20.アリアドネの糸(四日目、日中)
小間使いの発言を、僕はにわかに信じることができなかった。僕の論理に穴があるとは、とうてい思えない。これまでの事実を余すところなく説明する解答なんて、どう転んでもあり得ないはずなんだ。
書生和弥「本当ですか? ぜひ、うかがいましょう。あなたの解答を……」と、僕は無理やり冷静を装って、葵子をうながした。
小間使い葵子「わたくしは、自身が天文家であることを知っております。でも、それをもとに推論を進めても、みなさまの共感は得られませんから、和弥さまがなさったご推論を使わせていただきます。
わたくしが真の天文家であるとすると、吸血鬼である都夜子さまが、味方の猫谷さまに投票すると意思表示された行為の説明がつかなくなる、とのことでしたよね。
そこで、わたくしは考えてみました。猫谷さまと都夜子さまが、実はお仲間ではなかった――、という可能性を……」
女将志乃「そんなの無理よ! 猫谷さんが嘘を吐いていたのは事実だし、都夜子さんが黒であると観測したのは、他ならぬあんたでしょうが?」
小間使い葵子「その通りです。猫谷さまは嘘を吐かれ、都夜子さまは、昨晩、確かに吸血鬼でございました……」
女将志乃「それならば、つまり、二人は仲間だということじゃないの!」
小間使い葵子「そうはならない可能性がございます」
女将志乃「なんなのよ……。それは?」
小間使い葵子「都夜子さまが、感染吸血鬼であらせられる可能性です!」
この言葉が小間使いの口から発せられたとき、僕たちは耳を疑った。
女将志乃「あははは――、この娘ったら。いきなり何をいい出すのかと思えば……」と、志乃の甲高い笑い声が屋敷内に響きわたる。
書生和弥「まさか……、それはありえないでしょう? だって、初日から三日目まで、夜になれば必ず犠牲者が出ています。吸血鬼は一夜の間に、ある人物を失血死させながら、同時に、別な人物を感染に導くなんて芸当はできません。すなわち、吸血鬼たちには、都夜子さんを感染させるチャンスが、全くなかったということです!」
小間使い葵子「いいえ、チャンスはございました!」
女将志乃「まさか……。だとしたら、それはいつなのよ?」
小間使い葵子「確かに、このゲームでは、毎日、お二人の方々が亡くなっております。ところで、和弥さま。それぞれの日の犠牲者を、もう一度思い出してくださいませ」
書生和弥「ええと、初日の犠牲者が、高椿子爵と大河内青年。二日目が、鈴代さんと菊川さん。三日目が、猫谷氏と土方中尉だな……」
小間使い葵子「何かお気づきになられることはございませんか?」
書生和弥「いや、何も?」と、僕は正直に答えた。
小間使い葵子「二日目の犠牲者だけは、男女の性が別々になっていますよね?」
書生和弥「それはそうだけど……、男女が別の犠牲者に、何か意味があるとでもいうのかい?」
僕たちのやり取りを聞いていた未亡人の顔色が、さっと急変した。
後家都夜子「まさか……、二日目の菊川さんの死は……?」
無邪気なまなざしをした小間使いが、ようやく、にっこりと微笑んだ。
小間使い葵子「そうです。二日目の晩に訪れた、孤高の蝋燭師、菊川六郎さまの突然の死は、失血死なんかではございません。
菊川さまの死因は――、自殺です!」