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狂い咲き

作者: 夏緒 花夜


狂い咲き:[意]季節外れに花が咲く事。




その頃の私は、何と言うか全く生きている実感というものが無かった。


同級生はみんな受験だ就職だと忙しく走り回っていて、中には結婚の準備をしている人もいた。


そんな中私はと言うと、周囲に影響される事も無く、一人でフラフラとしている事が多かった。


「高橋、このまま進路を決めないままいつまでもフラフラしてるわけにもいかないだろう、何か考えている事はあるのか?」


これは進路指導の品川。若い方だが正直うっとおしい。


「別に何も無いよ」


私はそっけなく答える。変に悩む振りをするよりもこうした方がよっぽど効果的だ。


「はぁ……、そうか。進学する気は無いのか?」


教師と言うものは誰であろうとすぐこれだ。学校の進学率を上げるよう指導でもされているのだろうか。


「無いよ、そんなの」


「就職は?」


「働くっていうのもいまいちピンと来ないし。でも売りとかはやる気ないから大丈夫」


「当たり前だろ。全くお前は……」


ほとほと困り果てたという表情をしている。仕方ないだろう、私達は以前付き合っていたのだ。別れた相手の進路指導なんてやりづらくて仕方無いと思う。


「まだ怒ってるのか?」


「やめて、もういいでしょ?進学も就職もする気無いから。さよなら」


そう言って私は教室のドアを開けた。背後からため息が聞こえて来たが、それを無視して教室を後にした。


自業自得だろう、そもそも私達が別れた原因というのは品川の浮気のせいなのだ。


浮気相手は隣のクラスの幸田由美。そう言えばまだ言っていなかったが、私の名前は高橋空。よろしく。


とにかく、その事実が発覚した日にはもう一方的に品川をふっていた。


それまで由美とはたまに買物に行ったりしていたが、それ以来ぷっつりと切れてしまった。同じクラスではないのが救いと言えば救いだが。


「あぁ、あの頃から私は死んでたのかも」


「生きてんじゃん、何言ってんだお前?」


私がリビングで呟いていると、知らぬ間に兄が隣で牛乳を一気飲みしていた。


「喋ってんじゃん。息してんじゃん。心臓動いてんじゃん。生きてんじゃん」


「うるさい、あたしだって色々あるの」


「また元彼の教師の事か?」


「……うん」


「はぁ、お前なあ、もう知らない知らないって言ってていつまでひきずってんだよ」


「ちが……ひきずってはないよ」


「でも頭ん中その教師の事でいっぱいなんだろ?」


それは認めたくなくていつも頭の中で否定し続けていた事実だった。


自分ではもう過去の人と言い聞かせてはいるが、そうでもしなければやりきれない程頭の中はいっぱいなのだ。


「まぁ、自分からフッたっつっても確かに浮気されて別れるってのは後味悪いけどな」


「浮気……か……」


私は天井を見ながら、いや、正確には見ていないのかもしれないが、頭を働かせる事を止めた。浮気と言う言葉を聞くと、何も考えたくなくなってしまう。


そんな私の様子を見た兄は、バツが悪そうに立ち上がり、早く元気出せよの一言でそそくさと退散した。


「うっさい……」


私は小さく呟いた。


もう人を好きになる事は無いだろう。本気でそう思った。それ程に悲しかった。必死に否定していた部分が、私の中で認めざるを得ない状態となって暴れ回っていた。




「先生、今日は泊まりに行ってもいいの?」


こちらは幸田由美の言葉。相手は当然品川だ。


「ん?ああ、今日は特にやらなきゃいけない事も無いからな」


「本当に?良かった〜、じゃあ今日はこのまま先生の家行っちゃおうかなぁ〜」


言葉は軽く、表情も明るい。かなり嬉しそうだ。


「おいおい、家の方はいいのか?」


「気にしなくていいの。それに先生の家に泊まるってバレたら困るでしょ?」


「まあそうだけど、せめて電話くらいしておけよ?」


「はぁ〜い」


軽い返事をして、由美は品川の車に乗り込んだ。そして車は走りだし、遠くへと走り去って行った。


その頃、私は夕食の買い出しで近くのスーパーに来ていた。


「えっと、肉、じゃがいも、人参、タマネギ。今日のご飯はカレーかな」


カレーは私の好物だ。気分が落ちていたので少し嬉しい。必要なものを一つ一つ手に取り、買物カゴに入れた。


「よし、こんなとこかな」


最後の仕上げにとお菓子売り場に立ち寄り、チョコレートが沢山詰め込まれた袋を買物カゴに納め、そのままレジを通した。


用も済んだと、自動ドアから外に出る。するとその時、目の前にある駐車場から聞いた事のある声が聞こえて来た。


「先生、今日は何食べたい?」


「そうだなぁ、やっぱり肉がいいかな」


……由美と品川だ。


私は焦ってしまい、急いで店内の二人からは見えない所に隠れた。


「あたし何やってんの?何で隠れてんだろう」


心が痛い。あの二人を見ると、どうしても胸が締め付けられるように痛い。


私はその痛みを片手で握り締め、二人の動きを探った。勿論、鉢合わせしないために。


痛みに堪えながらそっと覗くと、今二人が店の中に入って来た所だった。二人の手は堅く繋がれていて、その光景は、今の私には十分過ぎる程辛い光景だった。


もうこれ以上見ていたくない。そう思い、二人に気付かれないよう、そっと店を出た。


いっそ本当に死んでしまいたい。帰る途中、私はそう思っていた。



「空、空!」


母に呼ばれハッとなる。


「何?」


「全然食べてないじゃない、どこか調子でも悪いの?」


私の前には、ご飯、肉じゃが、その他諸々が並べられていた。そう、カレーではなく肉じゃがだった。


「ううん、何でも無い」


力無く答えた私に、少し不安そうな顔をした母だったが、すぐに表情を緩めた。


「空、あんた失恋でもしたんでしょ?最近どうも元気が無いと思ったらそういう事か」


と、得意そうな顔をして私の顔を覗き込む。それによって、私はさらに欝むいてしまった。


「その様子じゃ相当好きだったのねぇ〜」


母の楽しそうな言い方に少し腹が立ったが、すぐに冷静になり、小さく頷いた。


「浮気されて別れたんだけど……やっぱりまだ好きみたい……どうしたらいいかな……?」


ここはさすがに親子とは言え女同士。腹をわって相談してみる事にした。


「そうねぇ、空くらい若いと色々あるものだけど、ここでお母さんがあれこれ言っても結局は自分で何とかしなくちゃならないからねぇ」


「でもまだ全然わかんないよ……」


「いい空?女はね、こういうのを乗り越えて強くて綺麗になれるものなの。いまよりもっと綺麗になって、その男見返してやんなさい」


「何か、どこかで聞いた事あるよ。それ」


「気にしないの。そうねぇ、じゃあ、狂い咲きって言う言葉知ってる?」


「うん、季節とは違う花が咲いちゃう事だよね?」


「そう。空の気持ちも、それと一緒だったのよ。本当は咲くはずじゃ無かった気持ちが、ちょっと油断した隙に咲いちゃったの。だから、その分気持ちは生きよう、生きようとして中々消えないの。でもその分散る時はあっと言う間。だから、今は辛くてもすぐに忘れられるわよ。そしたらそんな季節外れの恋より、もっとちゃんと幸せに咲き続けられる恋をしなさい」


狂い咲き、季節外れの恋。私は何だかひどく納得してしまった。そして、今までの暗かった気持ちも少し晴れた気がした。


私がご飯に手をつけ始めると、母は嬉しそうにこちらを見ていた。



数日後、私の携帯にメールが届いた。送り主は、品川。


本文に目を通す。内容は、由美とは別れた。悪かったと思ってる。やり直したい。こんな所だ。


そのメールを受けた私の心は、まだ品川を完全には忘れられずにいた。


それでも、私は答えを返さなかった。


私の恋が、狂い咲きなどという悲しいものであっていいはずが無い。


私はそんな恋をしたくない。青いと言われるかもしれない。それでも、待とうと思う。運命の出会いを。



そして、私は永遠に咲き続ける花になろう……。

読んでいただいてありがとうごさいました!まぁ、彼は幸せにはしませんよね。(-、-)b

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