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無題掌編  作者: mm
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 紫色の空に白い花が咲いた。ぱぁん、と弾けた音が遅れて耳に届き、七分咲きの白花は風に流され色を薄める。音と僅かな白煙だけの花火が打ち上げられている。十に満たない程度連続して打ち上げられると、割合長い中休みが訪れる。

 今日がこの村の夏、唯一にして最大のイベントである夏祭りだと言うことを、ボクはようやく思い出した。

 ボクはコンビニの袋を片手にぶら下げながら、首だけで高台の方を眺めた。道行く人がいつも以上に少ないのはその所為か、とぼんやり考える。神社は人でいっぱいなのだろう。

 考えただけでも汗が噴出してくる。ボクはやや傾いた太陽に眼を細めて、首筋の汗を拭った。コンビニの袋を漁り、買ったばかりの小豆アイスの封を切った。買ったばかりだというのに少し融けている。

 ボクはそれに歯を立てた。融けているのは表面だけで、まだまだ硬い。これがバニラとかだったら今頃ドロドロになっているはずだ。さすが小豆、とボクは右の角を噛み砕いた。嚥下する時の、痛みに似た冷たさが心地好い。

 しかし清涼感を味わえるの一瞬だけだった。夏の日差しの前には、小豆アイスの一口ではあまりにも無力だった。むしろ冷たさからの落差で余計暑く感じる。

 天国から地獄とはこのことか、――などと絶望していると背中に軽い衝撃。背中、というか膝の裏辺りを押された。膝カックンに近いが、それとの大きな違いはボクの膝裏を押したのがスクーターの前輪だと言うことだ。

 ボクはバランスを崩し、膝から地面に崩れ落ちた。地面に手をついて項垂れている人のように固まる。目の前の地面には、八割がた原形をとどめている小豆アイスが鉄板のように熱された地面の上に転がっている。そしてゆっくりと、しかし確実にその身を液体に変えてゆく。

「……先輩っ、なんてことしてくれたんですか。小豆アイスが台無しじゃないですか、それと人身事故ですよ」

 ボクは起き上がり振り向きざまに声を出した。そして地面に落ちたアイス指差して抗議する。

 そこに居るのは案の定先輩だった。先輩はスクーターに乗ったまま片足を地面について停車し、こちらを見ている。なんだ、このえもいわれぬ違和感は。

「ふは、ふふふ……」

 先輩は不気味に笑い始めた。当然のようにボクの抗議は無視している。ボクじゃなかったら警察呼ばれて満場一致で有罪だと言うことに気が付いているのだろうか。

「後輩よ、小豆アイスごときで夏を打倒できる思ってんのか。この日差しに勝てると思っているのかっ」

「せんぱい……? なんかテンションがおかしいですよ」

 ボクが本気で気の毒そうな顔を作ったのに先輩は気にしていない様子だった。いつもなら睨むとか、怒鳴るとか、最悪また轢くとか、そういう行動をする人なのに。本当にどうしてしまったんだ。

「乗れ」

「へ?」

「いいから乗れ、小豆アイスの代わりになるものを奢ってやる」

 ああ、そうか、とボクはようやく気が付いた。先輩に感じて違和感は無駄に高いテンションでもなんでもなく、ただキラキラと少女のように輝くこの瞳の所為だということに。いつもの半眼で鋭い目つきが鳴りを潜めるているのだ。

「なにか、楽しいことでもあったんですか?」

 ボクはスクーターの後ろに乗っかって先輩に尋ねた。ゆっくりとスクーターが動き出す。

「お前、本気で言ってんの?」

 先輩が言うと同時に、ぱぁん、と音が鳴って白い花がまた空に咲いた。

「もしかして、お祭りに行くんですか? 人いっぱいですよ、こんなに暑いのに」

「まったく、これだから軟弱な現代っ子は。このシティーボーイめ」

「今は町民です、この町のね。それに暑さに弱い人間は、都会に生まれようと田舎に生まれようと暑さには弱いと思います」

 先輩は、鼻で笑った。

「まぁ、お前の生まれなんか、どうでもいい。今は祭りだ。あの神社で何を祀っているのかは知らないけど、祭りへ行くぞ」

「嫌です、って言っても連れて行くんでしょう?」

「無論だ。お前には祭りの楽しさを教育してやる」

 学校の行事も祭りみたいなものだとボクは認識しているのだが、その行事をことごとくサボっている先輩がお祭りを大好きだという事実は、とても意外だった。あんがい子供っぽいのかもしれない。

 今日の先輩はよく喋った。祭りのことだけはなく他愛もない世間話も織り交ぜて、ボクはその殆どに頷くだけでよかった。

 神社に近づくにつれ人が増え、スクーターの二人乗りは色々と問題が有るのでやめることになった。先輩は気にしていないようだったが、こんな所で補導されたら祭りどころの騒ぎじゃないですよ、といったら大人しくスクーターを押し始めて、適当な、邪魔にも駐禁にもならない場所に停めておいた。

「この町って、こんなに人居たんですね」

 ボクは浴衣美人を横目に呟いた。

「ま、隣と合同だしな」

 それを差し引いても大した賑わいだと思う。この人ごみの半分がこちらの町内の人間だとは到底思えない。ボクは少しだけ圧倒された。おら行くぞ、と先輩から声を掛けられてボクは歩き出す。

 高台の頂上に神社は在る。そこに至るまでの階段は呆れるほど長いのだが、登る人も降りてくる人も嫌な顔はしていない。祭りは人をそこまで前向きにさせるのだろうか。

「なんだろ、いい匂い……」

「イカ焼きだな、買ってやろうか?」

 先輩はニヤニヤしながらボクを見ていた。ボクはなんとなく咄嗟に遠慮してしまった。

 階段を登りきり境内に着くと、蜘蛛の子のように人が居た。人ごみに慣れていないボクは思わず眩暈を感じた。物凄く帰りたい。溜息を吐いて顔を上げると、先輩が居なくなっていた。これは、――アレか。

「迷子か……」

「ちげぇよ」

 振り向くと先輩がカキ氷を手に持っていた。

「どっちが良い? 苺と、抹茶小豆練乳」

「後者でお願いします」

「ん」

 ちなみにそっちの方が百円高い、と先輩は真顔で言った。

「コンビニのアイスよりは強いだろ」

「まぁ強弱はおいといて、らしいから如何かで言ったら、こっちの方がらしいですね」

 カキ氷を頬張る。華奢な氷はボクに冷たさを渡してその身を融かす。こめかみの痛みが長い。じんわりと汗を掻いているのに、意外と涼しい。

「よっしゃ適当に回ろうぜ」

「はぁい」

 ボクは先がスプーンになったストローを咥えたまま返事をして、先輩の横に並んだ。

 ボクが半分ほど氷を食べ終える間に先輩は全部食べ終えてしまって空の容器をゴミ箱に捨てた。そしてその目はもう次の獲物を狙っていた。

「焼きそばとイカ焼きだったらどっち食いたい?」

「えっとイカ焼きで」

 ボクが言うと先輩はもっともらしく頷いた。

「出店の焼きそばは気をつけないとキャベツばっかにされるからな、素人はイカ焼きだろうよ」

「そんなもんですか?」

「そんなもんだよ、半分こで良いよな。そっちのほうが色んなもの食えるし」

 先輩はボクの返事を聞かず丁度通りかかったところでイカ焼きを購入した。ボクはまだカキ氷食べ終えてないのに。そして笑顔でこちらにイカ焼きを向けてくる始末。

「ほら口開いて」

「猫舌なんですけど」

「熱いうちのほうが美味いって、ほらほら」

 まったく天然か。

 ボクは恥ずかしさを覚えながらもイカ焼きにかぶりついた。味なんか判るわけもないが、おいしいです、と言う。先輩は満足そうだ。まぁ、いいか。火傷したけど。

「うまいな、たこ焼きも食いてぇな」

「胃もたれしますよ」

「拒食症か」

「そのツッコミはおかしいですって」

 先輩はいつの間にかタコ焼きを購入していた。はほはほと熱がりながら、美味しそうに頬張っている。ほんとうに良く食べる。

 ボクは先輩に連れまわされた。射的をした先輩はジッポライターを取って嬉しそうにしていた。ボクは猫のお守り風キーホルダーを貰った。ちなみにボクはコルク五発打って、イチゴポッキーの箱にかすった、と言うのが最大の戦績である。

「センスないなー」

 頷くしかない。ボクは先輩に戦利品であるイチゴポッキーを一本口に押し込まれた。

 そのあとも的当て、スパーボール掬い、輪投げ、風船ヨーヨー掬い、金魚、亀、と先輩は次々に出店を制覇していった。ちなみに金魚と亀は、一匹も取れていなかった子供にあげていた。優しいというか、気紛れというか。――ボクの戦績について触れないもの優しさなのだろうか。

「いやー取った取った」

 先輩はご満悦の様子だ。右手には綿菓子の袋と大量のスパーボールが入った袋をぶら下げて、手の中でジッポライターを弄んでいる。左手にはリンゴ飴を持っており、中指に水風船のヨーヨーがぶら下っている。そしてボクの後頭部には若干リアルな猫のお面がくっついており、右手には先輩と色違いのヨーヨーがぶら下っている。

「あー、楽しかった。もう、満腹」

 先輩はうっとりと微笑んだ。

「お腹ぽんぽんです」

 ボクと先輩は夕焼けの中で階段を下りていた。心地好い疲労感に体を引きずりながらだらだらと歩く。ベタベタしてるカップルやら、棒についた綿菓子を持っている子供やら、子供を肩車したおじさんやらに抜かれた。みんな楽しそうだ。

「どうよ、来て良かった?」

「そうですね。疲れましたけどね」

 先輩はがりっとリンゴ飴に歯を立てた。少しだけ不服そうだ。ボクは観念して言葉を紡いだ。

「……――楽しかったですよ」

「ん」

「また、連れまわしてくれますか?」

 先輩はまたがりっとリンゴ飴をかじった。

「ん――、気が向いたらな」

 そう言った先輩の横顔は満足そうに見える。それはボクの希望的観測がそう見せるのか、それとも祭りの魔力のせいなのかは判らない。それとも――、と思うのは思い上がりだろうか。ボクは、ぽむ、とヨーヨーをひとつきした。

 階段の中段から眼前に広がる空は赤く染まっていた。空には白い花弁が浮かんでいる。それは祭りの残滓のように、風に流されても消えることはなかった。


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