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8 三上先輩と俺の嫁


「椎名さん、私、あのアイスクリームが食べたいです」


 三上先輩はこれでもかってくらいに俺の二の腕に体を絡ませ、その豊満な胸を押し当てながらおねだりをしてきた。


「ああ、じゃあ俺が買ってあげますよ」


 しかし今日の俺はそんな三上先輩の積極的なアピールを受け入れ、彼女の要求に応える。


 街中は休日の為、よくよく見渡せばそこら中に俺達のような若いカップルが多く賑わっている。俺達もそんな景色の一部に馴染んでいる事だろう。


 俺達が今日二人きりで仲睦まじくしているこの場所は、この六間市(ろっけんし)のセンター商店街通りで、様々なショップやゲームセンターやらのアミューズメント施設などが立ち並ぶ、まあこの街では有名なデートスポットの一部だ。


「すいません、ダブルサンデーをひとつ下さい」


 俺はアイスクリーム屋のおっさんに三上先輩が要求してきた品を注文した。


「あいよ。にしても相変わらず休日になるとにいちゃん達みたいなカップルが多いねぇ」


 おっさんは冷やかし半分でそう言ってきた。やはりそう見えてしまうのだろう。


「あらぁ、やっぱりそう見えてしまいますか?」


 三上先輩は上機嫌に答える。


「おう。しっかしにいちゃんもやるねぇ。こんなべっぴんのねえちゃんは今日の客の中でもそうはいなかったぜ」

「はは……」

「はいよお待たせ。おっとにいちゃん、ついでにいいもんやるよ」


 アイスクリーム屋のおっさんは自分のポケットをごそごそとまさぐり何かを取り出して、俺に手渡してきた。


「なんすか、これ?」

「やっぱりにいちゃんにはわかんねぇか。まだチェリーボーイだろうと思ったぜ。いいか、必ずそれ使っておけよ?」

「へ? いや、これって……」

「スキンだよ、スキン。ガキのデートじゃあるめぇし、このあと良い事するんだろうが。それは俺からのサービスだ」


 いわゆるコンドームというやつだと俺はようやく気づき、途端に表情が火照った。隣にいる三上先輩に目をやると彼女は理解していないようで、呆けている。


「あ、はは……どうも」

「何かは存じませんけど、サービスありがとうございます」


 軽く引いている俺とは正反対に三上先輩は深々とお辞儀をする。


「いいってことよ! 仲良くヤれよ!」


 そう言うと、店員のおっさんは右手拳をぐっと握り締めて人差し指と中指の間から親指を覗かせた。いや、しませんから。


 しかしなんて気さくなおっさんなんだ。いい人だけど、ちょっと迷惑だったな。


「面白い人でしたね」

「そうですね」


 俺は苦笑いしながら受け答える。


 三上先輩はおいしそうにアイスクリームを舐めながら、俺達は再び二人でのんびり歩き出した。


「……」


 微妙に会話が続かない。


 気まずい。しかし何か盛り上げないと。


「あ、み、三上先輩、何か観たい映画とかあります?」

「んー……特にこれといってはないです」

「そ、そうですか……」


 どうもレオンのやつといる時みたいに、ぽんぽんと会話のキャッチボールが出来ない。緊張してしまう。これがデート、というやつなんだな。俺は三上先輩を喜ばせる事ができるのだろうかと行く先が不安になった。


 何故、俺が三上先輩とデートをしているかの経緯は新井のとある提案から始まった。



        ●○●○●



 デートの数日前で行われた部活の時の事。


「さて、今日三人で集まったのは他でもない」


 カーテンを閉め切り、明かりも点けずにやたらと薄暗い視聴覚室(俺達の部室)内で我が婚活部、部長の新井健一は足を組みながら、偉そうに語り出した。


「そろそろ本格的に部の活動を始めたいと思っている。おい、藤田!」


 新井がそう言うと、まるで裏方さんばりの動きで藤田はなにやらホワイトボードをがらがらと引いて俺の前へと持ってきた。しかし部屋が薄暗いので何が書いてあるのかよくわからない。


 六月某日の放課後。俺達婚活部メンバーは女性陣を覗く俺、新井、藤田の三人だけでとある会議をしていた。なんでも新井のやつが今日は俺と藤田にだけ話したい事があるらしく、女子達には今日は部活なしと伝えて帰してしまったのだ。レオンのやつには俺は先生に呼び出されてるから先に帰ってくれと伝えた。


「もう藤田には全容を話してあるが、厚真、お前にはまだ何も伝えていなかったな。我が婚活部の真の目的、我が部本来の姿についてを」


 何かの演出なのか、新井のところにだけ妙なスポットライトが当たっている中、こいつはやたらと仰々しく語っている。


ファーストインパクト(初顔合わせ)からすでにひと月以上の(とき)を越えてなお、今現在我が部に浮いた話がまるで出てこない。これは由々しき事態だと思わないかね、藤田」


 新井のやつ、最近エヴォンゲリオンとかいうアニメを再放送で見てたと言ってたからその影響なんだろうな、この雰囲気もセリフ回しも。


「そうだね、新井くん」


 藤田はまるで新井の参謀かのように、横に張り付いて姿勢良く直立不動で立っている。こいつも案外ノリがいいからなあ。


「なぜかわかるか、厚真」

「全然わからん。この演出もわからん」

「ふむ。藤田」


 新井がパチンと指を鳴らすと、藤田は懐中電灯でホワイトボードの右の方を照らし出した。最初っから部屋の明かり点けりゃいいんじゃね。


「この図を見てみろ厚真」


 そこには俺達婚活部六人の名前が記され、相互関係図が記してあった。


「見ればわかるだろうが、どこにも恋愛要素が見当たらないだろう。この図に」


 確かにそのホワイトボードには俺、新井、藤田、レオン、相原、三上先輩の六人の関係は部活仲間、友達としか書かれていない。


「それを将来的にはこうしたい。藤田」


 新井がそう言うと、今度は藤田がホワイトボードの左の方へと明かりを移す。


 そちらに画かれている図には、三上先輩→俺、レオン→新井、相原→藤田、と矢印が引かれ、その矢印の横にはラブと英字で書かれていた。


「えーと、つまりあれか、三上先輩は俺を、レオンは新井を、相原は藤田を好きになっている状況にしたいって事か?」

「そうだ」

「無理じゃね? っていうか藤田は相原が好きなのか?」


 俺はそこが結構意外だったので藤田に尋ねた。


「ううん、別に。ただ流れ的にその方が無難かなってね」


 よくわからんが、まあ新井はもとからレオンの容姿に一目惚れだったし、三上先輩は俺に積極的だし、余り者同士でって事なんだろうか。


「厚真、俺は正直に言おう。レオンちゃんが好きだ。レオンちゃんは可愛い。マジで俺のどストライクだ。あの小さな体をめちゃくちゃにしたい。しかし俺の一方的な想いでそれをしてしまえばどうなると思う?」

「タイーホ」

「そうだ。だからこの図のように、俺に惚れさせる必要がある。厚真、お前も協力してくれるな?」


 まあ新井はずっとレオンレオンって騒いでたしな。その気持ちもわからなくはないが、協力っつってもなあ……。


「レオンがお前に惚れる、か。ありえないと思うけどなあ……」

「厚真、いい事を教えてやろう。この世にありえないなんて事はありえないって、某錬金術師の人が言っていた」


 まあ言ってたけど。


「っていうか本格的に部活するんじゃなかったのかよ?」

「それをこれから説明してやろう。我が婚活部真の目的、それはこの高校生活をバラ色に過ごす為に可愛い彼女を作ろうというのが裏目標なのだ」


 裏でもなんでもなく、それしかないだろうなとは思っていましたけどね。


「そこでこの部の大義名分を用いて行う部活、それは――」



        ●○●○●



 それがこの『デート』である。


 正確には『男女ワンペアで休日を過ごし、いかに異性を楽しませる事ができるかを努力する部活動』という新井部長の提案だ。


 それは男女ともに相手を楽しませる事が目標であり、決して俺達男だけが頑張るわけではない。この趣旨については相原、レオン、三上先輩にも新井が説明し、くじ引きで決まった相手と次の休日にデートをし、後日の部活で結果報告をするという内容だ。まあ前途で新井が目指した裏目的の為にそのくじ引きには当然ウラがあって、結果、俺と三上先輩、レオンと新井、相原と藤田という組み合わせで今日は各々このセンター街を舞台とし、デート中というわけである(くじについて当然レオンのやつはギャーギャーと文句を垂れていたが、三上先輩に結局うまく丸め込まれたのは言うまでもなく)。


「あ、もうすぐなんですね」


 隣を歩く三上先輩が突如何かを指差して言った。


 そこにはとある有名なゲームの発売予定日がでかでかと書かれているポスターが張り出されていた。


「椎名さん、知ってます?」

「ええ、有名なシリーズ物のRPGですよね。俺もあれは買う予定っすけど、三上先輩もああいうのやるんですか?」

「私は有名どころは結構やりこみますよ。なんか今度出る最新作はオンラインで協力プレイができるみたいですね」

「そうなんですよ。俺も結構楽しみで」

「じゃあ買ったら一緒にやりましょうね」

「いいですよ」


 共通した趣味があるといい話題になる。おかげで少しだけ無言だった気まずさが和んだ。


「……」

「……」


 と、思ったのもつかの間、また再び俺達は互いに口を閉ざして歩を進めるだけとなる。


 何か、何か話題を……と、考えれば考えるほどに余計頭が回らなくなり、ちらちらと三上先輩の様子を窺うばかりで何も気の利いたセリフは出てこない。


 初々しいカップル、と思えばこういうのも仕方ないかもしれないがこれでは部活にならない。俺ってこんなに口下手だったんだろうか。レオンのやつといる時だって沈黙になったりはするけど、なんかこういう風に落ち着かない感じにはならないというのに。


「ね、椎名さん。あそこのベンチで休憩しません? 私、こんなに歩いたの久しぶりなので少し疲れました」

「あ、はい」


 そんな俺の態度に痺れを切らしたのか、三上先輩は唐突な提案を上げてきてくれたので俺は即答でその案に乗る。


 人々で賑わうセンター商店街通りの中央に木製の小じゃれたベンチが置かれており、そこにはすでに何組かのカップルがイチャイチャとしている中、俺達二人もその仲間に加わる事にした。


「ふぅ。それにしても今日は良いお天気でよかったですね」

「そうですね。せっかくの部活が雨だったら憂鬱ですもんね」


 俺がそう答えると、三上先輩は少し不貞腐れた表情で俺の顔をじっと覗きこんできた。


「……椎名さん。部活じゃなくてデートですよ」

「あ、ああ、そうですね、すんません」


 もうっと言いながらもくすりと笑う三上先輩の表情は、お日様の明かりに照らされて実に可愛らしく見えた。正直少しドキっとしてしまう。


「前々から聞きたかったんですけど、椎名さんってあの小学生と何か深い関係でもおありなんですか?」

「え、な、なんでですか?」

「結構馴れ馴れしく呼び合ってるじゃないですか。ただのクラスメイトとは思えないんですけど」


 肩書きでレオンと俺が許婚である事を知っているのは相原と新井だけだが、やはり部活を共にしていれば否が応でも気にはなってしまうのだろう。特にこの三上先輩は俺に好意を抱いているのだから、尚更当然の質問だ。


「べ、別になんもないっすよ」

「……そう、でしょうか?」

「考えすぎですって」

「じゃあ、私と付き合ってくれますか?」

「は、はい!?」


 唐突の告白。確かに以前も俺を好きだと直球で言っていた事もあったが、三上先輩と二人きりになる事などなかったし、ここにはそれを邪魔するレオンもいない。


「前にも申しましたけど、私は椎名さんが好きです。純粋に見た目がタイプなんです。ですからこの部活も私は本当のデートのつもりでした。だから、もし椎名さんが特に意中の人がいなければお付き合いしてほしい、と言ってるんです。駄目……ですか?」

「いや、その……」

「ねえ椎名さん。そんなに深く考えずに聞いて下さい。男女の仲なんて簡単ではないのは充分わかっています。私だってまだ椎名さんの事をよく知りませんし、椎名さんだって私の事なんてわかりませんよね。だからこそ私はお付き合いしてみたいんです。少しでも惹かれるポイントがある相手と付き合ってみて、そこから相手を知ろうと考えてるんです。だから椎名さんも、もし特に気にしている人がいないのであれば試しに私とお付き合いしてみませんか?」


 三上先輩の言っている事が間違っているとは、俺は思わない。


 どんな男女だって、付き合ってみてからわかる事の方が多い。付き合うまでに色々と知る事も大切だが、付き合ってからそれを知り合う方が遥かに効率的だし、結婚みたいに契約が必要なわけじゃないのだから何かを失うわけでもない。けれど、俺はその提案をすぐに受け入れる事は出来なかった。


「す、すいません。ちょっと付き合うのはまだ、考えさせて下さい」

「何を考えるんですか?」

「いや、色々とその……」

「難しく考える事なんてないんですよ。私の見た目がお嫌いでしたらハッキリおっしゃってくれれば私も無理強いはしません。逆にそれは私の為にもなりますし、椎名さんが厳しい事を私に申し上げたところで私が椎名さんに対して嫌悪感を抱いたりなどしませんし、今後も普通に接していくつもりです」

「そんな、三上先輩は魅力的っすよ。アイスクリーム屋のおっさんも言ってたじゃないですか。俺なんかじゃむしろ俺が不釣合いなくらい、美人です」

「では性格がお気に召しませんか?」

「いや、確かに三上先輩は正直少し変わってるなとは思いますけど、特別嫌いとかはないです。っていうか俺にはいつも優しいですし、俺は三上先輩が嫌いだと思った事なんて一度もないですよ」

「じゃあ何を考える事があるんですか?」

「それは……」


 それは、なんだ?


 三上先輩はさきほど俺が自分で述べた言葉の通り、魅力的で、性格はちょっと変わってるけどそれも逆に可愛らしかったりするし、なにより俺にはいつも優しい。レオンのやつが俺に取る態度と比べれば雲泥の差だ。


 自慢じゃないが俺の彼女いない暦はイコール年齢だ。高校一年ともなれば彼女の一人くらい出来たっていい。俺だってずっと可愛い彼女が欲しいと考えてきた。ならば何を悩む事がある。目の前の三上先輩はまさに理想的な優しい彼女になりそうだし、なにより試しに付き合ってと言っているだけだ。だったら試しに付き合ってみればいいだろう。けど、レオンのやつにはなんて説明すればいい? きっと三上先輩と付き合ったらレオンは激怒するだろう。将来の旦那が私以外の女と付き合うなんて、と喚き散らすだろう。じゃあ何か、俺はレオンに怒られるのが怖いのか?


 ……だったらレオンにバレないように付き合えばいいじゃないか、俺。


 そんな悪魔的な考えもよぎったが、しかしやはり俺は三上先輩の告白にイエスと答える事は出来ずにただ、黙りこくってしまう。


「……なーんて、ちょっとからかいすぎました!」

「え?」


 不意に三上先輩は明るい声で言いながら、ベンチから立ち上がった。


「ま、わかっていたんですけどね」

「あ、あの三上、先輩?」

「……椎名さん、私、カラオケに行きたいです」

「え、え?」

「さ、早く行きましょう!」


 三上先輩は俺の腕をぐいっと掴みあげると、満面の笑みを浮かべて俺を引っ張る。


「バーンと歌って、楽しくいきましょう」

「あ、はあ……?」


 俺は呆気に取られながらも、小走りで進む三上先輩に引っ張られる形で流されるまま、その背中についていった。


「私、アニソンすっごく得意なんです。椎名さんに聞かせてあげますねっ」


 俺の方には振り向かずにつとめて明るい声で言う三上先輩の言葉は、あからさまに少し無理をしているのが俺にもわかり、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 三上先輩はこういう性格だから、弱いところを決して見せない。そういう点ではレオンと通じるところがあるのかもしれない。つまりは俺にフラれた悔しさを見せたくはないのだ。鈍感な俺でもそれくらいは理解していた。


 俺は今更ながら想う。三上先輩は軽そうに俺にアピールしていたが、その軽さだって全ては俺への想いのカモフラージュだったのではないだろうか。今日の告白だって本当はかなり勇気を振り絞ったんじゃないだろうか。


 考えれば考えるほどに、俺は自分の不甲斐無さに腹立たしくなっていった。



        ●○●○●



「今日は楽しかったです」


 辺りが夕闇の茜色に染まり始めた午後五時。今日の部活動の終了時刻。


 三上先輩はセンター街から徒歩で帰れる距離なので、俺はバス停の前で彼女とお別れの挨拶を交わしていた。


「はい。三上先輩があんなに歌上手いなんて驚きでした」


 俺達は結局最後までお互いの得意な歌を思う存分に歌って、残りの時間を過ごした。


「ふふ。椎名さんって結構オンチだとわかりました」

「う……、俺、昔から音楽は苦手で……」


 カラオケボックスの中では、三上先輩は普通の友達として俺に接していた。俺を困らせないように必死だったのが、少し痛々しいと感じてしまうくらいに。


「三上先輩、その俺……なんか、すんません……」

「まだ、謝らないで下さい。私だって椎名さんの事知ったばかりですし、椎名さんだって私の事、ほとんど知らないですよ。まだ何も始まってませんし、ましてや終わってなんかいませんから」


 それは、まだ俺への想いを諦めてはいない、という事なのだろうか。


「けど、難しいんでしょうね。私が割り込むのは」

「え……?」


 三上先輩はくるりと俺に背を向けて語った。


「椎名さんが小学生の事をどれだけ想っているかが、逆によくわかってしまいましたから」

「れ、レオンの事を?」


 俺、そんなそぶりを出しているつもりはなかったけど……。


「椎名さんは口じゃ濁していますし、多分自覚もないんでしょうけど、小学生の事、好きなんですよね?」

「俺が、レオン、を?」

「はい。私との会話中、こんな風に思っていたんじゃないですか? これが小学生だったら会話につまずく事もないのに、って」

「い、いや、そんな事は……」


 微塵にも思わなかった、と言えば嘘になる。


「私ってこんな性格だし、変な女にしか見えないかもしれないですけど、一応結構本気だったんですよ」

「……三上先輩」

「まあ女って手に入りにくかったり、拒否されたりすると余計に欲しくなっちゃうから、多分それで躍起になっていたっていうのもあるのかもですけどね」


 その三上先輩の言葉尻でちょうど帰りのバスがやってきた。


 俺は返す言葉もなく、ただ黙る。


「それじゃあ、またです、椎名さん」


 三上先輩は俺に背を向けたまま、手のひらを振った。


「……はい。また部活、で」


 俺はそれだけの言葉を残してバスに乗り込み、彼女の背をずっと見つめていた。三上先輩は俺の乗るバスがその場から遠く離れるまで、微動だにせずにいた。


 バスの中で俺はずっと三上先輩の言葉を頭の中で繰り返していた。


『小学生の事、好き、なんですよね』


 俺がレオンを好き。自分でハッキリとそう考えたことはない。けど、三上先輩からの告白に返答できない理由が他に見あたらない。


 でも俺はそれが少し違う気がしていた。レオンの事が嫌いなわけではないが、異性に対する好きという感情なのかと言われてしまうとはっきり答えは出せない。


「……そういや新井達はどうだったんだろうな」


 今更ながら、これが部活だった事を思い出す。俺と三上先輩以外のコンビは今日をどうやって過ごしたのだろうか。


 藤田、相原組みは多分無難に楽しんだだろうな。ただ、新井、レオン組みは波乱万丈な日を過ごしたと思う。というか俺がもしレオンを好きだったら、この組み合わせにもう少し俺自身、新井に対して嫉妬してもおかしくないと思うんだけど。


 レオンのやつ、新井には厳しいからな。きっとサル呼ばわりしまくって新井を完膚なきまでに言葉攻めしているんだろうな。


 ……新井のやつ、心折れていなければいいけど。



        ●○●○●



 家に着くと、すでにレオンのやつは部屋でくつろいでいた。


 レオンがおなかすいたと急かすので、俺は帰宅早々に夕食の準備に取り掛かる。


 夕食中、想像通りというか、レオンは延々新井の文句ばかり言っていた。まともなエスコートも出来ないだの、会話がつまらないだのと予想通りの内容をマシンガントークでひとしきり喋りまくった。俺は三上先輩の件もあって、上の空でそれを聞き流していた。


 その後、案の定俺と三上先輩についても聞いてきたが、俺は告白された事は言わずに普通にカラオケで楽しんだとだけ伝えた。



        ●○●○●



 後日の部活。


 婚活部メンバーが集まる部室で、新井は全員にアンケート用紙を配った。それには先日のデート内容結果についての満足度と感想を書く欄があり、全員がそれを記入して誰が一番異性を楽しませる事が出来たかを査定すると言った。


 結果、満足度一位を叩きだしたのは、意外なところで藤田だった。


「藤田くん、すっごく楽しいし、女の子の気持ちをとっても理解してくれてるなって感じたの。だから満足度満点にしたよ」


 と相原が言っていた。藤田は照れくさそうにしていた。


 その日の部活では結局全員がどんなデート内容だったかをわいわいと話し合い、なんだかんだでこのイベントはみんなそこそこに楽しめていたようだった。


 俺は少し三上先輩と向き合うのが気まずかったのだが、彼女は普段通りに俺へと接してきてくれたので(まあベタベタひっついてきたりと、積極的なのは変わらないが)、俺もそこまで気を使わずに済んでいる。同時に三上先輩は大人だな、と感じていた。


「で、厚真よ。三上先輩とはどうだったんだよ?」


 新井がみんなには聞こえないように俺に耳打ちで尋ねてくる。


「いや、別に。普通に楽しんだよ」

「そうじゃなくて、なんか進展あったか?」


 進展、というかストレートに付き合ってと言われてしまったのだが、その事を新井に言うと茶化されるだろうからさすがに言わなかった。


「何もなかった。だいたい俺は三上先輩をどうこうしようってつもりはないからな」

「なんだよ、お前、てっきり三上先輩みたいな人がタイプかと思ってたのに」

「は? なんでだよ」

「だって、いつも三上先輩ってお前に超積極的だろ? けど、お前ってそこまで拒否してなかったから、案外二人きりにさせたら発展しちゃうのかと思ってたぞ」


 俺って結構流されやすいからなあ。でもそういう風に見られてたのか。新井がそう感じていたんじゃ他のみんなからも同じ様に見えていたのだろうか。


「それより新井、お前こそレオンとどうだったんだ?」


 レオンのやつは家じゃ文句しか言ってなかったから、実際新井と何をして過ごしたのかとかさっぱり俺は知らない。


「んー……まあ、やっぱり色々キツイな、って思った」

「そりゃそうだろうな。俺なんかそのキツイのを毎日休みの日も味わっているんだ。少しは大変さがわかったか」

「いや、そうじゃなくて。なんつーかな……」

「……?」


 なにやら新井は難しい表情で唸ったまま、なかなかはっきりものを言わない。


「新井、お前何が言いたいんだよ?」

「ま、とにかくレオンちゃんは俺にはやっぱ厳しいってコトがわかった、って感じだ」

「なんだよそれ」

「ハッキリ言うとだ、レオンちゃんは厚真、お前の事が好きなんじゃないか?」

「は、はあ? そんなわけないだろ! っていうかまさかレオンがそんな事を?」

「いや、そう言ったわけじゃないんだけど、なんかさ、お前の話題ばっかりだったんだよ」

「へ?」

「デート中な、ずーっとお前の事ばっかりを自慢気に話してたんだよレオンちゃん。それも楽しそうにな。それ聞いてたらなんか俺の入る余地なんかないんじゃないかって気がしてきてさ」


 レオンが俺の事を?


 とてもじゃないがいつものレオンからは想像できない。でもそれはあれじゃないだろうか、俺と過ごす時間が長いからただ単にそういう話題しかなかっただけなんじゃ?


「そりゃ、お前らが仮初めの許婚だってのは知っている。お前もレオンちゃんもお互い特別な感情は持ってないって事もわかってる」


 そうだ。俺もレオンも、ただの肩書きだけの、許婚なんだ。特別な感情なんて……。


「けど、それでもあんまり厚真の話ばっかりするから、俺聞いてみたんだ。レオンちゃんって厚真の事をどう想ってるの? って。そしたらこう言ってたぞ……」



        ●○●○●



 その日の晩。


 俺はマイ寝床のソファーでなかなか寝付けずにいた。


 レオンのやつはすでに俺のベッドですやすやと気持ち良さそうに眠っている。真っ暗な部屋の中、その寝息を安らかなBGMとして俺はひたすらに彼女の事ばかりを考えていた。


 俺はレオンの事を、レオンは俺の事をどう想っているんだろう。


 あいつと暮らし始めて早二ヶ月。それなりにお互いの事を知ってきた。あんな性格のくせに実は寂しがり屋で、あんな性格のくせに実は物語に感情移入しやすくて、あんな性格だから負けず嫌いで。


 ――『そんなのサルには関係ないでしょ』ね……。


 新井のやつがレオンから聞いた言葉だ。いつも通りのレオンの、気の強いセリフに過ぎないが、新井がその後に付け加えた言葉のせいで、こんな、なんでもない言葉に深い意味があるのではと勘繰ってしまう。


『普通、同棲している異性の事をなんの対象としても捉えていなかったら、そんなセリフは出ないんじゃないか?』


 そう言われればそうなのかもしれない。もしレオンがまるでなんの感情も抱いていない相手との事をはやし立てられたら、きっともっときっぱり否定するんじゃないだろうか。


 サルには関係ない。この言葉の意味を仮に俺の事をなんとも想っていないと仮定すると、その言葉は正確にはこうなるはず。


「厚真椎名の事に対して私がなんの感情を抱いていなくても、新井には関係がないでしょ」


 これはおかしい。そういう意味合いなら、そんなセリフ回しは出ないはずだ。なぜならこの通りに言えばいいのだから。濁す方向性がおかしい。……はずだ。多分。


 ぐるぐると巡り廻る脳内。ひたすらにレオンの姿ばかりが浮かぶ。


 こんなにも近くにいる彼女の本心が、すごく遠い気がした。





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