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小説・吸血鬼の村  作者: iris Gabe
出題編
10/23

10.探偵の調査報告(三日目、日中)

 今日も村長の屋敷に集合だ。正直いって、あまり行きたくはないが、仕方ない。『梅小路』と大きく刻まれた石板の表札が掛かった華々しい門をかいくぐり、急な石段をのぼっているところで、後ろから女性の声がした。

「あら、和弥さんじゃないですか。ご無事でよかったわ……」

 振り向くと、浅葱あさぎ色の着物をまとった都夜子さんの姿があった。彼女は、遠慮もなしに僕の真横にやってきて、小さな顔で見上げるように、にこりと微笑んだ。背中まで伸びた美しい黒髪からは、ほのかに椿油の香りが漂ってきた。彼女は僕に衣類が触れるかどうかの距離まで、細身の身体をり寄せてきた。彼女の温もりが伝わってきて、僕の心臓がドクンと鳴った。わずかに開けた胸元のすき間から、綿雪わたゆきのような白い素肌がちらちらと見え隠れしていた。

「今日も嫌な話し合いをしなければなりませんね」と、僕の視線のほこ先に気づく様子もなく、都夜子さんはほのかにため息を吐いた。

「邪悪に屈してはいけません。いっしょに力を合わせて、村を守り抜きましょう」

 ほんの弾みであったのだが、気が付くと僕はかよわげな彼女の手をギュッと握りしめていた。都夜子さんは頬を薄紅色に染めて、恥ずかしそうに、はい、と一言だけ口にした。


令嬢琴音「みなさん、今日もお忙しい中、足を運んでいただいて感謝するわ。昨夜に亡くなった方の確認ですけど、まず処刑された霊媒師宮田鈴代さん――。

 それにもう一人……、菊川六郎さんのご遺体が、ご自宅で発見されました」

土方中尉「なんと……、蝋燭師が殺されたのか? 死因は無論、失血死だな?」

令嬢琴音「まあ、それが妥当な解釈やね……」

行商人猫谷「論理的に考えて、失血死ということになる。ところで、鈴代さんが吸血鬼だとすれば、残りの鬼は一人ということになるが、一人になった吸血鬼が村人を襲った場合、村人はどうなってしまうんだ? 確かルールでは、吸血鬼の片方に襲われると感染する、と書いてあったような気がしたが……?」

土方中尉「何? もし、それが真実なら、蝋燭師の死因が説明できなくなるではないか!」

小間使い葵子「大丈夫です。吸血鬼が二人いる場合に、二人が同時に一人を攻撃すれば、被害者は失血死となり、別々に襲い掛かれば、上位吸血鬼に襲われた被害者が感染します。しかし、吸血鬼が一人となれば、襲われた被害者は無条件で失血死となります!」

土方中尉「ふむ、それは真であろうな?」

小間使い葵子「はい、ルールブックにそのように記載されてございます」

土方中尉「そういわれてみれば、なるほど、書いてあるな。ありがとう、重要なルールを確認することができた」

書生和弥「二人いる時には、単独では感染させる能力しかないのに、一人になると、単独で失血死できるようになる、というのですね。考えてみると妙な話ですね」

 小間使いは、小振りな左の手を口もとに当てて、くすりと笑った。

小間使い葵子「そうですね。吸血鬼は一人になってしまえば、『感染させる』という選択肢を失うことになります」

女将志乃「それじゃあ、あたしが今日調べる死体は、誰にすればいいの? 昨日亡くなった大河内さんも含めて、候補者は三名いるけど……」

行商人猫谷「大河内君と、鈴代さん、菊川氏の三人だね。菊川氏が天文家かどうかの確認はしておきたいが、やはり鈴代さんの確認が優先だろう。彼女が吸血鬼であれば、俺たち村側は、大きく勝利に前進したことになるからな」

後家都夜子「わたしも鈴代さんの調査をしていただきたく存じます。最も吸血鬼でありそうに思えるからです」

小間使い葵子「そうでしょうか? わたくしには鈴代さまが吸血鬼であるとは、とても思えません。鈴代さまが吸血鬼だとすれば、あのように喧嘩を売るご発言は、決してなさらないはずです。あれでは、処刑されてしまっても致しかたございません」

土方中尉「そうはいっても、あとの二人が吸血鬼に襲われたとしか解釈できない以上、やはり、鈴代の遺体を調べることが、村人側にとって最も有益な選択だと、余は思うぞ」

小間使い葵子「それもそうですね。でしゃばってしまい、申し訳ありませんでした」と、葵子はあっさりと引き下がった。

女将志乃「じゃあ、今日の遺体の調査は鈴代さんにするわよ。みなさん、異論はないわね?」

 誰からも反論する声はあがらなかった。それを確認した女将は、そろそろと鈴代の遺体に近づいて、しゃがみ込んだ。

 しばらくすると、志乃は残念そうに首を横に振った。

女将志乃「鈴代さんは吸血鬼ではないわ! どうやら、ただの村人だったようね」

土方中尉「なに? それは真か? ううむ、またもや我らの目論見もくろみが外されてしまったか……」

後家都夜子「あのお、確認ですが、鈴代さんは天文家ではなかったのですよね?」

女将志乃「そうよ。能力を持たない村人よ。天文家でも、探偵でも、片想いでもないわ」

書生和弥「僕たちは、再びふりだしに戻されてしまったのですね」

行商人猫谷「でも、吸血鬼はまだ二人とも生き残っている……。俺たち七人の中にな」

令嬢琴音「うちも報告させてもらうわ。うちの想うお方は、まだ感染なさっていません」

小間使い葵子「志乃さま。ご主人さまのご遺言を、公開していただきたいのですが……」

女将志乃「そうよね。昨日の日中に調査した子爵の遺言は、昨晩になって確認できたわ。高椿子爵さまの遺言の概要をいうと――、彼は無力の村人である。最後に心ならずも天文家と偽証してしまったのは、もう一日生き延びることで、村側に貢献できると考えたからである。無念の死を遂げた初日の時点では、吸血鬼のしっぽを捕まえる手がかりはほとんど皆無であるが、自分が主張した通り、菊川氏は極めて黒っぽいような気がする。もっとも、片想いと天文家の両名を告白させた行為については、わたしは何ら悪気を感じてはいない。わたしの発言によって、結果的に天文家や探偵、片想いが救われていると確信するからである。――以上ね」

行商人猫谷「なるほどねえ。お坊ちゃんらしい、負けず嫌いのコメントだなあ」

令嬢琴音「それじゃあ、明日になれば、今度は鈴代さんの遺言が聞けるのね。楽しみだわあ」

行商人猫谷「ふん。女将が無事に生きていれば、という条件付きだがな……」と、猫谷が含み笑いをした。

女将志乃「そうそう。昨日の投票について、みなさんには、誰に投票したのか正直に告白してもらいたいわね。事前の申告と投票結果には、かなりのずれがあったように思うけど……。まず、いいだしっぺのあたしからだけど、あたしは予定通り、小間使いの葵子に一票を投じたわよ」

土方中尉「余は宣言通り、霊媒師に投じたぞ」

令嬢琴音「うちも、いうた通り、小間使いに投じたわ」

書生和弥「僕も予定通り、鈴代さんに投じました」

後家都夜子「わたしも鈴代さんに入れました」

小間使い葵子「申し訳ありません。わたくしは宣言をくつがえして、鈴代さまに一票を入れました。理由は単純で、自分が助かりたかったからです」

行商人猫谷「最後は俺か……。実は、俺は宣言では小間使いに入れる予定だったが、実際は鈴代に票を投じたんだ――。理由はって? 単なる気まぐれに過ぎないが、鈴代に入れたくなったからさ。そもそも、葵子が黒だという主張にもさしたる根拠はなかったしな……」と、猫谷が弁解がましく語った。

女将志乃「まとめると、あたしたちが入れた七票は、鈴代さんに五票と、葵子さんに二票ってことになるわね。すると、亡くなった菊川さんと鈴代さんの入れた二票が、鈴代さんと葵子さんに一票ずつということになるわね――。変ねえ? 当初の宣言だと、お二人はともに和弥さんに投票すると宣言されていたはずなのに、どうして気が変わったのかしら?」

行商人猫谷「霊媒師の行動については、至極単純だ。自分が死にたくないから、葵子に一票を投じた。それだけだ! しかし、そうなると……、蝋燭職人の行動は奇怪だよな? なんで、和弥君に投じるといっていた票を、豹変して霊媒師に投じたんだ?」

後家都夜子「きっと、当初は和弥さんを疑っていたけど、その後の会話から、鈴代さんこそが最も黒っぽいと考え直されたのでしょう」

土方中尉「おそらくそうであろう。それしか、事実の説明はできんぞ」

女将志乃「でも、もしかしたら、あたしたち七人のうちに、嘘を吐いている者がいたりして……?」

行商人猫谷「だとしてもだ――。いずれにせよ、蝋燭職人が投じた票は霊媒師か小間使いのどちらかなんだ。だから、和弥君に投じるはずの票を奴がくつがえしたという不可解な事実は、依然として変わらないのさ」

令嬢琴音「案外、不可解でもなんでもないんとちゃう? 鈴代さんの発言って、ぜんぜん筋が通っとらんかったし、菊川さんが鈴代さんを黒だと思うても、ちっとも変やないわ」


 本当にそうなのだろうか? 頼りない直感に過ぎないが、僕はこの時、菊川氏の不可解な行動の中に、何か真相を解明する重大な手がかりが潜んでいるような気がした。


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