8.今宵、処刑すべき者(二日目、日中)
志乃は努めて冷静に振る舞っていた。
女将志乃「菊川さん。候補者は二人あげてくれないとだめよ。和弥さんが一番手なのはわかったけど、二番手は誰なの?」
蝋燭職人菊川「そうだな。じゃあ、二番手は、行商人猫谷だ。さりげなく議論の場を支配しているところが、気になる。まあ、あえて二番手をあげろ、といわれたからあげただけだが……」
霊媒師鈴代「それなら、わしもいわせてもらおう。今宵処刑すべきは、書生以外には考えられぬ。しかし、二番手をあげよといわれれば、そうじゃの……、大人しそうにしておる女狐の都夜子じゃな!」
書生和弥「それでは、僕も宣言させていただきます。処刑候補の一番手は、鈴代さんです。彼女の意見は、全く持って、いい加減で不愉快この上なきものです! そして、二番手は……、申し訳ありませんが、小間使いの葵子さんをあげさせていただきます。理由は、琴音さんの想い先であることはないので、誤って琴音さんを後追い自殺に追い込む心配がないこともありますが、これまでの葵子さんの意見は、いずれも聡明で鋭いものです。ただ、その鋭さに隠れて、彼女は自分の本音をずっと隠し通しています。自分の考えを公開しないでいるところに、僕は怪しさを感じるのです」
小柄な小間使いが、寂しげな様子で小さくため息を吐いた。
小間使い葵子「本音をいえとおっしゃられても、今のところ、情報が乏しすぎます。だから、今日の投票は、ある程度勘に頼らざるを得ません。ということで、一番黒っぽいとわたくしが感じる人物は、どうしても、猫谷さまとなってしまいます。理由は、さきほど菊川さまがおっしゃったように、会話の要所要所で猫谷さまのご意見は、影響力が大きかったように感じるからです。ただ、それだけの根拠でしかありません。二番手まであげなければならないのですね。ああっ……、困りましたわ。それでは、昨日と同じく、都夜子さまにさせていただきます。都夜子さまには、引き続き申し訳なく思っておりますが、他のみなさまに決め手となる事実がない以上、琴音お嬢さまのお相手を外すというだけの理由です」
後家都夜子「葵子さんのお気持ちは、お察しいたしましたわ。では、わたしの意見を申し上げます。わたしには、鈴代さんが一番怪しく感じられます。理由は、発言が一方的で信用できないからです。でも、葵子さんと同じく、判断材料があまりにも乏しくて、これといった人物が他に思い浮かびません。敢えてあげろというのでしたら、二番手は昨日と同じく、土方中尉さまにさせていただきます」
土方中尉「余が疑われてしまうとは、真に遺憾である。では、余も意見を述べさせてもらおう。まず、白であると宣言している女将とお嬢さまは、今夜の処刑からは除外すべきである。さらに、書生の発言は、計算された演技ではなくて本音を語っている、と余にはみえる。したがって現時点では、余は書生も白であると判断している。小間使いの発言は、常に的確で、村側にとって益あるものである。余は小間使いも白であるように思う。そして、残りの四人、行商人、蝋燭師、霊媒師、未亡人については、いずれも白であるという決め手がないので、灰と判断せざるを得ない。その中でも、蝋燭師と霊媒師は、さまざまな発言から、より黒っぽい感じを受ける。お嬢さまのお相手を避けるという可能性も考慮すれば、一番手は霊媒師鈴代にせざるを得ない。二番手が蝋燭師菊川とさせてもらう」
女将志乃「あたしは今のところ、小間使いが一番で、鈴代さんが二番手かな?」
行商人猫谷「俺も、一番は小間使いで、二番目は鈴代だな。正直なところ、あまり強い理由はない。まあ、お嬢様のお相手を避けるという理由だけだな。何か他に決め手となる意見があれば、変えることもいとわねえが……」
令嬢琴音「残りはうちなん? そうやねえ、まあうちのお相手をいうわけにもいかんし、今日のとこは女性から選ぶ方がよさそうね。さあて、どうしよっかなあ……。まあ、やっぱり小間使いが一番手やね。それから、そん次は都夜子さんにしとくわ。正直、誰があやしいんか、ほんにわからんのよ……」
女将志乃「さて、今のところのみなさまのご意見を集約すると、処刑の第一候補として鈴代さんを推挙するのが、土方中尉に和弥さんと都夜子さんの三人ね。それから、小間使いを押したのが、あたしと猫谷さんとお嬢さまで同じく三人。さらに、鈴代さんと菊川さんの二人が、和弥さんを推挙していると……。ああ、それから小間使いは猫谷さんっていったわね」
霊媒師鈴代「待て、待て、待ってくれ……。このままではこのわしが処刑されてしまう。わしは鬼ではない! お願いじゃ、殺さないでくれ。わしは……、実は天文家じゃ! わしを処刑してはならぬぞ」
女将志乃「あらまあ、ついに天文家であらせると白状されましたわよ。追い込まれてから天文家を騙る鬼は、よくいるけど……」
霊媒師鈴代「嘘ではない。もし疑うのなら、対抗者が出てもよいはずじゃ。どうじゃ、天文家であると名乗るものが他におるのか? おりゃあせんじゃろう! すなわち、わしこそが真の天文家だということじゃ」
書生和弥「鈴代さん。あなたが天文家であるというのなら、昨晩の観測結果を報告してください」
霊媒師鈴代「なんじゃと? よかろう。わしが昨日見張っておったのは、そなたじゃ。そして、わしは見た! そこにおる書生は、夜に大河内を襲いに飛んで行ったわ」
書生和弥「そんな……、まったくのでたらめだ! みなさん、信じてはいけませんよ!」
後家都夜子「鈴代さんのただ今の発言は、口から出まかせとしか思えません。もしも、和弥さんが飛び立つのを見ていたのなら、もっと早くから事実を告白されたはずです」
行商人猫谷「俺も同感だな。往生際が悪いぜ――」
女将志乃「もうひとりの有力候補の葵子さん――、何かいいたいことある?」
小間使い葵子「怖れながら申し上げますが……、わたくしは白でございます」
女将志乃「それだけでいいの? じゃあ、そろそろ夕刻ね。投票に入りましょうか?」
土方中尉「ちょっと待て。今晩の天文家の見張り先の議論をしておらんぞ」
行商人猫谷「とはいっても、肝心の天文家は名乗り出てないしな……」といいながら、猫谷は皮肉っぽく鈴代を見つめた。
女将志乃「あたしが見張って欲しいのは、和弥さんよ! なんだかんだで、とにかく白黒をはっきりさせてもらいたい人物よね」
小間使い葵子「待ってください。今晩の観測先は、天文家の方に一任してよいのでは……。理由は、ここで観測先について議論すれば、鬼に何か手がかりを与えてしまうように思えるからです」
土方中尉「余たちがここで議論することで、逆に村側の不安要素を明確にする怖れが生じるということか。なるほど……」
令嬢琴音「とにかく、天文家さんは、明日になったら正体をさらして欲しいわ。生きていればの話だけど……」
小間使い葵子「そうですね。天文家の方が告白されるのは、明日が良いタイミングだと、わたくしも思います」
行商人猫谷「それじゃあ、今日の議論は打ち切りだ。さっさと投票を始めようぜ」