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小説・吸血鬼の村  作者: iris Gabe
出題編
11/23

11.天文家登場(三日目、日中)

 梅小路家の美しき令嬢の意見に、一同は必ずしも納得したわけではなかったが、蝋燭職人の不可解な行動に関してこれ以上の議論を積み重ねても、不毛であるような気もしていた。

女将志乃「どうやらそういうことみたいね。それじゃあ、今日の話し合いに進みましょう。まず、天文家が生き残っているのなら、そろそろ告白されてもいいんじゃないかしら?」

書生和弥「昨日のような形式の告白でもかまわないですよね。もし自分が天文家だとしたら……、という」

 志乃が首をゆっくりと横に振った。

女将志乃「正直なところ、いいかげんはっきりと告白願いたいわね。天文家は、オリジナル吸血鬼と感染した村人のどちらを観測しても、区別なく吸血鬼だと判断するのよ。だから、時が経てば経つほど、天文家の発言って信用ができなくなるのよね……」

行商人猫谷「しかし、今のところ吸血鬼が誰かを感染させているとは思えない。何しろ、二夜続けて、夜間に死者が出ているのだからな。夜間に死者が出たってことは、逆にいえば、吸血鬼には村人を感染させる暇がなかったことを意味する。一晩に失血による死者と感染者を同時に出すことは、不可能だからな……」

後家都夜子「すると天文家には、感染者が出るまではとことん潜伏し続ける、という選択もあるわけですね?」

行商人猫谷「まあ、そういうことだ。何しろ一旦名乗り出れば、その晩には確実に鬼さんのターゲットになっちまうんだ。告白は慎重にすべきだろうな……」

土方中尉「そんなこといっても、知り得た情報を何一つ告白できずに、殺されてしまっては、元も子もないであろう」

令嬢琴音「そん時は、遺言で真実を伝えればいいんよ」

女将志乃「でも、遺言公開のためには、あたしが生きていることが前提になるけどね……」と、七竈の女将が苦笑いをした。

行商人猫谷「全く、その通りだ。お志乃さんが殺されれば、その時は、天文家は慌てふためいて告白してくることだろうよ」

後家都夜子「そもそも、天文家は生きていらっしゃるのでしょうか?」

書生和弥「亡くなった人物の中で、天文家であるとすれば……、探偵から調査されていない二人、ということになりますね。大河内君と菊川さんです」

行商人猫谷「どっちも、ちっともらしくねえよなあ。だから、天文家はきっと生きているよ!」と、猫谷が楽観的にいい放った。

後家都夜子「大河内さんはともかく、菊川さんは天文家である可能性がわずかにいたします。昨日、彼は、最後まで天文家を絞り込ませないよう努力されていましたし」

行商人猫谷「そういわれてみれば、そうかもな……」というと猫谷は、軽く考え込む素振りをみせた。

小間使い葵子「わたくしは、昨日と同じ表現で告白いたします。もしも、わたくしが天文家であるならば、二日目の夜についても、初日と同じく、吸血鬼が飛び立つのを観測してはおりません」

女将志乃「それなら葵子さんは、昨晩とその前の晩に、それぞれどなたを観測されていたのかしら? そこまでいってもらってもいいんじゃない?」

小間使い葵子「申し訳ございませんが、それにはお答えできません。もしも、わたくしが本当に天文家であれば、時が来れば、全てを洗いざらいみなさまに告白いたします」

書生和弥「今は、まだ時が満ちていないということですね。それでは、僕の番ですが……、すでに申し上げた通り、僕は天文家ではありません」

土方中尉「余も最初から申す通り、天文家ではない。だから、吸血鬼が飛び立つところなど観測してはおらん」

令嬢琴音「うちと女将が天文家宣言をするはずないし、あと宣言しとらんのは、都夜子と猫さんやね。さあ、どっちから発言するん?」

後家都夜子「この件に関しましては、わたしは何も告白いたしません」と、後家はあっさりと拒否した。

 一同の視線が、一斉にさすらいの行商人猫谷に向けられた。

行商人猫谷「しゃあねえなあ。そろそろ潮時ということか……。わかったよ――、俺さまが天文家だ!」

 そういい捨てると、猫谷は大きく背伸びをした。


女将志乃「あらあら、ついに告白されたのね。じゃあ、さっそくだけど、おとといと昨日の観測結果を、報告してもらおうじゃないの」

行商人猫谷「合点承知の助だ。まず、俺は初日の晩には、お志乃さんを観測した。当時、大河内君とお志乃さんは探偵宣言で対立していたからな。観測の結果は白だ。彼女が夜に飛び立つことはなかった!」

後家都夜子「大河内さんも同様に怪しい人物でしたけど、どうして女将さんを観測するという決断をされたのですか?」

行商人猫谷「それは、たまたまだ。同時に二人は観測できんしな。ただ、結果的に、お志乃さんを選んで正解だったんじゃないのか?」

後家都夜子「わかりました。お話をお続けください」

行商人猫谷「二日目の夜に観測したのは、将校だ――。そして、俺ははっきりと見た! 奴が昨晩、自宅の屋根によじ登り、漆黒の闇の中に飛び立っていったのを!」


 猫谷の衝撃的な発言には、さすがに周りからざわめきが巻き起こった。

令嬢琴音「猫さん。それ、本当なん? うちにはかなり意外なことやけど……」

行商人猫谷「お嬢さん。あなたの想い先がもし将校であったのなら、今すぐに反論なさい。いかがです?」

令嬢琴音「そんなこといわれても……。うち……」

後家都夜子「お嬢さま、とても大切なことです。もし、お嬢様の想い先が将校様であるのなら、正直に告白されるべきです。お嬢さまのご意見で、将校さまと猫谷さんのどちらが嘘つきなのかが、はっきりするからです!」

令嬢琴音「うん、わかったわ……。将校さまは――、うちの想い先じゃあらへんよ」

後家都夜子「ということは……、猫谷さんの意見と、食い違いはないですね……」といって、都夜子はサッキュバスを思わせる妖艶なまなざしを将校へと向けた。

土方中尉「ちょっと待ってくれ。みなの者よ、冷静になって欲しい。まず、余の正体は白である。したがって、ただ今の猫谷氏の発言は、全く持って遺憾であり、彼こそが憎むべき黒ということになる。余は、嘘はいわん! 今日の処刑で吊るすべきは、行商人猫谷である!」

女将志乃「疑わしいのは、どっちもどっちよね。でも、猫谷さん。あんた、昨晩に中尉さまが飛び立ったという重大な事実を観測しておきながら、なぜ今まで黙っていたのよ? おかしくない?」

行商人猫谷「それは、うっかり天文家と偽るやからが、のこのこ出て来るのを待っていたからだ。将校が吸血鬼であるのは明らかだが、吸血鬼はまだ一人いる。だから、天文家の告白はぎりぎりまで待って、もし誰かが天文家宣言をしたら、一網打尽で叩きつぶすという計略だったのさ」

女将志乃「ふうん、そういうことなの。とりあえず、筋は通っているわね」と、やや納得しかねる様子だったが、女将は素直に引き下がった。

書生和弥「つまり、現状で真実は二つに一つということですね。猫谷さんは天文家であり、将校が吸血鬼であるか、あるいは、猫谷さんは吸血鬼か使徒であり、偽証をしているのか――」

後家都夜子「とはいっても、わたしたちに、その真偽を正しく判断する材料は……?」

書生和弥「もしも、猫谷さんが嘘を吐いているとすれば、嘘を暴露するのは意外と簡単なことかもしれません。というのは、僕たち七人の中に真の天文家がいれば、ここで名乗り出て、堂々と猫谷さんの嘘を指摘すればいいのです!」

後家都夜子「和弥さん、そんなに簡単ではありませんよ。仮に、新たなる天文家が名乗り出て、猫谷さんと対抗しても、わたしたちには、そのどちらが真の天文家なのか判断ができないからです」

書生和弥「ううっ、なるほど。その通りですね。意外と事は厄介なのか?」

女将志乃「でも、猫谷さんの他に天文家宣言をなさる方がいらしたら、今ここで、宣言してもらいたいわ。どうなの?」

 誰も手をあげる者はいなかった。猫谷が満足げに笑みをこぼした。

行商人猫谷「ふふん。どうやら、俺の対抗馬はいないようだな。そりゃ、いるはずないさ。さて、あとは俺と将校のどちらが信用できるのか、という問題だな。それについては、確かに、これといった決め手はない。

 ただ、みんなによく考えてもらいたい。天文家発言をしたからには、俺が明日の朝まで生き残る可能性はゼロなのだ! 今日の処刑では、俺か将校のどちらかが吊るされるだろう。仮に俺が処刑を免れても、その時には将校が処刑されており、結果として残りの吸血鬼は一人となる。となれば、ルール上、吸血鬼は俺を感染させることができない。さらに、鬼側にとって、天文家以上に厄介な存在はいない。つまりどう転んでも、俺は今夜、死んでしまう運命なのだ。

 そして、俺は宣言したい。いいか、みんな――、俺はこれだけの覚悟を持って、天文家である事実を告白したのだ!」

土方中尉「奴の口車に乗ってはいかん! 奴は、巧みな話術で余たちを翻弄ほんろうしているだけだ。みなの者、信じてくれ。余は断じて吸血鬼などではない!」

行商人猫谷「今日の処刑で俺と将校のどちらを選ぶのか? 答えは実に簡単だ――。

 確かに当人でなければ、真偽の判断は無理だろう。だけど、ちょっと考えてもらいたい。俺はさっきもいったように、翌朝までには確実に消えている運命なのだ。すなわち、わざわざ俺を処刑する必要はない! 今日の処刑は将校でなければならない!」

書生和弥「もし、将校が吸血鬼であれば、処刑することで、吸血鬼は一人になる。今晩、猫谷さんは殺されてしまうが、残るのは僕と都夜子さん、お嬢様に葵子さん、そして志乃さんとなる。そうなれば、吸血鬼がたった一人で四人を消すことは不可能だから、事実上、村側の勝利が約束される!

 しかし、将校が吸血鬼であるにもかかわらず、誤って猫谷さんを処刑してしまえば、僕たちは天文家を失い、しかも、吸血鬼たちは二人とも健在のまま。こうなっては、村側は絶体絶命ですね。

 逆の場合も考えてみましょう。猫谷さんが偽証しているとします。その時、僕たちが判断を誤って、将校を処刑してしまうとどうなるのでしょうか? 残り六人の中に、吸血鬼は二人。吸血鬼は、今晩、おそらく探偵の志乃さんを襲ってくる。すると、翌朝、生き残るのは、僕と都夜子さん、お嬢さん、猫谷さん、葵子さんとなり、この中に吸血鬼が二人いる。しかし、五人の中には三人の村人がいます。三人が協力すれば、明日の処刑投票で、まず吸血鬼が確定した猫谷さんを処刑できますから、吸血鬼は残り一人となります。村人が三人と吸血鬼が一人では、やはり吸血鬼側の勝利はありません!

 どうやら、僕たちが勝利するためには、将校を処刑することが、より確実な気がしてきました」

後家都夜子「でも、和弥さん、ちょっと待ってください。その五人の中に使徒が混じっていると、大変なことになりますよ?」

書生和弥「使徒は五人の中にはおりません! 理由は簡単です。使徒はすでに死んでいるからです。初日に志乃さんに対抗して探偵を名乗り出た大河内君は、明らかに嘘を騙っていたことになります。したがって、彼こそが忌まわしき使徒であり、必然的に五人の内訳は吸血鬼が二人と、白である村人が三人ということになります」

後家都夜子「なるほど、納得しました」

行商人猫谷「そういうことだ。俺が鬼だとすれば、今日の時点で天文家だと宣言するメリットは全くない。なぜならば、和弥君の説明の通り、たとえ、今日将校が処刑されても、依然として鬼側の勝利はあり得ないからだ。だから、鬼であれば、天文家宣言などせず、ひそかに潜伏している方が、ずっとチャンスがある。逆に考えれば、俺の天文家宣言は、俺が白であるという紛れもないあかしなのだ!」

後家都夜子「おっしゃる通りなのかもしれません。いずれにせよ、村側が確実に勝利するためには、将校さまに投票するのが賢明のようですね……」

女将志乃「最初は、猫谷さんのお話は、多少胡散うさん臭いと思ったけど、こう説明されてみると、そうなのかなと思ってしまうわね」

令嬢琴音「うちには難しすぎて、とてもついていけんわあ……。でも、今日の投票では、将校さまに入れとけばいいのね?」

 猫谷の理路整然たる説明に、誰もが納得したかのように思われた。しかし、それに異論を唱えた者が、一人だけいた。

小間使い葵子「ちょっとお待ちください。猫谷さまの説明には盲点がございます。みなさま、まだご判断を急がないでください!」

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