9.過去
ヴィクターは、ただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
自分は〝魔女〟を殺したはずだった。
けれど、今自分の足元で死んでいるのは、見知らぬ少年。
「お兄様……?」
ノルンの声に、現実に引き戻された。
そして、理解した。
彼は、ノルンの兄なのだ、と。
自らの剣を持つ手が、次第に震える。
自分が殺したのは魔女ではなかった。
魔女の姿をした、ノルンの兄。
けれど、なぜなのか、理解が出来なかった。
それも当然の事だった。
――俺は、ノルンの事を全く知らない。
イソレイドの姫である事、自分の恋人である事。
それ以外、何も知らないのだ。
彼女に兄がいる事も、彼女の過去も何もかも、知らない。
呪いがかかっていた事も知らなかったのに、当たり前の事だ。
「……俺、は……」
今の状況に、ヴィクターは酷く混乱した。
自分はとんでもない事をしてしまったのではないか。
「……どうして、お兄様が……? 亡くなった、はずじゃ、なかったの?」
気づけばヴィクターの傍にノルンがいた。
彼女は震える声で、そう言った。
「……亡くなった……?」
何もわからないヴィクターは、ただ疑問と罪悪感に支配されていた。
ふと、ノルンがヴィクターの手を取った。
その行動に、驚いた。
彼女の手には、幾度か触れている。
小さくか細く、自分の手より少し冷たい。
けれど、今はいつもとどこか違って感じた。
その手はどこか、悲しく震えているようで。
彼女を見ると、青い瞳に涙を浮かべていた。
そして、彼女は言った。
「ごめんなさい、ヴィクター。何もかもを隠していて、本当にごめんなさい……」
「……ノルン、泣かないで。少し、落ち着こう。そして、俺に話して? ノルンの、全てを」
ヴィクターが言うと、ノルンは無言で頷く。
声を押し殺して涙を流す彼女をあやすように、ヴィクターは抱きしめた。
あまりに華奢で、折れてしまいそうな身体。
――彼女の呪いは、どうなったのだろうか。
ふと、頭の片隅で、その事を考えた。
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