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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第九章
82/117

82. ダスカード遺跡

「しっかりしろ!」

 バイザーを開き直接声をかける。しかし、ダスカード遺跡を守る二人の衛兵はいずれもはぐったりとしたまま動かない。甲冑の隙間からこぼれ出ているのは、真っ赤な血液。それが夕日の陰になって、どす黒く見えた。

 死んでいる……セシリアはそう気づき、膝を折った。そっと衛兵の手のひらに触れてみる。グローブ越しにわずかな体温を感じる。二人が息絶えて、それほど長い時間は過ぎていないようだ。

『これは、どういうことだ!?』

 セシリアの背後で、デイビットが絶句する。言葉を失いつつ、衛兵の亡骸を見つめるデイビットに、セシリアは、

「何者かに殺されている。しかも確実に鎧の隙間を突かれているところをみると、魔物の仕業じゃない……」

『人間のしわざって言うのか!?』

 遅ればせながらやって来たアルサスが、腰の剣をかちゃかちゃと言わせながら、セシリアに問いかける。セシリアは静かに頷いた。

「それも、一瞬の間に二人とも殺されたんだ」

『それって、まさか!』

 言いかけたアルサスの言葉をセシリアは視線で遮る。一瞬の間に間合いを詰めて、一刀のもとに敵を斬り殺す。それは、センテ・レーバン王国騎士団に伝わる、迅雷の剣技をおいて他にはないだろう。

『まさか、採掘場の方も皆やられたんじゃないのか?』

 当然の推論に、デイビットが声を震わせた。おそらくそうに違いない。これは一大事だ。すぐさまベル隊にその調査を命じるも、言いようのない不穏な空気がセシリアたちを包み込んだ。

『なんのために……』

 ベル隊の走っていく後姿を見つめながらジャックが問う。セシリアにその答えを期待しているわけではないが、明らかに大軍隊が来たと言うわけれではない。少人数が薄暮に紛れて、不意をうった。それは容易に推理できることだった。

 何のために? 至極当然のように浮かんでくる疑問は、セシリアにとっても同じであり、正体不明の襲撃者が何のためにここに現れたのか。そもそも、「翼ある人」の出現以来、ダイムガルド軍は警戒態勢を続けている。「翼ある人」のように空を飛んででも来なければ、その警戒網に引っかかるはずだ。

 疑問は、推理と言う形で、セシリアの脳から神経を駆け巡っていく。衛兵の遺体には、わずかな体温がある。即ち、襲撃者が衛兵たちを襲ってから、まだそれほど時間が経っていないということだ。

『こちら、デイビット。やはり、採掘キャンプの就労者は残らず殺されている。襲撃者の姿は認められない。これから生存者が居ないか捜索を開始する』

 回線を伝って、採掘場の調査に向かったデイビットからの報告がくる。エーアデ通信を介した会話は「無線」と呼ばれ、遠く離れていても会話できるようになっている。セシリアは無線に「了解した」と返しながらも、推理を続けた。

 ここに、襲撃者の姿がないとすれば……。セシリアは顔を上げる。ダスカード遺跡の入り口。ぽっかりと口をあけたそれは、まるで深遠へと続く地獄の道のように思える。そこに、襲撃者が居るとすれば、尚のことその暗闇は不気味である。

『もしかして、スコルピオが激昂していたのと、何か関係があるのかな』

 唐突に、アルサスが言う。セシリアは思わず振り向いた。

「もしも、そうだとしても、このまま襲撃者を見逃してはならない。彼らが遺跡に侵入したのだとすれば、彼らの目的はただひとつだ」

『ウルガン……』

 アルサスの言葉に、セシリアは頷いた。セシリアは衛兵の遺体に黙祷の意味を込めて一瞥すると立ち上がった。そして、開いたバイザーを閉じる。

「アルサス、ジャック。警戒を厳に。敵の正体が分からない以上、気を抜くな。ウルガンどのの(もと)へ向かう」

 厳しい声音を吐き出すと、セシリアは二人が頷くのを確かめて、ダスカード遺跡へと足を踏み入れた。


 古代文明と呼ばれるものがある。ガモーフやセンテ・レーバンでも、そしてダイムガルドでも、その古代文明が栄華を極めた時代の事を「神々の時代」と呼んだ。「神々の時代」は、今よりももっと進んだ技術や文化があったと言われている。

 それが事実に、入り口から続く長い下り階段を下りた先には、細長い通路があり、その通路はミスリルの壁に覆われていた。ミスリルの精製技術が進歩し、魔法杖やバヨネットのパイルに応用できるようになったといっても、建物自体をミスリルで作ることは難しい。それには、もっと進歩した技術が必要なのだ。

 そんな「神々の時代」が何故滅び、そしてその名残が「遺跡」と言う形になったのか。それは、はっきりとしたことはまだ誰にも分からない。魔法使いギルドの研究員や、ガモーフの神官などが様々な説を唱えてはいるが、確かなことは「神々の黄昏」と呼ばれる時代がそこにはあったとされる。黄昏、即ち神々が争いをしたと言うのである。

 ガモーフが信奉するベスタ教の経典には、その際、神の一人であった「女神アストレア」が、世界を滅亡の危機から救うため、天使であった「銀の乙女」の魂を五つに分けた。そのうち四つの魂に色をつけ、精霊とした。それが、魔力の根源であると言われている。そして、最後のひとつは「約束の日」が来た際に、再び「銀の乙女」が天使として蘇るために、長い眠りに就かせたのだという。

 無論、それはあくまで、神職者が勝手に作り上げた物語であるが、そういった伝説とはしばしば、何かしらの事実が、脚色を以って描かれることが多い。しかし、その事実とは何なのか、現代を生きるものには、とうてい分かるはずもなかった。少なくとも分かっていることは、神々の時代が終わり、人の時代が始まり、二千余年の月日が流れたと言うことだけである。そこに、神が本当に居たのかどうか、ということに対して、結論付けることは難しく、そのため、アルサスはミスリルの壁を見つめながら、別の感慨を持っていた。

 遺跡の通路は真っ暗である。アンジェロ山内部に掘られた洞穴のようなもので、光源となるものがひとつもない。そのため、甲冑の篭手に仕込まれた、カーマインの魔法装置を使用する。すると、少し赤みを帯びた光が暗がりの通路を照らしてくれるのだ。言うまでもないがその魔法装置に使われる宝石も、もともと魔力を含有しているもので、魔法が使えないダイムガルド人が、ウルガンなる人物から授かった知恵の賜物である。

 それにしても……このミスリルの壁に見覚えがある。ダイムガルドのどこにもこんな施設はなかったし、喪われた記憶の中で見たものでもないだろう。そうして導き出されたのは、二週間ばかり前、ちょうどアルサスがダイムガルド近衛騎士団に入隊を決めた日の朝に見た夢のなかで、これに近い光景を見たことを思い出した。

 あの時は、通路のあちこちから炎が噴出していた。そして、金髪の幼い少年が炎の真ん中で泣いていたのだ。あれは、脳が作り出した光景だったはずだ。夢というのは、往々にして想像が脳裏で具現化したものに過ぎない。だが、その一方で、銀色の髪をした女の子がこう言った。

「すべては、フォトンが見せる夢」

 フォトンとは何なのか。それさえも良く分からないが、カーマインの灯りに照らされる遺跡の通路は、間違いなくあの夢の中に出てきた、鉄と炎に覆われた通路に間違いない、という確信があった。

『デイビット中尉に案内を頼まなくても、良かったんスか? あの人だけなんでしょ、ここへ来たことがあるのは』

 先頭を歩くセシリアに、真ん中を歩くアルサスを跳び越してジャックの声が届く。

『仕方がない。遺跡内部の地図なら把握している。それほど遠い距離じゃない、心配するな』

 と、セシリアは言ったものの、多少の不安があるのか、歩む足はどこか慎重そのものであった。無理もない、遺跡を襲撃した何者かが、この奥に潜んでいるかもしれないのだ。

 遺跡の通路は何度も、ジグザグに曲がる。壁には時折、魔法文字が記されており、それが何処となく、現在の場所を教えてくれているかのようだったが、魔法文字の意味を訳したとしても、結局は迷路のようになっていて、今居る場所が分からなくなってしまう。

『昔、聴いた話なんだが、センテ・レーバン王国の王家が使う別邸、メリクス別邸の地下には、王都とつながる迷路があるって聞いたことがあるが、それってこんな感じなんだろうか? どうなんだ、センテ・レーバン人』

 沈黙に耐えかねたのか、ジャックが問いかけてくる。どうなんだ、と言われても、おおよそ生活常識以外の記憶を喪ったアルサスには答えようもない。

「知らない。もしもあったとしても、ここまで複雑な迷路にはなっていないよ」

 と、あいまいな答えを返すと、ジャックは詰まらなそうに『使えねえな』と溜息を漏らした。そこで、使えなくって悪かったな、とは思わないのがアルサスで、むしろ彼の心は別の方向に向いていた。

 何故記憶を喪ってしまったのか……。一体自分の身に何があって、ここに居るのかそれを知る手がかりが欲しいと思うのだが、肝心な記憶には靄がかかったままだ。もしかすると、その喪われた記憶の中に、ジャックの言う「メリクス別邸の迷宮」と言うものを知っている自分がいるかもしれない。

 考えても見れば、自分が何者で、何処から来て何処へ行くつもりだったのか分からないと言うのは、漠然とした恐怖でもある。それを考えないようにするため、バヨネットの訓練に打ち込んでいた。だが、暗闇というのはどうにもそうした不安や恐怖を掻き立てるもので、今さらながらに、怖くなってしまう。

 せめて、誰かの手を握っていられたら。その恐怖も忘れられるかもしれない……。そう気づいたのは、モーガンたち教導団の間の手から、アイシャを救うために握った彼女の手の感触だった。ぬくもりのある人の手。だが、記憶の底で、お前が握るべき手は、アイシャの手ではないと言っているような気がした。ならば、一体誰の手を握ると言うのか……。

 つないだ手の感触からも結局その答えは導き出せなかった。無論、セシリアたちと共に居ることは苦痛ではない。セシリアが居なければ、記憶どころか命も喪っていた。ジャックに悪態をつかれても、彼がそれほど敵意の塊ではない事を知っている。アイシャは、その好奇心に満ちた瞳でアルサスを頼りにしてくれる。そういう人たちのために、剣を振るうことが出来るのは、嬉しいことだ。

 だが、本当にアルサスが剣を振るって救うべき人は別にいる。そんな気がしてならないのだ。フォトンが何であれ、あの夢に何か意味があるのだとすれば、今はその夢のことを忘れないでいることの方が肝心だと言える。その夢にこそ、喪われた記憶の鍵が眠っているような気がするのだ。

『ベー・フィーア』

 自問自答に没頭していたアルサスの耳朶を、セシリアの声が打った。セシリアは、ミスリルの壁に記された大きな魔法文字を読み上げたのだ。

『この先にウルガンどのは居られる』

「あのさ、セシリア。気になったんだけど、遺跡の中には衛兵はいないの?」

『遺跡はただの遺跡だ。採掘場と違って、資源と呼べるのはウルガンどのだけだ。それにウルガンどのの要望で、遺跡内は静かにしておいて欲しい、と言われたのそうだ』

 ウルガンは人間ではない、と確かにセシリアは言ったのだが、静寂を好むとは、なんとも人間じみた注文だ、とアルサスは図らずも思ってしまった。

 やがて曲がり角を曲がると、通路が少しばかり開ける。眼前には巨大な鉄扉があった。大の男が百人集まっても開けそうにもないほど巨大な扉だ。アルサスとジャックがあっけに採られていると、セシリアは扉の脇の壁に取り付けられた小さな箱に近づいた。大きさは手のひら大だろうか、九つの小さく四角形をした小石のようなものが整列しており、セシリアはすばやくその小石を押した。すると、ピッピッピッと、やたら無機質な音が聞こえてくる。

『キーロック・ナンバーはデイビットから聞いている。これで、扉が開くはずなんだが……』

 セシリアが一人ごちた矢先、大の男が百人がかりでも開きそうになかった扉が、ちょうどその中心に亀裂を走らせて、左右に地鳴りのような音を立てながら開いた。

『すげえ……』

 思わず感嘆の声を漏らすジャック。セシリアはちらりとこちらを振り返ると、左手を振って「いくぞ」とアルサスたちに合図した。

 鉄扉をくぐれば、そこはさらに巨大な空間だった。天井高は人の背丈の何十倍もあるだろう。見上げたところで、カーマインの灯りも届かない。そして周囲の広さは、駆け回っても有り余るほどだ。その広い空間の中心に横たわる、小山ほどの塊にアルサスは気づいた。

『ウルガンどの!』

 セシリアが声を張り上げる。すると、塊がのそりと起き上がった。それには、アルサスの傍らのジャックが驚きの声を上げた。

「なんだ……ずいぶん来るのが遅かったな。人の子らよ」

 塊から声がする。しわがれた老人の声に似ているが、もっと低く、まるで地の底から響いてくるような、厳かで恐ろしい雰囲気を纏っていた。

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