8-2
幼い頃に見た魔女が、以前と変わらぬ姿で、ヴィクターと対峙している。
焔のような赤い瞳、闇のような漆黒の髪。
印象に焼き付いて離れないその姿は、紛れもなくリューミエルと名乗った魔女だった。
鞘から抜かれた剣、鋭い瞳で魔女を射抜くヴィクター。
自分がここに到着するまでに、何かがあった、それはすぐにわかった。
「やめて! お願い、ヴィクター」
ノルンが言うと、鋭い瞳が一瞬悲しそうに歪んで。
「……それは出来ない。俺には、魔女を討伐する、という命があるから」
「ヴィクター……?」
悲しそうな瞳に不安を覚えたノルン。
ふと、そのやりとりを見ていたリューミエルがノルンに言った。
「約束通り、迎えに来たわ。あの日から、もっと美しく麗しいあなたになって、本当に嬉しいわ。あなたを迎えに来れたのも、目の前の彼のお陰よ。あなたの、愛しい騎士様の、ね」
目の前の彼を見る。
悲しそうに歪んだ瞳をしていた。
――知ってしまった。
知られたくなかった事実を、魔女が告げたのだと、直感で感じた。
身体が震えた。
幼い頃、魔女に出会った時と同じように、言葉すらも出せずに。
どこまで話したのかは定かではない。
けれど、ヴィクターに知られてしまった。
自分が呪いをかけられて、魔女に殺され奪われてしまう事を。
言葉を失う。
――私は、全て失ってしまうの?
真実を知ったヴィクターが何を思っているのかわからない。
魔女を、殺そうとしているのだろうか。
ヴィクターの剣が、血に塗れて、あの魔女を殺すというのだろうか。
可能な事なのか、よくわからない。
けれど、同時にヴィクターが殺されるという事も考えられる。
自分の両親のように。
考えれば、あの日の事が鮮明に思い出される。
血だらけの部屋、そこに倒れる両親。
魔女は言った、邪魔だったから殺したのだと。
「お願い、ヴィクターは殺さないで。だって、あなたが欲しいのは私なんでしょう? ヴィクターは何も関係ない。お願いだから……」
「あなたにその意思があったとしても、あなたの愛しの騎士様は、その気はない。残念だけれど、あなたはもしかすると、同じ光景を二度見る事になるかもしれない。……あぁ、でもそれも一興かもしれない。あなたの怯える瞳も魅力的だったし。――今も怯えているのでしょうけど」
「……お願い、お願いだから……」
二度と見たくない。
縋るように足を踏み出したノルンを制するように、ヴィクターが言った。
「来るな、ノルン」
聞いた事のない、冷たい声。
その声音に、身体が震えた。
「俺はただ、君を守りたいだけだ」
そう言って、ヴィクターは魔女に向かう。
一度も見た事のない、憎しみがこもった瞳で魔女を見て。
魔女はその場から動かずに。
ただ、彼を待ち受けるかのように。
「ヴィクター……っ!」
今までに、出した事のない大きな声で、愛しい彼の名を呼んで。
今までに感じた事のない胸の痛みを覚えて。
痛みに歪んだ顔を見た魔女が、ノルンの事を目を細めて一瞬、見つめた。
まるで、その表情を焼きつけるかのように。
やがて、剣が魔女の胸元に一突き。
少し赤い瞳の瞳孔が開いて、ノルンを見た。
そして、魔女は言葉を放った。
「私は、諦めない。いつか、必ず、あなたを奪いに来ましょう。私の、愛する、お姫様」
途切れ途切れに紡がれた言葉。
ヴィクターが剣を引き抜くと同時に、たった一突きで魔女は地に臥した。
一連の行動がスローに見えた。
けれど、違う事がある。
地に臥したはずの魔女は、ノルンには、見覚えのある人間だった。
「……え……?」
声が、震えた。
そんなはずはない、亡くなったと聞かされた。
地に臥していた者は、ノルンの兄、そのものだった。
写真立てに映る、兄の姿、そのままで。
「お兄様……?」
なぜ、という表情で、ノルンは地に臥した兄を見る事しか出来なかった。
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