無自覚
「あ、あのなぁ、一ついいか?御影。」
「はい、何でしょうか、井守さん。」
「さっきまで『蓮人さん』って呼んでなかったか……?まぁいいや、それは置いといて。」
そういえば、初対面の相手を普通に下の名前で呼んでたんだなこの人は。まぁ、初対面の年上相手に平気でタメで話せた僕が言えることなんじゃないんだろうけどさ。
「あのさ、本当に都合がいいんだろうけど、アンタの言う『能力』って変更不可なのか?」
「まぁ、そうですね。人並みに『人それぞれ』っていっておきましょうか。ちなみに名前で呼んだのは単なる嫌味です。」
「やっぱりか。……っていうのは?」
「『能力』っていうのは、すなわち『認識』なんですよ。ホラ、人間を見ても、一瞬で女か男か、とか子供か大人かってのはわかるでしょう?能力だって同じですよ。だから、まぁ、変えられる人間っていえば、今見てる女の子を男の子って言っても納得できるような人なんじゃないですか?」
「普通に無理じゃないか?それ。」
そういう人は脳外科か眼科に行った方がいい。
「えぇ、私は無理ですね。」
「何で僕は含めないんだよ……。」
「いや、だって蓮人さん、『年上には敬語を使うもの』って認識してたでしょう?なのに、私が指摘したらすぐやめたじゃないですか。私個人に対してその認識を改めたんでしょう?」
「いや、それは暴力が怖くてだな……」
何だか自分が特異な人間にみられている気がして、慌てて打ち消す。……っていうか、女子の暴力が怖いって何なんだ僕は。
「いや、それでも急に喋り方帰るって難しいことなんですよ?既に後輩ちゃん三人が餌食になってますから。」
その後輩三人の冥福を祈る。っていうか、何気にひでぇ先輩だ。
「まぁ、話は戻りますけど、蓮人さんなら変更だってできんじゃないですか?……気持ち悪いくらい環境に適応してますし……普通だったらあの化物に睨まれた時点ですくみ上がって誰も戦えなくなりますよ?」
「ま、まぁそれは買いかぶり過ぎだと思うけど……褒められているという点で納得しておく。」
「褒めてないし、ちゃんと気持ち悪いくらいって言いましたし。」
「そこは訂正しなくてもいい点だと思う。」
まったく、失礼な先輩だ。
「あ、そうだ御影。もう一つ質問。」
「はい。忙しいので、出来れば手短に。」
「ん?こんな朝から用事があんのか?まぁ、いいや。さっき、僕の能力はイモリだって言ったろ?」
「そうですねぇ。」
「イモリってさ、切れた腕とか、生えてくんの?」
そう尋ねながら、左手をひらひらと振る。僕としては軽い調子で尋ねたつもりだったのだが、
「っ!そういえば!」
御影としては、全く意識していなかったようで……
「あれ?なんでだろう……まぁ、似てるものとすればトカゲの自切とかが挙げられるんでしょうが……イモリにも実はそういう生態があったとか!?やっだなぁ博学ぅ。」
聞いたことがある気がするけど、確証が持てないから聞いたわけで。それにその言い方には悪意しか感じられない。
「まぁ、面倒事になるんだったらいいや。」
「いや、よくないでしょう!?」
「それよりも、さっき言ってた用事かなんか、もう行かなくていいのか?」
「え?用事っていうか、、、っていうか、蓮人さんまずくないですか?」
「は?何が?」
「早くいかないと!」
「どこへだよ……」
そこまで言ったところで、とても重要なことを思い出す。頼む、御影。言わないでくれ。
「どこって、学校じゃないですか。」
私と喋ってて遅刻 なんて言い訳しないでくださいよね。私はちゃんと準備してきてるんですから。そう続けたであろう彼女の声も既に僕の耳には聞こえていなかった。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
視界の隅にちらりと入ったカレンダーは、正確に春休み明けの今日を、正確に教えてくれていた。