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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十一章
98/117

98. アーカイブ

 薄暗い地下通路を、シオンは自ら魔法装置のカンテラで照らす。ここは、ルートニア要塞直下の、地下遺跡。正確には、もともとあったであろう地上部分は長い歳月で崩れ去り、その上に現在の王家によってルートニア要塞が築かれた。そのため、城の中庭には秘密の階段があって、シオンが魔法の言葉を口にすれば、誰も手を触れていないにもかかわらず、その扉が開いた。

 アルサスは、ルートニアにそんな遺跡がある事を知らなかった。まだ記憶の一部が戻っていない、と言うわけではなくて、そもそも知らないことだった。それもそのはず、この地下遺跡の存在は代々、センテ・レーバン王家の嫡流にのみ伝えられるものであり、まことしやかな噂はあっても、その存在を目の当たりにしたものはほとんどいなかった。無論、遺跡の存在だけでなく、その入り口を開く魔法の言葉も、前王からシオンにのみ口伝されたものである。

 この先に、知るべきすべてが眠っていることは明白だ。そして、それを開く鍵は、マクギネスから預かっている。

 遺跡へ足を踏み入れたのは、シオン、アルサスの他に、アイシャと彼女を護衛するために、セシリア、ジャック。それからシオンの護衛のためクロウ、フランチェスカ、ルウが同行することとなった。同盟が成立し、その親書を携えたマクギネスは馬の首を返し、ダイムガルドへと舞い戻り、ストラインは同盟の調整と未だ協力を拒む諸侯への働きかけのため奔走している。そのため彼らの姿はここにはなかった。

 遺跡の壁は、ダスカード遺跡に良く似た金属の質感を持っている。思えば、遺跡船の壁も同じだった事を思い出せば、すべてが同じ時代の遺跡であることは明白だった。本当なら、ここへはネルと来るはずだった。旅の行く先なんて分からなかったが、真実を追い求めれば、おそらくここに辿り着いただろう。だが、その前に、アルサスとネルはその手を放してしまったのだ。結局、真実を知るための旅は、一つだけピースを欠いたままとなって、終着点へと辿り着いた。

 いや、もう一度その手を取りたい。あの時言えなかったけれど、伝えなきゃいけないことがあるんだ……。

「なんじゃ、思いつめた顔をしておるの」

 不意に、声がしてアルサスは我に返る。顔を上げると、先頭のシオンに続くアイシャがこちらを見ている。シオンから借りたという赤絹のドレスは、小柄なアイシャにもぴったりだった。もっとも、二人の歳は三つほどしか違わない。

「いや、なんでもないよ。それより、アイシャ。何で密航なんて無茶な真似したんだ。マクギネスも青い顔してたぞ。それに、本国の連中が知ったら、みんな腰を抜かす」

「うむうむ、大臣や侍女どもが慌てふためく様が、目に浮かぶようじゃの」

 ニシシっと、笑いをかみ殺す姿は、悪戯が成功した子どものようで、アルサスは思わず呆れてしまった。ついひと月前まで、本を読んでは外の世界に憧れるだけの夢見がちな女の子だったのが、驚くべき行動力を発揮して、一瞬にして同盟を纏め上げたと言うのは、まさに驚嘆に値する。それは、アイシャがもともと兼ね備えた皇帝としての素養なのかもしれない。しかし、その一方で、時折歳相応の女の子っぽさを垣間見せるのは、アイシャの不思議なところでもあった。

「あのな、アイシャ」

「冗談じゃ。べつに驚かせるつもりはなかった。それに、そちだって、センテ・レーバンの王子である事を黙っていたではないか。おあいこじゃ」

「それは、俺が記憶喪失ってやつで……」

「分かっておる。それにしても、王子さまとは、驚きじゃ。わらわは更に惚れなおしたぞ。センテ・レーバンの王子とダイムガルドの皇帝が夫婦(めおと)となれば、この同盟は永久のものとなる。そうすれば、両国の民は須らく、安泰の時代を迎えるであろう」

 なんだか、預言者のような口調で言うアイシャ。そんな二人を横目に見ながら、先頭を歩くシオンがクスクスと笑う。

「あら、お兄さまとアイシャさまは仲がとってもよろしいんですね」

「うむ、とっても仲良しなのじゃ。そうじゃ、この際であるから、妹君でもあるシオンさまに、わらわとそちの交際を認めていただこうではないか」

「ちょっと、待て待て!!」

 嬉々とするアイシャの腕をアルサスは慌てて掴んだ。するとシオンは、平然とした顔で、

「わたしは一向に構いません。ふつつかな兄ですが、よろしくお願いします。ただ、お兄さま……お兄さまはとっても罪なお方です。ほら、セシリアさんが怖い顔をしてらっしゃいますよ」

 と、アルサスの後方に目線をやった。すると、棘のある咳払いが一つ。

「アルサス少尉! 皇帝陛下に無礼が過ぎないか!?」

 眉間にしわを寄せたセシリアがキッと鋭く睨みつけてくる。アルサスはわけが分からずに、ちらりと視線を送って、ジャックに問いかけたが、返ってきた返事は、無言の「さあね」と小さく首を竦めるだけだった。

「暢気だね、アルサスは。これから、ボクたちは誰も知らない歴史の真実を目の当たりにするんだ。これって、学校じゃ教えてもらえない、図書館じゃ調べられないことかもしれないんだよ。こんなところで、ラブコメしないでよ」

 やれやれ、と呆れ眼のルウが言う。アルサスが帰ってきて、よほど嬉しいのか、その言葉尻には、いつもに増して生意気で、こしゃくな笑みが見え隠れしていた。

「らぶこめ? なんだそりゃ。そういうお前はどうなんだよ。ナタリーのことはいいのか?」

「な、ななな、何言ってんだよ! ナタリーは関係ないじゃんか!}

 ルウは赤面しながら目を泳がせた。彼が嬉しそうにしているのは、アルサスが戻ってきたからだけではなかった。もう一つ、王都から更に北にある「イングレス監獄島」に投獄されていた、ナタリー・リウルとその仲間たちがルートニアへ呼ばれる運びとなった。無論、それは無罪放免というわけではなく、裁判を執り行うためである。ナタリーか所属していた、ジャレン・ジャラ率いるガモーフ人第一主義的なグループ「エルフォードの会」はシオンの命を狙った。そのため、逮捕されたのだが、ここ一ヶ月余りの騒動で、裁判自体が有耶無耶となったまま、離島である「イングレス監獄島」に送られていたのである。それが、今になって、呼ばれたのはシオンが目覚めたからに他ならない。

 シオンは当時の事を何も覚えていない。レパードの魔法装置に操られ、意識はずっと眠ったままだったからだ。だからこそ、ナタリーたちの言い分を直接聞きたいと申し出たのは、シオン本人だった。

 しかし「今、そんな事をしている余裕はない」と言うストラインの意見はもっともだ。差し迫る決戦の時を前にして、暗殺者どもの意見に耳を貸している時間的な余裕はない。その一方で、シオンにはひとつの腹づもりがあることを、アルサスは知っていた。

 ダイムガルドと手を結ぶだけでは足りない。ガモーフ人とも手を取り合い、この世界に今生きている者たちが、一致団結してこの危機と戦わなければならないのだ。目覚めたシオンは、早速その事を悟った。実に、驚くべきだ。十人十色と言うように、人々の中には、センテ・レーバンの王やダイムガルドの皇帝が年端も行かぬ少女であることに、不安を抱く者もいるだろう。期待が大きい分、そうした不安はもっともなことだが、少なくとも、この少女たちは、どんな王よりも毅然と危機に立ち向かおうとしている。それは、雲間から差し込む一条の光がごとく、である。

「アルサスのバカ。やっぱし、バカーっ!」

「なんだと、クソガキっ!!」

 アルサスとルウは、いつものようにお互いを罵りあう。そんな二人を見つめるフランチェスカは、苦笑交じりに、クロウに言った。

「あの子たち、精神年齢が近いのかもしれないわね」

「そうですね……。でもあんなフェルト、なんだかはじめて見るような気がします。昔のフェルトはどちらかと言えば一昨日までの彼に近かった」

 感慨深げに言うクロウの言葉はアルサスたちにまで届いてはいない。

「それは、記憶を喪ったアルサスということかしら?」

「ええ。僕の知る限りは。常に影を背負っていた。側室の産んだ望まれない子だと知ってなお、シオンさまのために強くあろうとして、自分を押し殺しながら生きてきた。その最たるものが、人殺しの汚名を被っても、銀の乙女であるネルさんを殺そうと心に決めたことです。でも、迷いに迷って、ガルナックの彼は追い詰められていた」

「あら、騎士さまは、随分アルサスの事を分かっているのね」

「それはそうですよ。伊達に十年近くの付き合いじゃないですからね。でも王子殿下をこう呼ぶのは変ですが、アルサスは変なヤツですよ。記憶を喪って戻ってきたかと思うと、今度は何か吹っ切れたような顔をしている。今になって思えば、彼こそが、この戦いの常に中心にいた」

「わたしたちは、彼の物語の脇役に過ぎないってこと?」

「いや、アルサスとネルさんの物語の脇役です」

 クロウはそう言うと、再びアルサスとルウの方を見る。二人はあいも変わらず、ああだこうだと言い合いながら、談笑するシオンとアイシャの後を付いていく。呆れたようにしているのは、セシリアとジャックだ。

 半年前、シオンを残して王都を出奔したかと思えば、知らぬ間に火中の栗を拾い上げたばかりか、ガモーフ人とダイムガルド人の共を連れていた。そして、今度は、ダイムガルド軍人となり、皇帝陛下に何故か気に入られた上に、軍人仲間とも親しくしているようだ。本当にアルサスには驚かされることの連続だ。

 かつて、政治だの戦いだのと、そんなことにまるっきり疎かった幼い頃。アルサスとともに、メリクス別邸で、彼の母フェリスに育てられた日々が、遠い昔のことのようだ。しかし、あの頃も常に、クロウを引っ張りまわすのは、アルサスの役だった。メリクス迷宮の地図を作ると言って、迷宮の中をさ迷い歩いたり、野うさぎ狩りに出かけようとガルナック平野へ繰り出しては、いつもフェリスたち大人を心配させては叱られていた。

 それでも、アルサスとクロウの友情は変わることはない。これからもずっと。

「脇役ってことはないんじゃないかしら。わたしたちは、みな思いを共有する仲間よ。あなただって、ネルを殺したいわけではない。せめて、彼女を説得できたらって思っているでしょう? この世界に生きる人たちには、それぞれの物語(テイル)がある。アルサスの物語では、脇役でも、あなたが主人公の物語では、アルサスが脇役なのよ、きっと」

「何ですかそれ。誰かの格言ですか?」

「そうね。フランチェスカ・ハイトの格言かしら……」

 そう言って、フランチェスカは意味深に微笑んだ。なんだか、とらえどころのない人、と言うのがハイゼノンで出会ってからずっと抱き続けた、フランチェスカの印象だ。真面目な事を言ったかと思えば、急におどけて見せたり、大人っぽくなったりと、不思議な人である。

「フランさんには、後でもうひと働きしてもらいます」

 クロウは、仕事の顔に戻って、フランチェスカに言った。

「あら、人使い荒いのね。お姉さん、若くはないのよ」

「仕方ないでしょう。だって、あなたはギルド・リッターにも顔が利く。出来れば、ギルド連盟を引っ張り出してきて欲しいのです。魔法使いギルドは、白き龍によって滅ぼされました。しかし、ギルド・リッターをはじめとして、各ギルドは健在です。彼らを引き入れることが出来れば、更にこの同盟は磐石となる。ひいては、ガモーフを動かすことにもつながります」

「そうね。まあ、勝手にギルドを抜けたわたしの話なんて、聞いてくれるかどうか分からないけれど、少なくとも、騎士さまのお役にたてるなら、本望よ」

「まったく、あなたと言う人は。そういうことを真顔で言わないで下さい」

「騎士さまは、相変わらず純情なのね」

 クスリと笑うフランチェスカは、悪びれた様子もない。

「みなさん、おしゃべりはここまでです。ここが、『アーカイブ』と呼ばれる、遺跡の最深部です」

 三者三様の会話を止めたのは、シオンである。いつの間にか、地下通路の突き当たりにまで達していた。シオンがカンテラを掲げると、そこには、縦に長細い扉が現れる。その扉は、アルサスたちが遺跡船やダスカードで見た扉に近い意匠が施してあった。

 再び、シオンが魔法の言葉を口にする。シオンは、それを「解除コード」と呼んでいる。いくつかの魔法言語を組み合わせたものらしいのだが、魔法文字を少しは理解しているアルサスにも、ルウにも、その意味は良く分からなかった。そもそも、意味を成す言葉かどうかも分からない。

「わたしも詳しいことは知らないのですが、かつて父から教えられた言葉です」

 と、言うシオンの前で、扉が勝手に左右に割れた。やや埃っぽい空気が、内部から漏れ出してくる。そこは、ちょうどダンスホールほどの広さがある空間だった。小さなカンテラでは辺りを照らしきれないが、それでもドーム状の構造をした、半球の部屋であると言うことだけは、何となく理解できる。

 シオンはそのままつかつかと、部屋の中心へと歩く。すると、そこには人の腰ぐらいの高さの石柱があった。石柱には、穴が開いている。それが何かを尋ねるまでもない。今、アイシャの手元には、その穴にぴったりと合う、金色の鍵があるのだ。

「アイシャさま。『黄金の鍵』をこれへ」

 シオンに促されて、アイシャは桐の箱から「黄金の鍵」を取り出した。アルサスたちが、ダスカード遺跡でウルガンから預かったものだ。黄金の鍵は、世界に六つあると言う。しかし、そのうちの五つが、神々の時代と呼ばれる太古から現代に至る、二千余年の長い歳月の中で失われてしまった。今、アイシャの手にあるそれは、世界で唯一の、ルートニア遺跡を開放する鍵なのだ。

 アイシャは、ゆっくりと鍵穴に黄金の鍵を差し込むと、それを捻った。

『Willkommen zu einem Archiv. Hier kann ich verschiedene Informationen durchsuchen. Verschlüssle dein login-Paswort bitte』

 突然、魔法言語が部屋中に響き渡る。アルサスたちは思わず辺りを見回したが、そこには他に誰もいない。一体何処から声が聞こえてきたのか……。全員が、石柱を中心に集まる。すると、再び、天井の辺りから、声が聞こえる。

『Welcome to an archive. Here, I can search various information. Please encode a login password』

「魔法の言葉じゃないっ!!」

 ルウがうろたえた声を上げる。確かに最初に聞こえた言葉とは、少しだけ違って聞こえる。どこがどう、と言うのは分からないが、明らかに響きが違う。

「みなさん、落ち着いてください! アーカイブが起動したのです」

 シオンはなだめるように言うが、彼女自身想定していなかったのか、多少声が上擦っていた。

『I recognized a language. I set it for the language of 4,200 years in the Christian era……ようこそ、アーカイブへ。ここでは、様々な情報を検索することが出来ます。現在、状況自動判断し、ここにあなたがたのパスコードを、自動受諾したものとします』

 こちらの都合などお構いなしに、声は続ける。しかし、アルサスたちは、唐突に聴きなれた言葉に変わったことに、うろたえている余裕などなかった。先ほど入ってきた入り口の扉がバタンと音立てて閉まったかと思うと、ドームの内壁が真っ白な光に満たされたのである。

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