと……離れないで」


 と、ややトーンを落とした口調でそう答える。


 今更ながら俺は自身の鼓動が高鳴り始めている事に気付いた。


 密室空間。暗闇の中に男女二人。


 よくよく考えれば物凄いシュチュエーションなんじゃないのか、これは。


「怖いのか?」


 俺はなるべく茶化さない様に、やわらかな口ぶりで彼女に尋ねる。


「……」


 レオンは何も答えずに俯いている。


 そんな彼女を見て、こいつもやっぱり女の子なんだなぁとちょっとだけ可笑しくなってしまった。普段の勝気な性格ばかりを見ているものだから、そのギャップに苦笑してしまう。


「……ねぇ」


 小さめな声色でレオンは口を開いた。


「ん?」

「ごめんなさい」

「なんだよ急に?」

「あんたの携帯……」

「ああ、別にいいよあんなの。気にすんな」

「気にする」

「平気だって。あんなもん無くなったらまた買えばいいだけだし」

「違う。あれがあれば外に連絡出来て、すぐ助けを呼ぶ事も出来たわよね」

「まあそうかもしれんが、どっちにしたってこんだけ長く停電しているのは異常な状況だし、外部に連絡が取れたとしても結果は変わらんだろ」

「でも……私のせいだし……。ここに乗り込んだのも……私が勝手な事してあんたを無理やり連れてきたせいだし……」


 なんだレオンのやつ。本当にずいぶん弱気だな。


「……ぐす。……ひっく」


 突然レオンは小さな嗚咽と共に涙を零し出した。


「ちょ、おいおい泣くなよ!」

「……泣いてなんか……ぐす。ないもん……」


 俺は初めてこいつが泣くところを見てしまったものだから、この状況よりもそちらの方で激しく混乱させられた。


「だ、だから大丈夫だって! レオンは何も悪くねぇよ! それにこんなのすぐに直るって!」

「……ぐす……ぐす」


 だめだ、参った。どうしよう。どうすればいい。


 俺のこれまでの人生で女が泣くところに出くわした事などほぼ皆無だったし、特にこのレオンが泣いているわけだからこんな時、どうしたらいいかがさっぱりわからない。


「レ、レオン!」

「……ぐす。……なに?」

「んーと、あ、そうだ! お前この前、俺が大事にとっといたカントリーマアム全部食いやがっただろ!」

「……うん」

「いや、うんじゃねぇよ! アレ高いんだぞ。俺が後で少しずつ食べようと思ってとっといたのになんで一日で全部食っちまうんだよ」

「……ごめん」

「あ、いや、うん……別にそんな怒ってるわけじゃないんだけど」

「……ごめん」


 参った。逆効果だった。てっきりいつもの調子で食って掛かってくるとばかり思っていたのに。っていうか普段からそれくらい素直になれよな……。


 俺は再び言葉に詰まり、またもレオンのすすり泣く声だけが密室空間に響く。


 しかし本当に長い。停電になってからもうそろそろ一時間は経ちそうな感じだ。普通、非常電源とかに切り替えたりするんじゃないのか?


「ねぇ」


 と、そんな事を考えていたらレオンが突然口を開いた。


「……私ね、今まで男の人と話す事なんて、全然なかった」

「レオン……?」

「ううん、それどころか家以外で話す他人なんて、召使いや執事以外ほとんどいなかった」


 それについてはっきりとレオンから聞いた事はなかったが、携帯の事といいそうではないかなとは薄々勘付いてはいた。


「パパがね、言うの。私は上流階級の人間だから、下賤な者との会話は一切してはいけない。友人もパパが認めた人以外は絶対にだめだって言われた。だから携帯電話の類いは持たせてもらえなかったし、あんたの所に来るまでは常に学校と家の往復だけだったわ」


 まさかそこまでこいつを縛り付けていたとは、さすがに予想以上だった。本当に箱入り娘だったんだな。


「それだけお前のお父さんはレオン、お前が大事だったんだろ」

「それはわかってるわ。でも今はあんたや美香達と過ごして、私は毎日すごく楽しいの」

「そう、か」

「私、あんたとは三年後に結婚して、すぐ離婚しちゃえばいいとか言ったけど、本当はこんな生活をずっと、いつまでも続けたいって思ってる」

「レ、レオン?」

「ううん、楽しいからだけじゃない。私は本当は……」


 と、レオンが言葉を続けようとした矢先。


 突然ッパとエレベーター内に明かりが戻りだした。


「!!」


 俺たちはその場ですぐに立ち上がる。


 と、同時にゆっくりとエレベーターは上昇を始める。


「お、直ったか!」

「よかったあ!」


 レオンは涙で少し赤くした眼をこすり、満面の笑みで俺にその表情を向けた。


 そして、チン、という音と共にようやく目的地である3Fに到着し、長い閉鎖空間から解放された。


「申し訳ございません! お怪我はございませんでしたか!?」


 エレベーターの扉が開くやいなや、目の前には数人の社員と思われる人たちが俺たちに詰め寄ってきた。


「あ、だ、大丈夫、です」


 俺は文句のひとつも言ってやろうと思っていたのだが、レオンとの会話のせいですっかりそんな気は失せていた。


「えっと、あなた方は確かお父様の書類を届けにいらっしゃったんでしたよね」


 と、受付で話したお姉さんが問い掛けてきた。まずいんじゃないかこれは。元々こんな長居をする予定ではなかったから、こんなとってつけた嘘なんて下手したらばれているんじゃ……。


「本当に申し訳ございません! 確かに先の停電が無ければ会議があったのですが、あまりに時間が掛かってしまったので本日の会議はなくなりました」


 本当に会議があったのか。こればっかりは運がいいな。


「それで、経理部の人間にあなた方の事を確認したところ、ちょっと誰も覚えがないというのですが」


 ま、まずいぞ、おい。完全にバレてるんじゃ……。と、内心冷や汗をかいたのも束の間。


「あれ? ここって鶴見商事さんですよね?」


 と、レオンが咄嗟に答える。


「え? いえ、ここは鶴田商事ですが……」

「あれー! そうだったんですか! ごめんなさい、私たち場所間違えちゃったみたいで! すぐ帰りますね!」


 レオンは素っ頓狂な声でそう言い放つ。俺はこいつの変な度胸には正直恐れ入った。っていうかさっきまでべそかいてたくせしてほんと女ってのはタフだわ。


「あ、おかえりなら奥の階段からどうぞ。まだ通電状況が芳しくなく不安定ですのでエレベーターの使用は一時停止しますので」

「ありがとうございます。あ、そうだ! ちょっとトイレ借してください! 長く閉じ込められていたので……」

「あ、はい。でしたらこの通路をまっすぐ行って突き当りを右に入ったらすぐありますよ」

「ほら、行くわよクズ」

「あ、ああ」


 俺たちは社員の人たちに一礼すると足早にその場から離れ、ようやく目的のトイレへと潜入したのだった。



        ●○●○●



 ――てんやわんやの一日だったが、俺たちはその後無事帰宅。


 結局当然の如く、例のトイレでは何かが見つかるはずもなく、ただエレベーターに閉じ込められるという災難に見舞われる日となっただけだった。


 帰りにレオンが置きっぱなしにした俺の携帯電話を探しに行くと、無事にそれが手付かずで残されていたのだけは正直助かった。俺は携帯電話を手に入れるとすぐに警察へ連絡を入れ、先の目撃情報について伝えた。


 家に着くと同時にレオンが腹減った飯作れと催促してきたが、さすがに疲れ切った俺は今日だけはこれで勘弁してくれと言い、買い置きのカップ麺と余り物の惣菜だけを夕食とさせてもらった。


 レオンは渋々とそれを食べながら「明日こそは美味しいもん作りなさいよね」と悪態をついていた。


 それよりも俺がずっと気になっていたのはエレベーター内で最後にレオンが言いかけていた言葉の続き。


『ううん、楽しいからだけじゃない。私は本当は……』


 本当は、なんだ?


 その続きをレオンのやつに尋ねてみても、別にたいしたことじゃないわよとしか答えなかった。加えて、


「今日言った事全部作り話なんだから、あんまり本気にしないでよね!」


 とか、巨勢を張っていた。


 なんでそういう嘘はこんなに下手くそなのか、いまいちよくわからないが、まあいつものレオンに戻っていたようなので、無理に逆らわないようにしておいた。


 とりあえず明日、学校へ行ったらまず新井に言ってビラ配りはもうお断りさせておう。有力かどうかはわからないが目撃情報らしきものも手に入れた事だし、何より疲れる。やってられん。

 


        ●○●○●



 ――後日。


 六間市のとある場所で、無事犯罪者は捕まった。


 それもこれも俺たちが聞いた目撃情報が元手となり、鶴田商事から足がつき逮捕に至った事にはさすがに驚きを隠せなかった。


 警察の方からも感謝状を贈りたいとの事で、部を代表して新井が受け取りに行った。


 またこの件は学校側からも大きく評判となり、我が婚活部はまさしく新井の目論見通りの展開をしていく、のだが……。


 まさかこの事がきっかけとなって別の事件が発生してしまうなど、この時の俺たちには微塵も想像していなかったんだ。






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