お題:『君は泣きながら私を抱きしめた。「無事で、よかったっ…」泣きたいのは私の方だ』
足を踏み外したのか、突き落とされたのかは覚えていない。が、そんなことは今となっては大差が無い。荒れ狂う海の上に、私は投げ出された。
ゴボゴボと泡の音が聞こえる。真っ暗な海の中で、白い月が冷たく光っているのだけがわかる。口から大きな泡がゴボリと吐かれ、天を目指すように高くのぼっていく。いや、私が沈んでいっているのかもしれない。抗えない力で、高い波に揉みくちゃにされる。ああ、溺れて死ぬのだろうなあ。朦朧とする意識の中、誰かに腕を掴まれた気がした。しかし、それが誰かを判別する前に、私の視界は黒く染まった。
目を覚ますと、そこは浜辺だった。私が海へ落下した堤防の、すぐ近くだった。細かな砂粒が体に纏わり付いていて、少し気持ちが悪い。ワイシャツやスカートがたっぷりと海水を吸っているようだ。服から水気を抜こうと体を起こした私の耳に、しゃりしゃりと砂を踏む音が届いた。
「目が、覚めたのね」
いまにも泣き出しそうな声で呟いたのは、私の友人だった。海の中に居たせいだろう、ぴったりと服が体に張り付いていた。薄水色のロングスカートが脚のラインを強調していて、なんだか人魚のようだった。
「君が助けてくれたんだ」
私がそう言うや否や、彼女は泣きながら私を抱きしめてきた。真珠のように大粒の涙が、薄桃色の頬っぺたを転がり落ちる。
「無事で、よかった……」
泣きたいのは私の方だ。
友人の体はボロボロに傷ついて、全身痣だらけだった。赤色が白い肌を所々彩ってるのをみて、私は胸が苦しくなる。友人ははらはらと涙を零しながら、それでも私を安心させるように、優しく微笑む。どうにか笑わせたかったけれど、うまく言葉が出てこない。大丈夫だよ、と 言う代わりに、私は彼女の柔らかい体を抱きしめ返した。そうして月明かりの下、しばらく互いに体温を分け与えるように私達はくっついていた。
海野藻屑ちゃんをイメージしながらの描写。