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ヴィクターは、気持ちを楽にして話す事に決めた。
〝友達〟として話しても構わない、ノルンに言われたからだ。
ただ、まだノルンを呼び捨てにはしなかった。
「俺の家庭は、ごく一般の家庭です。俺と、姉が一人います」
「お姉さんですか」
「ええ。姉は俺より三つ年上で、今は街の花屋で手伝いをしています。姉は花が好きですから」
「きっと優しいお姉さんなのでしょうね」
「優しいのかもしれませんが、俺には厳しかったですよ。騎士団に入る事を決めた時も、姉には〝ヴィクターにそんな仕事、務まるはずがない。すぐに家に引き返してくる〟と馬鹿にされていました。ですが、騎士団長という役職を任されてから報告をすると、喜んでくれました。そういう点では優しいのかもしれませんし、俺の事を思ってくれているのかもしれません。心配みたいで、よく連絡をよこしてくれます。今も変わらず、ですけど」
「いいお姉さんですね。ヴィクターさんを思ってくれているなんて」
「そうかもしれません。家でいた頃も普通の生活でした。ここに来て、生活は一変しましたが、俺が選んだ道ですから」
「騎士団では、若い人たちは相部屋だとお伺いしています。デニスさんが仰っていたのですが、男性ばかりの場所は大変だ、と」
「大変ですよ。騎士団の人間はここで国を守るという志は一緒なのですが、……言葉は悪いかもしれませんが、専ら女性に飢えている人間ばかりですから。俺がノルン様に仕えると決まった日も、皆に羨ましがられました。団員はほとんどノルン様とお会いしませんから。昨日も、ノルン様とお会いしてから帰ると、皆にどんな方だったか、と問い詰められました」
ヴィクターは苦笑しながら言う。
ノルンはそれに対してこう言った。
「私はご覧の通り、引っ込み思案というか……。どうも人前に出るのが苦手なものですから、どうしても閉じこもってしまうのです。誰も咎める人はいませんし、こうやって、一人で窓の外を見ているのが、好きなのです」
そう言われて、初めて会った時も、ノルンは窓の外を見ていたのを思い出す。
ノルンは言葉を続ける。
「私は、たまに普通の生活、というものを考えるのです。ヴィクターさんのように、普通の家庭に産まれて、生活をする事はどういうものなのか、と。決して今の生活に不満がある、というわけではないのですが、〝お姫様〟という肩書きがあり、今ここでこうして生活をしている。皆はこれを羨ましがるのでしょうが、私は普通の生活をしてみたい、と何度か思った事があります。どんな生活をしていたのだろうか、と。外の風景を見ると、街の風景も見えます。空だって見れます。皆が生活しているのを眺めていると、一瞬、私は一人ぼっちなのかもしれない、と思うのです。このお城にもたくさんの方がいるのに、どこか心が空虚になってしまうのです」
表情は変わらない。
けれど、声音はどこか、寂しそうで。
ヴィクターは、少し心が苦しくなった。
ノルンがそんな気持ちで窓の外を眺めていた、と考えると。
ヴィクターは意を決して、言った。
「俺は、ノルン様とお話する事しか出来ないかもしれませんが、少しだけでもその気持ちが晴れればいいと思います」
「ヴィクターさん……」
「俺に出来ることなら、なんでも。ですから、俺といる事で、少しだけでもノルン様が変わられる事を願っています。いつか、苦手な感情も出せるように」
その発言に、きょとんとしたような表情をノルンは見せて、ヴィクターに言った。
「ヴィクターさんは、優しい方です。一緒にいて、私も少しずつ、変われそうな気がします。……こういう時にも、きっと笑顔で皆は言うのでしょうね」
「無理をなさらないでください。少しずつで構いません。それに、いつか団員たちにも顔を見せてあげてください。きっと皆、喜びます」
ヴィクターの言葉に、ノルンは「考えておきます」と返答した。
ほんの少しずつ、二人の距離は縮まっていく。
そんな感じを、ヴィクターは受けた。
――自分が彼女の事を少しだけでも支えてあげられるなら。
ヴィクターは、気づかないうちにノルンに惹かれていた。
彼女の笑顔が見たい。
彼女を、大切にしたい、と。
そんな気持ちを持つようになった。
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