暗闇の中で
『人は誰しも主人公』
そんな言葉を聞いたことがある。でも、やっぱり世界は主人公を欲していると思う。
無条件で期待を寄せられ、それに答えていく。リーダーシップに溢れた存在。考えるだけで寒気がするけれど、失敗する主人公といえば、バットエンドものかコメディものだろうな。と、僕は思う。それなら大歓迎だ。万々歳でそれを迎えたい。けれど、どうやら僕が主人公として選ばれたのは、ーーー選ばれてしまったのは、そのどちらでもないようだ。なんでわかるかって、それはーーー
「ーーー ーーーッ!」
なんとも形容しがたい唸り声をあげ、ーー表現するとすればあれだ。猛獣が獲物を前にして出す鳴き声、まさにそれだ。周りには不自然に割れた光景。その隙間からは闇。目の前も闇。そこに鎮座する、三m超の巨体。その目に理性の光は見受けられない。
奇妙に中途半端に長い鼻と、黒白の体色が特徴的なその怪物。僕は図鑑にのっていたマレーバクを思い出すしたが、慌てて考えを打ち消す。
「そんなワケないよな……。」
第一こんなにデカくないし、
こんな、凶暴じゃない。
「うおわっ!?」
その巨体から放たれたとんでもない質量のパンチが目の前の闇をも抉る。
「ちょッ!」
続いて二撃、三撃。
運動不足の僕に加減することなく、今まで僕のいた場所がその前脚で塞がれる。
「やばいやばいやばい…………」
少し前まで、僕は寝室にいたハズなのだ。こんな非現実的な場所に向かった覚えはない。
あれ?
その後の記憶は、、、?
「ーーー!!!」
現実のものとは思えない咆哮で無理矢理こちらの世界へ意識を引き戻される。目の前の殺気が変わる。
ちょこまかと逃げ回る獲物相手に、ストレスが爆発したらしい。まるで羽虫を叩き潰すかのごとく、容赦ない前脚での攻撃が、暗闇を抉り続ける。
ピシッ。
その時だった。何かが割れるが入るような音がしたかと思うと、歪なひびが幾つも刻まれた。
僅かに残っていた不自然な『夢』の風景に―――――――怪物が叩いた暗闇に。
ヒビはやがてお互いに繋がり合い、そして、怪物の足元で巨大な穴となり、重力という理が、容赦なく叩き落とす。
あの咆哮が暫くして聞こえたものの、足元の遥か深くの方だ。未だに落下音がしていないというのが恐ろしい。
「やった……のか……?」
ただ気付かなかった。
普段の生活からはありえない体験をしたがために、――――火事場の馬鹿力というのだろう。 今まで気付かなかった疲労が、心身ともに襲う。安堵も同時に感じている。だからこそ、気付かなかったのだろう。敵が一体とは限らない。ということを。
「ちょッタイムッ――――――」
ただ、気付けなかっただけなのだ。
「うあぁぁぁぁぁぁっ」
二頭目がいた。そして不覚にも、その不意打ちを食らってしまった。体中からポキポキと軽い、棒のようなものが折れる音がする。経験はしていないが骨折とはこんなものなのだろうか。
「いっ!?」
傷から痛みが遅れて襲いかかってきた。
さらに、態勢を整えようと、つこうとした左手を見て固まる。
つく手がなかった。
左手の肘から先がねじり取られ、足元で大きな血だまりをつくり、ねじり取られ、これまた血だまりを作る左手の傍で、さっきの怪物は勝利の咆哮をあげていた。
「オイマジかよ……」
そして、それに呼応するかのように辺り一面から聞こえる声、声、声。
「「「ーーーッ!」」」
終わりだ。もう助からない。
いやだいやだいやだいやだいやだ……
「誰かぁ!助けて下さい!!」
これも火事場の馬鹿力という奴なのだろうか?僕史上最も情く、最も大きな声で叫んだメーデーは、言葉通りの役割を示してくれた。
ただ、
「ロックオン!なんちゃって♪」
「!」
こちらに弓を向けて、軽口を叩いて笑っている彼女が救世主、であればだが。
「動かないでくださいね、死にますから。」
「うわ!?うわわわっ!?」
辺り一帯に矢の雨が降り注ぐ。
矢の威力は凄まじく、周りの怪物達を射抜き、その場に縫い付けた。まだ生きてはいるようで、恐らく足止めを優先したのだろう。
「っ!っぅ……」
僕も喰らってるけど。
「だから言ったじゃないですかー。『動いたら死にますよ。』って。」
「動いてないと思うんですが!?」
第一反応できなかった。
チッ。
舌打ちが聞こえた。それも、物凄く露骨な奴が。
「動いてますよ。心臓や肺といったモノが。」
「よーするに死ねと!?」
何だろうかこの女は。出会い頭に失礼すぎる。
「ま、とりあえず。」
失礼すぎる……
「謎の怪物って表記するのはやめましょうか。画数多いし、いちいち書いてる筆者が可哀そうでしょう?」
呼び名位自由だろうに。しかも筆者って……。
「じゃぁ、なんて呼べばいいんすか……。」
ピキッ
何かがブチ切れた音がした。確かめるまでもなく、その音の主は目の前の彼女だろう。何故か?さっきから物凄い殺気を放ってるから。
「あ。どっかで失礼なこと言いました?」
この人を怒らせるようなことを言った覚えはない。どちらかというと、終始敬語で失礼はなかったと思うのだが、、、
「その敬語がダメなんですよ?」
笑顔なのに凄い殺気だ。敬語がダメってのは最近の若者によく聞く話だけど、彼女もその部類なのだろうか?明らかに度が過ぎてるけど……
「え?あ?すいません……」
「あ゛ぁ!?」
とても女子のものとは思えない。なんかさっきの弓構えてるし。
「うらぁっ!」
殴りかかってきちゃったよ。弓ってそんな用途あったっけあっただろうか?ってそんなことより回避をっ!?
「わっ!」
慌てて伏せるものの、巨大な糸切りばさみの様な形に変形した弓は、僕の上を通り過ぎ、すぐ後ろまで迫った来ていた怪物を斬った。
「はい、立ちましょうか。こいつらは無限に沸いてきますから。『魄』少なくとも私らはそう呼んでるんですが……まあ、戦わないと死にますよ?」
井守蓮人17歳。人間一度は人生を変えるような経験があるらしいけれど、僕の場合それは大分マイナスに働きそうだ。
一学生の、授業中の妄想にすぎませんが、感想、訂正など頂けたら幸いです。