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6-6

 ある日も、ノルンの部屋で一緒にいたヴィクター。

 ふと、口をついて出た言葉があった。


「君に触れようとすると、消えてしまいそうで怖いんだ。君を愛しているのに、君がどこかへ行ってしまいそうで、怖いんだ」


 その言葉を、ノルンは胸を痛くしながら受け止めた。

 やはり、グレイテルが言うように、自分の変調に気づいている。

 それを考えると、本当の事を告げるべきなのか、さらに悩んでしまう。

 何も言わずにノルンは目を伏せた。

 ヴィクターも、何も聞けない状況に苦しんでいた。

 重い沈黙。

 やがて、別れの時間。

 まともな会話も出来ずに、ヴィクターは去り際に、ノルンに言った。


「愛してる、ノルン」


 その言葉しか浮かばずに、そう告げて部屋を出た。

 その背中を見送って、閉ざされた扉の向こうに向かって、ノルンは小さな声で言った。


「……ごめんなさい、ヴィクター」


 その瞳には、涙が浮かんでいた。



 日に日に、ノルンは夢見が悪くなってゆく。

 ある日は、両親を亡くしたあの日の夢で苦しめられる。

 またある日は、ヴィクターが自分の傍から消えてゆく夢を見る。

 そしてこの日は、あまりに不思議な、というか奇妙な夢だった。

 ノルンがいる場所は、夜の海。

 波が打ちつける、崖の上。

 空は闇、月も星も見えない。

 この場所には見覚えはない。

 どこの海で、どこの崖か。

 ノルンが見ている視点は、その場所にいる自分の姿を見る視点だった。

 俯瞰して、もう一人の自分を見る。

 崖の上に立つ自分は、言葉を発する。


「もうすぐここに船が来て、私を迎えに来る」


 その言葉に力はなく。

 あまりに感情のこもっていない声音。


「私の終着点へと連れて行ってくれる」


 続く言葉。

 聞いていて身震いがする。


「もう、行かなくちゃ」


 そう言った直後。

 自分はその崖から身を投じようとしていた。


 ――やめて!


 その言葉は届いていない。

 その言葉は聞こえていない。

 やがて自分は、その崖から身を投じた。


「いやああぁぁぁぁぁぁっ!」


 自分の叫び声と共に、夢から覚めた。

 その夢は何なのか。

 何かの暗示か、それともただの悪夢か。

 どちらかは見当がつかない。

 ノルンは言葉が出ずに、身体を震わせた。

 その身体を、自らで抱く。


「……私は……」


 震える声で、絞り出すように、言った。


「もうすぐ、死ぬの……?」


 闇に身を投じる自分を見て、そんなことを考えた。

 その夢の通りじゃないとしても。

 自分に残された時間が少ない事を、感じ始めていた。


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