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3 部活に勤しむ俺の嫁

「やっぱり部活だと思うんだ、俺は」


 火曜日。朝のホームルームで突然新井が俺に何かを語り始めてきた。


「ほら、この前も言っただろ? あと数日で所属する部活決めないと。この学校じゃ無所属は認められてないからな」


 ああ、そういえばそうだった。レオンが登校した初日の日の帰り道に、コイツはみんなで同じ部活に入ろうぜとか言ってたな。で、全員の意見を聞いたところ、俺はサッカー部、相原は将棋部、新井はAV部に入りたいと言っていたんだ。


 ちなみに新井は勘違いをしているが、AV部はオーディオヴィジュアル部の略で映像関連やエレクトロニクス技術関係の事を学ぶ部だ。決して女の子があんな事やこんな事になってしまう内容を学ぶ部ではない。


「あの時、レオンちゃんは何がいいかわからない、って言ってたよな?」


 なんでもシスター学校にいた頃は部に所属した事などなかったんだそうだ。


「で、俺達の入りたい部はバラバラ。それから導かれる結論はただひとつ。俺達で創部するしかねぇ!」

「そう、か。まぁお前にしてはまだまともな結論だ」


 コイツの事だから、レオンと相原をマネージャーにしてAV部に入ろうとか言い出しかねんからな。なんといっても発想がエロに直結しているヤツだから本当に危険だ。


「って事は厚真! お前も納得してくれたと解釈していいんだな?」

「あ、ああ」


 サッカーは好きだが、特別やりたいっていうほどでもないしな。


「そうかぁ、よかったわ! お前が嫌がったら困るとこだったからなぁ」

「ん? なんでだ?」

「もう創部届け、出してあるからさ!」


 行動が早すぎます。


「創部にはさ、最低六人が必要なんだよ。だからお前が拒否っちゃうと、またメンバー集めからやりなおしだから困るとこだったんだ。いやぁよかったよかった」


 色々とつっこみたいところは満載だが、それよりもメンツが気になる。


「メンバーは誰なんだ? まぁ四人は俺達なんだろうが……」

「もちろん。すでにレオンちゃんと相原からはオーケーをもらってる。で、残りの二人は、藤田(ふじた)三上(みかみ)先輩だ」

「藤田と三上先輩? 聞いた事ないな。うちのクラスのやつじゃないのか」

「藤田は隣のクラスのやつ。俺の中学時代の友達だ。アイツはいいやつだからすぐみんなとも仲良くなれると思う。まぁ問題は三上先輩だな」

「先輩って言うくらいだから年上なんだな。なにか不味いのか?」

「いや、学年で言うと俺達と一緒なんだ。ただ、去年に学校で問題を起こして留年してるんだよ」


 なんだかトラブルメーカーが増えそうな気がするが。


「いい人ではあるんだけどな。ちょっと性格というか趣向が変わってて……あ! でも厚真、お前ならすぐ仲良くなれると思うぞ!」

「ふーん? よくわかんねぇけど。で、お前はその三上って先輩とはどういう繋がりなんだ?」

「俺の塾仲間なんだよ。中学の時に通ってた塾のだけどな。そこでちょっと仲良くなったんだ。この学校に入学していたのは知ってたんで早速会いに行って、部活の事を話したら快く引き受けてくれたってわけだ」


 そういえば肝心な事を聞き忘れていた。


「お前、一体何部を作ったんだよ?」

「婚活部だ!」


 なん……だと……。


 俺が目を点にして絶句していると、新井は俺の肩をがっしり掴み、顔を寄せてきた。


「いいか、厚真。よく聞けよ?」

「な、なんだ?」

「今、日本では少子化が刻一刻と続いている。これは由々しき事態だ。将来では俺達の年金はもらえないのではと巷じゃもっぱらの噂だろう。政府もそれを危惧して、子供手当てなるものまで敢行したが、それだからって子供が増えるわけじゃない。あくまで支援に過ぎん。そもそも少子化の原因はなんだ? そんなの決まっている。男女の営みが著しく失われてきているからだッ!」


 間違ってない。確かに新井の言っている事は間違ってないんだけれども。


「その男女の営みには当然、愛がなくてはならない。愛の無い営みなど、ただの快楽を求めるサルに過ぎん! 俺達はなんだ? 俺達は人間だ! 知性溢れる生物界の頂点に君臨する哺乳類だ。俺達は互いを愛し、愛されなくてはいけないんだよッ!」


 だがレオン曰く、お前はサルだ。


「しかし、しかしだ! 哀しいかな、今の日本男子は草食系とかいうのが流行してきているせいで、まるで男女の付き合いが乏しい! そんな事態を深刻にとらえ、考慮した結果考えついた部が、婚活部というわけだッ!」


 新井……一体何がお前をそこまでさせるんだ……。


「婚活部の創部にあたって担当の教員に確認した。今後社会に出ても異性との付き合いになんら支障が起こりえないよう、コミュニケーション力を向上させる、という素晴らしい名目を掲げたらあっさり承諾をもらったぞ。もちろん顧問は俺らの担任でもある三田先生だ。どうだ、すごいだろう?」


 俺はほんのちょっとだけ、こいつを尊敬した。と、同時に呆れた。


「その部、よくレオンも相原も納得したな……」

「ふふん、その辺はぬかりない。彼女らにはいくらか端折って説明したからな」

「なんて言ったんだ?」

「今後の日本を変える為に、若いうちから切磋琢磨し、人生について学ぶ部だと言った」


 お前は詐欺師になった方がいいんじゃないか?


 目を輝かせながら俺に力説を終えた新井はやたら満足そうだった。


 実際のところ、全くもってどういう部なのかわけがわからない。まぁ簡単に考えれば女の子達とワイワイキャッキャしながら楽しむ部ってところなのだろう。


 っていうか、婚活部て……。俺とレオンの関係を皮肉しているのもほどがある。でもまぁ悪くはないか。俺だって女の子に興味がないわけじゃないし、レオンとはあくまで肩書きだけの関係だ。ちゃんとした恋愛は俺だってしてみたい。


「補足だが、藤田は男で三上先輩は女だ。すごいだろ、ぴったり男女三対三だぜ!」

「ああ、確かにお前はすごい。で、それはどこでやるんだ?」

「いつも俺達が使ってる視聴覚室に決めてある。この学校の視聴覚室ってほんとに有事以外じゃ使われないからな。三田先生からもオーケーはもらった。あ、今日全員で顔合わせするから、早速放課後視聴覚室に集合な」

「い、いきなりか。わかったよ」

「よぉし! 楽しくなってきたぜッ!」


 新井は握り拳をパシっと叩いて、瞳を燃やしている。


 俺は結構不安だ。レオンのヤツがまたトラブルを起こさないでくれればいいが。



        ●○●○●



 ――そんな俺の不安は見事に的中した。


「なんなのよ、あんたは!」

「全く、やかましい小学生ですね」


 放課後、視聴覚室。


「小学生じゃないっ!」

「ほらほら、そんなにカリカリなさらずに。あぁ、もしかして生理とかになり始めたばかりですか?」


 早速二名ほど、言い争いをしている。


 言わずもがな、一人はレオン。そしてもう一人は予想通りのトラブルメーカーだった三上先輩とやらだ。


 俺、新井、相原、そして新しい仲間の藤田は二人の剣幕に圧倒されたまま、呆けていた。


「おい、新井……」

「すまん厚真。全く想定していなかったといったら嘘だ。レオンちゃんの性格を考えればどうしても三上先輩とは衝突すると思っていた。ま、お前が悪いんだけどな!」


 俺は頭を抱えて溜め息をつく。どうしてこんな事になってしまったのか。



        ●○●○●



 初めはよかった。全員が視聴覚室に集まって、これからみんなで婚活部を盛り上げていこう! みたいな感じでよろしくやっていた。まぁその段階からレオンのヤツは三上先輩と藤田を警戒してはいたが。


 で、当然初顔合わせなわけだから簡単な自己紹介が始まる。俺、新井、相原に続きレオン。俺はハラハラしながらレオンの様子を窺っていたのだが、レオンも多少は人付き合いに慣れてきたのか、特に問題なく自己紹介を終えた。しかしその後の三上先輩が問題だった。


「初めまして。三上(みかみ)綺楽蘭(きらら)と言います。綺麗の綺に楽しい蘭と書きます。年齢はあなた方よりひとつ上ですが、同じ学年同士仲良くしましょう」


 三上先輩は、深々とお辞儀をしてそう名乗った。


 ぶっちゃけ俺は一目見た時から三上先輩に目を奪われたのは間違いなかった。金髪で美しくとかされたストレートヘアーにすらっと高い身長。その目元はいつもカリカリしているレオンとは正反対におっとりとし、唇には淡いピンクのルージュでも塗られているのか、魅惑な艶やかさに包まれている。いわゆる美人系だった。


 三上先輩はそこで自己紹介を終えるのかと思いきや、お辞儀の後まだ言葉を続けた。それが全ての始まりだった。


「えっと、確かあなた、厚真椎名さん、と言いましたっけ」


 突如俺の名前を挙げたのだ。


「え? あ、はい」

「あなたの瞳、ブルーなんですね」


 久しぶりだった。この目について触れられるのは。


「俺、クォーターなんです。母方の祖父が北欧人なんで」

「そうなんですか。……とても、素敵です」

「は、はぁ。どうも。っいい!?」


 三上先輩は突然俺の眼前にまで顔を寄せてきた。俺は思わず後ずさろうとしたのだが、彼女は俺を逃すまいと俺の両腕をしっかり掴んで、深く、深く俺の顔を覗き込む。


「ほんと、綺麗。椎名さん」

「あ、あのあの、み、三上先輩、ち、近いんですけど!」

「……椎名さん。あなたは今、付き合っている女性とかいらっしゃるんですか?」

「は!? え、いや、その、なんと……申しますか……」


 これはまさか、いきなり俺に薔薇色フラグが?


 そんな淡いトキメキを感じつつ、俺はちらりとレオンの方を見た。


 案の定、腕を組みながら眉間にシワを寄せている。っていうか両手が服の裾を破れんばかりの勢いで握り締めている。やっべぇ、半端ねぇ怒ってる。そりゃそうだろうな。相原の時でさえ、あんなに不機嫌だったんだ。


 っていうかそもそもなんで俺、レオンに遠慮しなくちゃいけないんだ。なんかあいつは自分の経歴に傷がつくだのとか言ってたが、そんなの俺には知ったこっちゃない。別にあいつだって俺の事を好きなわけじゃないし、俺が誰かに好かれたって関係ないはずだ。


 しかし、この場でレオンの事を言うべきかは躊躇われた。それを言ってしまうとせっかく生まれたこのフラグをぶち壊してしまうかもしれないし、もとより俺とレオンの関係は内緒にしておく事に決まっているのだから。いや、でもしかし、ここはどうするべきか、


「ちょっと!」


 と、俺が四苦八苦しているとレオンがついに痺れを切らして怒鳴った。


「……?」


 三上先輩は不思議そうな表情でレオンの方へと顔を向ける。


「あんた、何やってんのよ!」


 レオンはずかずかと三上先輩のもとへと近寄り、物凄い形相で睨み付けた。いや、正確には睨み上げた。小柄なレオンからすると三上先輩は顔ひとつ分くらい身長が高い。


「なんですか?」

「なんですかじゃないわよ! なにそのク……あ、あつま……に、言い寄ってんのよ!」

「言い寄る?」

「出会ったばっかりでナ、ナンパ行為とか、ふざけた事はやめなさいって言ってんの!」

「あなた、金宮さん、でしたっけ。もしかしてやきもちを妬いてらっしゃるんですか?」

「違うわよ! まだ私達は知り合ったばっかりなのに、そんな接近して、その、く、口説くような真似は、恥を知りなさいって言ってるの!」


 レオンに言い寄られ、三上先輩は目を丸くする。


「あいた!」


 三上先輩は俺の両腕をいきなり離したものだから俺は思わずしりもちをついた。が、とりあえず開放された。


 そして今度はレオンの方へと向き直る。


「……あなた、もしかして物凄く頭がよろしいんですか?」


 三上先輩はレオンに意味不明な発言をした。が、かなり皮肉っぽい。


「はぁ!?」

「ここは高校ですけど、稀に小学生でもずばぬけて秀才な方は飛び級で入学されるという噂を聞いた事があります。あなた、本当は小学生なのでしょう?」

「ななな、なんですってぇ!?」

「だって、こんなに小さな高校生がいるはずありません。それに考え方も子供みたいですし。小学生に男女の関係はまだ難しいですよ? 早くご帰宅なさって、ママのところで算数でもしてきたらどうです? あ、でも秀才なんでしたっけ。でしたら社会の勉強をされてきてはどうです?」


 おおう。三上先輩もレオンに負けず、物凄い毒を吐く人だ。


 とまぁ、こんな感じで二人の言い争いはどんどん炎上していった。



        ●○●○●



「――っの、色情魔!」

「あらあら、小学生のわりに難しい言葉を知っているんですね。さすが秀才は違いますね」


 言い争い始めてから、すでに二十分近くは経過しているにも関わらず、二人は一向に落ち着く気配はない。


 しかし、俺と新井ではとてもあの猛毒合戦に割って入る勇気はなかった。と、そこで妙案が浮かんだ。


「なぁ、相原。あの二人を止めてきてくれないか?」


 レオンが唯一友人だと認めた存在、相原美香。彼女に頼る、これしかない。平和主義の彼女ならこの状況を放っておけないはずだ。


「ダメ」


 しかし相原はきっぱりと拒否。そういえば言い争いが始まってから、彼女は微動だにせず、俺達同様傍観していたな。


「だって、この喧嘩は私、止められない」


 そうか、さすがの相原でもレオンのあの怒りをおさめる事は不可能なのか。


「だって、こんな、厚真くんを巡ってのバトル、止められるわけないじゃない!」

「は?」

「こんな、こんな面白い展開、どうして止める必要があるの!? あぁ、レオンちゃんと三上先輩って人との恋のバトルはこの先どうなっちゃうの? わくわくが止まらないっ」


 ダメだこいつ。早くなんとかしないと……。


 すっかり忘れていた。相原がこういう人の情事が大好物だったのを。なんて事だ、俺達の中で唯一の良心だった相原がこうなってしまってはもうおしまいだ。このまま時が過ぎ去るのを待つほかないのか。


 しかし、そんな諦めムードだった俺達の全く想定外なところから、この猛毒戦争を止めるリーサルウェポンが登場した。


「あの、厚真くん」

「ん、えっと、キミは藤田くん、だっけか」


 今まで黙して語らなかった新井の中学時代の友達、藤田が突然俺に声を掛けてきた。まだ彼は満足に自己紹介すらしていない。本当なら三上先輩の後に控えていたのだが、まぁこのありさまになってしまったからな。


「うん、藤田(ふじた) 真央(まお)。呼び捨てでいいよ、よろしくね」


 彼はパっと見、実に中性的な男子だった。線の細い輪郭に整った顔立ち。見方によってはイケメンだが、どこかなよなよした態度から第一印象は『軟弱』といった感じだ。


「あのね、厚真くんって、やっぱりああいう美人な女の子が好きなの?」


 それは三上先輩の事を言っているのだろう。


「いや、まぁ嫌いじゃないけど」

「じゃあ、あのちょっとおっかない金宮さんって人の事が好きなの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあさ、今好きな子がいるの?」

「いや、特にこれだっていう子はいないけど」

「ふぅん、そっか」

「藤田……?」


 藤田はそれを聞き、少し嬉しげに納得したかと思うと、俺のもとから離れ、レオンと三上先輩の間に割って入った。あいつ、勇気あるな。


「ねぇねぇ二人とも、ちょっと僕の話、聞いてくれる?」

「何よあんた!?」

「なんです!?」


 レオンと三上先輩はボルテージ全開の勢いのまま、間に入った藤田を睨み付ける。


「あのさ、二人ともそんなに厚真くんの事が好きなの?」


 おお、何を言い出すんだあいつ。


「はぁ!? 何言ってんのよあんた! そんなの今はぜんっぜん関係ないでしょ!?」

「そうですよ! 今はこの小学生に社会を教えているところなんですから、邪魔をしないでいただけますか!?」


 うーん、おっかない。やっぱり野生に返った獰猛な動物同士の喧嘩はとても恐ろしい。俺はそんな事を思いながら、藤田がどうするのかを見守った。


「でも、厚真くんはさっき僕に教えてくれたよ。どういう人がタイプかって」


 藤田ぁ!? いやいや、藤田。お前、本当に何を言っているんだ。これはそろそろ止めさせないと俺にとばっちりが来るんじゃないのか。


「だからそれを言ったら、二人とも喧嘩が収まるかなぁと思ったんだけど、でも二人はそんなの関係ないって言うんじゃ、言う意味ないね。ごめんね、余計な仲裁しようとして。じゃあ僕はまた傍観してるから、喧嘩、続けててね」


「「ちょっと!」」


 レオンと三上先輩が初めてハモった。


「そ、そんなのは全然関係ない事だし、クズがどんな女の子がタイプだろうと知ったこっちゃないけど、一応教えなさいよ! 気になるじゃない!」

「私としては椎名さんのタイプが純粋に気になりますので教えてもらえます? この小学生は興味がないみたいなので、私にだけ教えて下されば結構ですよ」

「ば、ばっかじゃないのあんた! 興味ないなんて言ってないでしょ!」

「全然関係ないっていうのは、興味ない事と同意義ですよ。日本語もやり直してきた方がよろしいんじゃないですか?」

「な、なんですってぇ!?」

「なんです!?」


 こいつら、ほんとに相手のあげ足取りがうまいな。この分じゃ、ほんとに収拾つかないぞ。っていうか、俺、藤田にそんな事言ってなんだけどなあ。


「そっか、やっぱり二人とも聞きたいんだ。じゃあ教えてあげよっか?」


 レオンと三上先輩は揃って、こくん、と頷いた。


「厚真くんはね……」


 藤田、お前、何を言う気なんだ。


「……、……」


 その場にいた俺達全員がごくり、と息を飲む。


「……」


 ……。


「……」


 ……た、溜めるなぁあいつ。み○もんたかよ。


 俺がそう思った瞬間、ようやく藤田は思わせぶりに口を開いた。


「……フ」

「フ?」


 全員が同時に『フ?』と呟く。


「ファイナルアンサー?」

「「早く言えよ!!」」


 さすがにそこは総ツッコミを食らっていた。


「はは、ごめんごめん。厚真くんはね、女の子にそもそも興味がないんだってさ」


 いやいや。そんな事はない。断じてそんな事はないぞ。


「なんでかって、厚真くんはね、ああ見えて、同性愛者だからなんだよッ」

「「な、なんだってー!?」」


 いやいやいやいや。言ってない! 言ってないから!


「ね? 厚真くん?」


 そう藤田が俺に振ると、キっと獲物を狩るハンターが如く、二匹の野獣が俺に鋭い視線をぶつけてくる。


 いい加減我慢ならなくなった俺は藤田にキレた。


「ちょっと待て! おい藤田、お前何を言ってるんだ! 俺、そんな事ひとことも」

「こんの、っクズ! あんた、よりによってホモだったの!?」

「椎名さん、本当なんですか? 本当に男性がお好きなんですか!?」


 収拾をつけるどころか、俺を巻き込んでんじゃねーか。いや、まぁ発端の原因に俺が関与していないわけじゃないんだけれども。


「違う違う。んなわけねーだろ! 藤田がでたらめ言ってるだけだ」

「え? だってさっき厚真くん、どっちも特別興味ないみたいに言ってたじゃない?」


 こいつ……さっきの質問はそういう事かよ。案外腹黒なやつだな。可愛い顔しといて油断ならん。


「そうじゃなくて……」

「きょ、興味ない、ですってぇ!?」

「この私に、まるで興味がない、ですって?」


 俺がしゃべろうとすると野生に返った猛獣達がすぐさま口を挟むから、俺は何も言えない。だからイヤなんだ。人の話を聞かないやつって。


「ちょっと! あんた、いくらクズだからって調子乗ってんじゃないわよ!」

「私のような完成された女性を目の前にして、興味がないとは失礼がすぎますよ!」


 レオンと三上先輩は俺の胸ぐらを掴み、激しくガクガクさせながら無数の言葉を浴びせてくる。


 俺は前後左右に激しく揺さぶられながら、何も言い返す気にはなれなかった。だって、どうせこの人達、何言ったって聞いてくんないんだもん。


「待てやゴルアアアァァァァ!」


 突然、怒りの咆哮。


 その主は、誇り高き戦闘民族であるサルこと新井健一その人である。


「あつまぁ……きさま、どんだけエロゲー主人公を気取ってるつもりだっ!? 一体何人の女の子を弄べば気が済むんだ!? ああん!?」


 ああ、やっぱりね。そういう感じで怒ってるんだと思った。猛毒を吐く野獣二人に、傍観者の相原。腹黒の藤田に、戦闘民族サル新井。もうダメだこの部。なるようになるまでほっとこう。俺は呆れてものが言えなくなった。


「たとえお天道様がお前を許そうと、この部の初代部長であるこの俺が、きさまを許さんぞぉぉおおおお!」

「ちょっと待って、新井くん」


 暴走したサルに、腹黒の藤田が落ち着いた声で止めに入る。


「な、なんだ藤田。止めるな! ああいう女をたぶらかすヤツにはお灸をすえなくちゃダメでゴザル! 誰か、誰かおらぬか! お灸をもてーぃ!」


 たぶらかしてないし、なんだかお前もおかしいし。


「新井くん、金宮さん、三上先輩。僕にいい提案があるんだけど、聞いてくれる?」


 藤田の目が怪しく光っている。あいつ、今度は何を企んでいるんだ。


「そもそもさ、今揉めてる原因は全部厚真くんにあるんだよね。だったらこの際、厚真くんが一体誰に一番興味を示しているのかをはっきりさせない? そうしたらみんな納得してくれるでしょ?」


 そもそも俺が原因になってしまったのは藤田、お前のせいなんだが。


「まぁそうね。クズがはっきり物を言わないのが悪いんだし」


 いや、お前ら何も言わせてくれないじゃん。


「で、どうするんですか?」


 レオンも三上先輩もどうして藤田の言う事だけ素直に聞くんだ……。


「ふふ、それはね――」



        ●○●○●



 すでにあたりには夕闇が迫り始めた午後の六時。部活を終えて、下校していく生徒達数人の姿が窓から窺える。まだ学校に残っている文化部の部室がいくつかの明かりを点け始めていた中、俺達もそのひとつになっていた。


 視聴覚室にて婚活部(成立前)、初めての行事(まつりごと)。


 部長兼執行者は新井。インタビュアーは相原。他三名(レオン、三上先輩、藤田)は、今現在、この視聴覚室にいない。


「初めましての方は初めまして。この度、第一回厚真椎名性癖チェック大会執行兼ジャッジメントを行うのは、こんにちはからこんばんはまであなたの戦闘力ライフを健やかに応援する戦闘民族、新井健一です」


 新井はどこから持ち出したのか、マイクを片手に実況アナウンサーさながらといった感じで、椅子に座りながら台本(ただの数学の教科書)を開きつつ解説を始めた。


「では早速、このイベントのサブジャッジメントでもある相原さんにお話を伺ってみたいと思います。相原さん、どうでしょうか?」


 新井は隣の席にいる相原にマイクを差し向けた。


「はい、相原です。そうですね、私としてはあまり厚真くんからはっきりとした答えは出してほしくない、と言った心境でしょうか」

「おや、相原さん、それは何故ですか?」

「愛の探求者を自負する私としては、このまま厚真くんが愛という名の泥沼にずぶずぶとハマっていきながらも四苦八苦する様子を永遠に見続けていたいからですね」

「なるほど! それは実にいい気味ですね! ありがとうございました」


 なんなんだこの二人。実にノリノリである。


 かくいう俺は、両腕を後ろに回され、右上腕に何か得体の知れない物を巻き付けさせられ、なぜか縄でぐるぐる巻きにされている。おまけに猿ぐつわ的なもので口を塞がれている為、「ふがっふが」としか言えないのである。


 まぁそれは百歩譲っていいとして、なぜ、両足を広げられて縛られているのかがわからない。俺は体が柔らかくないので、結構辛い体勢だ。それ以前に今のこの状況がさっぱり理解できない。これから何が始まるというんだ。


「ふがっ! ふががっ?」

「おや、今回の主役である厚真さんが何かを訴えているようですね」

「『おい、これから何が始まるんだよ』って言ってるみたい」

「なるほど、相原さん通訳ありがとうございます。では厚真さんだけでなく、視聴者の皆さんにもご理解いただけるよう簡単にこの大会の主旨をお伝えしようと思います」


 この新井の語り口調からわかるかもしれないが、藤田のやつがどこからか持ってきたデジカメで、この意味不明な大会は録画されている。


「まずテーマですが『人の欲望はどこまで正直に現れるのか』です。これから行われるのは、某漫画にあった有名な実験をほぼ忠実に再現したものです。今から女性達がこの視聴覚室にやってきます。彼女達はそれはもう、男にはたまらないほど素敵な格好をしてきます。そんな彼女達を厚真さんは見て、触って、一番興奮してしまうのは一体どの相手なのかを検証するというわけです」


 なん……だと。


「現在厚真さんの脈拍は一分間に……七十ですね」


 この右腕に巻きつけられているのは、脈を測る機械だったのか。


「この数値を通常の判断基準としていきましょう。さて、これから登場してもらう女性達には自由なアピールタイムが五分だけ与えられています。彼女達はいかなる方法をもってしても構わないので、厚真さんの興奮度をどこまで上げられるかを競い合うわけです。しかし、最終的に男の化身でもある『ナニ』がいきりたった場合、そこで審査は終了します」


 だから、俺の両足は広げられているのか。というか、大事なムスコが反応するかもしれないほど過激な内容なのか……。間違っても反応するんじゃないぞ、ムスコよ。


「ところで新井くん。藤田くんの姿も見えないけど?」

「はい。藤田さんは、金宮さん、三上さんのほか、もう一人別の女性を連れてくる為に、現在外出中です」

「なんで更に女の子を?」

「事の発端は、厚真さんが金宮さん、三上さんに興味がないのでは、という疑問からこのなりゆきとなってしまったわけですが、それ以前に果たして厚真さんは女性に興味があるのか否かという新たな疑惑が浮上してきたわけですね。そこで、また新たな女性を用意し、それでも尚、彼が無反応をつらぬくのであれば、厚真椎名は同性愛者という結論になるわけです」


 つまりこれから登場するであろうレオンか三上先輩に欲情出来ず、更にやってくる未知なる女の子にも欲情できなければ、俺はホモという事になってしまうのか。


「ねぇ新井くん」

「はい、相原さんどうしました?」

「なんか立場的に逆じゃない? むしろこういうの、新井くんがやりたいんじゃないの?」

「何をおっしゃるんですか相原さん。純粋にわたくしは今後の婚活部がおおいに盛り上がるよう、部長としてこういったエンターテイメントを提供し続けていきたいと願っているだけでございます」

「本音は?」

「厚真を利用してレオンちゃんや三上先輩のエロシーンハァハァ」


 まぁ新井はそうだろうなと思った。


 しかしこの企画の発案者である藤田は何を考えているのか。まだ知り合って間もない俺に一体何の恨みがあってこんな事を……。


「新井くん、どうやらみんな準備できたみたい」

「おぉ! では早速はりきって参りましょう! まずはエントリーナンバー一番、魅惑のボディで男を惹きつけるフェロモンを出しまくり、美人おねえさま系の三上綺楽蘭だぁ!」


 新井の掛け声と同時にガラガラ、と視聴覚室の扉が開く。


「おうふ……」


 まず新井が感嘆の溜め息をつく。


「きれい……」


 そして相原が瞳を輝かせる。


「ふがっふ……」


 俺も思わず声(らしきもの)を上げてしまう。


「いかがです、椎名さん。これでも私に興味がないなどと申し上げられますか?」


 まるで女王様さながらの立ち振る舞いをしながら、三上先輩はさっそうと現れた。


 さきほどまで以上に美しくメイクされた顔もそうだが、なによりその服装。純白でツヤツヤとしたシルクっぽいドレスはアシンメトリー調に作られており、そのデザイン製からもオーダーメイドされたものである事がわかる。何よりそのドレスの胸元。大きく開かれたそこには、豊満なエベレスト山脈が今すぐ噴火せんとばかりの勢いで、あらわになっている。そんなドレスを見事に着こなし、この俺の眼前で立ち止まり、某美人芸人の得意技『だっつーの』というポーズ(両腕で胸を挟み込むアレ)でおっぱいをやたらと強調するようにアピールしてきた。


「ぬぅおおおお! これはおっぱ……いや、三上さんの胸から目が離せませんね! っていうか鼻血が……」

「おっきい……」


 新井も相原もやはりその豊満な胸に一番目が引かれているようだった。まぁ俺もだけど。


「ほら、椎名さん。もっとしっかり私を見て、興奮なさって下さい」

「ふ、っふが! ふがふがふがふがっ!」


 三上先輩は更に俺の目前にそのエベレストを近づけてくる。か、顔に当たる……。


「おおっと! ここで厚真さんの興奮度が急激に上昇しております! 現在、基準値を大きく上回る百を突破しました! あくまでこの数値は暫定的な判断基準ですが、もしここで厚真さんが男の化身を巨大化させたなら、その時点で審査は終了ですッ!」


 くそ、こんなの興奮するなっていう方が難しい。落ち着け、落ち着くんだ俺の下半身。


「ほらほら。椎名さん」


 三上先輩はぐいぐいと胸元を接近させてくる。


「ふっふがーっ!」


 俺はこれ以上直視するのに耐えられず、瞳を閉じる事で目の前の誘惑を断ち切る事に決めた。


「あら、そんな事するなら……ええい!」


 ぷに。


「な、なにぃィィィィィィィ!? 三上先輩、それはやりすぎじゃ……」


 新井の驚嘆が聞こえる。


 瞳を閉じて、全ての欲望を断ち切ろうとした闇の中で、突如その感触は顔全体を覆った。これはどう見てもあの、三上先輩のエ、エベレスト的なものが俺の顔を優しく包んでいるに違いない。なんかすんげーいい香りがする。っていうか、ちょっと苦しい……。


「えいえい!」


 尚もぐいぐいとエベレストを押し付けてくる。い、息ができん。


「は、はい! そこまでーっ! 三上先輩、そこまでです!」

「あら、もう終わりですか。ざんねん。もっと色々やろうと思っていたんですけど」

「ふがっ。ふーっふーっ……」


 ようやくエベレストが俺の顔から離れたようで、なんとか窒息は免れた。


「五分です! 三上先輩、退場願います!」


 新井がそう言うと、三上先輩はまだ遊び足りないといった残念そうな顔で視聴覚室から出て行った。


「いやぁ、いいものが見れました。しかしさすがは三上先輩。あのドレスもそうですが、一体どこであんなワザを身に着けてきたのか。そもそも彼女は本当に高校生なのかすら疑わしいですね。どこかで身体を張って生きていたんでしょうか。相原さん、どう思いますか?」

「私、正直ちょっとひいた」

「そ、そうでしたか。いや、さすがのわたくしもアレはやりすぎではと思いました。しかしその効果は絶大! 厚真さんの興奮度は百三十という高数値を記録! けれど届かない。男の化身を目覚めさせるには至りませんでした」


 よく耐えたぞ、マイサン。


 しかし次からは大丈夫だろう。あの三上先輩は得体が知れないが、これから登場するレオンにまさかアレ(エベレスト大噴火)以上のアピールができるとは思えないし、何よりアイツがそんな事をする性格ではないのは俺が一番よくわかっている。更に藤田が連れてくる予定の女子だって、いくらなんでも見知らぬ俺の為にあんな事(エベレスト大噴火)までしてくるとは到底思えない。


「さぁ続いては婚活部きってのツンデレ! エントリーナンバー二番、小柄な体躯に大きな態度! そのギャップ萌えはまるで昨今のアニメによる影響か、黙っていれば超美少女の金宮零麻だぁッ」


 先ほど同様、新井の紹介が終わると共に再び視聴覚室の扉が開く。


「おや? 金宮さん、至ってごく普通の……」

「うん。さっきと同じ制服、のままだね?」


 実況者二人が不思議そうにレオンを見る。かくいう俺もちょっと拍子抜けだ。レオンの事だから、そんなおいろけ全開な事はしないだろうが、それでもかなりの負けず嫌いであるはずの彼女が、あの三上先輩と張り合わないとは考えにくい。


「……」


 レオンは無言で俺のもとへと歩み寄ると、ジっと見下した。


「ふがが?」

「……ぅぅ」


 何かをしようというのか、レオンは制服のスカートの裾を両手でぎゅっと握り締めたまま動かずに少し呻いている。……いや、よく見ると、レオンは小さく震えている。


「金宮さん、動きがありませんね。ただいま三分が経過。厚真さんの興奮度は正常値からさほど動いておりません。相原さん、彼女は何もしないのでしょうか?」

「まさかとは思うけど、レオンちゃん、アレをやる気なんじゃ……」

「相原さん、アレとは一体?」

「いや、なんでもないよ。ま、まさかね。レオンちゃんがそんな事するはずは……」


 相原は何か心当たりがあるのか、しかし新井の質問に答えようとはせず難しい表情のまま、俺を含め三人は固唾を飲んでレオンを見つめる。


「このままでは不味いですよぉ金宮さん! 残り一分です! このまま三上先輩に敗北をきっしてしまうのかぁ!?」


 と、ついにそこでレオンに動きがあった。


 両目を閉じたのだ。


「ふが?」


 俺は訝しげつつ、レオンを見上げる。


「こ、これは、あくまで勝負だから! 仕方なく、や、やるんだからねっ!」


 レオンはテンプレなツンデレセリフを吐くと同時に、バっ! とその両腕を上げた。


「っふふふふ、ふんがぁっ!?」

「ウッヒョオオオオォッォッォォオオオオッ!?」

「レオンちゃん!」


 今、俺の目の前に広がる光景は例えるなら、そう。おとぎの国。御伽噺(おとぎばなし)の世界。俺はそんな世界に間違って彷徨ってしまったのではないだろうか。そんな、光景。


 彼女、レオンは、正確に言うとスカートの裾を掴んだまま、その両腕を上げたのだ。


 そして俺の視界に映りこんだそれは、純白なる白。三上先輩のドレスと同じ、白。


 しかしその白は同じ白でも、桁違いの攻撃力を孕んだ、白。


 それは、日常では決して見る事は叶わない。けれど、もし、見る事が出来るのであれば、きっと天にも昇る気持ちになれるであろうと思われる。いや、そもそもそんな事を思うはずがない。考えつくわけがなかった。なぜならそれは、現実世界ではありえない事象なのだから。


 いや、もう、よそう。俺は見てしまったのだから。聖域(サンクチュアリ)を。


 しかしその聖域(サンクチュアリ)が、いまだなんなのか理解出来ていない読者諸君に俺は正確に伝える義務がある。なぜなら、これは、俺の物語だからだっ!


 だが、それを端的に表すには少々心に余裕が足りないようだ。そこで、かの有名なとある仙人様の名言から借りる事にしよう。俺が見たもの、それは、


『ぎゃるのぱんちー』


 である。


「ななな、なんたる事でしょうか!? か、金宮さんはな、なんと、スカートを持ち上げ、あろうことか、彼女の聖域(サンクチュアリ)を厚真さんの眼前に曝したのですっ。しかし、残念! 我々ジャッジメント席は彼女の背後! こちらからでは聖域(サンクチュアリ)がまるで見えませんっ!」

「ううっ、うるさぁぁぁぁあい! サル、黙れぇぇえええええええええええええっ!」


 レオンは顔を真っ赤にしながら、その両腕を下ろしてしまった。


「も、申し訳ございません。しかし金宮さんのアピールタイムはここで終了です。退場して下さいっ」

「うー……。クズもすぐ忘れなさいよね!」


 捨てセリフを吐きつつ半泣きになりながら、レオンは足早に部屋から出て行った。


「いやはや、金宮さんも思い切った事をしましたね。あのアピールについて相原さんはどう感じましたか?」

「私が前に、「男の子は女の子のパンチラに弱いんだよ」って話をしたから真に受けちゃったんだね……。ごめんねレオンちゃん……。でもそれじゃパンチラじゃなくてただの変態さんだよ……」

「なるほど、相原さんの助言から金宮さんはああいった行為に及んだわけでしたか。っていうかクソ、デジカメの位置をもっと奥にしておけば……くぅ」

「新井くん?」

「いえいえ、なんでもございません。さて、厚真さんの興奮度ですが……九十ですね。おや、思ったより低いですね? 厚真さんはパンツに興味がないのでしょうか」

「違うよ新井くん!」

「相原さん? 違う、と言いますと?」

「見て、厚真くんのあの表情をっ!」

「表情……。こ、これはっ!?」

「うん、そう。厚真くんはね、悟りの境地にまで逝ってしまったの。レオンちゃんほどの美少女が実行するはずのない行為。そのギャップに理性が耐え切れず、興奮という下卑た思考すらを通り越して、全てを悟ってしまったのよ!」

「な、なるほど。確かにあの目は逝ってしまってますね。しかしこの審査はあくまで興奮度と男の化身による判定。残念ながら男の化身に変化は見られず、興奮度も九十止まり。現状では三上先輩の方が上という結果になってしまいます」


 なるほど、俺は逝ってしまっていたのか。通りで心が穏やかなわけだ。穏やかな心を持ちながら、激しい興奮に目覚めてしまいそうだ。今なら何か、金色なオーラが出せそうな気がする。戦闘力も二十倍くらいまでなら上げられそうな気がする。


「要約しますと、金宮さんの攻撃は先ほどの三上先輩を大きく上回っているものの、やりすぎてしまい結果が追いつかなかった、というところでしょうか。いやはや残念な結果です」


 しかし新井の解説もぶれないなぁ。あいつ、案外こういう行事の司会には向いているのかもしれないな。


「レオンちゃんには後で私から言っておかなくちゃ……なんか色々間違って覚えちゃってるみたいだし」


 そうしてくれ相原。レオンはいつも、色々間違って覚えるから。


「おっと、ただいまわたくしの携帯にメールが届きました。どうやら藤田さんの方も準備が整ったとの事です。ええと、連れてきた女性の名前は藤峰子(ふじみねこ)さんというそうです。なんかどっかで聞いた事ある名前ですね」

「でもこの学校内じゃ私は聞いた事ない名前だなぁ。もう扉の外でスタンバってるのかな?」

「ええ、そのようです。しかし一体どんな子を連れてきたのか……詳細は何も聞かされていませんが、とりあえず時間も尺も無くなってきたのでサクサクいきましょう! それでは藤峰子さん、どうぞ!」


 もうこれ以上は驚かされる事なんてないはずだ。おっぱいに耐え、パンツにさえ耐えた。俺のムスコは実によく耐えている。


 次も乗り切るぞと意を決した時、前の二人同様、ガラガラっと視聴覚室の扉が開かれた。


 そして、そこに立っていたのは。


「こっ、これは!?」

「えぇっ!?」

「ふが!?」


 新井、相原、俺はほぼ同時に声を上げた。


 美少女であるのは間違いなかった。誰がどう見ても彼女は美少女だ。


 レオンと同じくらい長い髪に、整った顔立ち。細い体つきの割りにはしっかり出るとこは出ている。しかし問題はそんな事ではなく――。


「「なぜ、僧侶!?」」

「ふが、ふがが!?」


 俺も声らしきもので新井と相原に混ざりハモった。


 美少女なのだ。確かに。しかし、僧侶なのだ。なぜか。


 いわゆる作務衣(さむえ)(僧侶などが寺で掃除する時とかに来ているヤツ)というものだろう。全身を真っ青な衣で包んだ、僧侶なのだ。青といってもラメ状の織物で出来ているのか、異様にキラキラと光り輝き美しい。神々しささえ感じる。


「……」


 僧侶の格好をした藤峰子は口を閉じたまま一切言葉を発しようとはせず、無言で俺の目の前まで厳かに歩み寄ってきた。


「これはいわゆる不思議系美少女でしょうか? 藤峰子さん、なぜか女僧侶の格好で登場です! 相原さん、これは一体?」

「全くわけがわかりません!」

「はい、ありがとうございました!」


 相原同様、俺も全くわけがわからない。確かにこの見知らぬ女の子は可愛い。しかしなぜ、どうして僧侶???


「初めまして」


 俺の目の前でようやく彼女は声を出した。その声は女性のものと思われるが、若干低めでもあり、なんというか、実に中性的な声色だった。が、口数が少ない為、はっきりとはよくわからない。


 そんな彼女は、俺を優しく抱きかかえてきた。


「おお、藤峰子さん結構大胆です! 直に触れてのアピール!」


 新井の言う通り、彼女はやたらと体を押し付けてくる。しかも三上先輩とは違った、またいい匂いがするんだわ、これが。ふわあ……って、なる。


 藤峰子は俺の耳元まで顔を寄せると、一言だけ、


「この下、何も履いてないんですよ……」


 と、消え入りそうな声で呟いた。


「藤峰子さん、厚真さんに何か呟いたようです! ここからではよく聞き取れませんでしたが、彼の興奮度が急激に上昇している事から、そうとうエロい事を言っているんでしょう! すでに興奮度は百二十を記録! この時点で金宮さんを抜いて暫定二位です!」


 新井の解説通り、俺は興奮している。ドキドキしてしまった。


 何も履いてないってどういう意味なんだろうか。なんてすっとぼけるつもりは、毛頭ない。何も履いていないというのはつまり、レオンが見せてくれたあの聖域(サンクチュアリ)の更に向こう側。伝説の聖杯に手が届くかもしれない。そういう意味なのだから。


「少しだけ、サービスしちゃいますね」

「ふがぁ!?」


 藤峰子は僧侶の衣の下半身部、スリット部分からその甘美なるおみ足を覗かせる。


「ふが! ふが!」


 徐々にあらわになっていくスネ、ふともも。もはや俺の視線はその先その先へと向けて釘付けだ。


「ぬおおお! これまたすごいエロいです! ああエロいですとも! やっててよかった婚活部! 相原さん、ねぇ! エロいですねぇこれは!」

「私、ちょっとこの部やめたくなってきた」

「い、いやいや、これはあくまでイベントですから! 厚真さんの為に行っている行事ですから、今後は大丈夫です!」


 何が大丈夫なのかさっぱりわからんが、俺のムスコはあんまり大丈夫ではなかった。ぶっちゃけここまでの積み重ねもあって、なんかもう頭の中は悶々としているし、目の前では僧侶系美少女が素足を少しずつあらわにしていくし、やばい。ムスコまじヤバイ。


 おまけに横目で藤峰子の表情を窺うと、頬を赤く染め右手の指を加えながら恥ずかしそうにしている。その仕草がまたエロい。


 そしてまた、視線をふともも付近に移す。もはや聖杯まで残り数センチ。やばいってやばいって。ちょっとさすがにこれはやばくないか。だって、これ録画もしてるんだろ。やべぇよ。こんなのが先生達に知れたら婚活部は創部前に廃部になるって。


「そこまでっ! 藤峰子さん、そこまでです! 五分です!」


 なんとか大事になる前に新井がストップをかけた。さすがの新井もやばいと思ったのか、少し五分には満たない感じもしたが、俺は安心した。アイツにも僅かな良心が残されていたんだな。


「藤峰子さん、退場願います!」


 新井の掛け声を聞き、藤峰子は黙って部屋をあとにした。なんだかやけにあっさりしていたな。


「いやはや、どうなっちゃうのかと思いました。しかしやけに積極的な美少女でしたが、彼女は一体なんなんでしょうね? とりあえず後で藤田さんに確認を取ってみましょう」


 本当になんだったんだ、あの女の子は。しかしなんとかぎりっぎりでムスコは耐える事が出来た。俺のムスコは本当によく教育されているな。……有事にも無反応だと困るが。


「おや、相原さん? 一体どうされました?」


 新井が不思議そうに相原へ問いかけた。なぜか相原は笑いを堪えているかのように見える。


「う、ううん。今ちょっと面白い情報が入っちゃって、思わず、ね。まぁいいから、とにかく新井くん。結果発表しようよ」

「はぁ? そうですね。これで三人の美少女達による宴は終わりとなりました。藤峰子さんの最終記録は全員をこの場に呼んでから発表としたいと思いますので、全員をこの場に呼びましょう。相原さん、お願いできますか?」

「うん、わかった。今呼んでくるね」


 相原はなぜかニヤニヤしたまま、視聴覚室の扉を開けて、みんなに声を掛けた。


 藤峰子の最終記録がいくつか気になるところだが、レオンが九十。三上先輩が百三十。そして藤峰子が暫定で百二十。少なくともレオンがビリなのは明白だ。


 とりあえずここまで興奮してるわけだし、俺が女の子に興味がないという疑惑は晴れたはずだ。問題なのは、このままだと俺はレオン以外にものすごく興味があるみたいになってしまう事だ。レオンのヤツが怒り狂わなければいいが……。


 などと考えているうちに、さきほどまで俺に精一杯尽くして(?)くれた美少女達が勢揃いとなった。しかしよく見ると藤田の姿がいまだに見えない。


「あれ、相原さん。藤田さんはどこへ?」

「んっと、ちょっとやる事があるから、後でまた戻ってくるって」

「そうですか? わかりました! では早速結果発表と参りましょう!」


 俺は思わず美少女達に目をやった。


 レオンは相変わらず真っ赤になって膨れっ面で俯いている。三上先輩はぶれずに女王様気取りで髪をかき上げている。僧侶系美少女の藤峰子は行儀よく両手を前にし、落ち着き払っている。


「さて、厚真さんの興奮度第三位は、九十、金宮零麻さん!」


 新井の発表を聞いたレオンは、半分涙目のまま俺を睨み付けた。そりゃそうだ。パンツまで見せといてビリですってんじゃ、怒るのも無理ないな。俺が悪いのか?


「そして栄えある興奮度第一位は……三上先輩の百三十を僅かに上回った、百三十五を記録した藤峰子さんですッ! おめでとうございますっ!」


 視聴覚室内に新井と相原の拍手が響き渡った。


 そうか。結局俺は、あのスリットから覗かせるかもしれなかった聖杯に見事やられてしまったというわけか。


「いやぁ、ものすごい戦いでした! 相原さん、今回の結末、どうお考えでしょうか?」

「やっぱりチラリズムだね。藤峰子ちゃんはそれが上手かった。レオンちゃんもチラリズムが習得出来ていれば、この結果は全く別のものになっていたと思うよ。三上先輩は少しあざとすぎたね。強引にやればなんでも上手くいくわけじゃないっていう良い例えかな」

「はい、という事でした! さて、それでは見事優秀の美を飾った藤峰子さんにインタビューをしてみたいと思います。藤峰子さん、よろしいですか?」


 新井は藤峰子のもとへと歩み寄り、マイクを差し向けた。


 彼女はペコリ、と行儀よくお辞儀をする。


「さて、藤峰子さん。みんなが疑問に思っているところで単刀直入ですが、あなたは一体藤田さんとどういったご関係なのでしょう? あなたのような美少女が知り合いにいるなど、中学以来の付き合いがあるわたくしも初耳でしたので、よかったら経緯などから詳しくお聞かせ願えるとありがたいです」


 新井が当然の疑問をインタビュー形式で問い掛けた。俺も気になる。


 と、その時。


「騙すような真似してごめんね新井くん。僕、藤田」


 藤峰子の姿から、藤田の声が聞こえた。幻聴か。


「は? え? お、おま、おまえ、藤田!?」


 新井もすっかり素に戻っている。


「うん。これ、カツラだよ」


 藤峰子……だった者は、そのカツラを取り外した。


「ふ、ふふふ、藤田ぁ!? え? ちょっと待て、お前、だって。いやいやお前。ちょっと待て、え? 何? お前ほんとに藤田?」

「うん。胸とお尻にもちょっと詰め物してるよ。当然化粧もね。それにもともと僕ってあんまり声変わりしなかったから、ちょっと声色変えると女の子っぽくできるんだ」

「うっわ、マジで。お前、藤田だったのかよ。もしかして相原は知ってたのか?」


 新井が素のまま相原に尋ねるとニッコリしながらこくん、と頷いた。


「さっき、ね。藤田くんのアピールが終わって部屋から出ていく時、こっそり教えてくれたの。僕、藤田だよって」

「そうだったのか。っていうかなんで俺達にまで黙ってたんだよ?」


 新井はすっかり素に戻っている。


「その方が面白いでしょ?」


 やっぱりこの藤田ってやつは腹黒だ。


「まぁそんな事よりこの行事の結末を考えてみない?」


 こいつ……読めたぞ。っていうか、そろそろ誰か俺の戒めを解いてくれないのか。何も言えないし、何も出来ない。


「厚真くんはさ、結果的に僕に一番欲情した。それは男の僕である色気が金宮さんや三上先輩の上をいった、って事になるよね?」


 新井と相原がすでに笑いかけている。


「つまり……厚真くんは男が好きだったって事になるんだよッ!」

「ふががんが(ふざけんな)! ふががふがんが(俺は断じて)、ふっがふがぁぁあああああああああああああああ(ホモじゃねぇぇええええええええ)!」


 俺の声にならない声が、いつまでも視聴覚室にこだました。



        ●○●○●



 下らない行事も終えて、ようやく俺は自由の身となった。


 気がつけば、時刻は夜の七時を過ぎている。


 レオン、三上先輩、藤田(藤峰子)の美少女(約一名♂)達も、化粧落としと着替えの為、全員女子トイレ(多分藤田は男子トイレ)へと退出していった。


 その直前。一番気になっていた『藤峰子はなぜ僧侶姿で登場したのか』を新井が藤田に質問したところ、「僕の家、お寺だから」とだけ答えていた。いや、それにしたって僧侶姿で男を興奮させようってのもよくわからん発想だが。……って、興奮してしまった俺が言える立場じゃないか。


「しかし初日からなかなか面白い顔合わせができたな」


 新井はさきほどまで録画していたデジカメを弄りながら、満足そうに言った。


「ふざけんな。俺はいい迷惑だ。っつーか、俺、絶対後でレオンに文句言われるな。うわぁ……今日は一緒に帰りたくねぇ……」


 とは言いつつも、嫁の生パンツを見れた事はちょっと感激していたりする。


「厚真くん、今日はレオンちゃんに優しくしてあげてね。レオンちゃん、頑張ったんだからね」


 相原が俺にそう諭す。


「優しくしてあげてってお前、俺が優しくしてもらいたいっつーの……」


 俺は大きく溜め息をつきながら、机や椅子を運んでいた。新井が色々凝ったセッティングをしたおかげで後片付けも容易じゃない。


「うはは、よく撮れてる撮れてる。こいつは使えるな……」


 新井は何か思いついたのか、下心満載の笑みを浮かべていた。


「新井さぁ、こんな活動の部じゃ、みんなそのうちやめちまうんじゃねぇの?」


 にやけながらデジカメを凝視している新井に、俺は呆れながら言った。しかし答えを返してきたのは相原の方だった。


「大丈夫だと思うよ。私は結構楽しかったし、みんなも楽しんでたみたいだしね」

「はぁ? 相原、お前マジか? そりゃ、俺とかはまぁ、その、色々と役得はあったけど、女子達あれでみんな楽しんでたのか?」

「ん。私はそう見えたよ。三上先輩もレオンちゃんもこの遊びに結構乗ってたじゃない? それに案外あの二人って相性良さそうだしね。いい友達になれるんじゃないかなぁ」

「は? あれで仲がいいって? 初対面からめちゃくちゃ毒吐き合ってたじゃねぇかよ」

「んー……。ま、なんとなくだけどね。友達ってみんながみんな優しく接したりするものじゃないでしょ? 喧嘩するほど仲がいいって言うし。これは厚真くん達の場合にもあてはまるのかな?」

「よく、わかんねぇなぁ……」


 俺には納得しかねるが、相原はなぜかくすくすと笑っていた。こいつってなんかたまにやたら大人な意見出すんだよな。


 と、考えながら視聴覚室内の整理が粗方終わると、ようやく普段通りの格好に戻った女子達+藤田が帰ってきた。


「全く、小学生が妙な事言うから変な騒ぎになってしまいましたね」

「うるさい。淫乱売女」


 帰ってきた早々レオンと三上先輩は言い争いしているが、最初ほど熱は篭っていないようだ。


「その淫乱売女に負けたあなたは、所詮小学生程度の色気しか持ってないという事です」

「あんな気色悪い色気なんて欲しくないわよ」


 しかしよくやるわこの二人。うーん、これで仲がいいとはとても思えん。


「ま、結局二人とも僕以下の色気なんだけどね」

「「っく」」


 藤田がまとめて二人を黙殺。


「そうそう、厚真くん」


 何かを思い出したかのように、突然藤田は俺のもとへと駆け寄ってきた。


「ん?」

「まだ親しいわけでもないのに、色々厚真くんをからかうような真似してごめんね」

「いや、もういいよ。なんだかんだ言って、俺もそこそこ楽しんでたわけだし」


 一応レオンと三上先輩の喧嘩も落ち着いてくれたわけだし(パンツも見れたし)。


「そっか、ありがとう。厚真くん、大好き!」

「うおっ!?」


 藤田は大げさに俺へ抱きついてきた。まだ先ほどの香水の匂いが残っているのか、少しいい香りがする。ヤメテクレ。オレハノーマルダ。


「おいおい藤田、あんまり厚真をからかうなって……」


 珍しく新井が呆れ気味にぼやいた。


 そんな俺と藤田の様子を見てまた全員が、ホモだのなんだのとはやし立てていた。



        ●○●○●



 そのあと、帰り際に新井が「婚活部創部記念に全員の集合写真でも撮ろうか」と提案したのだが、これを俺は断った。もういい加減帰って飯を食いたかったし、なんだかそれにはノリ気になれなかったからだ。


 すっかり遅くなってしまったいつもの街路樹通り。街灯が少ないこの通りではさすがにこの時間帯はかなり薄暗い。


 だいぶおなかが空いてきた俺とレオンは、二人きりの家路を急ぐ。


 藤田と三上先輩は学校から歩いて帰れる距離らしいので、校門前のバス停で別れ相原と新井はいつも通りバスでの帰り途中で別れた。


「しかしなんて日だ。正直俺はこの部に入ったの、ちょっと後悔してるわ……」

「だいたいあんたが女の子にだらしないのが全部悪いんじゃない!」

「いや、だらしないとかじゃないって。っつーかレオン、お前は続けるのか、この部活」

「はぁ? 何言ってんのよクズ。当然でしょ」

「だってお前、婚活部だぞ。意味わかってんのかよ」

「今後の日本を変える部活でしょ?」


 新井の洗脳は見事です。こいつの場合本気にしてる可能性があるからなぁ。


「それに美香は面白そうだから続けるって言ってたし、あんたを見張んなきゃいけないし、やめるわけないじゃない」


 ま、相原がやめないんじゃやめないだろうな。


「ただあの淫乱売女が気にくわないけどね。あいつ、何様なのよ」

「まぁちょっとキツイ人だったな。おっぱいはでかかったけど」

「……あんたってやっぱり、クズね」

「なんだよ。本当の事言っただけだろ。っつーかお前も、その、結構大胆な事、したな」


 あの時の光景を再び思い出すと……。白だった、な。ふぅ。


「わ、忘れなさいって言ったでしょ! あ、あれは、別にあんたの為にやったんじゃないんだから!」


 レオンも見てわかるくらい顔を真っ赤にしながら、テンプレなツンデレ返しをしてきた。こういうところは結構可愛いんだよな。


「そ、それよりあんた、どういうつもりよ! 私があ、あんな事……までしてやったっていうのに、なんで淫乱売女の方に興奮してんのよ!」

「い、いや、そんな事ないって!」

「しかも更には女装した男にまで興奮しちゃって……この変態クズッ!」

「しょ、しょうがないだろ……あいつ、本当に可愛かったんだし……。だからって別に俺はノーマルだからな! ちゃんと女の子が大好きなんだからな!」


 俺の必死な言い訳に、レオンは呆れた表情をした。


「……一応言っておくけど、あんたは一時的とはいえ私の旦那になるんだから、それまでは他の女の子に手を出したり、下品な真似はしないでよね。離婚してからは勝手にすればいいけど」


 ふんっと彼女はそっぽ向いてしまった。


 やはりレオンはレオンだ。


「あのさぁ、俺だって一応普通の男子だし、この先誰かを好きになる事もあると思うぞ。だいたい俺達の関係ってただの肩書きだけなんだろ? お前も俺の事を異性として見てくれているわけじゃないみたいだし、お互い好きにすればいいんじゃないのか?」


 これが失言だと知るのは、この数分後。


 それまで隣で同調していたはずの歩幅が歪む。そしてレオンがぴたりと足を止めた。


「おい、レオン?」

「……」


 レオンは俯いて黙っている。ただ、あまりに明かりが少ない為、その表情は窺い知れない。


「何してんだよ。早く帰んないと夕飯作る時間が」

「なによ」


 レオンはいつもの強い調子ではなく、少し気弱な声で言った。


「お互い好きにすればいい? そんなの出来るならとっくにやってる……」


 俯いたまま、しかし声には怒りの色が現れている。


「な、なんだよ?」

「あんたは知らないかもしんないけど、私にだって昔から気にしてる人くらい居るんだから!」


 意外な言葉だった。


 よくよく考えれば当たり前の事だ。いくらこいつが男禁制のシスター学校で育ったからとはいえ、まるで男と接点がないなんて事はない。好きな人のひとりやふたり、出来ていたとしても不思議な事は何もない。


「そ、そう、だったのか……」

「そうよ! クズのくせに勝手な事、言わないでよ!」


 言葉を投げ捨てるように、レオンは突然早足で俺を追い抜いた。


「お、おい! 待てよ!」


 俺を置いてさっさと進んでしまうレオンの背中を追いかけながら、俺は何度も声を掛けてみたが、その日、レオンはそれっきり口を開こうとはしなかった。一体どうしたんだレオンのやつ……。



        ●○●○●



 帰宅後、レオンは夕食も取らずにさっさと寝てしまった。


 こういう怒り方をするレオンは初めて見る。俺は少しだけ、反省していた。

 多分、俺の発言は彼女の何か触れてはいけない内情に触れてしまったのだろう。それがなんなのかはさっぱりわからない。しかしレオンは言っていた。「昔から気にしてる人くらいいる」と。それなのにも関わらず、親同士の勝手な言い分によって俺なんかと無理やり同棲させられていれば、不満がないはずもない。


「気にしてる人、か」


 真っ暗な部屋の中、俺はソファーで寝転がりながら、ひとりごちる。


 まだ、一ヶ月も経っていないとはいえ家でも学校でも、いつも一緒にいるレオンの事を俺はあまりに知らなさ過ぎる。こいつの誕生日は? こいつの家の場所は? こいつの好きなタイプは? こいつの親と俺の親の関係は?


 考えれば考えるほどに、わからない。俺は一体こいつのなんだっていうんだろう。


「……んだよ」


 苛立ちが募り始める。


 なぜ苛立っているのかがよくわからない。だから余計に苛立つ。まるで終わらない思考のループに気づくと更に苛立ちが増し、その元凶を考えてみる。


 ゴロン、と寝返りをうつ。暗がりの中、ベッドに視線をやるとレオンの後ろ髪が薄っすらと窺える。被っている布団が静かに上下しているところを見ると、すっかり眠りこけてしまっているようだった。


「……全く、勝手だよな、親ってのは」


 俺はレオンに同意を求めるかのように、もしくは自分に言い聞かすかのように。


 しかしその声が決して届かないように、再びひとりごちて眠りに落ちた。








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