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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十章
94/117

94. フォトン

 リアーナ・ロシェット。ギャレット・ガルシアにより、野望の最中で死んだ宰相、ライオット・シモンズの世話係をしていた、メイド長である。鉄のメイド、と周りから言われていたそうだ。直接、フランチェスカが彼女と顔をあわせるのは、はじめてのことだが、名だけならば、騎士さまことクロウ・ヴェイルから聞き及んでいた。

 数ヶ月前の、即位式典事件。かつてヨルンの戦いで、二百万の人間を一瞬で塵に変えた白き龍の力を手に入れようと目論んだライオット・シモンズは、シオン陛下と銀の乙女を自らの意のままに操ろうと、レパードの奇石による魔法装置を、少女たちに取り付けるように、リアーナに命じた。ところが、銀の乙女が着用したサークレットに埋め込まれたそれは壊れていた。壊したのは、リアーナである。

 人の心を操るのは簡単なことではない。意志そのものを奪い取るためには、まったく傷のないレパードの奇石を、着用者の身の丈にあった大きさに練磨する。寸分の狂いもなく。裏を返せば、身の丈に合わないレパードは何の効果も示さないのだ。実際、リアーナは予めメッツェに渡された、少し大きめのレパードと、銀の乙女のサークレットに仕込まれたレパードを取り替えた。

 リアーナにそれを命じたのは、自ら「金の若子」を名乗ったメッツェ・カーネリアである。彼の目的は、行方知れずとなった銀の乙女を見つけ出し、そして来るべき約束の日のため、封印された女神より与えられし「奏世の力」を目覚めさせることだ。そして、彼は世界を生まれ変わらせるという使命を果たそうとしている。

 だが、忠実な部下であったメッツェの裏切りと同時に、即位式典以降姿を消したリアーナの裏切りは、センテ・レーバン王国にとって、衝撃の出来事でもあった。

 ライオットに、それだけ人望がなかったのか、それとも、リアーナに何かしらの事情があったのか、フランチェスカには到底分かりかねる。常識的な考え方をすれば、メッツェのやろうとしていることは、世界を一度滅ぼし、自分の理想とする世界を作ることだ。そのどこにも、フランチェスカは魅力を感じていなかった。世界を滅ぼすということは、あのヨルンの戦い以上の人間が死ぬと言うことだ。そんなこと、許されるはずがない。だが、リアーナは違う。すくなくとも、メッツェとネルの理想に感化されている。

 だから、似合いもしない赤銅の鎧に身を包み、二本の剣を構え、対峙しているのだ。

「さあ、ハイ・エンシェントから預かった『黄金の鍵』を渡しなさい。さもなくば、この聖剣アロンダイトで、あなた方を切り刻む。この剣に貫かれれば、あなた方はフォトン化することも出来ず、来世を失うことになりますよ」

 そう言うと、リアーナは二対のアロンダイトを交差させ、剣身と剣身をこすり合わせた。寒気のするような金属音が背筋に悪寒を走らせる。

「ハイ・エンシェントをすべて狩り、ダスカードより帰還したギャレットから聞いています。あなた方が、黄金の鍵を持っていることも、フェルト殿下、あなたのことも……。ギャレットは似合っていないといってましたが、そのダイムガルドの軍服、よくお似合いじゃないですか」

「お褒めにあずかり光栄だな。でも、あいにく、あんたの赤銅の鎧は、あの黒衣の騎士そっくりで、似合っていないぞ」

 皮肉めいたアルサスの口調は、まるでフランチェスカの知るアルサスの喋り方そのものだった。一瞬、記憶を喪っているのが嘘ではないか、とさえ思えてくる。それでも、ダイムガルド帝都で再開したときのアルサスは、明らかな他所他所しさがあった。

 根本は変わっていない。アルサスは、本当の自分がどんな人間なのか、不安に思っているようだが、それは彼の取り越し苦労だと、フランチェスカは思う。

「そうですか……。わたしもこのような無粋な恰好は好みません。しかし、天使の騎士となったわたしには必要なものです」

「天使の騎士?」

 聴きなれないリアーナの言葉に、フランチェスカは小首をかしげる。

「ええ、そうです。フランチェスカ・ハイトさま。わたしとギャレットさまは、アストレアの天使……即ち奏世計画の子を守る左右の騎士となったのです。あのお方の理想を叶え、この下らない世界に終止符を打つために」

「そして、あなたの思い通りの世界にするのかしら? エゴイズムだとは思わないの? 世界の誰も、この世界が生まれ変わることなど望んではいないわ」

「そうでしょうか? 富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる。不公平極まりないこの世界で、今日も明日も争いと憎しみだけが横行する。それを、世界のありのままの姿と受け入れられるのは、支配者階級の人間、即ち、王族や神官、皇室の人間だけです。あなた方は、ハイゼノンで見たはずです。この世界のなれの果てを。血で血を洗う戦争を最後に仕切ったのは、フェルト殿下、あなたの名でした……と言っても、殿下は覚えておいでではないでしょうけれど」

 淡々とリアーナは続ける。確かに、ハイゼノンで騒乱を治めたのは、アルサスが自ら書き記した書状だった。それにより、独立自治権を有するマレイア・ハイゼノンの領地に、王国騎士団が立ち入り、貧者と統治者の騒乱は幕を下ろしたのだ。

 だが、その騒乱に巻き込まれたネルは、血の繋がらない、しかし実の血縁以上の絆を持った妹を喪い、心を壊しかけた。そして、それを救ったのがメッツェであり、彼女もまたメッツェの理想に感化され、リアーナと同じように感じながら世界を見下ろしているのだ。

「世界再誕を望まない人間がいない、そう言い張ることこそ、あなた方のエゴイズムです」

「だけど、それであなたたちの行為が正当化されることはないわ。現に、あの『翼ある人』たちは、人々を殺しているのよ」

「どうやら、あなた方は、エンゲル・フェーダー……つまりあなたがたが『翼ある人』と呼ぶ者たちについて勘違いなされているようですね。天使である、銀の乙女が『奏世の城』で目覚めさせたのは、殺戮の化物ではありません」

「御託を並べるな! 現に、多くの人が光の粒になって消えているじゃないか!! 銀の乙女は、この世界の人間を殺す、殺戮者だ!」

 フランチェスカに先んじて、アルサスが声を張り上げた。すると、何故かリアーナは口角を吊り上げる。

「いいえ、そうではありません、フェルト殿下。銀の乙女は、人間を一時的に眠らせているだけです。あの式典で、白き龍の光に包まれたルミナスの人たちも同様です」

「何!?」

「エンゲル・フェーダーの三叉槍(トライデント)で突かれた人間は光の粒、即ちフォトン・ゲージとなるのです。そのフォトンにはあらゆるその人間の情報が複製され、奏世の力によって世界の傷が癒えて、新たな世界に生まれ変わったその時、再び正しい心を持った生命として新たな世界に生まれます。つまり、三叉槍に突かれた人間は死ぬのではないのです。一時的にフォトンに姿を変えただけです」

 リアーナのいっていることの意味の半分もフランチェスカには良く分からなかった。三叉槍に貫かれた人は光の粒となる、その光の粒をフォトンと呼ぶらしい。フォトンと言う言葉は、式典会場でメッツェが使った言葉だ。しかし、そのフォトンとは何なのか、それさえも分からない。

 同様に、アルサス、セシリア、ジャックの三人もリアーナの言葉を疑いの眼差しで見ていた。フランチェスカは知らないことだが、セシリア隊の隊員であったマーカス・ヒルは、そのフォトンとやらが体から漏れ出し、いまも日に日に生気を失ってしるのだ。それを知っているからこそ、彼らはリアーナの言葉を信用できなかった。

「分からなければ結構です。分かっていたただく必要はありません。ただ、一つだけご理解下さい。すべては、苦しみも悲しみもない世界のためです。それは、白き龍が与えるものではない。アストレアの天使が与えるものなのです。さあ! 黄金の鍵を渡しなさい。世界に現存する、最後の鍵。それがあれば、計画は実行に移されます」

「渡すわけにはいかないわ! あなたの言うことはわたしたちには途方もなく難しいこと。だけど、これだけは理解しているつもりよ。メッツェが作り上げようとする新たな世界を、この世界に生きるすべての人間が、受け入れているわけではないと言うこと。わたしたちは、あなたたちほど、世界にも絶望していないし、人間にも絶望していない。望みと可能性は沢山あるんだって、知っているのよ。そうよね、アルサス」

 同意を求めるように、アルサスに言った。振り返るまでもなく、アルサスが頷いたことだけは確かだ。

「どうやら、皆さんとは分かり合えないようですね……。ならば、あなた方とこの要塞を攻め落とし、力づくで奪い取る他ありません。願わくは、メッツェさまとハンナさまの作り上げる新世界では、あなた方と分かり合えることを」

 リアーナの両手に握られた剣、アロンダイトが月明かりにギラリと光る。一瞬にして、その刃に殺意に似たものを感じた。その剣に刺されれば、おそらく「翼ある人」の槍に貫かれた時と同じように、光の粒になってしまうだろう。

「フランチェスカどの、下がって!」

 威勢良く、要塞のざわめきを突き抜けるセシリアの声だった。その瞬間、アルサスたちの姿がフランチェスカの脇を通り過ぎた。手にした、バヨネットと呼ばれる、フランチェスカの知らない武器が火を噴く。

「ジャック、アルサス、十字砲火! 敵を逃すなっ」

 セシリアの声に併せて、アルサスは蹴りだした。何度も訓練はしているし、ダスカード遺跡でも実戦を積んだ。おかげで、多少なりともバヨネットの扱いには慣れてきた。確実に経験はこちらが上である。

 アルサスとジャックが渡り廊下の左右の欄干に駆け寄り、セシリアはその中心で、リアーナ・ロシェットとぶつかる。リアーナのアロンダイトと、セシリアのバヨネットの小剣が、甲高い金属音を奏でて、ぶつかり合い火花を散らした。

「今だっ!!」

 アルサスは、対側のジャックに目配せをすると、すかさずバヨネットの引き金を引く。いつもなら、兜のバイザー裏に仕込まれた、ヘッドアップ・ディスプレイなるものが照準を誘導してくれる。しかし、今は軍服のまま。感覚と読み、バヨネットのパイル発射口付近に設けられた照準器と呼ばれる突起だけを頼りに、セシリアに流れ弾が当たらないように、狙いを研ぎ澄ませた。

 橋のような渡り廊下の両端から発射されたパイルは、同時に交差する射線を描きながら、リアーナだけを狙う。しかし、危険を察したのか突如リアーナは踵を蹴って、後ろへと飛びのいた。 

 予備の弾倉は持ち合わせていない。無駄撃ちをするわけにはいかず、反射的に射撃を止めたアルサスは、すばやく「迅雷の剣技」のステップでリアーナとの間合いを詰めた。

「せい、やぁっ!」

 小剣を叩きつけるように、バヨネットを振り下ろす。リアーナは機敏な反応を見せて、しゃがみこむとアルサスよりもすばやい動きで、アルサスの足を払った。

「アルサスっ!! 危ないっ」

 フランチェスカの声がする。そう呼ばれることにどこか懐かしさを感じたその瞬間、視界の星空がぐるりと反転し、アルサスの体はバランスを失って横転した。肩から強く橋の床面に叩きつけられて、痛みが走る。まずい、このままではアロンダイトの餌食になる!

「させるかーっ!!」

 怒鳴り声と共に駆抜けるフランチェスカが、鉄槍を振り上げた。突き、薙ぎ払い、振り下ろし、振り上げ、また突き。しなやかに鉄槍が風を切る。受け流すリアーナも、両手の剣を巧みに使いこなし、打ち払い、掛け流す様は、まるで二人が剣舞にでも興じているかのようだ。

 だが、まったく隙がない。一瞬たりとも気を抜けない、緊張感で攻めと守りが互いの武器を打ち合うのだ。

「大丈夫か、アルサス!」

 駆け寄るセシリアが心配そうに、アルサスを見つめる。だがジャックに助け起こされたアルサスの顔は青ざめていた。

「ふ、フラン……だめだっ、深入りするなっ」

 アルサスは、よろめきながら立ち上がる。と、その刹那フランチェスカに隙が出来た。「フラン」その言葉に反応を示してしまったのだ。その一瞬の心の機微をリアーナは読み取った。防戦一方だったリアーナが、二対のアロンダイトをバツの字に交差させ、フランチェスカの鉄槍を挟み込んだ。リアーナの周りの空気が陽炎のように揺らぐ。

「しまった!」

 思わぬ力に、フランチェスカはうろたえた。鉄槍を挟み込んだまま、リアーナの鋭い膝打ちがフランチェスカの腹を抉る。と同時に、辺りのざわめきが消え無音の空間に変わり、まるでスローモーションのような感覚に襲われた。脳が生命の危機を感じ、視覚、聴覚などのあらゆる五感をシャットアウトしたのだ。

「ここまでです、フランチェスカさま」

 囁くリアーナの声だけがはっきりと、フランチェスカの耳朶を叩く。次の瞬間、狂気を孕んだアロンダイトの刃が、フランチェスカの首筋に迫った。

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