表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/47

5-3

 この日の夜は、眠れなかった。

 いつもならベッドに入ればすぐに眠れるのに、この日だけはどうも寝つきが悪かったのだ。

 眠れずに、ベッドの上でぼんやりと窓の外を眺めていた。

 窓の外の夜空には、丸い月。

 今日は満月だと知らせるように、煌々と輝いている。

 そんな月を見ていると、城の中から人の声がした。

 聞きなれた声、だけど、それはどこか、切迫したような声だった。


「……お父さんと、お母さん?」


 誰かと言い争うような、そんな声を聞いて、不安に思ったノルンはベッドから出て、部屋を出た。

 夜の城内は薄暗い。

 それでも、ノルンは声のする方へと向かった。

 歩き慣れているので、その場所へはすぐに辿りつけた。


「お父さんとお母さんの部屋……」


 その部屋は、両親の寝室だった。

 だけど、こんな真夜中にどうしてだろう。

 仲の良い両親が喧嘩をする、という意味がよくわからないし、ノルンからしてみれば、こんな深夜に言い争いをするような感じには思えない。

 理由が知りたくて、ノルンは扉をノックして部屋に入ろうとしたその時、扉越しに母の叫ぶような声が聞こえた。


「あなたはあの子も私たちから奪ってゆくと言うのですか!」


 ノルンの動きが止まる。

 びっくりして、身体も硬直する。


 ――お母さん、誰と話してるの?


 疑問だった。

 どうやら相手は、父ではないようだった。

 そう気づいたのは、見知らぬ女性の声が聞こえたからだった。


「あなたたちの息子よりも、今の私にはあなたたちの娘に興味があるの。悪いようにはしないわ。だけど、あなたたちの元にはもう、戻って来ないでしょうけれど」


 自分に興味を持っている、という謎の女性。

 不穏な感じがして、ノルンは怖かった。

 だけど、このまま部屋に戻ってもどうしていいのかわからない。

 ノルンは意を決して、扉をノックすることにした。


「お父さん、お母さん。どうしたの?」


 向こうに聞こえるように、恐怖に震える声を押し殺して。

 すると、父が叫ぶように扉の向こうで言った。


「ノルン! 部屋に入るな! 早く――」


 父の声が、途切れた。

 母の叫び声が聞こえる。

 扉の向こうで何が起こっているのか、わからない。

 けれど、よくない事だ。

 それだけははっきりと理解出来た。

 やがて母の声も聞こえなくなり、静寂が訪れた。

 ノルンはただ一歩もそこから動けずに、立ちつくしていた。

 そして、扉が開く。

 そこから姿を現したのは、見知らぬ女性。

 闇のような漆黒の髪、焔のような赤い瞳の女性は、扉の前で立ち尽くしていたノルンを見た。


「あなたが、ノルン姫、かしら?」


 女性はノルンと同じ視線になるように、しゃがんで言った。

 ノルンは女性の姿を見ながら、怯えた表情をしていた。

 見た事のない女性が、どうして自分の事を知っているのか。

 理解が出来なかったし、何より威圧を感じたのだ。

 すっ、と女性の手がノルンの頬に触れる。

 その冷たさに、身を強張らせた。

 女性はそれを気にも留めずに言った。


「噂通り、本当に綺麗。――本当に、私の〝蒐集〟に加えたいぐらいだわ」


「あ、あなた、は、誰なんですか? お父さんと、お母さんは……?」


 勇気を振り絞って、震える声でノルンが問いかける。

 すると女性はノルンに言った。


「私の名前は魔女・リューミエル。あなたを奪いに来たのよ、綺麗なお姫様」


「私、を……?」


「ええ。でも、あなたのお父さんとお母さんは、あなたを私に素直に渡してくれなかったの。邪魔だったから、あなたのお父さんとお母さんを殺してしまったの」


「……え……?」


 残酷な事実をあっさりと告げられ、ノルンは混乱した。

 リューミエルという名の魔女が自分を奪いに来た、だけど両親が邪魔だったから殺してしまった。

 その事実だけが頭を支配して、ノルンは完全に怯えてきってしまった。


「怯えた表情も綺麗ね」


 にやり、とリューミエルは笑んだ。

 すると、城内が騒がしくなった。

 恐らく、城に駐留していた兵士が騒ぎに気付いたのだろう。


「……あぁ、また邪魔が入りそう。せっかく綺麗なお姫様に会えたのに」


 嫌そうな表情をして、リューミエルがそう呟いた後、ノルンの耳元でこう囁いた。


「あなたがもし死んでしまったら、私はあなたの綺麗な瞳と存在を奪いに来ましょう。私はこの国に興味はないの。あなたに興味があるの。だから、あなたに魔法をかけてあげましょう。――永遠に人を愛せない魔法。あなたがもし大切な人に愛されたら、少しずつあなたの命が削られて、やがては死んでいく。だからその時、私はあなたの死を見届けて、あなたを奪いに来ましょう。その時、また会いましょう。麗しき青の瞳のノルン姫」


 そう言って、リューミエルはノルンの目の前から忽然と姿を消した。

 そしてノルンは、その言葉の直後、ずきりとした胸の痛みに襲われた。

 その痛みは一瞬だった。

 直後、兵士がやって来た。


「ノルン様、一体何が……っ!?」


 兵士――デニスは、ノルンの両親の部屋の惨状を見て、言葉を失った。

 両親は、息絶えていた。

 ノルンはリューミエルが遮っていた部屋の向こう側の惨状を見ていた。

 血だらけの部屋、リューミエルには付着していなかった血液が、そこには広がっていた。

 改めて認識した、両親が死んだという事実。


「……お父さんと、お母さんが、死んじゃった」


 小さな呟き、呆然自失のような声音で、ノルンは言った。

 瞳は虚ろで、泣きだす素振りはなく。


「……ノルン様。何が、あったのですか?」


 デニスが問いかける。

 聞いて、ノルンが答えてくれるかわからなかった。

 しかし、ノルンは淡々と、呟くような声で答えた。


「……私、魔女に、呪い、かけられたの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ