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11 現実と虚実と俺の嫁


「椎名くん、これは一体どういう事なんだね?」


 その男は威圧するように俺へ言った。いや、正確には俺含めここにいるメンバー全員に向けられた完全なる敵意だ。


「キミのお父上には注意勧告を促しておいたはずだが、何も聞いてなかったのかね?」


 確かにこの男の言う通り、俺は俺の親父である厚真京平から言われていた事がある。が、そんな事は完全に忘れ去っていた。というかあの言葉がそんな意味だったなんて当時の俺には思いもよらなかったからだ。


「ま、待ってください! お義父さん! 俺は別に悪気が……」

「言い訳を聞きたいんじゃないんだよ、椎名くん」


 俺の言葉を最後まで聞く前にその男は割り込む。


「ここにいるキミたち全員に言っておく。零麻をこれ以上たぶらかす様な真似は一切許さん。今後、私の娘と付き合うのはやめてもらう。当然零麻は今日限りで退部だ」


 部活メンバーが勢ぞろいしている中、この男、レオンの親父であるこの金宮 孝明(かなみや たかあき)は冷たい口調で言い放つ。


「椎名くん」


 金宮 孝明は俺の眼前まで近寄りポン、と肩に手を掛け、


「このままだと婚約は破棄させてもらうようになるよ?」


 と耳元で囁き、俺の目を見ようとせずその場を立ち去って行ってしまった。


 どうしてこんな事になってしまったのか。


 俺が、俺たちが悪かったのか……?


 これが何かの冗談であってほしいと俺は思わずにはいられなかった。



        ●○●○●



 プールイベントを行った翌日の朝。


 俺はいつも通りの時間に目を覚まし、毎朝恒例のねぼすけ嫁を起こそうとしてベッドを見やった。が、そこにレオンの姿はなかった。


 トイレか? と思った俺はとりあえず朝の新聞を受け取りに行こうと玄関先へ向かった。


 郵便受けから新聞を取り出すと同時に一枚の茶封筒がポロリ、と落ちる。それを拾い上げようとした瞬間、俺はようやくレオンがこの家の中にいない事に気が付いた。靴がなかったのだ。


 こんな事はこの数か月で初めての事態だったので、これが普通でない状況だと察するに時間はさほど必要なかった。真っ先に意識が向かったのは先の茶封筒だ。茶封筒には消印も住所も書かれていない。つまり何者かがここへ直接入れたに他ならないと気づいた為だ。


 俺はすぐさま先ほど落とした封筒を開封し、中身を取り出す。


 その中から出てきた白い紙には、PCで作られた文字でこう書かれていた。


『金宮 零麻を誘拐させてもらった。返してほしければ八時までに六間高校の裏庭へこい』


 俺にはこれがとても本当の誘拐とは思えなかったが、現にレオンは家の中にいない。


 どちらにせよ今日は平日。元より学校には行く。


 いつもなら簡単な朝食を済ませてから向かうわけだが、この怪文とレオンがいないこの状況に少しの不安を覚え、急ぎ制服に着替えて家を後にした。



        ●○●○●



「早かったね、厚真くん」


 普段の時間より早く学校に着いた俺は、一直線に怪文の指定場所である裏庭にきていた。


 しかし、いや、やはりというべきか、そこに居たのは半分予想通りの相原だった。


「相原、何の冗談だよこれは」


 俺は呆れつつ言う。


 半分予想通り、というのはここにいるのが相原だとわかっていたわけじゃないが、婚活部員の誰かによるイタズラ、もしくは遊びだと思っていたからだ。


「……ったく。朝っぱらから我が部は忙しいな。で、レオンはどうした?」

「レオンちゃんはここにはいないよ」


 相原はにっこりと微笑みながら言った。


「それにね、これは部活じゃないよ」

「なに?」

「ふふ、厚真くん。驚かせちゃうかもしれないけど、レオンちゃんにはこの世界から消えてもらおうって私、思ってるんだ」

「は? 相原お前何言ってんだ?」

「厚真くんってさ、ほんとーに鈍感だよね。言われない?」


 相原は両手を後ろに組み、俺に対して背を向けて語りだす。


「良い子……ってほどじゃないか。普通の子、演じるの苦労したなぁ」

「相原……?」

「厚真くん、私ね。ずっと黙ってたけど、中学校の頃から厚真くんの事が好きだったんだよ」


 突然の、相原からの告白。


 あまりにもあっけらかんと言う相原の言葉に俺は唖然としていた。


「高校でも同じクラスになれて、もう本当に嬉しくってね。舞い上がってた。卒業までには絶対に厚真くんに告白して、絶対に付き合って、絶対に恋人になれるって思ってた」


 相原は俺に背を向けたまま語る。その表情は窺い知れない。


「でも、レオンちゃんっていう私の思惑を壊す存在が現れちゃった」


 ゾクリ、と俺の背筋が凍る。


 相原は突如口調のトーンを大きく落とした。


「私、本当に厚真くんが好きだった。だけどレオンちゃんという存在が突然現れちゃったの。わかる? 厚真くん。私の薔薇色になるはずの高校生活がね、いきなり壊されちゃったの」


 俺はなにも返せず黙ったまま相原の背を見つめる。


「突然私の人生に現れて、突然私の人生計画を壊された」

「……」


 これが本当に相原か? 俺が昔から知っている相原はこんな性格じゃなかったはずだ。


 いや、そんな事を俺が言うのはおこがましいか。俺は相原の事など気の合う友人以上に見た事などない。そんな俺が相原の一体何を知るというのだ。


「私ばかりが壊されて、不公平だよね? ねぇ厚真くん?」


 こいつは一体何が言いたいのか。俺には皆目見当もつかない。


「だからレオンちゃんも、壊さなくっちゃ」


 悪寒というものを通り越し、俺は本気でこいつを危険だ、と感じた。


 と、その時突如、俺の携帯から軽快なBGMが鳴る。あまりのタイミングの良さにビクっと体が強張ったが、すぐさま携帯を取り出した。着信相手は新井だ。


 黙したままの相原の背は電話に出てもいいよ、という合図だと悟った俺は通話ボタンを押した。


「もしもし? 厚真! お前今どこにいる!?」

「新井……。俺は今学校の裏庭に相原といるが……」

「なっ、すぐそこから離れて俺たちの部室に来い!」

「ど、どういう事だ新井? 一体お前まで何を言って……」

「相原の様子が普通じゃないんだ! 早くその場から離れてこっちに来い!」


 新井は電話越しでやや取り乱しながら言う。その言葉を聞き取ると同時に相原が俺の方へ振り返った。


「でもその前に」

「あ、相原!?」


 俺は自身の目を疑いかけた。


 相原の右手には刃渡り十五センチ近くはあろうペティナイフらしきものが握られていた。


「レオンちゃんの前に、私の想いに気付かなかった厚真くんにも、壊れてもらおうかなって思って」


 相原の目が普通じゃない。俺は情けなくも心底震えあがり、すくみ上ってしまった。


「厚真! 早く逃げろ!」


 新井の言葉を聞き我に返った俺は、脱兎の如くその場から逃げ出す。


 何が、一体何が起きているんだ!?


 まるで別世界にでも迷い込んでしまったような気分だ。


 俺は息を切らしながら全力で走った。新井の言葉通り、俺たち婚活部の部室である視聴覚室へ向かって全力で走った。校舎内にはすでに数人の生徒達が登校してきている。が、そんな事にはお構いなしに俺はとにかく視聴覚室を目指して走った。


 無事辿り着いた俺は勢いよく扉を開けて視聴覚室の中へ入る。


「厚真! 無事だったか!」


 部屋の中には俺のよく知るいつもの新井だけがいた。


「はぁっ……はぁっ……あ、新井。一体何がどうなってるんだ……」


 俺は息を切らしながら半分泣きそうな声で言った。


「いいから扉を閉めて鍵をかけろ!」


 新井は物凄い剣幕で俺に叫ぶ。先の相原を思い出し、慌てて言われた通りに鍵を掛けた。


「あ、新井。説明してくれ……俺には何が何だか……」

「俺もよくわからないんだ! ただ今日の朝早くに相原から電話をもらって、レオンちゃんと厚真を殺すからって、ただそれだけを言われて。心配になってお前に連絡したら案の定お前は相原と……」

「な、なんなんだよそれ!? 新井、俺たちこれからどうすれば」


 俺が言いかけると、突如ガシャーン! と新井の背後に位置する窓ガラスが派手に割れた。


「あ、相原!」


 相原は金属製のバットで視聴覚室の窓をぶち割ってきたのだ。


「こんな所じゃ隠れるだけ無駄だよ」


 相原は壊した窓から殺人鬼よろしくゆったりと視聴覚室の中に入り込んできた。


「お、おおお、おま、おま、お前おかしいぞ!? な、何やってんだよさっきから!?」


 俺は情けなくも震えながら相原に言った。


 あまりの彼女の豹変ぶりに理性がもはやついていけない。


「やめろよ相原! なぜ厚真を殺そうとする!?」


 新井が俺を庇う様に前に出て相原に問い掛けた。


「うるさいよ新井くん。もういいの。こんな世界どうでも。私の望む世界じゃないんだから」

「落ち着け! いくらなんでも人を殺すってのはどうかしてるぞ!」


 新井は懸命に説得する。


「私の求める世界。厚真くんと恋人になれるっていう夢みたいな世界はもうこの世にはないんだから!」

「だ、だだ、だからっておま、お前、やっていい事と、わ、悪い事くらい……」


 俺も震えながら説得に混ざろうとした矢先。


「いいから。もう死んで」


 相原の冷たい口調と視線に恐れた俺は思わず後ずさる。


 同時に相原は俺へとナイフを向け、走ってきた。


 殺される! と思った。しかし。


「あ、新井くん!?」


 新井が両手を大きく広げて、相原のナイフを腹部に受けていた。


「あ、あ……」


 俺は、現状が理解出来なくて。


 今、目の前に起きている事が理解出来なくて。


 ただ、わけもわからず涙が大量に溢れてて。


「あ、相原……。やめろ……。厚真と……レオンちゃんは……何も悪くない……」


 ピチャン、ピチャン、と新井の足元には血だまりが出来始める。


「新井くん、どうして……!?」


 新井は相原の手に握られているナイフごと両手を包むにようにして離さない。


 相原も瞳を大きく見開いたまま驚愕している。


「俺は……婚活部の……部長だ。お前たち全員を守る義務が……ある……」


 がくり、と新井は膝をついた。


「あ、あらいーーーーッ!」


 俺が叫ぶと同時にホームルーム開始十分前の予鈴が、校内に響き渡る。


「「すっげぇええええええッ!!」」


 すると、それを合図かのように突然大きな歓声が割れた窓の外から聞こえた。


 そして腹を刺されたはずの新井が平然と起き上がり、窓越しへスタスタと歩く。


「これが! 俺たちの朝錬です!」


 新井は両手を広げ、大声で外へ向かって言った。


 状況をの飲み込めない俺が目を丸くしながら割れた窓越しに外を見ると、大勢の生徒達が俺たちの様子を見てはしゃいでいた。


「ご視聴、ありがとうございましたー! ではでは!」


 新井がそう言うと外に居た生徒達はまるで、ドラマの鑑賞でもし終わったかのように各々騒ぎながら自分たちの教室へ向かって散っていった。


「新井……これは……?」

「うむ、厚真。朝からご苦労! これはいわゆるドッキリだ!」


 テッテレー。というSEが視聴覚室に響く。


 相原が笑いながら携帯でその音を流していた。



        ●○●○●



 俺が教室に戻るとなんの事はない、レオンも普通に自分の机に居た。


「ぷくくく。おはよー号泣クズ。朝から泣き虫ね」


 俺はジト目でレオンを一瞥し、ふんっと言って自分の席に着く。


 俺からやや遅れて相原と新井も教室に戻ってきた。


 手の込み過ぎてるドッキリだ。っていうか悪ふざけにも程があるだろう。


 全てのタネを明かしてもらったが、元々このドッキリの事をレオンは知っていたらしい。それで今朝が決行日だったので俺より早くに起床し、茶封筒にメッセージを残して朝早く登校。相原の持っていたナイフは当然玩具の引っ込み式のヤツだ。相原が壊した窓は元々ヒビが入っていて今日取り換え予定の物だったらしい。そして当然、新井の流した血は赤いインクだった。


「そんな怒んなよ、厚真」

「ごめんね、厚真くん」


 新井と相原が苦笑いしながらそんな事を言っていたが無視した。


 全く、いくらなんでもちょっと度がすぎるぞ。相原が襲ってきた時は目がマジで怖かったし、新井が刺された時は本気で悲しかったんだ。


「でもさ、相原の演技、パネェな。マジで怖かったぞ」


 新井の言う通りだ。相原お前怖すぎる。


「私、一度やってみたかったんだーこういうドロドロ展開の女役者! すっごい面白かった!」

「ふざけんなよな、お前ら……」


 俺は呆れつつ、でも本当にドッキリでよかったと今心底安心している。


「あー、私も生でクズの号泣シーン見たかったのになぁ」

「なぁに、安心しなレオンちゃん。ちゃーんと全部のシーンを録画してある。藤田と三上先輩が影でずっと撮影係をしていたからな」

「うわぁ、早く見たい!」


 はぁ、っと俺はため息をつく。


 それにしてもこういうのは役者サイドを三上先輩がやりたがると思ったんだが、今回はよく裏方で我慢したな。ま、そんなのどうでもいいか。


 ホームルーム開始のチャイムが響き、今日もいつもの一日が始まる。



        ●○●○●



 昼食の時、朝っぱらからなんであんなドッキリを決行したのかを新井が改めて説明してくれたのだが、実はただの遊びなだけではなく、演劇の予行演習の一部でもあるんだと教えてもらった。


 今年の秋に行う文化祭、その催し物を我が部では恋愛サスペンス系の演劇を行う予定らしいのだ。なぜ我々婚活部がそのような催し物になったかというと、六間高校の宣伝効果がほしいらしい。


 我が六間高校文化祭は実はあまり評判がよくない。よくない、というより単純に毎年面白くないのだという。そこで警察から表彰をもらった我が部なら、何か面白い事をやってくれるんじゃないかという校長直々からの推薦で演劇を行う事となったらしい。


 今朝のドッキリも婚活部のPVとして使うそうで。まあ何にせよ新井の行動力、計画性がズバ抜けて異常である事だけはよくわかった。


「では約束通り秋の演劇では私が主役をやらせてもらいますよ」


 ――放課後。我が部の由緒正しい部室、視聴覚室にて三上先輩が開口一番言った。


 今朝のドッキリの役者が俺、新井、相原だった代わりに秋の文化祭ではレオン、三上先輩、藤田をメインに劇を行う約束になっているらしい。


「何言ってんのよ淫乱売女。主役は私に決まってるわ」


 メインキャストは三人だが、主役はまだ決まっていないのだ。


「まあまあ、二人とも。まだそれは先の話だ。それより今もこれからひとつ小劇を行うぞ」


 新井が部長デスクでノートPCの画面から視線を移さずに言った。


「今度は俺だけドッキリはマジでやめろよ。本気で怒るぞ」

「悪かったって厚真。そう怒るな。それより本日の部活内容はさっきも言った通り小劇を行う。秋の予行演習のひとつだ。藤田、さっき渡した台本を皆に配ってくれ」

「了解」


 本当に藤田って新井の小間使いみたいになってるな。


 俺も藤田から薄い台本を受け取り中を確認する。 


 えーと、何々。……ダブルヒロインが一人の男を取り合うって感じか。


「ちょっと!」


 突如、レオンが声を上げた。


「サル! あんたこれ、これなんなのよ!」

「ん? どうしたレオンちゃん?」

「ここよここ!」


 レオンは憤りながら、台本のとあるシーンを指差しながら新井の元へ駆け寄る。


「き、きすしーんがあるじゃない!」


 俺も台本を読み進めてみる。


 あ、ほんとだ。台本の一部に『ここでヒロインAが強引に男の唇を奪う』と記述されている。


「それがどうかしたかい?」


 新井のメガネが怪しく光っている。


「こんなの出来るわけないでしょ!」

「いや、別にレオンちゃんがやる事に決まってるわけじゃないんだし、嫌ならこのキャストに入らなくてもいいよ。まぁそうなると秋の本番でもレオンちゃんは裏方に回る事になると思うけど」


 いつもの、新井の流れが始まった。


「そうですよ。小学生にはそもそも劇なんて無理でしょうし、この小劇も傍観者でいればいいんじゃないですか?」


 いつもの、三上先輩の煽りも始まった。


 この二人のコンビ最強すぎる。


「なっ! べ、別にこの程度楽勝よ!」


 と、レオンが噛みつく。


 もうこうなってしまえば先の展開はお察し。婚活部テンプレの流れになり結局ダブルヒロインはレオンと三上先輩となった。


 問題のキスシーンは、ヒロインAとヒロインBと主役の男が三角関係のもつれから口論になっている最中、ヒロインAが突然強引に主役の男の唇を奪う。それを見たヒロインBが泣き崩れる、という流れだ。……あまり楽しそうなキスシーンじゃあないな。


「さて、主役の男は厚真、お前だ」

「えっ?」

「今朝、お前には悪い事しちまったしな。俺からの褒美だと思ってくれ」

「あ、新井……。ま、まぁお前がそう言うなら」


 お前ってやつは、本当に俺の心を弄ぶお茶目さんだぜ。ありがたく引き受けておこう。


「っていうかそもそも三上先輩もレオンちゃんも厚真じゃないと嫌だろ?」

「べ、別にこんなクズじゃなくても私はいいし! これは演技の練習なんだし!」

「私は椎名さんじゃないと嫌ですね」


 うーん、テンプレ通りの二極回答である。


「んー、ということはレオンちゃんはヒロインBかな?」

「な!? 何言ってんのサル! なんでそうなるのよ!」

「いや、だってレオンちゃんは別になんでもいいんだろ? でも三上先輩は厚真とキスしたいみたいだし」


 新井がニヤニヤしながら煽る。


「そうです。私は椎名さんとならいくらでもキスしたいです」


 三上先輩も同じく。


「だ、だめー! それはぜーったいダメ!」


 レオンが子供の様にだだをこね始めた。


「じゃあレオンちゃんヒロインAやる? 厚真とチュー」

「ク、クズと……」


 ちらり、とレオンが俺を見る。


 一目でわかるくらい顔を真っ赤にさせている。……っち。相変わらず可愛いヤツだ。


「や、やるわよ!」


 レオンは意を決したかのように怒鳴った。


 マジでかレオンのヤツ。ちょっと俺は意外だった。


 周りで相原と藤田がにやついてやがるのが見えたが、俺はわざと気づかないフリをした。



        ●○●○●



 その後も当然三上先輩がごねるかと思われたが、思いのほかあっさりと引いてヒロインBをやる事となり、かくして婚活部本日のお題、小劇が幕をあけた。


「あんた、この女は一体なんなのよー」


 レオンが台本片手に超棒読みで言った。


「あの時、あなたが私に言ってくれた言葉は全部嘘だったんですかー」


 三上先輩も台本を持ちつつやや棒読み気味。


 正直、二人ともへったくそだな。


「カットカット。ちょっと、二人ともなんなんだよそれは」


 新井が劇を中断させる。


「レオンちゃんも三上先輩ももっと感情込めてくれよ」

「と、言われましても……」

「そうよ、いきなりこんなの出来るわけないじゃない」


 三上先輩と相原が珍しく同調する。


「いいか、二人とも。台本はただ読むんじゃない。自分がその役者の心情を取り込んで自分以外になりきるんだ。今朝録画した相原の鬼気迫る様子を見ただろ?」


 確かに今朝の相原は凄かった。とても演技とは思えなかった。


「私、厚真くんを本当に憎い、憎いって思いながらやってたんだあ。そしたらなんか思ったより上手く出来ちゃった」


 あははと笑いながら相原が言った。いや、相原さんあなた本当に怖いです。


「その台本はわざわざ二人に合わせて作ってあるんだ。いいか、レオンちゃんよく考えてくれ。レオンちゃんは厚真の事が好きで好きで仕方がない。それはもう結婚も視野にいれているくらいにだ。そんな時、突然三上先輩が奪うような形で現れた。そして厚真もレオンちゃんに黙ってずっと浮気していた。そう思えば感情なんて普通抑えきれないだろ?」


 新井、それは俺たちの関係を知ったうえで作ったにしてもリアリティありすぎだろ。


「クズが浮気……」


 レオンがじーっと俺を見る。


「そんで三上先輩。厚真には別に本命の彼女がいる事など知らずに三上先輩だけを愛してると言われ続けてきた矢先、突然レオンちゃんという恋人が厚真にいた事が発覚した。これはもう許しがたい事実だろ?」

「椎名さん、そんな人だったんですか……」


 いや、それ台本の話だから。


「そうだ、厚真はそんなヤツなんだ」


 おい、新井。


「さぁ、二人ともわかったらもう一度やり直しだ!」


 新井がパン、と手を叩くとレオンと三上先輩は再び台本に目を見やる。


 いくらなんでもその程度の助言で突然うまくなるわけが、


「ちょっとこのクズ! 一体なんなのよこの女は!」


 俺が思うと同時に、レオンは俺の胸ぐらを掴み上げてきた。


「椎名さん! あの時あなたが私に言ってくれた言葉は嘘だったんですか!?」


 三上先輩も俺の元まで駆け寄り肩を揺さぶりながら叫ぶ。


 うーん、この人達はあれだ。洗脳されやすいのかな。


 そう思えるレベルに二人の演技は先ほどまでのそれとは打って変わって豹変した。っていうか胸ぐら掴んだり、肩を激しく揺さぶったりって台本に書いてないんだけど……。


「いいねー! 二人とも! アドリブは自由にやってくれていいぞー!」


 新井の賞賛する声が響く。


「二人とも落ち着けー。どっちも俺の大事な女だー」


 俺だけは棒読みのままだ。っていうか俺の役、超クズ野郎なんだけど。


「な、なんですってぇ! あんた私と結婚するって言ったじゃない!」


 レ、レオンそんなに首を絞めるな苦しい。


「そうですよ! 私にだけ一生愛を注いでくれるんじゃなかったんですか!」


 み、三上先輩そんなぐわんぐわん振り回さないで。


「私と寝た時にあなたが言ったセリフ、忘れたとは言わせませんよ!」


 台本上だが俺はどうやら三上先輩とすでに寝た事になっているらしい。


「あんたってやつはサイテーのクズね! 私というものがありながらこんな淫乱女と寝てたの!?」

「でも椎名さんは言ってくれたんです。私とは体の相性がいいって。つまりこんなマメ女より私の方を愛してくれているって事ですよね?」


 ちょ、ちょっと、二人ともだんだんなんかいつもの煽りが混ざってるんだが。


 俺は思いながらチラりと台本を見る。この後どうやら強引にヒロインAがキスをしてくるようだが……。


「そんな、そんなわけないわ! 私の方が絶対相性いいに決まってる!」


 このレオンのセリフの後だ。キスが……。


 俺は固唾を飲んでレオンを見つめる。


 レオンも俺の視線を察して、さっきまでの勢いが中断。表情を強張らせつつ顔を真っ赤にし始めた。


 く、くるのか?


 レオンはじわじわと俺の眼前に顔を近づける。


 俺は思わずギュッと瞼を閉じた。


 レオンの荒い吐息が、鼻にかかる。


 俺の鼓動も高鳴る。


 これが、こんな冗談みたいなのが俺のファーストキスに……。


 思った矢先、ガラララッと視聴覚室が開く音が響く。


「失礼。ここが婚活部と聞いてきたのだが……」


 俺たち全員の視線がそちらに向かう。


 その声の主はグレーのスーツに身を包み、鋭い眼光と整った口髭を生やした初老の男だった。


「な……、零麻!?」


 男は俺とレオンの様子を見て、驚きを隠せずにいた。


「パ、パパ!?」


 パパ……だと……。


 レオンも目を丸くして言った。


「お、お前たちは一体何をしているんだッ!?」



        ●○●○●



 小劇の演習中であった事を、新井が間髪入れずに説明したが突如現れた男、レオンの父親である金宮 孝明は終始眉間にシワを寄せたまま頷く事も、返事をする事もなかった。


 というより新井の事などまるで視野には入っていないようで、金宮 孝明は新井が延々と話をしている最中もじっとレオンの事だけを細目で見ていた。


「そ、それでですね」

「椎名くん」


 新井の長い説明に痺れを切らしたのか、懸命に説得している新井を無視して金宮 孝明は突如俺の名を呼んだ。


「これは一体どういう事だね?」


 その言葉の意味がわからず、俺はただただこの男の威圧感に気圧され黙していた。


「キミのお父上には注意勧告を促しておいたはずだが、何も聞いていなかったのかね?」

「そ、それは……」


 俺は確かに親父からとある事を言われていた。


 今、この男に言われたからこそ思い出したあの去年の冬。


 親父から言われた言葉。


 ――零麻に変な虫がつかぬよう厳しく監視するんだ。


 しかし当時の俺は何の気にも留めていなかった。


「いいか椎名くん。零麻は一般人ではないのだよ。だから私は言っておいたはずだ。零麻にはただのひとつも無駄な要素を加えるな、友人の類いも作らせるな、と」


 そんな意味が込められているなんて、普通まず思わない。


 むしろそんなのは絶対おかしい、と俺は反論したかったのだが、金宮 孝明が見せるその雰囲気は独特でとても逆らえるような状況ではなかった。


「零麻。お前はそもそもなぜこんな部活動などしている?」


 俺が困った表情をしていると、次の矛先はレオンとなった。


「な、なによパパ。それどういう意味よ?」

「私は以前から言っていたはずだ。零麻、お前が学校で学ぶべき事は学業のみでそれ以外の行為は一切許さんと」

「だ、だってこの学校では必ず部に所属しないといけないから……」

「そんな事は関係ない。どうやら零麻、お前にはまだ自己判断能力が足りなかったようだな」

「じゃ、じゃあどうすればよかったの!?」

「零麻お前は一般人ではないのだ。我が金宮家の長女なのだぞ。こんな下賤な連中と付き合うなどもってのほかだ。お前ももう十五になり、少しは自分の立場が理解できていると思った私が浅はかだったようだな」


 大きなため息をつきながら、金宮 孝明はレオンの腕を掴む。


「零麻、帰るぞ」

「ま、待ってくださいお義父さん!」


 レオンを無理やり連れて行こうとする金宮孝明の手を掴み、俺は必至に訴える。


「俺は別に悪気があってレ、零麻さんをこの部活動に混ぜているわけではなくて」

「言い訳を聞きたいんじゃないんだよ、椎名くん」


 金宮 孝明は一切の聞く耳を持たず、俺の言葉を遮る。


「ここにいるキミたち全員に言っておく。零麻をこれ以上たぶらかす様な真似は一切許さん。今後、私の娘と付き合うのはやめてもらう。当然零麻は今日限りで退部だ」


 冷たい口調で金宮 孝明は部室中に通る声で言い放つ。 


「椎名くん」


 金宮 孝明は俺の眼前まで近寄りポン、と肩に手を掛け、


「このままだと婚約は破棄させてもらうようになるよ?」


 と耳元で囁き、俺の目を見ようとせず強引にレオンの腕を掴んだまま、部室から立ち去って行ってしまった。




 俺たちはなすすべもなく、しばらくの間その場で呆けている事しか出来なかった。








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