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2 とある休日と俺の嫁

 早朝六時。大安。晴れ。日曜日。


「映画見にいきたい」


 突如、嫁の我侭が始まった。


「んんー……?」


 ソファーで気持ちよく眠っていた俺に、突然の要望。


「昨日、美香が貸してくれた小説の映画。見にいきたい」

「ふぇいがー……?」


 俺は寝惚け眼をこすりながら、ようやく単語を発する。しかし、眠い。

 昨晩、ちょっと遅くまでパソコンを弄りすぎていたせいで、満足に寝ていないのだ。


「映画。見にいきたい!」


 段々と声を大きくするレオン。うるせぇ……。

 と、思うと同時、俺の目に火花が飛んだ。


「いってぇええええええええええええええええ!?」


 あまりの出来事に俺は飛び起きる。右の頬が超熱い。どうやらレオンがビンタをくれたようだ。


「いつまで寝てんのよ! このクズ! さっさと起きなさいよ!」


 な、なんでご立腹なんですか?


「映画よ映画! 見にいきたいって言ってんのよ!」

「うぅ……ほっぺが熱いよぅ……」


 俺はあまりの衝撃的痛みに耐え切れず、涙目になりながら両手で頬を押さえる。


「これよ、ほら!」


 そんな俺の事などおかまいなしに、レオンは俺の眼前に『愛 深きゆえに萌える』というタイトルが書かれた小説を見せ付けた。


「お前……それ以前にもっと他に起こし方ないのかよ……」

「普通に起こしたじゃない。最後のは気付け代わりよ。それよりほら、これこれ!」


 レオンはまるで飼い犬が見て見てご主人様とでも言わんばかりの勢いで、その小説をぐいぐいと俺に押し付けてくる。


 そういや昨日学校でやたらと相原が興奮してレオンに何かを薦めていたな。それがこの小説ってわけか。


 しかし相原には驚かされる。


 まだレオンと知り合って三日程度しか経っていないというのに、すでに旧友のように仲睦まじくレオンと接している。さすがは誰とでも仲良しになれる才能を持つ女子だ。


 まぁ俺としても学校でまでレオンの世話を焼く手間が省けるし、願ったり叶ったりだが、まさかこういう方向から俺に火の粉が飛んでくるとは思わなかった。


「ったく。朝っぱらからうるせぇなぁ。映画なんか一人で見にいけばいいじゃないかよ」

「行けないから言ってんでしょ!」

「はぁ? なんで行けないんだよ?」

「どうやって見に行くのか、知らないんだもん!」


 はい、お嬢様乙。


 映画も満足に見に行けないとか、どんだけなんだ。相変わらずレオンはよくわからん。そのくせして、食い物に関してはやけに庶民的なものばっかり好む。この前もカレーが食いたいと言ったり、その次の日は味噌ラーメンが食べたいと言ったり。一体コイツの前までの生活スタイルはどんなんだったんだ。


「それに私、お金持ってない」


 ああ、そういやそうだった。


 このレオンは、俺の家に住み始めた当初から一円すら現金を持っていなかったらしい。それを知ったのはついこの前。レオンが学校に来た初日の日、昼食代が無い事からわかったのだが、なんでも現金を持ち歩いた事はないのだそうだ。なんでかって聞いたら、携帯電話の件と同じく「必要ないから」とのこと。だいたいの買い物はカードで済ませるから、カードしか持っていないらしい。更にそのカードはゴールドカードだった(偉そうに見せつけてきた)。


「今の映画館はカードでも入れる所、あるぞ」

「そんなのわかんないじゃない。だいたい私この辺地元じゃないし、カードってデパートとコンビニ以外じゃ使ったことないもん」

「じゃあ金やるから、勝手に行ってこいって」

「一人じゃ、やだ」


 ははーん、コイツめ。俺は一人悦に浸り始めた。


 まぁ確かにこいつとは家でも学校でもずっと一緒だったからな。なるほど、ついに俺に多少の恋心を抱いてきてしまったのか。しかしまだまだ素直になれず、だったら最初は映画館でデートっていう魂胆か。ふふ、なかなか可愛いやつじゃないか。


「一人じゃ、まるで友達がいない寂しい子だと思われちゃうでしょ」


 俺の妄想乙。ま、わかってたけどね。そんなわけないって。ほ、ほんとなんだからね。っていうか、お前、実際に友達いなかったんじゃないかよ。


「美香は今日用事があるって言ってたし、メガネサルとなんか間違っても二人きりで行動したくないし、あんた以外いないでしょ」


 俺は今わかった。順位的なもの。


 相原 〉〉〉越えられない壁 〉〉〉俺 〉新井。


 レオンは相原の嫁になればいいんじゃね。


「ほら、だからさっさとコレ読んじゃいなさいよ!」


 両手に抱えたその小説を、レオンは無理やり俺へと手渡す。


「は?」

「だいたい三時間もあればどんなクズでも読み終わるでしょ。はい」

「いや、待て。何を言っているんだお前は」

「これ、本当に面白かったのよ。さすが美香ね。私の友人なだけあるわ。こんな素晴らしいものを知らないなんてクズ以下よ。だからはい」

「……えーと、つまりなんだ。俺にこれを読ませてから、一緒に映画も見にいけと?」

「うん」


 さすが暴君。


 そうかこいつ、コレを読ませる為にこんな朝早くから俺を叩き起こしたのか。


「やなこった。だいたい俺は活字とか苦手なんだよ」

「何言ってんのよ。あんた、よくパソコンいじりながら3ちゃんねるとかっていうわけわかんない文字ばっかりのサイトを何時間も見てるじゃない」

「あれは掲示板。面白い記事とかニュースとか見てるだけだ」


 あと、ちょっとエロいのとかな。


「それにほら、私が来た時に捨てちゃったけど、あんたも小説みたいなの書くくらいなんだし、活字嫌いなわけないじゃない」


 なん……だと……。


「そういえばアレ、ちょっとだけ読んじゃったけど、なんなの? 冒頭から女の子っぽいのが『ご主人さま、早く天地冥界激王斬をっ!』とか書いてあったけど、あんたが考えた必殺技なわけ?」


 はぅ。こ、こいつまさか、俺の黒歴史を……。


「わざわざそのキャラ設定とかも事細かに書いてあったわね。貧乳、メイド服、ツインテール、とかなんとか……それってあんたの趣味?」


 やめて、死ぬ。心が死ぬ。死んじゃう。


「で、主人公が熱井椎那(あついしいな)で、強大なる魔の力を宿した冥界王の生まれ変わりだったっけ。あついしいなって、あんたの名前をもじっただけじゃない。センスわる」


 そう、あれは中学二年の夏。当時俺は、俺の考えた超かっこいい設定をがっつり詰め込んだ小説を書くのが趣味だった。挿絵も自分で入れてたり、変にこだわっていた。いわゆる若気の至り(厨ニ病)というやつだ。


「しかも、結局ラスボスは主人公の闇の心とか。ゲームのやりすぎよ」

「お前最後まで読んでんじゃねぇかよ!」

「う、うるさいわね。たまたまよ! とにかくいいからコレ読みなさいよ!」

「イヤだイヤだぁ! もう俺にそんな気力はない! うぅぅぅぅぅ……」


 俺は気恥ずかしさのあまり、再びソファーに寝転がり毛布を頭からすっぽりと被った。

 黒歴史を知られてしまった俺の心は琵琶湖より深く傷ついた。もう立ち直れない。誰かあの頃の俺を殺してきてくれ。


「な、なによ。確かにアレ、私が捨てちゃったけど、それがそんなにショックだったの?」


 捨てられた事より、まだあんなものが残っていた事に驚いた。確かこの家に引っ越してくる時、あの手の黒歴史は全て処分したものとばっかり思っていたのに。


「うぅぅ。うるさい……もう放っておいてくれ……」


 俺は毛布を包んだまま、身悶えた。


 くそ。くそ。どうしてまだあんなものが残っていたんだ。おかしいぞ。ここに引っ越してきた時、ダンボールの中身は全て確認したはずなのに。


「そ、そこまで大事な物だなんて知らなかったわよ……。そんなに大切な物ならもっと早く言いなさいよ」

「いや……そういうわけじゃ……。っていうか、俺はもうダメだ。しばらく立ち直れそうにない……ううううぅぅぅぅぅぅっ」

「わ、悪かったわよ! ごめんなさい! そ、その、あ、あんたにとってアレはものすごく大事な物だったのね。あの『冥界王シイナ ~闇より舞い降りた死の使い~』が」

「タイトルを言うなああぁぁぁぁ!」


 っは! そうだ。この馬鹿の事だからヘタをすると、新井や相原に俺の黒歴史を言いふらしかねん。これ以上傷口を広げないようそれだけは阻止しなくては。


「おい、レオン。そ、その俺の……ソレ、だけど……」

「めいかいお」

「いい! タイトルは言わなくていい! その存在、他のヤツには絶対言わないでくれよ」

「どうしてよ?」

「どうしてもだ!」

「えぇ? なんだかよくわかんないわね? っていうか、もう言っちゃったけど……」

「なな、なんだとぉ!? だ、だだ、誰にだ!?」


 俺は被っていた毛布をはぎとり、ソファーから降り立ってレオンの肩を掴む。


「誰にって決まってるじゃない。美香とサルよ。他に私が話す相手がいないの知ってるでしょ」


 なんてことだ。こんなことが現実に起こっていいのか。今、俺の脳内には有名な某アクションゲームのゲームオーバー時に流れるBGMが、全ての終わりを告げるかのように流されている。何故、あの配管工のおっさんは栗もどきの生き物に横から触れるだけで死ぬんだ。


「はは……あははのは……。クリボーが、クリボーが……」

「ちょ、ちょっとあんた大丈夫?」

「オワタ」

「は?」

「オレのジンセイ、オワタ」


 ばったーん、と俺はそのままソファーへ後ろ向きに倒れこみ、白目を向いた。ピクピクと微痙攣をしつつ、俺は今後の学校生活を想像してみた。


 見える、見えるぞ。新井と相原が俺の黒歴史をネタに大笑いしている様子が。しかもそれをきっかけに、クラスメイト達からも散々からかわれ、そのうち教室の黒板とかに俺のアレのタイトルとかが書かれてたりして、最終的に俺は「よう、冥界王!」とか呼ばれちゃうんだ。で、ちょっと不良っぽいヤツらに校舎裏とかで「おらおら、さっさと出してみろよ、天地冥界激王斬をよ!」って感じでいじめられちゃうんだ。


「ちょっとクズ? ねぇクズってば!」


 ああ、それ以前にきっと、新井も相原も俺みたいなヤツとは付き合わない方がいいって思うかも。多分、そうだ。だからきっと、次学校に行ったら、あからさまにシカトされちゃうんだ。で、そのうち俺の机には「冥界王、ここに現る!」とかの落書きが大量にされてて、なんか人間じゃない人がクラスにいまーす! え? それってだぁれ? 厚真くんでぇす! ぎゃははははは! 的な流れになっちゃうんだ。


「ねぇ、ちょっと! あつかましいな!」


 いや、待て。もしかしたら逆に、案外普通かもしれない。みんな表面上普通に接してくるが、内心で俺を笑ってるパターン。で、俺の指先とかがちょっと触れちゃうと「ぎゃっ」とか悲鳴上げられて、小声で「後で消毒しないと厚真菌が」とか言われちゃうんだ。


「ア、アレ、私はその……す、すき、だったわよ……?」


 どうしよう。もう、ほんと、どうしよう。なんで、どうして残っていたんだ。ああ、世界が歪む。ぐにゃあって感じになってる。気のせいじゃない。心臓が妙な速さで鼓動している。


「主人公とヒロインが、その、じょ、徐々にこう、愛を深めていくのが……なんか、結構良かったっていうか……。そ、それにライバルキャラみたいな女の子も、格好よかったし」


 レオンがなんか言ってるけど、全然何言ってるかわかんない。理解できない。


「だ、だから、ちょっと、その……美香には自慢しちゃったっていうか……。サルもたまたまそれ聞いてたってだけで。そ、それに本当は捨ててなんかいないっていうか……」


 まだ捨てていない、だと?


「おいレオン!」

「ふえ!?」


 俺は途端に気力を取り戻し、立ち上がってレオンの肩を再び掴む。


「まだ捨ててないのか!? なんで処分しない!?」

「な、なになに? なんでそんな必死なのよ!?」

「いいから! どこにある!? さっさと燃やすぞソレ!」

「だ、ダメよ!」

「ダメじゃない! 早く出せ!」

「無理よ!」

「まだこれ以上俺を苦しめるつもりか、お前は!」

「はぁ? 何わけわかんないこと言ってんのよ?」

「アレは、俺が中学生の時書いた……黒歴史だ。あんな恥ずかしいものをこの世に残しておいちゃいけないんだよ! だから燃やさないとダメだ!」

「も、燃やすって、そんなのダメ!」

「なんでだよ!?」

「だ、だってここにはないし……」

「な、なんだと!? お前誰に手渡したんだ!? まさか新井か? 相原か!?」

「ち、違うわよ。美香とサルにはちょっと話しただけだもん!」

「じゃあどこにやったんだよ? なんでここにないんだよ!?」

「もう出版社に送っちゃったんだもん!」


 俺の空耳だろうか。何か、現実ではありえない返しが聞こえた気がしたのだが。


「いいからレオン! さっさとアレを出せ!」

「だから! 出版社に送っちゃったから、もうここにはないって言ってんじゃん!」


 レオンの事を追及する前に言っておくッ。


 俺は今、自分の黒歴史がただでさえ学校の仲間に知れてどうするか頭を悩ましているところに、非現実的な答えが返ってきて俺の理解を超えているのだが……あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!


『俺の黒歴史を返せと言ったら、出版社に送られていた』


 な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。夢とか妄想だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしい結末の片鱗を味わったぜ……。


「だってアレ、すごく良かったんだもん! 本当は美香とサルにも見せたかったけど、さすがにあんたのものを勝手に内緒で見せるわけにいかないし、もしかしたら私だけがいいと思ってて偉そうに見せたら恥かくかもしれないじゃない? だったら出版社にでも送って、あの作品が認められれば、私の見る目も確かだって事になるでしょ?」


 これがお嬢様クオリティ。発想がぶっ飛んでます。


 俺は口をパクパクしたまま、何ひとつ言葉を発する事が出来ずにいた。

「だ、だからって勘違いしないでよね! 別にあんたを褒めてるわけじゃないんだから!」


 こんな時にテンプレなツンデレしなくてもいいと思います。


「はぁ……」


 再び気力を無くした俺は、力なくソファーへと座り込む。


 なんかもう、どうでもいいや。朝から疲れた……。


「なぁレオン」

「なによ?」

「映画、見に行こうか」

「本当!?」

「ああ。ただ、その小説を読むのはまた後でな。映画見て、面白かったら読むよ」

「うん! じゃあ着替えてくるねっ!」


 レオンは嬉しそうに小走りで、洋服棚へと向かって行った。


 もう細かい事を考えるのはよそう。なるようになるだろう。俺は早くもその境地へと至った。


 冷静になり始めた今、先ほど言っていたレオンの言葉を思い返すと少しだけ気分がよかった。「だってアレ、すごく良かったんだもん」か。……へへ。


 不意に、世の中にたった一人だけでも自分の事を理解してくれる人間がいれば人は強く生きていける、という言葉を思い出す。まさかそれがレオンだなんて、そんな大それた事まで考えているわけじゃないが、心のもやもやが少しだけすっきりしたのは間違いない。


 決して俺の書いたアレが名作なわけではないのはよく理解している。今の俺から見れば小学生の作文といい勝負の駄作だ。ただ、なんだか俺という存在を認められた気がする事が純粋に嬉しかったのだ。


「ねぇ、ちょっと! 私のタオルがないんだけど!」


 洗面所からお嬢様が叫んでおります。


「へいへい」


 俺はベランダに干しておいたレオン専用のタオルを取り込むと、洗面所まで持っていって手渡した。


「なぁに、あんたまだ着替えてないの? 早く準備しなさいよ。置いてっちゃうわよ」


 俺を置いてったらあんた、一人じゃ行けないでしょうが。


 しかし何故か微妙に穏やかな心境になった俺は、とくに言い返さず自分の着替えに向かった。


「ね、帰りにデパート寄ってかない? 私、ちょっと買いたいものがあるの」


 外行きの洋服に着替え終わったレオンは、化粧台の鏡に向かい、髪の毛をとかしながら俺に言った。


「ああ、別にいいよ」

「あ、それと今日の夕飯はニラレバ炒めがいい。美香に借りた小説の中でおいしそうに食べてるシーンがあったから食べたくなった」

「んじゃ、スーパーも寄って帰らないとな」

「……どうしたのよクズ?」


 レオンは不思議そうな顔で、俺の方に振り返る。


「あん? 何がだよ」

「いつもなら、めんどくせぇとかやなこったとか言うじゃない」


 俺、いつもそんなあまのじゃくなヤツだったか? もしかして、レオンに褒められたからって少し上機嫌になってたりしてんのか、俺は。


「……折り込みチラシでニラが安かったんだよ」

「ふーん? まぁいっか。ニラレバニラレバ!」


 俺も案外単純なやつだ。



        ●○●○●



 朝からひと騒動起こしながらも俺達は新婚夫婦さながら二人仲良く映画を見て、デパートで買い物をし、スーパーで夕食の材料を買った。その帰り途中、横を通りがかった公園に置いてあるブランコを見て、遊びたいなどとまたワガママを言い出したレオンだったが、もういい加減腹も空いていたので俺はまた今度にしろよと言って、俺達は家路に着いた。


 そして家ではレオンの希望通りニラレバ炒めを作ってやり、二人で食べた。

 レオンの推した映画は、まぁ確かに面白かった。悔しいが、俺もその映画にだいぶ感情移入してしまい、夕食の時には少し映画の内容で盛り上がってしまった。


 おなかも膨れ、そろそろ就寝時間が近づいた頃になると、ようやく俺は明日の学校が少し憂鬱になってきた。レオンのやつは俺のアレについて新井と相原になんて言ったんだろう。そんな事を考えつつ、いつの間にか俺は、いつものソファーで眠りに落ちた。



        ●○●○●



 ――翌日。俺の憂慮はあっけなく片付く。

 新井も相原も一切俺の黒歴史には触れてこなかった。レオンも昨日見た映画の内容を興奮気味に相原と話しているばかりだった。どうしても気になった俺は、勇気を振り絞って新井に俺の小説についてレオンから何か聞いているかと尋ねたところ、「厚真、お前って、かなり文才があるみたいだな。後で見せてくれよ」と軽く返してきた。どうやらレオンはさほど深く内容までを話してはいなかったようだと判断。一安心した。


 かなり文才がある、という新井の返しを聞き、レオンはよほど俺のアレを賞賛してくれたのだとわかる。本当に少しだけ、レオンのヤツが可愛く思えてきた。


「クズってば映画見てる時、泣きながら鼻水垂らしてて、すごい気持ち悪い顔してたの! 美香にも見せたかったぁ、あの変な顔! ほんと可笑しかった! おかげで感動的なシーンなのに笑いそうになったんだから! おまけにクズの鼻水すする音がうるさ過ぎて、後ろの人から『うるさいので静かにしてもらえませんか』とか言われてて、すっごい恥ずかしかったんだから!」


 相原へ楽しそうにそう伝えるレオンを見て、すぐさま俺は前言を撤回した。 


 その日の昼休み。俺は少し考え事をしていた。レオンの事だ。


 アイツ、俺の黒歴史を面白いといったり、相原の小説が良かったといったり、なんか案外物語とかに感情移入しやすいんだなあ。でも、家の中であんまりテレビとかは見ないんだよな。なんでなんだろう。帰ったら聞いてみるか。


 さっきレオンは俺の事を「映画見ながら号泣してて気持ち悪い顔してた」とか、人を小馬鹿にしていたけど、実際のところレオンだってずっとボロボロ涙を零していたのだが、紳士なこの俺は黙っておいてやった。



        ●○●○●



 それから数ヶ月ほど後の話になるのだが、この一件を忘れた頃、俺の携帯電話に見知らぬメールアドレスから一通のメールが届いた。


 件名を見てみると「第十回新人賞一次審査のお知らせ」と書かれていた。


 簡略するが、「あなたの作品は審査基準からとても大きく外れており、加えて読むに耐えない稚拙な内容の為、残念ながら落選とさせていただきます。またのご投稿お待ちしております」といった内容だった……。







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