妖刀朱肚~初披露~
単純に考えれば、今彼女が用意(どうやったは知らんが)したモノの中に入っていて、ただ彼女がその存在を忘れていた。という事になるのだろうけど、悲しいことにそれを否定する証拠が二つ。
一つは、彼女が嘘をついている様には見えない事。嘘が上手かっただけといった簡単な理由でひっくり返されかねないとても単純な理由だけど、効果は大きい。実際、彼女の動きは一瞬止まったのだ。それこそ、ありえないものを見てしまった時のように。
もう一つはその刀の造形。
柄はなく、ただ刀の下の方に布が巻いてあるだけという非常に簡素で危なっかしい。理論は知らないが、これまでずっと戦ってきた、僕より経験のある彼女が、戦闘において初心者であるだろう僕に渡すものとは思えない。
造形と言えば、もう一つ異様な点がある。
普通の日本刀と比べても、かなり黒い。暗い峰とは対照的な、血を思わせる、赤い。朱いその刃。
朱肚
巻いてある布から辛うじて読み取れる、その刀の名。由来は、その朱い刃からだろうか。見る度に異様さが際立つ刀だ。一体何でこんなモノを・・・?
「ま、いっか。」
「軽ぅ!?いやいやいや、不思議に思いましょうよそこは!?」
腕の吹っ飛んだ人間を見ても全く動じなかった彼女は、その人間の言葉に、初めて感情を露わにしたのだった。
「良いじゃんか。覚えがないにしても、一応飛んできたってことは御影がくれたモンなんだろ?だったら、そういうことで。」
「……絶対にありえないとは、言っちゃいけないんですかねぇ?」
おいおいやめてくれ。
「大体さっきの武器はですね――――」
「っと、危ない!」
言うか早いか、僕は(彼女からしてみれば)その、いわくつきの刀を振るっていた。
魄……その無限に沸いてくるという怪物が、今度は御影の後ろに出現し、僕の腕を奪った一撃を、今度は彼女に浴びせようとしていたからだ。どんな形であろうと、目の前の恩人を救うため、僕の体はフル稼働した。
「あっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
けど、そのフル稼働が、悪い方向へ動いてしまった。いかにフルと言えど、絶賛帰宅部エンジョイ中の僕の動きだ。悲しいことに、どんなに頑張ったって常にここで戦っているであろう彼女の動きに勝るはずがない。僕の動きは遅く、そして、中途半端だった。
「ご、ごめんなさ……」
僕より一瞬早く気付き、警戒態勢に入った御影の背中を、僕の刀が斬ったのは、果たして必然だったのだろうか。
「あ、大丈夫ですよ?この位。さっきはびっくりして叫んじゃいましたけど――――――ほら、人間叫んだらよく動けるっていうじゃないですか。」
謝ろうとする僕を血まみれの手で制し、襲いかかってきた魄を射抜いて、言う。
「まー、反応できただけ上出来なんじゃないですか。大抵の人は足が竦んじゃいますから。」
「痛く……ないのか?」
「痛いですよー、そりゃ。でも。」
でも、動けないほどではない。
そう言ったのは、日々命がけの彼女だからこそだろう。
「ま、女子を助けようっていう心意気には関心ですけど、次からは私を信用しましょうね、ーーーっと」
「どうした?御影。」
「は?」
「顔色、悪いぞ?」
「あ、あれ――――――――?」
急にその場で崩れ落ちる御影。それを見て、初めて自らの持つ、その刀の異変に気が付いた。御影の血でより一層赤く染まる刃に、黒い文様が現れ、うごめく。
「イモリの、毒……?----あっ、おい御影!」
そう叫んだ僕の後頭部を、新たに出現した衝撃が襲う。