9-2
しばらくして、落ち着いたノルンは、ヴィクターに抱きしめられたまま、静かに語りだした。
「父と母は、とても優しい人だった。そして、私とお兄様は、二つ違いの兄妹だったの。けれど、私はお兄様との日々を、覚えていないの。その部分だけ、すっぱり切り取られたかのように、何も。写真立てにあるお兄様の姿だけが、たった一つの記憶だった。父と母には、亡くなった、と聞かされていたから」
兄の姿に動揺していたのかもしれない。
これだけをヴィクターに隠していたわけじゃないのに、なぜかこの話が最初に出て来た。
ただ、ヴィクターは何も言わずに、ノルンの話を聞いていた。
彼女の過去を知れた、という喜びよりも、自らの罪悪感だけが払拭されないまま残っている状態で。
「父と母は、私が十歳の頃に魔女に殺されてしまった。その時に私は、魔女に呪いをかけられてしまったの。〝大切な人に愛されたら命が削られて死んでいく〟という呪いを。この事は、グレイテルとデニスさん、二人しか知らないの。黙っていてほしいと言ったのも私。誰にも知られたくなかったから。誰も、失いたくなかったの。大切な人を、二度と」
両親の死は、未だに鮮明に記憶に焼き付いていた。
凄惨な光景だって覚えている。
誰にも言いたくなかったのは、誰かに心配をかけてしまうから。
ずっと自分の胸に閉じ込めて、鍵をかけていた記憶。
「ヴィクターと会って、恋をして、愛されていると気づいた時に、自分の呪いを再認識したの。ヴィクターが私を愛してくれている、だけど私の胸は締め付けられるように痛くて。だけど、私の呪いの事を打ち明けたら、私はヴィクターを失ってしまうんじゃないか、って思ったの。……だから、ずっと言えなかった。本当は話してしまえばよかったのかもしれない、って何度も思ったけれど、出来なかった」
「ノルンが、数日前から調子が悪くなったのは、どうして?」
ヴィクターは問いかける。
ずっと疑問だったからだ。
「……夢を、見たの」
「夢?」
ノルンは黙って頷いてから、夢の内容を話す。
「海に、身を投げる夢。真っ暗な海に、私が崖に立っているの。崖の先の私が言うの。〝もうすぐここに船が来て、私を迎えに来る。私の終着点へと連れて行ってくれる〟と。それから、海に身を投じたの、夢の私が。そして、色濃く感じた。私の命は、もう長くない事も、魔女が私を迎えに来る事も」
多分、魔女も同じで、気づいたのだろう。
ノルンの命がすり減っている事も、感づいていたのだろう。
だから、迎えに来た。
魔女が奪いたかった、ノルンの青の瞳と存在を。
けれど、魔女だと思っていたのは、なぜか兄だった。
その謎だけが、わからないまま。
「だけど、不思議なの」
ノルンが言う。
「なぜか、私、もう胸も苦しくない。こうしてヴィクターに触れても、安心してる。呪いが解けたような気がする」
呪いが解けたのか、それはわからない。
けれど、もしそうなら、ヴィクターと一緒に生きられるのかもしれない。
ノルンはヴィクターの胸の中で、そう思った。
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