別れと約束
それからと言うもの、僕等は仲良く、楽しく過ごしていた。
藤村や景荷に言わせれると僕等は、「絵に描いた様なカップル」らしい。
ともかく、僕等はいっぱい遊んだ、いっぱい出かけた、いっぱい楽しんだ。
こんな楽しい時間が、何時までも続いたらいい、そうしたらどんなに幸せか…
けど別れの時は、案外あっさり、そして突然やって来た。
7月20日。
もうじき夏休みだ。
あと1週間ばかりで、このめんどくさい学舎からも一時避難出来る。
何より時間余裕が出来る、まだ二人で行きたい場所が沢山有る。
そうだ…確か穂香は海に行った事が無いってこの前言ってたな…
折角の夏休みだ、是非行きたい。
学校の廊下を歩きながら、一人夏休みの計画を練る稔。
「幸せそーだな稔」
不意に後から声がした。
「おお藤村か、どーした?」
振り向くと、制服を着崩し、片手にジュースの缶を持った藤村が居た。
「どーした?じゃねーよたっく…幸せオーラが顔に滲み出てるぞ」
「?…つまりどういう意味?」
「ニヤけてるって事だよ」
「うっ!…」
顔を赤らめる稔。
「そんな顔すんなよ、まぁ…立花さんとは順調で良かったよ、親友としてな」
「…サンキュー」
稔は軽く礼を言う、親友として。
「礼何てすんなよ、俺何もしてねーし」
「あ、そっか、はははっ」
「おお、そういやお前」
「ん?」
「立花さんとは、もうしたのか…?」
何故か真剣な顔で問い掛ける藤村。
「な、何を?…」
何となく、薄々藤村の言いたい事は分かるが…
「ボケんなよー言えよー」
ニヤニヤしながら更に問い掛ける藤村。
「…だ、だから何だよ」
「えーと、どー言えば…」
頭をかきながら考えると、藤村はこう言った。
「…大人の階段登った?って事だよ
「〜っ!!!!!!!!」
藤村がそう言った瞬間、稔の顔が炎の様に赤くなる。
さっきよりも、より一層真っ赤になった。
「お、おと…大人の…っ〜!!!!!」
「オイオイ、んな照れるなよ聞いただけじゃんかよー」
「…てないよ」
稔がぼそぼそと何かを呟く。
「ん?何だ?」
「キス何てしてないよ!」
顔を赤らめたまま、稔は大きな声で叫んだ。
「…あ、ああ…」
藤村は驚いた、稔が叫ぶ事は滅多に無いからだ。しかし…
(キスの事を聞いた訳じゃ無いんだけどなぁ…)
…どうやら、藤村が聞いていたのは、もう1つ、上の段階だった様だ。
ーーーーー
放課後、サンサンと眩しい日光が、大地を暑く照らす。
セミ達も盛んに鳴き喚く。
そんな炎天下の中、夏服姿の白い肌が、ポツリと一つ、校門近くに立っていた。
「ふー暑いなぁ…あ、穂香さん」
「あ…稔さん…」
「どうかしたんですか?…」
何やら浮かない表情だ。
「…稔さん、その…」
「はい?」
「すみませんっ!…」
何故かいきなり頭を下げる穂香。
「いや、どうしたんですか?…」
良く謝る娘何だが、こうもいきなりは流石に驚く。
「…実は…その…」
穂香は顔を上げ、稔を見つめた。
その時の穂香の表情は、今まで…短い間だったけど…今まで見た中で一番悲しい表情をしていた。
「もう…稔さんとは会えない…です…」
「…え?…」
ショック、驚き、と言った感情より先に、頭に『?』の文字が浮かぶ。
「…昨日お父様が仕事の都合で救急アメリカに行かなければと…それに…私も着いていかなければならないと…」
ウルウルと大きな瞳を潤ませ、泣き出しそうな表情をしながら、穂香は話した。
「それで…もう会えないんですか?…」
「…はい」
「…」
稔は口をつぐむ。
今、自分はどうしたらいいか?…
「僕も…一緒に行くって事はダメかな?」
「…」
稔の問い掛けに、うつむきながら無言で首を振る穂香。
「もちろん、連れてって訳じゃないよ、お金はその…自分で何とかするし、迷惑は掛けない、だから…」
稔の目から何かが流れ落ち、地面を濡らす。
「僕の…僕の手の届かない所に行かないでくれよ!ずっと側に居てくれよ!まだやりたい事いっぱい有るんだよ!海にも行きたいし祭にも行きたいし…でも!そこに君が…穂香さんが居てくれなきゃ僕ヤダよ!!…」
喉がジリジリと痛い、鉄の味もする。
僕は精一杯、叫んだ、訴えた、お願いした、願望した。
「わ…私だって」
顔を上げ、頬に大粒の涙を流しながら穂香は叫び上げた。
「私だって!稔さんとずっと一緒に居たい!離れたくない!でもお父様を困らせたくない…でもそしたら、稔さんが苦しむ…迷惑を掛けてしまいます…」
「そんな迷惑なんて…いや、掛けていい!掛けていいからずっと一緒に居てくれ!穂香さん!…」
「稔…さん」
暫く…いや、一瞬かも知れない程の静な時間が流れた。
暑い真夏の太陽は、容赦なく二人の体に照りつける。
いつの間にか、そんな暑さも忘れていた。
「稔さん…」
最初に沈黙を破ったのは穂香だった。
「…嬉しいです、私…」
涙を吹いて、笑顔でそう言った。
「それだけで、もう一生分の幸せです」
「穂香さん…」
「さて稔さん」
「はい…って…え?」
急に声のトーンが変わった。
「今回のお父様のお仕事は、1年や2年で終わる物では無いんだそうです、10年20年…ひょっとしたら一生掛かるかもと言う大仕事なのです!」
「は、はぁ…」
「しかーし唯一、私と稔さんがそんなに長い間、離れてなくてもいい方法が有ります!」
「そっそれは!?」
しかし言い方が少し気になる…
「そんなに」…?
「それは、私が学校のお勉強で、トップを取る声です!」
両手を上げ、天を仰ぐ様に高らかに言った。
「え?……」
「まぁ、アメリカの学校ですけど」
穂香はニコニコと、笑顔で言った。
「そうすれば、私を特別に日本に還してくれると、お父様と約束しました」
「…」
「私の頑張り次第、と言う事です」
「…穂香さん」
穂香には、少々失礼かも知れないが、稔には、ある素朴な疑問が浮かぶ。
「…穂香さんって…勉強出来るんですか?」
「…」
笑顔のまま、凍り付いた様に固まってしまった。
恐らく「出来ない」と言う無言の返事だろう。
「それは…まぁ…愛の力で何とかしますよ」妙に自信有りげに答える穂香。
「あ、愛ってそんな適当な…」
「稔さん、愛は適当では有りませんよ?愛に勝る物は無い、私はそう確信しています、ですから…その……」
急に言葉を詰まらせる穂香。
「穂香さん?…」
稔が心配そうにしていると、穂香は稔の目をジッと見詰め、顔を赤らめ叫んだ。
「帰ってきたら、私と結婚して下さいっ!!!」
「……なっ!?」
稔も、自分の顔が、火を吹くように熱く、赤くなるのが分かる。
「…ダメ…ですか?…」
上目がちに、穂香が返答を求める。
「そう言うのは…」
赤くなった顔を隠しているのか、稔は手の甲で口元を隠しながら、何か言う。
「…お、男が言うセリフだよ…」
「…そうですね、ふふ」
穂香が、可愛らしく笑う。
「それで?いつ出発しちゃうの?」
肝心な事を聞く稔。
「…今日、もうスグにです」
「…また急だね」
「驚かないんですか?」
「もう十分驚いたさ」
半ば呆れた様に稔は答えた。
「…でわ…そろそろ…お元気で」
涙は浮かべていない、大きな瞳を耀かせ、笑顔で別れを告げる穂香。
「…いつ帰って来るんだい?」
「頑張って高校生の内…です」
「そっか…頑張れよ」
「はいっ!」
ニコリと満遍の笑みの穂香。
「それでは、また何時か」
そう言い、穂香は踵を反し歩き出そうとした。
「穂香さん」
不意に稔の声が、穂香の耳に入る。
「はい?………!」
振り向くと、稔は、穂香の肩をグッと引き、雪の様に白い頬に唇を触れた。
「…少しくらい僕にも…男らしいってトコ見させてよ」
頬から唇を離すと、稔は、相変わらず真っ赤になった顔で照れくさそうに言った。
「…こうゆう時は唇を奪う、と言うのが定番らしいですよ?…」
悪戯じみた笑顔で、皮肉る様に穂香が言う。
「続きは帰ったら、です」
「まぁ…ふふ」
クスクスと笑いながら、時計を気にし始めた穂香。
「そろそろ時間?…」
「はい」
「そっか…それじゃあ今度こそ」
「ええ、今度こそ…」
「「サヨナラ」」
ーーーーー
その日の事を、僕は今でも思い出す。
それ程驚いて、それ程ドキドキしたのだ。
夏の夕陽に向かう様に歩く穂香の後ろ姿、歩く度に揺れる長い黒髪、歩を進める美しく長い脚、後ろに延びる影。
炎天下、陽炎に揺られるその姿は幻想的で、美しかった。
そして、約二年が過ぎた…
更新遅くてすみません…
一応次回が最終話の予定です。
読んで頂き、ありがとうございます。




