5 ラブリープラスは俺の嫁
「お、三上先輩遅いっすよ」
「ごめんなさい新井さん。ちょっと授業が終わってから教室で揉め事がありまして」
五月に入り、ゴールデンウィークを直前に控えたとある日。視聴覚室にて我が婚活部は今日も真面目に部活動に取り組んでいた(俺とレオンと相原と藤田でトランプ大貧民。新井だけは顧問の先生に提出する部活内容のまとめという本当に真面目な事務仕事)ところに、三上先輩が少し遅れてやってきた。
「まさかとは思うっすけど、三上先輩また……」
新井は書き物の手を休めて怪訝な表情で三上先輩を見る。俺達四人は挨拶だけ軽く交わして、再び大貧民に熱中していた。
「いえいえ、去年のような事はしていませんよ。ふふふ」
三上先輩は視聴覚室内に設置した自分専用のド派手なロッカーを開け、制服から私服に着替えつつ怪しく微笑してみせる(ちなみに三上先輩の専用ロッカー周辺は、三上先輩お手製のカーテンで仕切られており、周りからは覗けない様になっている)。
「そういや三上先輩って、去年何やっちゃったんですか?」
二人の会話を聞いた俺は、手持ちから最強クラスのカードであるダイヤの2のシングル出しをしつつ、ふと思い出した例の留年事件について尋ねてみた。
俺の問いにはすぐに応えず、着替えが終わった三上先輩はカーテンを開けると、軽く溜め息をつきながら新井の方を見やる。
「新井さん、余計な事は言わなくてもいいですのに」
「いや、ちょっと話の流れ的に……すんません」
新井はバツが悪そうな顔をした。三上先輩の視線が痛かったのだろう、雰囲気をごまかす為にか、また書き物を始める。
「まぁいいです。椎名さんが私の事を知りたがっているというなら、わざわざ隠すような事でもないですし、お教えします。ただ、その他の害虫達に聞かれるのは少々虫唾が走るので、椎名さんだけこちらのカーテン内に来て頂けますか?」
ギロリ、とレオンがあからさまに三上先輩を睨み付けているのがわかった俺は、慌ててその場を取り繕った。
「あ、いや、俺今ちょっと手が離せないんで……言いたくないなら、無理して言わなくていいです」
実際今いいところで、ようやく大貧民から脱出できそうなのは本当だった。
「もう、つれないですね。じゃあ仕方ありません。今日は少々気分もいいので、特別に椎名さんを除くその他害虫達にも私の事を少しばかり教えてさしあげます」
なんだこの人、結局言うんかい。
「別に淫乱売女の体を売った話なんて聞きたくない」
いい加減ピキピキきてるレオンが「ッペ!」と、吐き捨てるように言った。
「確かに小学生のような寸胴では体は売れませんものね」
三上先輩が不敵な笑みを浮かべている。あかん、始まってしもうた。
「黙れ淫乱売女。話すなしゃべるな口を開くな。耳が腐る」
「あらあら、もともと腐っているものがこれ以上腐る事はないですよ?」
「な、なんですってぇ!?」
「なんです?」
二人の視線が交錯している中心がバチバチ火花を放っている。こいつらをこれ以上放っておくと延々毒を吐きまくってSAN値(理性を保っていられる数値の略。SANITY(正気、健全の意)から略されて使われるネット語のひとつでもある)がガリガリ削られるから、ぼちぼち止めておく事にするか……。
「それで、三上先輩は去年どうしちゃったんですか? 私も気になるなぁ」
と思っていたら珍しく相原が止めに入った。この二人の喧嘩はだいたい俺が止めないと誰も口を出さないのに。
「美香さんまでそういうなら、仕方ありませんね。小学生は腐った耳に耳栓でもしていて下さい」
レオンが立ち上がって文句を言いに行こうとしていたが、相原がなんとかなだめて落ち着かせていた。多分相原のヤツ、ただ純粋に去年の事件ってやつが気になるんだろうな。あいつこういったトラブルとか情事とか大好物だし。
三上先輩は基本的にレオン以外には「さん」づけで呼ぶ。その為かはわからないが、相原や藤田とは特別折り合いが悪かったりはしなかった。みんなの前で俺にだけやたら積極的に迫ってくるのはやめてもらいたいが。
「あれは去年の夏。冷夏だと言われている割に、その日はやけに暑い日の事でした」
ちょっと遠い目をしながら三上先輩は語り始めた。なんだか長そうな話なんだろうか。
「私はその日、授業を終えてからもしばらく教室に残っていました。手紙にそう書かれていましたので」
「手紙?」
俺は手札最後の一枚を出して、晴れて大貧民から大富豪へ逆転し、優越感に浸りつつそう言った。
「はい。ある殿方からで、授業が終わったら最後まで教室で残って待っていてほしいという内容でした。まぁ大方私に惚れた殿方が告白でもするのでしょうとわかってはいましたので、どういう風にお付き合いさせて頂くかを一人で考えていたんですね」
「へ? もう付き合う事前提に考えてたんですか?」
と、俺が尋ねると、当たり前そうに三上先輩は返してきた。
「もちろんです。私は好意を持たれたらどんな相手でも邪険にはしません。まぁそれはおいおい話すとして、そんなわけで教室で一人待っていたわけです。しかしただ待っているのも暇だったので教室漁りをしていたんです。そうしたらとある女子の机の中から、ものすごい物を見つけました。それがなんだかはすぐにわかりました。試しにスイッチを入れるとブーンって振動しました。そう、ピンクローターです」
いやいや、まてまて。色々と突っ込むところが満載すぎて追いつけん。っていうか完全にR18指定な単語が飛び出たんだが。
「私はそのローターに大変興味を持ちました。存在は知り得ていましたけれど、実物を見たのは初めてでしたから。で、私はそのローターを使って遊んでしまったんですね」
「ストップストップ! ストォォオオオップ! いやいや三上先輩ちょっと待って」
これ以上この人に語らせていては、婚活部の存亡に関わる気がしてきたので俺は急遽会話の中止に立ち上がったのだが、
「黙りなさいクズ」
「うるさいよ厚真くん」
と、いつの間にか三上先輩の話に聞き入っているレオンと相原に、冷たく抑止された。
「それで、その現場にちょうど先生が戻ってきてしまい、何をしているんだと言い寄られてしまったので、全て白状したら、先生に職員室に連れていかれました」
学校の教室で自慰をしている現場を見つけられたら、そりゃ怒られるよな……。っていうかこの人はそんな恥ずかしい場面を見られてよく平然としていられたな。
「しかしこの先生がとんだ変態で、私の行為を見て興奮してしまったらしく私の体を要求してきました」
なん……だと。
「私が抵抗の色を示すと、退学にすると言って脅してきました。私はなすすべもなくただ黙ってその先生にこの身を……うぅっ」
三上先輩は両手で顔を覆った。
そんなエロ漫画みたいな話が現実に存在するなんて……。確かにこんな話じゃ誰にも言いたくないわけだ。
俺達全員、あまりの気まずさに口をつぐむ。
さすがのレオンもなんだか難しい顔をしている。
と、そんな空気をあっけなく打ち破るかのように、突然新井が横槍を入れてきた。
「三上先輩、嘘はよくねぇっす」
「すみません。嘘です」
「「嘘かよ!!」」
さすがに新井以外の全員で突っ込んだ。
「全く、どこからが嘘なんですか……」
俺は呆れ顔で尋ねなおす。
「手紙、のあたりです」
「ほぼ全部かよ!」
相変わらず人を食ったようなノリが好きな人だな、三上先輩は。
それまでは大貧民中だった事など忘れて聞き入っていた相原が、トランプをまた配り始めた。もうどうでもよくなったのか。俺はカードを受け取りながらも、三上先輩に尋ねなおす。
「で、本当は何があったんですか……」
「教室で最後まで残っていたのは本当です。一緒に帰る友達なんていませんし、家に帰っても暇なので教室で一人ゲームをやっていたんです。それを先生に見つかって没収されてしまったんですが、私はどうしてもそのゲームの続きがやりたくて仕方なかったので、深夜に学校へ忍び込んで職員室にある先生の机を漁り、ゲームを回収したまではよかったんです」
これでも充分にわけわからん展開だが、まぁこれくらいならアリといえばアリな話だ。っていうか学校に忍び込むとか、三上先輩勇気あるな。いや、それ以前になぜ学校の放課後に一人でゲームを?
「しかし深夜の警備員に見つかってしまったんです。私は大事になる前にその警備員をぶん殴って気絶させたまでは順調だったんですが、警備員は二人いたようで、もう一人にあっさり捕まってしまって停学になりました」
俺達はみんな、再び絶句していた。この人なんか、めちゃくちゃだ。開いた口が塞がらないとはこの事なんだなと思った。
あ、相原が逆転して上がってる。やべ、俺また大貧民落ちじゃないか……。
「私はこれがチャンスと構え、停学中にゲームを進めました。停学は二週間だったんですが、私はその二週間で更にゲームにはまってしまい、なんだかもう学校行くのが面倒くさくなったので、復学後もほとんど学校をさぼっていたら、留年してしまったというオチです」
「なんていうか、色々と残念な話ですね……」
容姿は素晴らしいというのに、色々と残念な人だ。本当に。
結局あれか、ゲームにはまり過ぎて留年しただけか。
レオンは完全に馬鹿にした表情を、相原と藤田は苦笑いをしていた。俺もかなり呆れている。なんだかこの三上先輩もレオンとは別の意味で普通じゃないな。
「それにしても三上先輩がそんなに熱中するゲームって一体なんなんですか?」
「これです」
三上先輩は嬉しそうに俺のもとへとそのゲームを持ってきた。
そのパッケージには、とても可愛らしい女の子キャラが画かれている。
「ラブリープラスというゲームなんですが、友達を作ったり恋愛をしたりするアドベンチャーゲームです。私は新井さん以外の交友関係が壊滅状態なので、こういうゲームで友達を作ったりするのが大好きなんです」
なんか色々駄目だこの人。
「てっきりまた今日も教室でゲームやってんのかと思ったすよ。で、また先生に没収されちゃったのかと」
新井が呆れ顔で言った。
「いえ、今日は掃除当番がどうのこうのとかでホームルームが長引いただけです。それに最近は少しこのゲーム飽きてきましたし」
そういや去年からやってるわけだから一年越しでプレイしているのか。すごいハマりようだな。たかがアドベンチャーゲームにそこまではまれるものなんだろうか。
「これ、椎名さんにお貸ししましょうか?」
三上先輩はニコニコしながら俺にそのゲームを差し出してきた。
「へ? いや、俺はいいですよ。ゲームってRPG以外はあんま興味ないですし」
「そうですか? これすごく面白いですよ。全ての女の子キャラクターを攻略するだけでも膨大な時間が必要なのに、進行はリアルタイムにも関連してきますので、長く飽きずに楽しめます」
なるほど、リアルタイムに連動しているシステムだから一年経っても遊んでいられるのか。俺もこのゲームの存在自体はCMなどで観た事があるから名前だけは知っていたが、実際この手のいわゆるギャルゲーと呼ばれるジャンルはプレイした事がなかった(立ち位置がギャルゲーだろ、とかいうツッコミはしないでもらおう)。
「おまけに完全フルボイスで膨大な会話パターンが収録されていますので、現実に女の子と会話を楽しんでいるかのような錯覚に陥らせてくれます。あくまでゲームですけど」
あ、この人一応、現実と妄想の区別は出来ているんだ。よかった。
「ただひとつ気に入らないのは、落とした女の子とセックスするシーンはないんですよね。キスまでしか出来ないのが難点です」
この人の発想はどうしてこう、下半身に直結しているんだ。通りで新井とウマが合うわけだ。だいたいそんなシーンが盛り込まれたらコンシューマ(家庭用ゲーム機)で出せるわけがないだろう。
「さらに欲を申せば、仲良くなった女の子が痴漢やレイプにあったりしてしまうイベントなどもあれば私的には満足でした。そこだけがとても残念です」
いや、残念なのはあんたの発想だ。
「ですので、椎名さん、ぜひプレイしてみて下さい」
「はあ……」
三上先輩は半ば強引に俺へそのゲームを手渡そうとする。
「ちょっと!」
そんな俺と三上先輩のやりとりが気に食わなかったのか、トランプを片手に持ったままレオンが突然声を上げた。
「ク……じゃなくて、あ、あつまにそんな気持ち悪いゲームをやらせないでよ」
「はい? なぜです?」
「あんたみたいな変態になったら困るじゃない」
「小学生には関係ないですよ?」
「関係オオアリよ!」
「どんな関係があるんです?」
「そ、それは……」
いまだに、俺とレオンが許婚である事を藤田と三上先輩は知らない。あえて言う必要はなかったし、黙っておく事に決まっていたからだ。大方レオンのやつは「将来の旦那が気持ち悪い趣味持ってたら私の経歴に~~」うんぬんとかいう理由なのだろう。
「だいたいいつも思っていたんですけど、小学生は椎名さんがお好きなんですか?」
ついに三上先輩が核を突いてきた。
「ち、違うわよ! そういうんじゃなくて……」
「私は好きですよ」
直球キタコレ。
いや、確かにいつも俺にちょっかい出してくるし、まぁ俺を慕ってくれてるのは重々理解していたが、はっきり『好き』と言われたのは初めてだ。よく見ると相原が目を光らせている。
しかしそんな俺の心中では、なぜかよくわからない不安感に包まれていた。三上先輩の『好き』という言葉に得体の知れない恐怖感を覚える。
「でも勘違いしないで下さいね。私は椎名さんの容姿が好きです。中身はまだなんとも言えません。しかし私は回りくどい事が嫌いなので、好きなものは好きとはっきり断言しておきたいんです」
なんて漢らしい女の人なんだ。なんでこの人こんなに堂々としているのに友達少ないんだろう。
「加えて一応弁解しておきますが、私は処女ですからね。なんか痴女みたいに思われてるみたいですけど手当たり次第に殿方をひっかえとっかえしていませんから。とりあえず好きになって、色々お付き合いしてみて、本当に理想的な男性だと判断するまで、私は思考錯誤していってるんです。まぁこれまでに理想がいなかったわけですけどね」
そういえばさっきの嘘の中に、好意を持ってくれた人には邪険にしないとか言ってたな。好きになっても、なられても、この人はその相手を知ろうと努力しているわけか。そう考えると三上先輩ってなんかそんなに悪い人じゃない気がする。いや、悪い人っていう例えも変だが。
「とりあえず私と仲良くしようとしてくれる方には異性同性問わずに、まず尋ねるのが一生私の利益を生む存在になってくれるか、です。無益な存在は悪以外の何物でもないですから。そう聞くとほとんどみんな嫌な顔するんですよね」
ああ、だから友達いないんだ、この人。やっぱり思考が残念すぎる。
「で、小学生はどうなんですか? 好きなんですか? 椎名さんの事を」
「う……」
レオンが困っている。確かにこの言い合いではレオンが噛み付く理由がない。
「言い返せないなら私がこのゲームを椎名さんに貸してもなんら問題ありませんね。はい、では椎名さんどうぞ」
三上先輩は勝ち誇ったようにふんぞり返りつつ、俺にゲームを手渡してきた。いや、俺は別に借りたくないんだけど……。
結局俺は流されるがまま、ゲームを受け取ってしまう。レオンはまた半分涙目で呻いて、相原にヨシヨシといった感じであやされていた。こりゃ今晩また文句が止まんないな。
その後もレオンと三上先輩は毒を吐きあっていたが、いい加減絡むのが面倒くさくなってきた俺達は二人を放っておいて、また大貧民を続けた。
●○●○●
その晩。
案の定レオンは三上先輩の文句ばかりを言っていた(その文句の最中、ピンクローターってなんなの? というレオンの質問には返答に困った)。
俺はそんなレオンの愚痴を片手間に聞きつつ、とりあえずせっかく貸してくれたわけだし、ラブリープラスというゲームをプレイしてみた。ハードは俺も当然持っている、最近主流の携帯機であるTS(画面が二個ついている、ツインスクリーンの略)だ。
レオンはやめなさいよとかうるさかったが、無視して始めてみた。電源を入れると可愛らしいBGMと共に女の子達が集合したトップ画面が現れる。STARTを選択すると、名前等を設定する画面になった。
とりあえず自分の名前をそのまま使うのは気恥ずかしかったので『しい』という名前に設定し、俺は淡々とゲームをプレイし続けた。
プレイ途中チラチラとレオンも横から見ていたが、すぐに飽きたようで気づいたらベッドで眠っていた。
俺もそこそこにキリがいいところまで進めて、今日は眠る事にした。確かに色々な要素があって長く遊べるのかもしれないが、俺の性にはあわないゲームだ。適当にひとつくらいエンディングを見たら三上先輩に返すか。
●○●○●
――そう思っていた、数日前。
気づけば俺は、このラブリープラスの虜になってしまっていた。
ゴールデンウィークの間、かなりの時間をこのゲームに費やしてしまったのだ。しかもこのゴールデンウィーク期間中のみ、レオンは親に呼び戻され三日間丸々実家に帰っていたので、俺はあのアパートで一人気ままにラブリープラスをプレイし続けていた。おかげでハマってしまったのだ。
学校が始まる前日の日にレオンは俺の家に戻ってきたのだが、当然すでにゲームの事など忘れて「親と温泉旅行に行ってきた」という話で勝手に盛り上がっていたので、俺は内心ほっとしながら、これからどうやって隠れながらプレイしようかと考えている。
学校でも常に時刻を気にして「あ、そろそろあのイベントが実行できる時間になる」とか、まるで気が休まらない。
地味に面白いのだ、このゲーム。というのも一度ヒロインに振られてしまい、それからムキになって「この女、絶対落としてやる」などと考えているうちに攻略サイトやらも見たりなどして、気づいたらすっかりハマってしまったのだ。
「椎名さん、どうです? ラプラス」
ラブリープラスを通の人々は略してラプラスと言うらしい。三上先輩が部活中にそう尋ねてきたので俺は、
「まあ普通、ですかね。せっかくお借りしたし、一応エンディングまではやりますよ」
と、あたかもなんとなくやってますよ的なそっけない返しをした。
「なに、あんたまだあんな気持ち悪いゲームやってたの?」
当然レオンが食ってかかる。
「確かに低脳な方には、そういった単純思考でしか物事を判断できないかもしれないですね」
「なんですって? 何が単純思考なのよ!」
「気持ち悪いという表現でしか言い表せない事がです」
「別にあのゲームが気持ち悪いんじゃなくて、あんたみたいな淫乱売女がプレイしていたゲームだから気持ち悪いって言ってんのよ!」
と、まあいつも通りの流れとなったので、俺達は二人を放っておいて、またみんなで大貧民をやっていた。本当ならこの適当でどうでもいい部活中にラプラスをやりたいのだが、さすがに部活なのであからさまにゲームは出来ない(トランプは新井のうまい言い訳のおかげで顧問の三田先生直々に許可が下りている)。
こんな感じで婚活部に至っては、休み明けも平常運転だった。
●○●○●
事件が起きたのは、それから更に三日程あとの事になる。
「あ、マヨネーズがない」
レオンと二人での晩飯中に、その事件は発生してしまった。きっかけはこの一言だ。
「ん? ああ、切らしてたか。じゃあ明日の学校帰りにでも買って帰るか」
「ダメ。私今欲しい」
この嫁はまたワガママ言い出した。
「今欲しいってお前、もう七時だぞ。今から買いに行くの面倒くせぇよ。だいたい今日のおかずにマヨネーズいらなくね?」
「からあげにはマヨネーズでしょ! マヨネーズ絶対にいる。ないとからあげをおいしく頂けない。からあげに失礼だわ。あんた、からあげの存在意義を奪うつもり?」
相変わらず意味がわからねぇ。何言ってんだこいつ。
「じゃあ食うな。俺が食う」
「馬鹿言わないで。早く買ってきてマヨネーズ。それまで私、何も手をつけない」
レオンがこうなったら断固譲らないのはよく知っている。結局渋々折れた俺がマヨネーズを買いに行く事になったのだ、が。
――帰ってきたら、レオンが玄関で待ち構えていた。
その立ち振る舞いは、言い表すならこれ以外ではありえない。
『待っていたぞ、ケン○ロウ』
といった感じで某アニメの最強にして最凶の強敵、ラ○ウ様の如く、彼女は腕を組み、どす黒いオーラを放っていたのだ。
「ちょっとあんた、どういうつもりよ」
「えーと……レオンさん? マヨネーズならちゃんとここに……」
「そんなのどうでもいい。あれはどういう事よ」
レオンはテーブルに置いてある俺のTSを指差して、眉間にしわを寄せている。
「クズ、あんたまだ、あんなゲームやってたの?」
「あ、ま、まあ。だって三上先輩にせっかく借りたんだし……」
「そんな言い訳聞きたくない!」
ちょっと待て。なぜお前はそんなヒステリックに怒っているんだ。
「私……私、あんたがクズだとは思ってたけど、あんな……あんなので喜ぶような、人間としてのクズだとは思わなかった!」
……はい?
「あんたなんかサイテーよ! バカ! 死んじゃえッ! 廃品回収に回収されろ!」
レオンは突然捨てセリフを吐いたかと思うと、玄関から飛び出て行ってしまった。おいおい、せっかくマヨネーズ買ってきたのに。っていうかこんな夜にどこへ行くつもりなんだ。っていうかあいつ、裸足のまま出て行きやがった。
「わけわからん。一体あいつ、何を見たんだ?」
俺は首をかしげながら、TSを取りゲーム画面を再開してみた。
そうしたら、なんか、ヒロインキャラが顔をアップにして、キスをねだってくる状態になってた。
「……まさかレオンのやつ、俺が出かけている間にコレやってたのか」
確か、俺はもう少しでヒロインキャラが一人攻略出来るところまで進めていた。あいつはその続きをプレイして、この状態まで行き着いてしまったのか。
『んもぅ、しいってば、焦らさないで』
ゲーム画面からヒロインがフルボイスでなんか言ってる。これを聞いたのか。
でも、あいつなんであんなに怒ってたんだろう。これはあくまでゲームだし、あいつだって三上先輩が貸してくれたものだから嫌がっていたんじゃなかったのだろうか。
よくわかんねぇやつだな。っていうか、クソ。俺がここまで進めたかったのに。
とりあえず俺はTSのタッチパネル部分、ヒロインの唇にあたる箇所をタッチペンでそっと当てた。
『しい、だいすき!』
●○●○●
結局レオンはしばらくしたら勝手に帰ってきた。お腹すいたとか言って、メシを食ったら、俺の事など無視してさっさとベッドで布団を被ってしまった。まだ不機嫌っぽい。
面倒臭い言い訳をするのもアホらしいし、レオンの事など放っておいて、俺もソファーで横になった。
「電気消すからな」
返事のないレオンに溜め息をつきながら、俺は部屋の明かりを消した。
全く、意味がわからん。何が気に入らなかったんだ。
帰ってきたレオンにそれを尋ねてみても、ぷいっとそっぽ向いてしまってまともに返事をくれなかった。
まさか、とは思うがレオンのやつ、ゲームのキャラに嫉妬をしてるんじゃないだろうな。いやいやいやいや、まさかな。そもそも俺の事などなんとも思ってないに決まっているし、だいたいゲームのキャラに嫉妬するとか、頭おかしいにもほどがあるだろ。
あほくさ。もうくだらない考えはやめてさっさと寝よう。明日の朝になればレオンもまたいつも通りに決まってる。さぁ寝よう寝よう。
……いや、まさか、ねぇ?