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城の外、イソレイドの街の飲食店……といっても、酒場のようなものだが、ヴィクターはそこに連れて来られた。
「今日は俺のおごりだ。好きなのを食え」
「……ありがとうございます」
「酒も許してやる……って、お前そういや、酒飲めないんだったな」
店の選択を間違えたか、と呟いていた。
「構いません。私は、別に。デニス団長についてきただけですから」
「……お前さ、俺もう団長じゃねえっつうの。癖か? 抜けないな」
「……すみません」
「あとお前さ、緊張してんのか? 言葉遣いが硬い。今日は皆もいないし、普段通りしろ」
「はい」
デニスは酒を、ヴィクターはお茶を、つまめるものを何点か頼んで、話を始める。
「ヴィクター。姫様に仕えて一ヶ月。……まぁ、今日は状況が一変しただろうが、それ以前はどうだ?」
「姫様の様子ですか?」
「ああ」
「お変りはないと」
「ならよかった」
安堵したように、デニスが言った。
「俺が仕えてた時の姫様はな、なんていうんだ。孤独で、自分をさらけ出すのは苦手で。でも、日にちが経つにつれて、俺への警戒心とか、そういうのはなくなっていった。まぁ、年齢的に一回り違うわけだから、少しずつではあるが、話してくれるようになった。色々な。外に散歩に出た日も、一緒に歩いていて、ほんの少しではあるが、楽しそうではあった」
その話をするデニスの表情は、どこか娘を思う父親のようだとヴィクターは思った。
「ただ、驚いたのはお前にそういう気持ちを姫様が持った、という事実だよ」
「……恋という気持ちでしょうか?」
「ああ。姫様も、初めてだと思うよ。恋をしたのも、されたのも」
ノルンの事は深く聞いてはいけない。
だけど、知りたい。
ノルンの事を、もっと。
ヴィクターは、そんな気持ちを抱えていた。
それは恋人になる前から、ずっと。
「……デニス団長」
「だから団長はお前だろ。呼び捨てでいいっつの。で、何だ?」
「デニス団長は、姫様の事を何か、ご存じなのですか?」
「何か、って言うのは何を指すんだ?」
一瞬、デニスの表情が険しくなる。
「その、……俺が、聞いてはいけない、姫様の過去、などを」
さらにデニスの表情が険しくなって、ヴィクターは委縮する。
「お前がそれを聞いて、どうする?」
「……その、知っておきたい、のです」
「……聞いてないか? 姫様の世話係から。〝誰にも聞いてはいけない〟って」
「聞いています」
「お前が姫様の事を知りたい気持ちは、わかる。だけど、その問いかけには俺は答えられない」
「姫様から、口止めをされているから、ですか?」
「それもある。ただ、特別に一つだけ、俺が言える事がある」
「何ですか?」
「――姫様の過去を知れば、お前にとって残酷な運命が待ち構えているかもしれない。姫様を大切だと思う気持ちを持ってしまったなら、なおのことだよ」
その言葉の意味はわからない。
だけど、ノルンは何かを隠している。
それは過去に何かがあったという事を示唆しているように感じた。
「今まで通り、接しろ。あと、あのうるさい団員たちの質問はほっとけ。質問攻めにされてわかったろ、面倒だぞ、ヴィクター」
「……そう、ですね」
それからは、ノルンの会話はなく、ただ二人で食事をした、それだけだった。
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