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小説・吸血鬼の村  作者: iris Gabe
出題編
7/23

7.令嬢の想い先(二日目、日中)

 翌朝、布団の中で無事に眼が覚めたことに、僕は安堵した。まだ、生きている……。こんな村から一刻も早く逃げ出したいのはやまやまだが、唯一の脱出路はがけ崩れで閉鎖されている。

 くよくよしても仕方ないので、僕は階下に降りることにした。志乃さんは食事の仕度をしていた。

書生和弥「志乃さん……。無事でしたか。よかった……、本当によかった!」

女将志乃「朝から変な人ね。まあ、こんな時だから、そういわれても仕方ないけど……」

 しばらくすると、猫谷が大あくびをしながら、二階から降りてきた。

行商人猫谷「おおっ、美味うまそうだな。おや、みなさんおそろいで……。どうやら、ここにいる俺たちは、無事だったようだな。結構、結構――」

女将志乃「さあ、みなさん、食べ終わったら、また村長の館に集合よ。今日も議論をしなければなりませんからね」

 僕たちは食事を早々に済ませると、村長の館へと出向いた。そこには生き残った村人全員が集まっていたが、その数は全部で九名となっていた――。


令嬢琴音「みなさん、お集まりいただいて感謝するわ。でも、悲しい知らせがあるんよ。実は、昨晩、処刑された高椿子爵さまの他に、さらにもう一人犠牲者が出てしまったの。その方のお名前は……、うちの忠実なる執事であった、大河内毅です……」そういって、令嬢は両手で顔をおおった。

行商人猫谷「というと、大河内君は亡くなってしまったということですね?」

女将志乃「あらあら、よりによって犠牲者が大河内さんとはね……。せっかく、今日、彼が探偵でないことを、あばいてさしあげようと思っていたのに、残念だわ……」

蝋燭職人菊川「大河内青年の死因は、失血死ということか?」

令嬢琴音「さあ? うちは医者じゃないんで、詳しくはわからへんよ」

後家都夜子「それなら、いよいよ探偵の出番じゃないですか?」

小間使い葵子「待ってください。探偵は一日に一人だけの調査しかできません! 昨晩の犠牲者は二人――。どなたを調査していただくのですか?」

行商人猫谷「つまり、どちらの犠牲者を調査してもらうかを、俺たちは真っ先に議論しなければならないということだ。そういうことだから、お志乃さん、調査を早まってしないでおくれよ」

女将志乃「わかったわ。どっちを調査して欲しいの?」

蝋燭職人菊川「自分は子爵殿の調査を希望する。彼が鬼であれば、一安心できるからな」

土方中尉「余も子爵の調査を望む。いずれにせよ大河内青年は吸血鬼たちの犠牲者なのだから、彼が吸血鬼である可能性はゼロだ!」

行商人猫谷「いわれればその通りだ。青年執事の死はどう考えても失血死しかあり得ない。一回しかできない本日の調査を有効に使うためには、どうやら子爵の調査が賢明のようだな……」

小間使い葵子「みなさま、ご異論はなさそうですね。それでは、探偵さま、ご主人さまのご遺体を調査してくださいませ」

女将志乃「じゃあ、それでいいのね? 調査をはじめるわ……」

 しばらくの間、沈黙が流れた。やがて、志乃はゆっくりと顔をあげると、こちらを向き直った。

女将志乃「わかったわ。残念だけど、子爵は村人よ。そして彼は、片想い、探偵、天文家のいずれでもないわ……」


 報告を受けた村人は、しばらくの間、凍りついていた。やがて、将校が申し訳なさそうに言葉を発した。

土方中尉「まさか……、そうであったのか。すまぬ、子爵殿……」

霊媒師鈴代「そうれ見よ。わしは最初から、子爵さまは白だと思っとったのじゃ! やはり、怪しき奴は、この書生なのじゃ!」

蝋燭職人菊川「早合点してはいかん。七竈の女将の調査は、子爵が特殊能力を持つ村人でなかったと主張しているだけであって、彼が使徒でなかったとは断言しておらぬからな」

書生和弥「子爵が使徒であったかどうかを、探偵が判断することはできないのですか?」

女将志乃「どうやらそのようね。あたしの調査結果では、子爵さまが『能力を持たない村人である』としか判断できないみたいだわ。そして、使徒も能力を持たない村人だから、子爵さまが白の村人なのか、使徒なのかまでは、わたしにはわからないわね」

小間使い葵子「いずれにしても、吸血鬼が二人とも健在であることははっきりしましたね」

後家都夜子「探偵さん。子爵さまのご遺言はどうなっているの?」

女将志乃「遺言の調査はもう一日かからないと無理ね。明日、あたしが生存していたら、子爵さまの遺言を、みなさんに公開できるはずよ」

書生和弥「わかりました。明日まで待てば、子爵の遺言を知ることができるのですね」

行商人猫谷「それじゃあ、今日の議論はどうするね?」

小間使い葵子「まだ、報告は完全に済んではおりません。片想いの琴音お嬢さまに、想い先の感染の有無を報告していただかないと……」

行商人猫谷「ええと、子爵の坊ちゃんは犬死にで、執事の青年は失血死だったよな。だったら、他に感染しているものなど、理屈の上で、あるはずないじゃないか? 吸血鬼は、一晩に二人の犠牲者を同時に出すことはできないだろう」

小間使い葵子「お言葉ですが、わたくしは、お嬢さまに質問いたしたのでございます――」

令嬢琴音「うちの憧れのお方は健全やわ。このゲームでの特殊能力者は、天文家と探偵と片想いや。だから、夜に死人が出れば、猫さんのいうた通り、原因は失血死しかありえんとちゃうの?」と、令嬢が少しムッとしながら答えた。

書生和弥「まあまあ、葵子さんは、琴音さんから直に意見を聞きたかったのだと思いますし……」

女将志乃「そのようね。この議論はこれくらいでいいかしら? それじゃあ、次は天文家の告白ね。一日たったからもういいでしょう。天文家は、今、ここで名乗り出なさいよ!」

土方中尉「そうだな。天文家は、昨晩、誰かを観測していることだし、ここでその報告をしてもらわねばならぬからな」

小間使い葵子「しかし、吸血鬼はまだ二人健在です。天文家の方には、もう一日潜伏していただいてもよろしいかと……」

霊媒師鈴代「なにをいっておる! 少しでも情報があるなら公開してもらわねば、夜もおちおち寝られぬではないか!」

行商人猫谷「おいおい、あんた、予知能力を持っているんじゃないのかい?」と、猫谷があきれ顔でいった。

土方中尉「余は天文家の告白に賛成である。だから、宣言させてもらう。余には天文観測をする趣味はない」

蝋燭職人菊川「ちょっと待て! 現時点での天文家の公開は村側にとって明らかに不利益だ。だから、もう少し話し合いが必要だ。そして、そのためにも勝手な告白は自粛してもらいたい。たとえそれが、自分は天文家ではないという告白であってもだ」

小間使い葵子「みなが勝手に天文家でないと告白してしまえば、逆に天文家があぶり出されてしまうからですね?」

蝋燭職人菊川「その通りだ」

令嬢琴音「それもそうね。すでにうちと女将さんは天文家でないことを告白しているのだし、中尉さまが否定されてしまったから、天文家の候補は六名に絞られているのね」

行商人猫谷「しかしだなあ。吸血鬼はまだ二人とも生き残っているのだから、天文家が昨晩の観測で吸血鬼を見つけ出しているのなら、それは告白すべきだと思うぜ。天文家が明日まで生き残っているという保証はないのだし。

 だから、俺は宣言させてらう。もし俺が天文家であったならば、俺は昨晩、吸血鬼が飛び立つのを目撃してはいない! これは真実なる発言だ」

令嬢琴音「猫さん、あんまりややこしい表現をせんで欲しいわ? うちには、何をいいたいんか、さっぱりわからんのよ」令嬢は、ムッとしていた。

小間使い葵子「ふふふっ……、適切な発言ですよね。みずからが天文家であると宣言することなく、天文家であったなら吸血鬼を観測していない、ということを表現しています。わたくしも同じ宣言をさせていただきますわ。つまり、もしもわたくしが天文家であるならば、わたくしは昨晩、吸血鬼を観測してはおりません」

霊媒師鈴代「わしははっきりいわせてもらうぞ。わしは天文家ではない! そんなことせずとも、未来を知ることはできるからのう」

後家都夜子「天文家が昨晩、吸血鬼を観測しているのに、依然として潜伏を望んでいるなんてことがあるかしら?」

蝋燭職人菊川「ある意味で賭けとなってしまうが、潜伏することで吸血鬼のターゲットにならないというメリットはある」

書生和弥「しかし、死んでしまっては元も子もない。だから、僕は天文家の方が、もし昨晩、吸血鬼が飛び立つのを観測されているのなら、正直に公開してもらいたいと望みます。ということで、僕も宣言いたします。もし僕が天文家であるならば、昨晩、吸血鬼を観測してはいません!」

土方中尉「天文家に関するコメントをしておらぬのは、残りは都夜子と菊川氏だ。お二人には何某なにがしかのコメントをいただきたいのだが」

蝋燭職人菊川「自分は天文家に関して、語ることは何もない!」

後家都夜子「わたしもノーコメントとさせていただきます」と、都夜子も怒った口調で答えた。

行商人猫谷「わかったよ。仮に、あんたらのうちどちらかが天文家であって、なおかつ、昨晩、吸血鬼を目撃していたとしても、現時点ではまだ名乗り出たくない、ということかもしれんからな。

 しかし……、これで、俺たち村側は、増々追い込まれちまったな。吸血鬼は二人とも健在、そして、その手がかりは皆無、ということだからな」

女将志乃「さて、そろそろ、嫌なお話をしなければならないわね。今晩の処刑者は誰にいたしましょうか?」

土方中尉「当然、非能力者の女から選ぶべきであろう。うっかりお嬢さんの想っている男を処刑してしまうと、お嬢さんも後を追ってしまうからな」

霊媒師鈴代「待て待て、とんだ戯言ざれごとじゃ! 非能力者をうたっておるおなごというたら、このわしと、都夜子と、小間使いの三名しかおらんではないか!」

行商人猫谷「それもそうだな。お嬢さまよ、あんたが殺されても文句をいわない男がいたら、宣言してもらっても構わないぜ。さもなきゃ、処刑者はさっきの三人から選ばれちまうぜ!」と、猫谷が含み笑いをした。

令嬢琴音「うちの想うお相手は、秘密なんよ……」

後家都夜子「わたしからいうと、変に勘ぐられる怖れがありますが、いわせていただきます。処刑の候補者は、男女関係なく、それぞれが一番怪しいと思う人物をあげるべきです。もし、候補にあげられた人物が片想いのお相手であった時には、片想いさんがお相手のお名前を告げるべきです」

令嬢琴音「そんなことしたら、うちの大切なお方が、今日の処刑は免れても、今晩、吸血鬼たちに襲われて失血死してしまうやないの? そやったら、うちも後を追ってしまうんよ」

後家都夜子「その通りです! でも、そうなればわたしたち村側は、明日、天文家と探偵の両名が健在の状態で、吸血鬼側と戦えるのです」

書生和弥「確かに、吸血鬼は二人しかいませんからね。もしも吸血鬼が誰なのかがわかってしまえば、彼らの処刑は二日あれば片が付きます。都夜子さんのおっしゃる通り、自分が純粋に怪しいと思う人物をあげて、議論していくべきだと思います」

小間使い葵子「それに、片想いのお嬢さまがお相手を告白してくだされば、その瞬間に、わたくしたちは確実に白である人物を、二人も確認できるわけです。白である人物の発言は全てにおいて信用できますから、わたくしたちにとってその情報は限りなく有益です。琴音お嬢さまには、いずれ都合の良いタイミングで、想い先を告白なされるのがベストだと思います」

行商人猫谷「なるほどね。あんた小間使いのくせに、なかなか頭がいいみたいだな。殺されちまってからでは、死人に口なしだからな」と、猫谷が感心していた。

女将志乃「天文家は、今日は名乗り出ないのかしら? 告白によると、天文家であることを否定している人物は、あたしと琴音お嬢さま、土方中尉さま、それと鈴代さんの四人ですね。子爵さまは調査によって天文家でないことが判明したし……、そういえば、和弥さんも自分はただの村人だとおっしゃったかしら? それから、亡くなった大河内さんも吸血鬼でないことは確実だけど、昨日の話からすると、彼が天文家である可能性は極めて薄いわね」

書生和弥「でも、もしかしたら……、大河内さんは実は天文家であって、処刑候補になりそうな時点で、天文家であることを告白しようと思ったけど、そうすれば吸血鬼たちの餌食になるのは確実であった。したがって、仕方なく、自分は探偵である、と宣言した、という可能性は考えられませんかね?」

女将志乃「和弥さん……。そんないい方をされると、あなたが天文家ではないように、みなに思われちゃうわよ……」

書生和弥「もういいでしょう。僕はただの村人ですよ。今、宣言します!」

女将志乃「あら、そうなの。ということは、天文家の可能性のある人物は、猫谷さん、菊川さん、葵子さん、都夜子さんの四人に絞られちゃったわね」

蝋燭職人菊川「いささか、乱暴な推理だな。銘々の発言が全て真実であるとは限らんぞ。例えば、和弥君だ。村人だと宣言するメリットは、少なくとも村側にとっては何もないはずだ。彼が吸血鬼というのなら話は別だが……」

 七竈亭の女将が、れるようにして、上ずった声を張りあげた。

女将志乃「はっきりいいなさいよ。和弥さんがあなたの処刑候補ということなの?」

蝋燭職人菊川「それなら、いわせていただく。自分が考える処刑すべき一番手は、飯村和弥である!」

 包帯の奥に隠れた菊川の冷たい眼光が、突き刺すように和弥に向けられていた。


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