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7-6

 空が泣いている。

 ノルンは窓の外を眺めながら、そう思った。

 ヴィクターにも、同じような事を以前言った事を思い出す。

 詩人になれそうだと、言われた。


「……まるで、溜めこんでいた涙があふれているみたい」


 自分のようで、胸が痛い。

 目を伏せて、静かな部屋で頭の中で、夢の言葉がリフレインされていく。


 ――もうすぐここに船が来て、私を迎えに来る。

 ――私の終着点へと連れて行ってくれる。


 真っ暗な海の、崖の上。

 誰が船を出し、自分を迎えに来るのか。

 そして、自分の終着点とは、どこなのか。

 直結して、死を考えた。

 船を出して自分を迎えに来る、それはきっと、魔女がやってきて自分を迎えに来るということ。

 自分の終着点、それはきっと、自分はもうすぐ死んでしまう事。

 その考えしか、どうしても思いつかなかった。

 両親を殺され、呪いをかけられたあの日の事を思い出す。

 リューミエルと名乗った魔女は、自分が思い描いていた魔女とはかけ離れた魔女だった。

 自分が思い描いていたのは、老婆のような、いかにもな魔女。

 それはきっと、昔話やおとぎ話の類でそのイメージが植え付けられたのだと思う。

 けれど、リューミエルは違った。

 腰まであるだろう、漆黒の長い髪。

 静かに、それでいて煌々と燃えるような焔のような赤い瞳。

 美しい、大人の女性。

 それでいて、魔女。

 そして、ノルン自身を〝蒐集〟に加えたい、と言った。


「……あの人は、どうして私が欲しいのかしら。命じゃなく、私の瞳と、存在なんて」


 不思議だった。

 ずっと、引っかかっていた。

 綺麗なものが好きなのなら、豪華な宝石の類を奪えばいいのに。

 命さえ奪って殺してしまえば、人間は綺麗ではなくなってしまうのではないか。

 綺麗なまま、人間は死ぬのだろうか。

 両親は、凄惨な死を遂げたのに。


「不思議な、魔女。……もし、理由を聞く機会があったら、聞きたい」


 その疑問さえ消えてしまえば、不可解なまま死んでしまうのは嫌だ。

 多分、決して友好的という事ではないのだろう。

 あの頃はもう、怯えて声も出なかったから。

 だけど、今ならきっと聞けるはず。

 自分の存在と、瞳が欲しいと望む理由が。


「……いっそ、もう迎えに来て、私を終着点に連れて行ってくれればいいのに」


 悲観。

 昨日の夢で、色濃くそれを感じた。

 ヴィクターと離れるのは、辛い事だ。

 だけど、自分が死んだ真相は、彼に知ってほしくはない。

 だから、彼に気付かれないうちに、終わらせてほしい。


「……愛される事が出来ない事が苦しい。だから、もう、構わない。この呪いは、きっと消えるものではないだろうし」


 目を伏せたまま、胸の前で手のひらを握る。

 死ぬのは怖いし、辛い。

 だけど、その運命が変わらない限りは、仕方ない事。

 一生辛い呪いを抱えて生きるぐらいなら。

 夢で見た自分も、そう思っていたのだろうか。

 真っ暗な海の底に沈んだ自分は、どんな気持ちだったのだろう。

 考えはつかないけれど、思いつめていた表情は、夢の中で微かに感じていた。


「きっと、あれが夢でなかったら、私もそうしていたのかしら」


 海に、身を投じた夢の自分。

 もし、自分自身がそこにいたら、同じように海の底へと身を投じていたのだろうか。

 今まで、自らで命を落とそうと思った事はなかった。

 呪いがかかっている以上、それ以外ではきっと命は落とせない。

 そう、思っているから。


「……愛されたく、なかった」


 不意にこぼれた言葉は、本心だったのかもしれない。

 こんなに辛い思いをするなら、愛されたくなかった。

 けれど、一人は嫌だった。

 ヴィクターと一緒にいる時間が、とても大切で、どこか幸せだった。

 なのに、それも多分許されない。

 頭の片隅には、ヴィクターの姿がある。

 優しく微笑んで、自分に話をしてくれる。

 それは他愛のない事だけれど、それでも幸せな時間が過ぎて。

 それまで何も感じなかった〝愛してる〟が、胸の痛みと共に聞いてはいけない言葉だと思い始めた日から、ヴィクターに会うのが辛かった。

 だけど、本当の事は知ってほしくない。

 やっと見つけた、自分を愛してくれる一人の人間なのに。


「……死ぬ事が、こんなに恐ろしいものだなんて、知らなかった。愛がこんなに辛いものなんて、知りたくなかった……」


 窓の外の雨が、止まずに降り続ける。

 ノルンはその雨のように、涙を流した。

 声は立てずに、涙が止まらなかった。


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