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ある日も、ノルンの部屋で一緒にいたヴィクター。
ふと、口をついて出た言葉があった。
「君に触れようとすると、消えてしまいそうで怖いんだ。君を愛しているのに、君がどこかへ行ってしまいそうで、怖いんだ」
その言葉を、ノルンは胸を痛くしながら受け止めた。
やはり、グレイテルが言うように、自分の変調に気づいている。
それを考えると、本当の事を告げるべきなのか、さらに悩んでしまう。
何も言わずにノルンは目を伏せた。
ヴィクターも、何も聞けない状況に苦しんでいた。
重い沈黙。
やがて、別れの時間。
まともな会話も出来ずに、ヴィクターは去り際に、ノルンに言った。
「愛してる、ノルン」
その言葉しか浮かばずに、そう告げて部屋を出た。
その背中を見送って、閉ざされた扉の向こうに向かって、ノルンは小さな声で言った。
「……ごめんなさい、ヴィクター」
その瞳には、涙が浮かんでいた。
†
日に日に、ノルンは夢見が悪くなってゆく。
ある日は、両親を亡くしたあの日の夢で苦しめられる。
またある日は、ヴィクターが自分の傍から消えてゆく夢を見る。
そしてこの日は、あまりに不思議な、というか奇妙な夢だった。
ノルンがいる場所は、夜の海。
波が打ちつける、崖の上。
空は闇、月も星も見えない。
この場所には見覚えはない。
どこの海で、どこの崖か。
ノルンが見ている視点は、その場所にいる自分の姿を見る視点だった。
俯瞰して、もう一人の自分を見る。
崖の上に立つ自分は、言葉を発する。
「もうすぐここに船が来て、私を迎えに来る」
その言葉に力はなく。
あまりに感情のこもっていない声音。
「私の終着点へと連れて行ってくれる」
続く言葉。
聞いていて身震いがする。
「もう、行かなくちゃ」
そう言った直後。
自分はその崖から身を投じようとしていた。
――やめて!
その言葉は届いていない。
その言葉は聞こえていない。
やがて自分は、その崖から身を投じた。
「いやああぁぁぁぁぁぁっ!」
自分の叫び声と共に、夢から覚めた。
その夢は何なのか。
何かの暗示か、それともただの悪夢か。
どちらかは見当がつかない。
ノルンは言葉が出ずに、身体を震わせた。
その身体を、自らで抱く。
「……私は……」
震える声で、絞り出すように、言った。
「もうすぐ、死ぬの……?」
闇に身を投じる自分を見て、そんなことを考えた。
その夢の通りじゃないとしても。
自分に残された時間が少ない事を、感じ始めていた。
†




