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「おはよう、ノルン」
「……おはよう、ヴィクター」
おはよう、その言葉を交わすのは、朝食が済んでから。
ヴィクター、と呼ばれた男性は、ノルンの傍にある背もたれのある、座面は黒の革の猫足の茶色のスツールへと腰掛けた。
彼はイソレイド城のゼスティ騎士団に所属する、若き騎士団長。
剣の扱いが誰よりも勝っていて、騎士団員からの人望も厚い。
そして、彼は同時にノルンの恋人である。
必ずしも城内の恋愛は禁じられているわけではない為、二人はすぐに似合いの恋人になった。
城内でも国内でも知る人ぞ知る二人。
漆黒の髪と漆黒の鋭い瞳は、戦いになると鋭くなるが、ノルンの前では優しい瞳になる。
「何を見ていたんだい?」
ヴィクターに声を掛けられるまで、窓の外を見ていたノルン。
その視線の先の事を知りたかったのだろう。
「……外を」
ノルンは短く答える。
必ずしも、ノルンはヴィクターに心を開いていないわけではない。
けれど、自分の心を閉ざすが故、短い言葉で小さな声で話す。
ヴィクターはそれを承知しているので、もう慣れたものだった。
「今日は天気がいいよ。暖かいから」
「……空も、綺麗ね」
「そうだね」
短い会話の後の沈黙も、いつもの事だった。
ヴィクターは、窓の外を眺めるノルンの横顔を、優しい表情で眺める。
儚く、消えてしまいそう。
幾度か思った事がある。
雪のように白く、か細い彼女は、消えてしまいそうだと。
そう思わせるのは、彼女の佇まいか、雰囲気なのか。
彼女に触れる事すら、躊躇うほどに。
「……何か?」
ふと、ノルンから問いかけがあって、現実に引き戻されるヴィクター。
まさか、見惚れていた、なんて言えるはずもなく。
「何もないよ。ただ、君が外を見ている表情が、あまりにも寂しそうだったから」
そう言って、ごまかす。
ノルンは、その発言に返答した。
「……私は、きっと誰よりも、自由ではないから」
か細い声の言葉の意味を、ヴィクターは、理解出来なかった。
ノルンはただ、そう返答してから、再び窓の外を眺める。
青い空に向かって飛んでゆく鳥たちを見ながら、ヴィクターに問いかけた。
「……ヴィクター」
「何だい?」
「〝愛〟とは、何なのかしら」
ノルンはその問いかけを投げかけ、ヴィクターを見た。
「難しい問いかけだね」
そう言って、ヴィクターは問いかけに対してこう答えた。
「〝愛〟というのは人それぞれ意味は違うと思うよ。例えば、庭に咲いている花を大切にするよね。それも〝愛〟だと思うし、生き物を大切にするのも〝愛〟だと思うし、俺がノルンをこうして愛するのも、〝愛〟なんだと思うよ」
ヴィクターの答えに、ノルンの胸がちくりと痛んだ気がした。
表情を変えずに、ノルンは言った。
「じゃあ、私がヴィクターが大切だと思うのも、〝愛〟なの?」
「きっと君が思うなら、そうだよ」
優しい声音で、ヴィクターはそう言った。
その問いかけの理由が、わからないままに。
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