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ノルンの部屋を後にして、グレイテルは別の部屋にヴィクターを案内した。
デスクと椅子、窓に本棚と、シンプルな部屋だった。
「お座りください。お茶をお入れしますので」
グレイテルに促され、椅子に座って待つ。
ほどなくして、紅茶が運ばれ配膳される。
専ら珈琲を飲んでいるヴィクターは、紅茶がどうも好きになれなかった。
しかし、立場上の事もあり、今更文句も言えなかった。
「ありがとうございます」
そう言うと、グレイテルはふと告げた。
「紅茶はお嫌いそうですね」
「え?」
心でも読まれたのだろうか。
ヴィクターは驚いてグレイテルを見る。
にこりと微笑んで、グレイテルは続けた。
「顔に書いてありました。紅茶は嫌いだな、と」
「……いえ、その……」
「そういう方もいらっしゃいます。お気になさらないでください。もしよろしければお取り替えしますよ」
「……いえ、もったいないですし。俺……しまった、私はその」
「いいえ。お取り替えします。無理なさらないでください。素直な方が一番ですし、そんなに堅苦しくお話にならなくても結構ですよ」
そう言って、一旦ヴィクターの紅茶のカップを下げると、珈琲を入れに、また席を外す。
やはり、しっかりしている女性だと思った。
長年のキャリアと、ノルンに仕えている身だという事もあって、しっかりしている。
やがて、部屋が珈琲のいい香りで包まれ始める。
「簡易的なドリップコーヒーしか出せませんが、どうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
「私は専ら紅茶を飲むもので。先に好みをお伺いしておけばよかったですね」
「いえ、こちらこそ。お手を煩わせて申し訳ありません」
「構いません。人それぞれ好みは違いますから」
そう言って、グレイテルは優しく笑んで、向かいの席に座る。
ヴィクターは珈琲の入ったカップに口をつける。
自分で作る時はドリップではなく、インスタントだった為、グレイテルが入れた珈琲はどこか自分で入れるよりも美味しく感じた。
「美味しいです」
「それはよかったです。よければ、お茶菓子もお食べになってください。街で買って来たマドレーヌなのですが、紅茶にも珈琲にもよく合いますよ」
そう言われて、茶菓子が盛られた皿に手を伸ばす。
美味しそうなマドレーヌだと思いながら、一口。
バターの香りとしつこくもない甘みが、珈琲によく合う。
そういえば、お菓子、というものを食べたのはいつぶりだろうか、とヴィクターは思い起こすが、あまりにも前だった記憶があり、何をいつどこで食べたかを鮮明に思い出す事が出来なかった。
「そういえば、グレイテルさんは、いつからこの城で働いている……しまった、いらっしゃるのですか?」
「この部屋での私の前では、言葉を崩して大丈夫ですよ。そんなに気を張り詰めないでください」
「……すみません」
「ヴィクター様は若いから、私のような年長者に気を配っているのでしょうけれど、そんなに気を張り詰めてばかりいると、ノルン姫にお仕えする時が大変ですよ」
そう言って、グレイテルはヴィクターの素朴な質問に答える。
「私は十八の頃からここでお手伝いをしています。ですから……もう約二十年ぐらいになるでしょうか。ヴィクター様のように若かった時期は、私もこういう立場の人間ではありませんでしたから、失敗もしょっちゅうでしたし、まだまだ至らない人間でした。年月が経つにつれて、この城でのお手伝いも慣れましたが、自分が思っているよりもまだまだだと思っています。姫様の身の回りのお世話をするようになってからも、不安でいっぱいでしたから。今は、少し慣れましたけれど」
そう言って、グレイテルは紅茶に一口、口をつけた。
「ヴィクター様は、どうして騎士になろうと思われたのですか?」
今度はグレイテルの素朴な疑問。
それにヴィクターは答える。
「俺は、憧れていたんです。この城で、騎士として生きることに。単純にそういう動機なんです。強くなりたかったし、この国を守るという事に誇りを持って生きたかったんです。他の仕事も考えた事はなかったし、物心ついてこうなりたいと思って、剣術を独学で学んで練習していました。ゼスティ騎士団に入団出来た時は、本当に嬉しかったし、この国を守れるんだと思うと、余計。でも、入って一年で騎士団長に指名された時は、正直言って驚きと不安がいっぱいでした。けれど、団員たち皆が支えてくれて、感謝しています。まだまだ未熟者の俺に、いきなりノルン姫専属の騎士になれと言われた時は、自分でいいのかと疑心暗鬼になったものです」
ヴィクターは、自分がその命を受けた時の事を思い出した。
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