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10 夏だプールだ俺の嫁


「あっちぃ……」

「言うなよ厚真、余計あつくなるだろ……」


 七月に差し掛かった某日。


 猛暑の年になると警告されたニュース通り、今年はすでに六月末から平均三十五度を上回る猛暑日が連日続いていた。


 俺たち婚活部はいつものメンバーで視聴覚室兼部室にて、真面目に部活動を行っていたのだが、あまりの暑さに皆、特に何かするわけでもなくグッタリとしていた。


「ねー新井くん。ここのエアコンってつけちゃダメなの?」


 と、相原が自前の『夏祭り』と書かれたうちわで顔を扇ぎながら言った。


「美香の言う通りよ。エアコン、あるなら使いなさいよサル部長」


 と、相原にもらったのか、全く同じうちわで相原同様顔を扇ぎながらレオン。


「ほんとです。せっかくエアコンがついている部室なのに何故使わないんですか?」


 と、更に、なんかやたらド派手で気持ち悪い感じの扇子で自身を扇ぎながら三上先輩も続ける。珍しくレオンに突っかからないあたり、この暑さにかなり参っているのは皆同じなようだ。


 藤田だけは特に何も言わず、というかむしろ何故か窓越しに強烈な日光をわざと浴びつつ座禅している。さすがは寺の息子なだけはあるなぁ。


「悪いな皆。ここさ、自由に使ってもいいけどエアコンだけは使用禁止を最初っから言われてるんだよ。なんでも他の部にエアコンが常備されてるわけじゃないから俺たちだけ自由にそれが使えるのは不公平だって事らしい」


 まあ当然と言えば当然か。我が部だけエアコンが使えたら他の文化部から何を言われるかわかったものじゃない。


「皆だらしないね。暑いと思わなければこの程度、むしろ涼しいくらいだよ」


 と、それまで黙していた藤田が静かな口調で呟く。


「藤田、お前暑くないのかよー?」


 新井も部長用デスク(ただのお古の机とボロい椅子)でうちわを扇ぎつつ尋ねた。


「全然。僕はサウナでも水さえ補給できれば数時間は心地よく籠っていられるからね。というか家でエアコンなんてもの、つけたことがないよ」

「お前は修行僧かよ……」


 新井は半ば飽きれ気味に答えた。


 しかしこの暑さは半端ない。俺も上半身を大きくはだけながら、ちらっと窓越しに外を見た。


 校庭では様々な運動部が皆、一生懸命に活動している。青春真っ盛りの大粒の汗を流しながら。


「あれはサッカー部か。皆ずっと走ってるな……」


 俺も新井という友人が出来なければ今頃あそこに混ざって走っていたに違いない。正直今になって思うと入らなくてよかったかな……なんて考えてしまう。


 俺はそもそも努力家ってわけじゃないし、どっちかっていうとめんどくさがり屋だ。暑いこの時期に何が嬉しくて辛い事をしなくてはならないのか。そう考えると、この気ままな部活を提供してくれた新井にちょっとだけ感謝した。


「そうだ! ねぇねぇ皆、プール行こうよー!」


 突然相原が妙案出ましたよろしく、声を上げた。


「あら、美香さんそれは良案ですね!」


 三上先輩も乗ってくる。


「レオンちゃんも行こうよ!」

「美香が行きたいなら私は行くわよ!」

「よーし、そうと決まれば早速水着を取ってこよ! 皆、今日水着持ってる?」


 女三人衆はどんどんと話を進めていく。


「私は本日授業で体育だったから持ってきていますね」

「私と美香は昨日水着使ったけど、学校の洗濯機で洗ってから校内にある乾燥機で乾かしてあるから平気よ」


 この六間高等学校の私立って名は伊達じゃない。創設者の趣向か、校内にはなかなか便利な施設が行き通っている。洗濯機や乾燥機もその便利な施設区域のひとつだ。


「では決まりですね!」

「プール! プール!」


 三上先輩と相原はすっかりはしゃいでしまっている。


「昨日の授業の時、美香に25m競泳負けちゃったからリベンジするわよ!」


 ……レオンもだ。


「あらぁ、小学生も泳げるんですね?」

「ふふん、あんたはそのバカでかい胸が邪魔で沈むんじゃないの?」

「私の華麗なバタフライをご覧に入れて差し上げますよ!」


 三上先輩とレオンの言い合いも、今日はなんだか嬉しさのあまりに皮肉というより子供のような浮付きっぷりだ。


 というか、お前らなんでもう勝手にプールに入れると思い込んでるの? 女ってやつは意味がわからねぇ。いや、女じゃなくてこいつらが意味がわからねぇ。


「さすがにプールは無理じゃない? この学校ってプールは25m用の普通なやつしかないし、水泳部だってこの時期が一番盛んに活動しているからスペースも無いと思うけど」


 そんなはしゃぎ回る女子達を諭すかのように、相変わらず両目を瞑ったままの修行僧状態で藤田は冷静に言った。


 というかプールの使用権限なんてそんな簡単に得られないだろう。俺も無理だと思った。のだが。


「プール、か。……いや、待てよ」


 新井は少し考えふけるように黙すと、おおげさに手をポンっと叩いた。


「そうだ! おい、お前らプール入れるぞ!」



        ●○●○●



 俺と新井はトランクス型のオーソドックスな水着。藤田はなぜかブーメランパンツ。そして女子達は……。


「くぅー……。改めて見ても、やっぱ我が部の女子達のレベルは高いな」


 新井は感慨深そうに、レオンらを見て呟く。


「ああ……」


 俺もなんだかんだ言いながら、彼女たちを見て満更でもなかった。


 相原は、可愛らしい白いフリルのついたワンピースタイプの水着。


 三上先輩は、露出度を全面に押し出したビキニ。相変わらずド派手なレインボーカラーで彩られている。


 そしてレオンのやつは、ベースが白に薄い青色の水玉模様が描かれたタンクトップ型だ。


 実はこの学校、授業でのプールは男女分けられている。男子は男子のみ、女子は女子のみでプールの授業となるため、決して一緒に入る事がないのだ。おまけにプールがある水泳場は大きなコンクリートの壁で仕切られており、外部からは安易に覗く事ができない。つまり、普通に過ごしているとこの学校生活で水着の女子を拝む事は滅多にありえないのだ。


 その代わりと言ってはなんだが、水着に制限がない。よほど異常なレベルでなければだいたいどんな水着でも許可している。自由な校風とは聞いていたがさすがにこれには驚かされた。


「ない、ね……」

「ええ、水が……」

「ちょっとサル! これはどういう事よ!?」


 彼女達は意気揚々と水着に着替え、プールサイドに到着するやいなや憤っている。というのも当然か。プールの中身が空っぽなのだから。


 今、俺たちは念願のプール場にいる。しかも貸切状態だ。


 しかし水はない。


「今日はな、水泳部は元々基礎トレーニングの為に外で活動中なんだ。それを思い出してな」


 だから貸切状態なのか。


「そんな事はどうでもいいわよ。なんで水がないのよ」


 レオンが痺れを切らしている。


「うむ、では今から我が部の今日の目的を説明しよう」


 新井は腕組しながら語り始めた。


「実は先日、顧問の三田先生からとある事を頼まれていてな。というのも、プールの大掃除をしてくれないかって内容だったんだ。ちょうどいい機会だったから今日を利用してプールの大掃除を敢行しようと思ったわけだ。ってわけでほれ」


 そう言いながら新井はどこからか持ってきたデッキブラシを三本、俺たちの前に並べた。


「新井よ、それ以前に何故俺たちがプールの掃除なんかせにゃならんのだ」

「うむ、厚真よ、いい質問だ。俺たち婚活部はこの間の件もあって、校内での評判がうなぎ上りなのは知っているか?」


 この間の件、というのは六間市内に逃げ込んでいる犯罪者を俺たちが入手した目撃情報がきっかけになって犯人逮捕になったあの事だ。確かにあれからというもの先生やクラスメイト達からちょくちょく声がかかるようになっている。内容は九割が「婚活部って一体なんなの」って事だけど。


「三田先生からな、こう言われた。この調子で更に評判を上げていってくれれば部費のアップが認められる、ってな!」


 部費、か。一応我が部も部として認められているから当然部費は降りているのだが、一か月につきたったの100円だ。正直この前のビラ作成やら幟やらも部員皆の自費で行っているから部費が欲しいのはわからなくもない。


「それにここだけの話だが、我が部に転属希望を出している生徒がすでに十数人もいるんだ」


 まじか。それはちょっと驚かされた。


「三田先生からは部活動の方向性をある種の『なんでも屋』としてくれれば、部費も一気に100倍の1万円まで上げてくれると言っていた。今後、部員数が増えればどうしたって活動内容によっては先立つ物がいる。よって今回のプール掃除も承った。もちろんそれだけじゃないぞ、今日は掃除後に好きなだけプールで遊んでいいというお許しももらったというわけだ」


 なるほどね、把握した。


 っていうか案外新井のやつ、真面目だよな。もっと軽い気持ちでこんな部を創設したと思っていたのに。そういえば俺たちがいつも遊んでる時もこいつは自前のノートPCを部室に持ち込んで企画書やらを作成していたし。


「で、だ。ただ掃除するだけじゃあつまらない。そしてここにはデッキブラシが三本しかない。そこで婚活部きっての敏腕部長であるこの俺は考えた。それは勝者三名のみが遊べ、敗者は掃除だけをするというガチバトル。投票制バトルだ!」

「投票制バトル?」


 新井以外の五名は皆それぞれに訝しげな表情をする。


「ふっふっふ。先も言ったが我が部に転属希望の生徒が十数人いる。実はこのプールサイドの更衣室にはその生徒達がすでに待機しているのだ。その彼らに我が部切っての美女三人の水着姿で誰が一番かわいく水着を着こなしているかを投票してもらう! そして俺、厚真、藤田は誰が何票を獲得しているのか予想し、その数字を書き込むのだ」

「ちょっと待て新井。今回のはいまいちよくわからんぞ。それで一体どうやって勝者と敗者を決めるんだ? だいたい待機してくれている生徒って何人いるんだよ?」

「まぁ待て厚真。全部説明してやるから。おい、藤田。さっき頼んで置いたものは持ってきたか!?」


 新井はわざとらしく大げさに振る舞う


「これだよね? っていうかさっきからずっと目の前で持ってたけど」


 藤田は正方形の木箱をずっと抱えていたのだが、これは新井が持ってこさせていたのか。


「うむ、こいつが投票箱だ。それは待機中の生徒が投票紙を入れてもらうのに使う。それから、ほれ」


 新井は俺と藤田に紙とペンを手渡した。


「待機中の生徒は正確に十五名いる。その十五名がレオンちゃん、相原、三上先輩の誰にいくつ投票されているかを予想して今から書き込むんだ。トータルの数字の差がもっとも少ない者が勝者となる。つまり予想レースも俺たち三人で順位分けできるわけだ。そしてレオンちゃん達は言わずもがな、投票数が多い順に順位分けされる」


 う、む。とりあえずそれなら俺たち男子三人の順位、女子の順位はまず分けられるだろう。


「男子組も女子組も一位は文句なく駆け抜けで勝者となる。問題は二位の二人だ。男子側の二位と女子側の二位。このどちらかが勝者となり敗者となる。これで三人が勝者、三人が敗者となるわけだ。ここまではわかるな? で、肝心の二位の男女二人。その二人には……婚活拳で勝負してもらうッ!」

「「こんかつ、けん!?」」


 婚活拳……俺はなんとなく予想出来てきたぞ。さすがはエロ戦闘民族サル新井だ。


「みなさんに説明しよう、婚活拳とはいかなるものなのかを!」


 新井は目をらんらんと輝かせながら仰々しく解説を始めた。


 要約するとただの野球拳だ。ジャンケンで勝負して負けた方が今着用している物を何か一つ外す。外す物はなんでもいい。が当然俺たちは今水着だ。脱げる枚数などほとんど無いに等しい。そしてジャンケンで負けた方が脱ぐ物がなくなるか、脱げないとギブアップした時点で勝敗が決まるらしい。


「ちょちょ、ちょっと待ってよ新井くん! そんなの絶対やだよ! ここから脱いだら……もう」


 相原が赤面しながら食らいついた。当然と言えば当然だ。


「うむ、そうだ。おっぱいか、大事な所が露出するだろう」

「ばっかじゃないのあんた!? そんなのやるわけないでしょ! 変態エロザル!」


 レオンも顔を真っ赤にしながら怒ってる。


 っていうかそんなの認める女子なんているはずが、


「あら、でもこれ全然有利ですね。私はビキニですから二回以上は脱ぐチャンスありますし。それに見られても減るもんじゃないですし」


 と思ったら一人ビキニの三上先輩だけは平常運転だった。


「あ、あんたはいいわよ淫乱売女! 私や美香はどーするのよ! 一体型なんだからこれ脱いだら、その……」


 レオンは一目でわかるくらい顔を紅潮させている。


「まぁまぁレオンちゃん。二位にさえならなければいいんだよ。一位は駆け抜けだし、逆に三位も掃除が決定するだけでジャンケンしなくて済むしさ」

「嫌よ! 美香もこんなの嫌でしょ!?」

「う、うん。さすがにこれはちょっと……」


 さすがに今回のは無理があるだろう新井よ。これで納得する女子なんているはずがない。


 しかし踵を返して新井は三上先輩の方へと向き直った。


「三上先輩も反対っすか? 俺の提案」

「いえ、私は賛成です。面白そうじゃないですか」

「でも相原とレオンちゃんが参加に異議を立ててるんすよ。このままじゃさすがに続行できないんすよね」

「だったらお二人は敗者、という事でよろしいんじゃないですか? そもそも私が投票で一位になることは決定的ですし、確かに勝負になってしまえば小学生か美香さんが婚活拳をしなければならないでしょうし、うふふ」


 あ、新井と三上先輩、黒すぎるだろ……。


「なな、な……ッ!? ふっざけんじゃないわよ! 誰があんたみたいな淫乱売女なんかに負けるもんですか! いいわよ! やってやるわよ!」

「レ、レオンちゃん!?」

「ごめん、美香! 私はやるわ! 勝負する前から負けなんて納得いかない!」

「ええーー!? じゃあ私もやるの?」

「美香はやらなくてもいいわ! これで美香だけ敗者になっても掃除すればいいだけなんだから! 私は絶対この淫乱売女なんかに負けたくない!」

「うう……私も勝負前から負け確定は嫌だし……はぁ。わかったよ、やるよー……」


 新井のニヤリとほくそ笑む表情が見えた。新井はほんとレオンの性格を完全に掴んでやがるな。三上先輩を利用して煽らせるとは……。ある意味、天才的だ。


「まぁ聞けよ相原。仮に二位になって婚活拳をすることになったって脱ぐのは強制じゃないんだから。脱げないってギブアップすればただ負けるだけで済むんだしさ」

「う、うう……わかったよぅ……」


 と、新井が最後に相原を渋々納得させ、婚活部の大イベントは幕を開けたのだった。


 俺たちって、一体何部なんだこれ……。などと半分飽きれつつも満更でもない俺も俺だが。



        ●○●○●



 まずは俺と新井と藤田が紙にそれぞれの投票数を予想して書き込み、その紙を新井に預ける作業から始まった。


 その時間はわずか五分と新井に言われたので、俺は結構真剣に考えてみた。


 可愛らしい白いフリル付きのワンピースを可憐に着こなす相原。ショートカットが実に水着とよく似合っていて可愛らしい。胸も三上先輩程ではないとはいえ、それなりな膨らみがあり……。三上先輩のビキニだってかなり良い。豊満な胸ときゅっとしまった腰つきが強くアピールされている。一方俺の嫁のレオンだって、悪くない。タンクトップ型の水着は小柄なレオンには実にマッチしており、ある種ロリ系の方々には悶絶物レベルではないかと思われる。っていうかどれもこれもハァハァハァハァ。


 い、いかん。あまり長考していると時間がなくなる。


「おい、厚真まだか?」


 新井が催促をしてきた。どうやら藤田と新井はすでに予想し終えたようだ。


 俺はとりあえず十五という数字をどういう風に分配するかを考えた。が、こんなもん考えたって無駄だろう。単純にこれは完全に運否天賦なゲームなのだから。


「おーい、厚真。五分すぎてんぞー」


 ……仕方ない。俺は腹を決めて投げやり気味に数字を分配して、新井に渡した。


「よし、じゃあ次は投票だ! エキストラの皆さんお待たせしました! ご入場ください!!」


 いや、エキストラて。お前はどこぞのディレクターか。


 新井がそう叫ぶと、待ってましたかと言わんばかりに総勢十五名の生徒達が更衣室からぞろぞろと出てきた。


「皆さん、ここにいる我が部の美女三人をよーくご覧になってください! そして最も自分で良いと思った人の名前を書いてこの投票箱に入れてくださーい!」


 レオンたちの水着には新井がどこから用意したのか、金宮、三上、相原と書かれたネームプレートが取り付けられていた。ほんと、こいつの手際良さは学生とは思えないな。


「五分です! 五分じっくり観察なさってください!」


 転属希望の部員十五名の中には数人女子もいた。よくこんな部に転属希望を出す物好きな女子がいたものだ。っていうか女子からしたらこんな女子の水着なんてどうでもいいだろうし、適当にさっさと投票するだろうと思っていたのだが、なぜか皆やたらじっくりとレオン達を観察している。


「厚真くん。知ってるかな」


 不意に藤田が俺に問い掛けてきた。


「部の転属ってさ、当然そんなに安易に出来ないんだよ。希望だけはいつでも出せるけどね。他の部だって生徒がどんどん抜けたら困るもんね。だけど転属希望をあっさり許可してもらえる方法がひとつだけあって、それはその部の顧問、つまり三田先生からの強い斡旋があればいいんだ。皆転属希望がなんなのかは知らないけど、希望を出してるくらいだから当然入りたいわけだよね。で、今回のこの投票さ、一位の人に投票できた生徒は三田先生から推薦してもらえるっていう褒美つきなんだって新井くんから聞いてる」


 な、なるほど。三田先生が本当に斡旋してくれるかどうかは別として、そういう餌を撒く事で投票にも真剣さを取り入れてるってところか。新井はほんと天才的すぎるだろ……。


「皆さんありがとうございましたー! 今後も婚活部をよろしく!」


 どうやら投票も無事終わったようだ。


 転属希望の生徒達はそれで帰るのかと思われたが、なぜか皆わいわいと騒ぎながらまだここに残っている。


「新井くん、このイベントの内容を彼らにも伝えてあるみたい。皆、婚活拳も見たいんだと思う」


 藤田がそう教えてくれた。まぁこんな面白そうなイベントやってれば誰だって見てみたいか。


「さーて、んじゃ皆さんお待ちかねの開票の時間です! レオンちゃん達も心の準備はいいかな!?」

「うるさいサル! さっさとしなさいよね!」

「うん、もうなんでもいいから早くして……」


 色んな生徒達にジロジロと水着姿を舐めまわすように見られていただけでも、レオンと相原は相当恥ずかしかったのだろう。さっきからもじもじしっ放しだ。逆に三上先輩はグラビアモデルのつもりでも気取っているのか、ご満悦な表情でポーズを取りっ放しだが。


「おーっし、んじゃいっくぜー! まずは栄えある一枚めぇえええええ! 三上先輩だぁああ! 三上先輩にまず一票ーーーッ!」


 新井は投票箱から一枚ずつ紙を取り出してはそんな風におおげさに名前を挙げていく。


「どんどんいくぜぇええ! 皆いいかあー!?」


 うぉおおお! と、投票者達兼エキストラの皆さんは異様な盛り上がりを見せている。


「二枚目は、相原美香! 三枚目も相原美香! 四枚目は金宮零麻! 五枚目は三上綺楽蘭!」


 次々に開票されていく。俺もなんだか周囲の盛り上がりに同調し、いつの間にか新井の開票ごとにわくわくが止まらなくなっていた。


「六枚目、金宮零麻! 七枚目は三上綺楽蘭! 八枚目は……ん、なんだこりゃ?」


 と、新井の開票がそこで一度止まる。


「うおおおおっと、八枚目はなんかすごいぞー! 誰だこれを書いたのはー!?」

「なんだよ、どうした新井?」

「おう、厚真! これを見てくれ!」

「んー……? いい!?」


 俺は正直目が点になった。


 八枚目にも当然名前が書かれていたのだが……。そこにはそれだけではなかった。


「八枚目は、金宮零麻! だが、それだけじゃない! ここに書いてある文を正確に読むぞ! 読んじまうからなー! いいかオーディエンスどもぉー!」


 うぉぉおおおと、オーディエンスに成り下がった(?)エキストラ兼転属希望者たちは盛り上がる。


「金宮零麻さんが最高です。っていうか好きです。だぁぁああ!」


 周囲は新井のその言葉に大いに盛り上がりを見せる。投票と同時に告白もしてきたとんでも度胸の持ち主がいやがるとは……。


「はぁぁぁあああああ!?」


 そんな中、一際大声で叫んだのは当然レオンだった。


「これはとんでもない勇者がいたぞー! これを書いたのは誰なんだー!?」


 新井が投票者達に向かって叫ぶと、一人の男子生徒が手を挙げた。


「それを書いたのはこのオレ様さ! 新井部長!」


 突如通る声でそう言った生徒はガタイの良い色黒の……、いや、お前誰だ。


「おおー! キミだったのか! この場を使って告白とはやるな!」

「そうだろう! 新井部長もこのオレ様の事を知っていてくれたか!」

「いや、まったく! キミは誰なんだ!?」


 お前は本当に誰なんだよ!


「このオレ様はサッカー部、部長の鬼河原 菊蔵(おにがわら きくぞう)だ!」


 サッカー部の部長て、お前三年だろ?!


「鬼河原先輩でしたか! しかし何故先輩のあなたが!?」

「この部は男女の営みを本気で考えてくれている素晴らしい部だからだ! オレ様がスポーツに費やしたこの青春、今度は薔薇色に変えたかった! だから転属希望を出した! それだけじゃない、金宮さんに一目ぼれしちまったのさッ! 金宮さん好きだ、付き合ってくれ!」

「絶対いや! 死んでください! お願いします!」


 レオンは間髪入れず速攻で断った。っていうか死んでくださいってそれは酷過ぎだろ。お願いまでするな。


「おおーっと、気合を入れてくれた鬼河原先輩でしたがあえなく撃沈! しかしモブキャラ風情が名前をもらえるだけじゃなく、これだけセリフをもらえたら大満足ですよね! どうもありがとうございました!」


 あ、新井、お前後でぶん殴られても知らないぞ俺は……。


 しかし鬼河原先輩は振られた事が予想以上にショックだったのか、魂の抜けた表情でその場に座り込んでしまっていた。……なんだったんだこの人。


「さー、気を取り直して開票の続きいくぞー! 九枚目、相原美香! 十枚目、三上綺楽蘭! 十一枚目相原美香! 十二枚目、金宮零麻!」


 ここまでの総評数は、相原、三上先輩、レオン共に綺麗に四票ずつに割れている。物凄い接戦だ。


「さー残りわずかだ! 十三枚目、三上綺楽蘭! この時点で三上先輩のビリはなくなったぞ! さぁ残り二枚! 十四枚目は……金宮零麻!」


 この段階で三上先輩とレオンがトップリーチに躍り出た。


 最後の一票が相原なら三人タイになってしまうが、その場合どうなるんだろう。


「そして最後の一枚は……おおおおッ! 三上綺楽蘭だぁああああ!」


 うおおおおお! というオーディエンスの大きな歓声と共に、三上先輩の一位が確定した。


「開票終了です! 栄えある一位は三上先輩の六票! 二位は五票の金宮零麻! 三位は相原美香となりましたーッ!」

「うふふ、やはり私の美しさを皆さんよくわかっていますね」


 三上先輩は予言通り、本当に一位になってしまった。これは相当ご満悦だろう。


 問題は……、


「ふふ、ふっざけんなああー!」


 その結果を聞いたレオンが爆発した。そう、このゲームで決してなってはいけないのは一位でもビリでもない。一番なってはならない二位になってしまったのだから。


「ふざけんなふざけんじゃないわふざけんじゃないわよ! ふざけんじゃないわ! 無効無効! こんなの無効よ! 私が二位ってふざけ」

「お、落ち着いてレオンちゃん」


 隣に居た相原がレオンを止めに入る。が、レオンの憤りは止まらない。


「こんなのぜーーーーったいおかしいわ! なんであんな淫乱女が一位なのよ! こんなの絶対認めないわ!」

「レオンちゃん、それは通らないぜ! ルールはルール! 掟は絶対だぜ!? いくらレオンちゃんでもこればっかりは認めてくれないと困る!」


 新井もこういうのは絶対引かないからな。さすがというかなんというか。


 レオンは半泣き状態で体を震わせている。相原がよしよしとなだめている構図を横目に新井はイベントの続きを施行する。


「さー、次は我々の投票数予想の開票だ! まずは部長である俺からいくぞ! 俺はレオンちゃんに五票、三上先輩に四票、相原に六票だ! 結果から考えると結構差が出来てしまった。レオンちゃんのだけ正解で、相原と三上先輩が逆だったから俺の差票は三票だ!」


 それでも結構いい線言ってるな、と俺は感心した。というかあいつの事だからなんかこれもうまく企みがありそうな気がしてならない。


「次に藤田! 藤田のはレオンちゃんに四票、三上先輩に三票、相原に八票。これはずいぶん相原びいきの予想! しかし大きくこれも外れている! 差表は八票だ。これは酷いな!」


 藤田は照れ臭そうなそぶりをしながらえへへとか言ってる。あいつって本当に相原好きだな……。


「最後に厚真だ! レオンちゃんに六票、三上先輩に四票、相原に五票か! ということは差表は四票だ!」


 なん…だと…。


 俺は自分の事などすっかり忘れていた。というか自分がいくつの数字を予想して書いたかなど完全に忘れていたのだ。しかし、この結果はつまり……。


「つまり、お前が二位だ、あつまぁああああ!」

「ふ、ふっざけんなあああああ!」


 俺もレオンよろしく叫んでしまった。


「くっくっく、お似合いだぜぇ、あつまさんよぉ! さぁレオンちゃんと婚活拳で勝負するんだな!」


 こ、こいつ。本当に何も小細工してないのか怪しくて仕方がないが、ギャラリーも多数いる中これ以上ごねてもどうしようもない。俺は渋々納得し、肩を落としてレオンの前へと歩を進めるのだった。



        ●○●○●



「まさかあんたが二位とはね。クズ」

「ああ、お前もなレオン」


 俺とレオンは十数人のギャラリーが見守る中、プールサイドで対峙していた。


 それはまるで西部劇の決闘よろしく、お互いを牽制しあっているように見えるかもしれない。


「さぁああああー今回の最大イベント! 皆盛り上がってるかー!」


 うおおおおおお! っとギャラリー達は大盛り上がりを見せる。一位の三上先輩、三位の相原、そして同じく三位の藤田もそのギャラリーに混ざりながら一緒に盛り上がっている。


「婚活部きってのスーパーツンデレ美少女、金宮零麻と、スーパーなんかすごく中途半端キャラの厚真椎名! 二人の、決闘が今、ここに火蓋を切って落とされるぞぉぉおおおッ!」


 俺の肩書ふざけんな。


「婚活拳、ルールは簡単だ! ジャンケンをして負けた方が一枚脱ぐ! 脱ぐ事が出来ないと先にギブアップした方が負けだ! いいな! 厚真とレオンちゃん!?」

「わかってるわよ!」

「ああ、俺もわかってる」

「さぁ、両者納得したところで、時間も押し迫ってきているのでさっさといくぜぇええ!? 音頭は俺が取ってやるぞ、準備はいいかー!?」


 くくく、レオンのやつめ。この勝負、俺の勝ちだ!


 何故ならこいつとは何度かジャンケンをした事があるが、いつも最初はグーを必ず出す癖を、この俺は知っているッ!


 レオン! いくら貴様がこの俺の嫁とは言え勝負の世界は非常なのだ! ゆくぞ!


「こーんかーつすーるなら!」


 新井がスーパーハイテンション、ノリノリで野球拳のそれに合わせて替え歌を歌いだす。

「「ハイ!」」


 おい、ギャラリー共もノリすぎだ。


「こーゆーぐあいにしーやさんせ! 年収! 経歴! よよいのよい!」


 新井のよい! に合わせて俺とレオンは右手を前に繰り出した。


「うおおお、あいこだあー!」


 なん…だと…。


 俺は当然パーを出した。しかし、レオンのやつもパーを出してきやがった!


「レ、レオン、貴様何故パーを……」

「ふふん、甘いわクズ! 私がいつもグーばかり出す癖を私自身が知らないとでも思っていたのかしら!」


 こ、こいつ。ただの馬鹿だと思って舐め過ぎていたか!


「さー、仕切り直しだ! いくぞ厚真! レオンちゃん!」


 くそ! どうする俺!?


 いや、待て、よく考えろ。思考を止めるな。こいつとは夕飯のおかずについて揉めた事が一度や二度じゃない。その度にジャンケンをしてきた。確かにこいつは最初必ずグーを出すんだが、俺も毎回圧勝じゃあかわいそうだなとか思ってたまに俺もグーを出してあいこにした事があった。その後、こいつは決まってグー以外のものをだす。それはなんだ? そうだ、思い出したぞ! こいつはグーの後はパーだ! パーを出してくる! 何故かわからんがレオンはチョキを嫌う傾向にある。だからさっきも自分がグーを出す癖を見抜いていたのならチョキを出せば勝っていたのにそこまでは考えが及んでいない。及んでいないからパーを出してしまった! では次はなんだ? 裏を読む事までは出来ないレオンでも同じものを続けて出すとは考えにくい、そしてチョキを嫌う。つまり導き出される答えはグーだ! こいつはグーを出すはずだ! (ここまでの思考およそ0.2秒)


「こーんかーっつすーるなら!」


 新井の音頭が始まった。よし、俺はパーだ! パーで完膚なきまでに勝つ!


「「ハイ!」」


 レオン、貴様はやはりここで死ぬのだ! くらえ俺の会心の一撃!


「こーゆーぐあいにしーやさんせ! 3高! 家柄! よよいのよい!」


 俺はパーを出した。すまないなレオン。勝負の世界はひじょ、


「ブゥゥウウウウウウウ!」


 と、思ったのも束の間。俺が先に認識したのは周囲からの激しいブーイング。それから俺はようやくレオンが何を出したのかを理解する。


「レオンちゃん、チョキだぁぁぁあ!」

「ふっふっふ、私の勝ちね! 所詮クズはクズなのよ! オーッホッホッホ!」


 レオンの勝ち誇る声が響く。そして、


「てめー厚真ふざけんな、死ね!」


 という激しいギャラリーからの野次が飛んできた。


「なんという事でしょう。厚真は負けてしまいました! ギャラリーの皆さん申し訳ございません。ふがいない部員でほんっとーーーに申し訳ございません!」


 なぜだ……どうして俺にばかり……こんな……理不尽が……(ぐにゃあ感全開で)。


 こいつがチョキを出すなんて……ありえない……ありえるはずが……。


「レ、レオン教えてくれ! なぜチョキを出した!?」

「あっはっは! クズにはわからないでしょうね! 私には見えるのよ、あんたの出す手が!」


 俺が出す手が見える、だと……!?


「そ、それは一体どういう事なん」

「おしゃべりはそこまでだ!」


 俺がレオンに問い掛けようとした矢先、新井が会話を遮る。


「厚真。ルールはルールだ」


 新井は満面の笑みで、そう、言った。


 俺は呆けながら周囲を見渡す。一部の男子はつまらなそうな表情を。そして一部の女子達は逆に盛り上がりを。ああ、そうか。俺は、負けたのか。負けた。つまり……。


「つまり、お前は脱ぐんだよ! あつまぁああああ!」


 脱ぐ……? 脱ぐってハハ、何言ってんだこの新井。頭おかしーんじゃねーか。俺がこの状態から脱いだらすっぽんぽんだぞ。そんな事許されるわけないだろ。常識的に考えて。


「おい、厚真聞いてるか? 現実逃避してもだめだ」

「う、うぐぐぐぐ……」


 脱ぐ。この水着を。それはイコール、俺のナニを大勢の前で披露する。という事に他ならない。


「脱げないのか? 厚真。脱げないって事はつまりお前の負けだ。だが、よく聞け厚真」


 新井が今度は少し優しい口調で諭す様に俺の肩を掴んだ。


「いいか? お前がその水着を脱げば、もうワンチャンある、って事だぜ?」


 もう……ワンチャン……?


「この婚活拳、ルールは脱げなくなったら負けだ。つまり、脱げればまだゲームは終わらないって事だ!」


 そ、そうか! 俺が脱ぎさえすれば、今度は逆転、レオンを脱がせる可能性が生まれる!


「厚真。頼む。皆の希望をこんなところで終わらせないでくれ!」


 希望……?


 俺は周囲を見渡した。


 ギャラリーの多くが俺へ一斉に視線を向けている。始めはつまらなさそうな表情をしていた男子達が今は違う。俺に何かを求めている。


「お前は俺たちのたったひとつの勇気だ。わかるな? 厚真」

「新井……」


 俺は、そうだ。


 俺は……こんなところで終わる男じゃねぇ!


「くそがぁあああ! やぁぁってやるぜぇぇぇえええッ!!」


 水着の裾に両手を掛け、俺は勢いよく水着をずりおろした!


「おおおおー! 厚真選手! やりおった! この男やりおったぞ皆ーー!」


 ウァァアアアアア! っという歓声と。


 キャァァアアアア! っという黄色い声が同時に飛んだ。と、更に同時に、


「うぎゃああああ! この変態ぃぃい!」

「うぐふぇ!?」


 レオンからも凄まじい蹴りが俺のどてっぱらに飛んできた。


「おおーっと! 厚真くん吹っ飛ばされたー!」


 新井よ、FC版キャプテンつ○さばりの解説、ご苦労。


 俺は下半身丸出しのまま仰向けの状態になった。


 こんな醜態を晒して、精神的にも肉体的にも俺はすでに限界だった。もはや戦う気力なんかこれっぽっちも残ってなんていなかった。このまま気を失ってしまえばいい……俺はそう思った。


 しかし、


「……つーま! ……つーま!」


 何かが……聞こえる。


「あっつーま! あっつーま!」


 それは。


「あっつーま! あっつーま! あっつーま! あっつーま!」


 皆の呼ぶ声が、聞こえる。


「厚真、聞こえるか」


 仰向けで腹部を抑え込むこの俺を優しく抱き上げながら、新井は言った。


「お前を呼ぶ声が! 声援が! 聞こえるか!?」


 聞こえる。はっきりと。


「お前はまだ戦う力を残してる。なぁ? そうだろ!? 我が強敵(とも)、厚真よ!!」


 そうだ。俺はまだ終わってない。終われない。


 こんなところで終わらせちゃあいけないんだ!


「うぉぉおおおおおおおお! 今こそ目覚めよ! 俺の中に眠る僅かな小宇宙(コスモ)よ!」


 俺は、立ち上がった。立ち上がったんだ。


「立った! 皆! 厚真は立ったぞ! まだ戦ってくれる! 俺たちの為に!」


 ウァァァアアア! という熱い声援が一斉に響く。


 俺は戦う。まだ、戦いは終わっちゃあいないッ!


「皆の声が聞こえた。俺が今立てたのは奇跡だ。だが皆の声が……勇気が! 俺を立ち上がらせてくれた!」

「あつまぁああ! かっこいいぞ! うううう。こんなにかっこいいスッポンポンは見たことがないぞー! くそ! 部長のこの俺も涙が止まらないぜ!」


 新井は感激のあまり号泣している。


 皆の勇気、無駄にはしない!


「いくぞレオン! 最後の勝負だ!!」


 俺はレオンを指差し、戦いの再開を告げる!


「いいからその汚いもんをかくせぇぇええええええええええええええええッ!」


 ガーンッ! とビートバンが俺の頭に投げつけられた。



        ●○●○●



「さぁ、仕切り直しだ。レオンちゃん、厚真、心の準備はいいか?」


 俺はレオンが投げつけたビートバンを片手に股間を隠し、最後の勝負に臨む。


 レオンは顔真っ赤にしながら半分怒ってる。


 しかしさっきのレオンのチョキ。これは完全に想定外だ。一体どうすればいい。いや、さっきから何かおかしい。厚真椎名、冷静になれ。クールになれ。物事には必ず何か意味があるはずだ。あいつはこれまでの生活でチョキなんか使った事がなかった。それが今この場面になって使い始めた。これには何か理由があるはずだ。理由とはなんだ?


「いくぜぇ! こーんかーっつすーるなら!」


 新井の音頭が再び始まる。


 理由。レオンがチョキを出した理由。レオンはチョキを使った事がないのに、この大事な場面でいきなり使った。……そうか、見えてきたぞ。


「「ハイ!」」


 ギャラリーの相槌。もはや時間はない。


 人はインプットした情報しかアウトプット出来ない。レオンにはチョキを出すという概念がそもそもなかった。それがここにきて使い始めた。つまりインプットされたのだ。チョキを使うという行為を。


「こーゆーぐあいにしーやさんせ!」


 もう、後数秒もない。


 だが、見えてきた。


 俺は今思考の宇宙にいる。ここにいる間は時間という概念に束縛されない。俺だけの絶対領域(エンペラータイム)。ここで、か細くも確かにあるたったひとつの答えを導き出すッ。


 インプットされたチョキ。そう、されたのだ彼女は。何者かに。それは誰か? 簡単だ。このゲームを知っているメンバー、そして被害者になりうる可能性のある人物。三上先輩は性格的に助言をするとは考えにくい。つまり相原だ!


 残すは最後の難問。相原は一体レオンになんて助言した? 相原とレオンは学校ではほぼ一緒にいる。部活中二人でジャンケンをしている様子も見たことがある。そうだ。そうすれば相原も当然レオンの癖に気付く。それを知っていた相原はレオンに彼女の癖を教えた。だからさっきレオンは自分の癖に初めて気が付いたんだ。レオンは最初パーを出した。そして俺はパーを。次にレオンはチョキを、俺はパーを出した。そうだ、俺の手が見えているなんてハッタリだったんだ! そもそもこのゲーム、負ければリスクしかないのに初戦で俺の手が見えていれば最初っからチョキを出せばよかったはず。それが最初はあいこだった。


 そ、そうか! ついに見えたぞ! 


「性格! 性癖! よよいのよい!」


 俺は目を瞑って覚悟を決め、右手を繰り出した。


 そしてレオンも繰り出した。


「……」


 しばしの沈黙。


「う……」


 俺はゆっくりと、瞼を開く。


「うぉおおおおおおおお! 厚真! あつまぁああああ!」


 新井の絶叫と共に、周囲から大歓声が沸き上がる。


「な、ななな!?」


 レオンが狼狽している。つまり……。


「厚真はパーだ! レオンちゃんはグー! 厚真の勝ちだぁあああああ!!」


 やった……。俺はついにやった。


 俺はパーを出し、レオンはグーを出した。俺の完全勝利だ!


「ぅううううう! ク、クズ、あんたなんでパーを……」


 今度はレオンが震えながら俺を睨み付ける。


「レオン、お前はすげぇやつだった。たったひとりでここまでよく戦ってきたよ。けど、俺には皆がついていた。皆が俺の心に勇気をくれた! 教えてやる! お前が負けた理由をなぁ!」

「な、なんですってぇ……!?」

「お前は相原に助言をもらっていたんだろう? ジャンケンについての」

「う、な、ど、どうしてそれを……」

「そしてこう言われたはずだ。レオンちゃんはグーを出した後パーを出す癖があるから、それだと厚真くんに勝てない。だからレオンちゃん最初はパーを出してみて。もしそれで厚真君がパーならもう勝ったも同然、次にレオンちゃんがチョキを出せば絶対に勝てるよ、ってな」

「な、なんでそんな事までわかるのよ!?」

「簡単な事だ。相原はこう言ったはずだ。レオンちゃんはチョキを出すことがないから厚真くんも絶対パーの後はグーを出してくるはずだって思う。だからパーを出す予定の厚真くんにチョキで勝てるよってな。そしてもし三回目まで試合が続くなら最後はグーを出して。何故なら厚真くんはここまでパーを二連続で出してる。そうなると心理的に人って同じ物を続けて出せなくなっちゃうの。だからパーはまずないと考えてグーを出しておけば負けない、ってなぁ!」


 レオンはがっくりと膝をついた。


 俺の、絶対領域(エンペラータイム)が、本来僅かしかない時間を無限に伸ばしてくれたからこそ、この答えに辿りつけた。


 俺がこの能力を引き出せたのも、周囲の応援が、俺の魂を揺さぶる声が、俺を覚醒させたのだ。


「うおおおお、厚真! お前まじで!? そんなん考えてたの!? すげーぞおい、厚真!」


 新井が俺を絶賛する。


 俺も我ながら素晴らしい戦いを乗り越え清々しい気分だ。


「勝者は厚真! 厚真椎名だぁ!」


 ウワァァアアア! という今までの中で最高に大きな歓声がプールサイドに響き渡った。


「さぁーて」


 ギラリと新井の目が光る。


「レオンちゃん」


 新井の優しくも容赦ない声色がレオンの体を硬直させる。


「ひ……」


 レオンのやつが珍しく怯えている。


「ルールは、ルール、だ」


 俺に向けた時同様の満面の笑みで、新井はレオンの前に立ちはだかった。


「い、嫌よ! 絶対嫌!」


 まぁそらそーだわな。


 俺も熱くなってしまっておいてなんだが、男の俺は百歩譲ってまだいいが、さすがにレオンはなぁ。女の子だしなぁ……。とか思いつつも止めない俺。


「そっか。レオンちゃんは脱げないか。ごめんなレオンちゃん。いいよレオンちゃんは脱がなくて」

「サ、サル、あんた……」


 レオン、新井の言葉に騙されるんじゃあない。どう見ても罠だぞ。


「いいんだレオンちゃん。キミはやっぱり女の子だもんな。厚真は勇気を振り絞って水着を脱いだけどレオンちゃんだけは特別でもいいよ。レオンちゃんだけは特別。レオンちゃんは負けたけど、ルール違反になっちゃうけど仕方ないよな。皆は怒るかもしれないし、婚活部って所詮口だけかよとか思われちゃうかもしれないけど、仕方ないもんな。レオンちゃん負けたけど女の子だしさ」


 あ、新井……お前の人の追い詰め方はなんか、ヤミ金のそれを思い出すぞ。


「う、ううう……」


 レオンの表情がどんどんと紅潮していく。


「でもさレオンちゃん。無理強いはしないけど、レオンちゃんは負けっぱなしでいいのかな? レオンちゃんもワンチャンあるんだぜ? このゲームは脱げる物がなくなったら負けなんだ。厚真はそれを理解して水着を脱いで戦った。レオンちゃんにはまだ脱ぐものがあるよな。それを脱ぎさえすればまだ厚真と戦えるんだ。わかるだろ? 戦える人が戦わずに逃げるってのはどうなんだろうな?」


 お、俺の時と同じ事をこいつは……。新井、お前は将来詐欺師になる。間違いない。


「うううううううううううううううううッ!」


 レオンは俯いたままずっと唸っている。


 完全な否定をしない。このままいけばまず間違いなくレオンは脱ぐ。なんせあの新井だ。何があろうと口車に乗せてくる。


「さぁ、レオンちゃん! 勇気を振り絞ってあの悪魔みたいな厚真を倒そうぜ! なぁ!?」


 悪魔はお前だ新井!


「うううううううううううううううううううううううううううううううううううッ!!」


 レオン、まさか本気で脱ぐつもりか……?


 気が付けばギャラリー共も静かにこちらの様子を窺っていやがる。


 っていうか俺はいいのか? 俺の嫁の裸を、痴態を大勢の前に晒させてしまって。


 ……なんて良心も全くないわけではないが、ぶっちゃけ俺も見たいんですよねー! し、仕方ないだろう。俺だって健康な日本男児だ。だいたい家の中だってこいつは激怒するから裸はおろか下着姿すらも拝んだ事はないし、レオンの下着とかだって乾燥機で乾かしにいくからパンツとかですら見たこともないし(部活で一度だけ見たけど)。


 って、俺は誰に言い訳してるんだ。


「レオンちゃん! 人間は元々皆裸だったんだ! 何を臆する事がある!! 堂々とすればいいんだ!」

「だぁぁぁああああ、わかったわよぉおおおお!!」


 レオンは目を瞑ってついに覚悟を決め叫んだ。と、同時にうぉおおおおおおおお! というギャラリーからの大歓声がまたも沸いた。


 レ、レオンが脱ぐ。いいのか? いいのか!?


 いや、これはルールだから仕方がないんだ。仕方ない。俺は悪くない!


 レオンの裸……夢にまで見た(ような気がする)あいつの……生まれたままの姿……。あ、鼻血が。 


「はーい、そこまでねー!」


 レオンが自身の水着を脱ごうとしたその矢先。


 更衣室が少し間の抜けた声がプールサイドに響き渡った。


「み、三田先生!?」


 新井が驚いた様に言ったが、俺たちも当然驚かされた。なぜか顧問の三田先生が水着姿でいる。


「んっふふふ。新井くーんこれは何なのかなー?」


 ニッコニコの満面の笑みで、三田先生はゆっくりと新井の元へと歩み寄る。


「この状況、どういう事かなぁ?」


 やばい、怒られる。


 と、俺たちは思った。


 なんせわけのわからないゲームで女の子を脱がそうとしていたんだ。これって相当やばい状況なんじゃないか? 俺含めその場にいる全員が肝を冷やしていた。が、


「どぉして! プールに水がないのぉ!?」

「「へ?」」


 全員唖然とする。


「新井くん、掃除してからプールに水張るって言ってたじゃないのぉ! もうずいぶん時間が経ったから当然水が張ってあると思ってぇ、先生も泳ぎたかったから着替えてきたのにぃ……」


 プールサイドに置いてある時計に目をやると、時刻はすでに十八時を回っていた。


 ……少々夢中に盛り上がり過ぎて時間を忘れてしまっていたようだ。


「んっもー新井くんって案外仕事遅いのねぇ」



        ●○●○●



 大盛り上がりを見せた我が部本日の部活動は、三田先生の乱入によってあっさり終了を告げた。


 結局あの後大急ぎで全員(転属希望者含む)で掃除するハメとなってしまい、イベントの順位やら何やらはうやむやになってしまった(デッキブラシも実はたくさんあった。どうも新井が残りは隠していたようだ)。


 掃除が終わったらもう十九時を回ってしまったので、結局プールで泳ぐ事なくその場で解散となり俺たちはそれぞれ急ぎ帰宅したのだった。


「はぁ、今日は疲れたな……」


 俺は昨晩作り置きしておいた野菜炒めを口に頬張りながら呟く。


「ほんと、あのエロザルのおかげで散々だったわ」


 レオンも同じものをつつきながらぼやいた。


「でもまぁ楽しかった、かな」


 俺は結構楽しかった。正直新井の行動力はすごい。俺はあいつを最初、ただのエロ好きなだけのサルかと思っていたが最近は案外見直している。


「私は楽しくないわよ! 最後先生が来てくれたからよかったけど、冷静に考えたら……」


 と、レオンはそこまでしゃべって顔を赤くした。


「あんのエロザル……。やっぱ明日ちょー文句言ってやるんだから!」

「はは。まぁあの場の雰囲気だとつい乗っちまうよな」

「べ、別に乗ったわけじゃないし! クズが私に勝つから悪いのよ!」


 ふんっとレオンはそっぽ向く。


「悪い悪い。まぁでもよかったじゃないか。脱がずに済んで。俺なんか……」


 思い出したら俺、皆にアレを見られてるんだよな……。


「ねぇクズ」

「ん?」

「あんたは、その……見たかった……の?」

「レオン?」

「わ、私の……」

「い!? え、あ、いや、見たくないって言ったら嘘になるって言いますか、なんと言いますか……」


 やばい、殴られるか!?


 俺は思わず体をこわばらせた。 


「……ふーん」


 レオンはそれだけを呟いて、またパクパクと夕食を口に運び出した。


 なんだ? 変なやつだな。


「あーそれにしても腹立つのはあの淫乱売女よ! あんなやつに私が負けるなんて」

「あ、ああ。そうだな」


 途端、レオンはまたとりとめもない話に戻し、俺たちはその夕食をなんだかんだ盛り上がりながら会話して過ごした。


 レオンのやつの水着、本当に似合ってたな。今度は海にでも連れて行ってやろうかな、などとその日の俺は終始浮かれていたのだった。








 ――翌日の朝には、そんな浮かれた気分を一瞬で破壊される出来事が待ち受けているなんて思いもせずに。





 




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