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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第九章
80/117

80. 与えられた任務

 各大隊の指揮所と呼ばれる場所は、軍令部のある大本営の中に併設されている。訓練所を後にしたセシリアは、背中にアルサスの視線を感じながら、何も言わなかったことを少しばかり後悔していた。出会ったばかりの頃は、ごく自然に彼の顔を見ていられたのに、何故かここ最近は素っ気無い態度を取ってしまう。それがどうしてなのか自分でも良く分からないから、余計に苛立ってしまうのだ。

 そんな苛立ちを抱えたまま、廊下を進めば、指揮所の一番奥に大隊長の執務室が見えてくる。セシリアは居住まいを正し、軽く咳払いをしてからドアをノックした。

「お呼びでしょうか、大隊長」

 と、室内に入り開口一番にその言葉を告げると、アルフレッド・ノースは書類を睨むしかめっ面を上げて、少しだけ顔をほころばせた。アルフレッドは熊のような大男だ。浅黒い肌に、もじゃもじゃの髭が良く似合っており、肩幅も広いため、軍服を着る彼は、自分の何倍も大きい人物のように錯覚してしまう。

「よう、来たか、セシリア嬢ちゃん」

 まるで旧知の間柄のようなラフな喋り方で、アルフレッドはセシリアを迎える。彼は普段からそういう喋り方で、軍人としての格式ばった威厳はないものの、気さくさで多くの部下から慕われている。もっとも、セシリアとアルフレッドは旧知の間柄でもある。セシリアの養父だったオスカー・ラインの後輩だったのがアルフレッドであり、オスカーが軍を退役した後、軍属になったセシリアの面倒を見てくれているのが、このアルフレッドだと言ってもいい。

 それでも、「嬢ちゃん」呼ばわりされるのは、少しばかり気に障る。

「止めてください、大佐。わたしももう十七です」

「十七歳なんざ、ガキに毛が生えただけだ。そういう科白は、もっと色気ってもんを身につけてから言うもんだぜ」

 と、にべなく言い放つと、アルフレッドはガハハと大口を開けて笑い、セシリアの不満を一蹴した。セシリアはやや聞こえないように溜息を漏らしながら、

「そんな事を言うために、わたしをお呼びになったのですか?」

 と、少しばかり棘のある言い方をする。

「そんなわけねえだろう。大尉どの。大尉に昇格した今が潮時ってやつだ、そろそろ、俺の頼みを聞いて、軍令部指揮所詰めになっちゃくれねえかい? お前さんの知識は役に立つ。それに、安全な部署にいてくれねえと、もしもお前さんの身に何かあってからじゃ、オスカー先輩に申し訳がたたねえ」

「そのことなら、何度もお断りしたはずです。わたしは父ののように、一線の軍人でありたい。そのことは、大隊長も認めてくださっているはずです。父も反対しておりません」

「そうかい……まあ、そう言うとおもってたよ」

 今度は、アルフレッドが溜息を吐く」

「お話は、それだけですか? では、わたしはこれにて失礼させていただきます」

 セシリアはそう言うと、くるりと踵を返して、ドアノブに手をかけた。ところが、そんなセシリアをアルフレッドは呼び止める。

「待て待て、用件はまだ終わっちゃいねえよ。ところで、セシリア嬢ちゃ……いや、セシリア大尉、あのセンテ・レーバン小僧は使い物になりそうかい?」

「アルサスですか? ええ。まだバヨネットの扱いに腐心しているようですが、エイブラムス閣下の期待以上に働きを見せてくれるものと、思っております」

「ふうん」

 アルフレッドは頷くと、今一度書類を取り上げ、セシリアに差し出した。セシリアはドアノブにかけた手を離し、アルフレッドの下に歩み寄って書類を手に取った。

「もうじき、『飛航鯨』の三番艦が完成する。その前に、わが軍は敵の正確な情報を集めておかなければならない。そして、あのセンテ・レーバン小僧が、真に我が軍の一員として働いてくれるかを見究めなきゃならん」

「それは、アルサスの本心を探れと言うことですか? エイブラムス閣下はアルサスをお疑いなのですか?」

 書類に目を落としながら、アルフレッドに問いかけると、アルフレッドは「そうじゃねえよ」と返した。

「エイブラムス閣下も俺もあの小僧にそこまで、疑念を抱いちゃいねえ。皇帝陛下の信が篤いというのは、癪に触るがな。ただ、あいつが役立たずだったり、千両役者だった場合、いざあの翼の生えた化物どもと戦おうって時に、軍の足並みが崩れちゃ困る」

「だから、アルサスをテストしろと」

「手っ取り早く言えばそういうことだ。そこに書いてある任務を達成することが出来れば、彼を堂々と我が軍の一角に迎え入れられる。その布石を作って欲しい、っていうのがエイブラムス閣下のお考えだ。それ以上のことは分からねえがな」

 アルフレッドの言葉に、セシリアは頷く。

「了解しました」

「よし。では、セシリア小隊は明朝、ベル小隊とともに任務に就かれたし! 任務内容は、マーカス・ヒルを含む負傷者の治療方法と、敵についての情報を統合するため、改めてダスカード遺跡のウルガン殿に協力を仰ぐ旨の書かれた、皇帝陛下直筆の書状を届けること」

「任務受け取りました。明朝、負傷者の治療法と敵の情報を得るため、皇帝陛下の書状を持参し、ベル小隊と共にダスカード遺跡のウルガン殿の元へ向かいます!」

 セシリアは命令書を手に復誦(ふくしょう)すると、アルフレッドに向かって敬礼した。


 ダスカード遺跡とは、帝都より南東位置するアンジェロ山麓にある、古代遺跡のことである。アンジェロ山は、帝都からもその姿を遠くに見ることが出来る。旅程にして一日ほどの行軍ではあるが、砂漠では騎馬を使うことが出来ないため、(かち)となり、思うよりその距離は遠い。

 命令を受けて、翌日の早朝、気温が上がる前にセシリアはジャック、アルサス、そして、もう一小隊、ベル隊を加えた六人で、ダスカード遺跡へ向けて出発した。随行するベル小隊を率いるのは、デイビット・ベル中尉である。歳はセシリアより五つほど年上であるが、大尉に昇格したセシリアに任務のリーダーを一任した。

 皆、バヨネットを手に、ダイムガルド軍の金色の甲冑と兜を着用する。アルサスは、その不思議な兜に驚きを隠せなかった。

 頭全体を覆い隠すような兜を被ると、バイザーの裏側に様々な情報が文字にて表示されるのだ。方角、地図はもちろん、着用者の身体状況に到るまで。さらに驚くべきは、耳あての部分に取り付けられた「スピーカ」と呼ばれるものから、声が聞こえてくる。エーアデ通信その技術を応用したものらしいのだが、兜を着用していても、バイザーを上げることなく、会話が出来る。

 その仕組みは、バヨネットと同じく良く分からないもので、おそらく、喪われたアルサスの記憶の何処にも、そんなものを見たことがあるという覚えがなかった。

「すごい、すごい!」

 と思わず子どもみたいにはしゃいでしまう。

 さらに驚かされたのは、全身甲冑の鎧を着込んでもまったく暑くないことである。肩鎧の部分に、「インテイク」と呼ばれるダクトがあり、それが背中にある「バックパック」という箱につながり、鎧全体を空冷する仕組みになっているのだ、とセシリアに教わった。

 かつて、ヨルンの戦いのころ、ダイムガルド軍は砂漠の国特有の軽装であった事を思えば、重装備をしても変わりない機動性と、気候に適応する機能は、バヨネットにせよ鎧兜にせよ、目覚しい進歩だと言っても過言ではないだろう。

 ただ、ジャックだけは、はしゃぐアルサスに渋い顔をした。

「そんなことも知らずに、少尉が務まるかよ。さっさと行くぞ、センテ・レーバン人」

 と、棘を丸出しにした言葉を投げかけてくる。セシリアは前もってジャックに「無用な波風を立てるな」と釘を刺しておいたのだが、マーカスが負傷し戦列を外れたことと、彼自身が持つセンテ・レーバン人への不快感は拭い去れていないようで、実際問題、ベル小隊の面々も「センテ・レーバン人は嫌いだが、任務だから仕方がない」と顔に書いてある。

 ダスカード遺跡にに向かい、そこである人物に皇帝陛下書状を手渡す。危険な任務ではないとは言え、道中でもしも「翼ある人」が襲い掛かって来たりすれば、今のままでは足並みがそろわず、両隊とも全滅しかねない。

 そういう懸念を抱きつつ、セシリアは隊を率いてダスカードへ出発した。セシリアを先頭に、ジャック、アルサス、ベル隊の三人が続く、一列の隊列である。

 無限の砂漠に昇る太陽は、あっという間に冷え切った気温をじりじりと焦がし、灼熱の地獄に変える。砂漠に風はなく、淀んだ空気だけがそこに停滞し続けているようだ。幸い、甲冑の空調のおかげで、徒もそれほど苦難ではないが、終始無言で隊列を組み、ざっくざっくと砂を踏みしめる音だけが聞こえてくると、自然に気も重たくなってしまう。 

『セシリア』

 と、唐突に耳あてのスピーカ空声から、誰かがセシリアを呼ぶ。振り返ろうかと思ったのだが、バイザーの裏に表示された文字が、アルサスからの、セシリアだけに接続された秘匿回線であることに気づき、振り向くのを止め、何事もないかのように歩き続けた。

『こうやれば、内緒話が出来るんだな。すごいな……』

 アルサスは、今日何度目かの「すごい」を口にしつつ、鎧兜の機能を遊んでいるかのようだった。

「アルサス。あんまりいじってると、電源がなくなるぞ。電源がなくなったら、空調も使えなくなる。下らない話をして、ミイラになって死にたくなかったら、黙って歩け」

 冷たくそう返すと、セシリアは通信を遮断しようとした。遮断するには、目の虹彩でバイザー裏の画面の右端を数秒間見つめればいい。セシリアとアルサスが会話していることは、ジャックたちに知られることはない。それが、内緒話のできる秘匿回線である。

『ちょっ、ちょっと待った。聞きたいことがあるんだ!』

 アルサスの慌てた声にセシリアは、慌てて画面の右端から視線をずらし、バイザーのスリットから見える砂漠の景色に目を投じた。

「聞きたいこと?」

『ああ。これから、会いに行くウルガンってやつのこと。みんな知ってるみたいだけど、ジャックに訊いても教えてくれそうにないし、デイビッドたちも同じだ』

「そう……だな」

 セシリアは砂の文様を見つめながら、呟く。確かに、アルサスには任務の概要は伝えたが、肝心のウルガンの事に関しては何も伝えていなかった事を思い出したのだ。

「どうして、ダイムガルドがたった十年で、センテ・レーバン王国技術院や魔法使いギルドの研究員も思いつかないような、あなたが「すごい」を連発する技術を開発できたと思う?」

『それは、ダイムガルドの人たちの努力の賜物だよ』

 さらりとそう言ってのけるアルサスに、セシリアは不意に苦笑を浮かべた。彼には、民族の意識という観念が薄いようだ。ジャックのように、民族意識が強ければ、他の民族を褒めたりはしない。それは、そもそも本当のアルサスという人間がそういう性格なのか、それとも記憶を喪っているからなのかは、判断付きかねた。

「そうだったら、わたしたちも胸を張って自慢できるんだけどな。そうじゃない……」

『まさか、そのウルガンってやつが?』

「そう。話せば長くなるけれど、軍備改革は、十年前のヨルンの戦いから始まっている。とは言っても、そのころ、わたしは七歳だったから、これは父から聞いた話だ」

 セシリアは、そう前置いてから、少しばかり電源の残量を気にかけつつ、秘匿回線でアルサスに昔語りをはじめた。

 十年前に遡ること、ヨルン平原に進駐したガモーフ軍と秘密同盟を結び、センテ・レーバン軍と対峙した。数の上では、圧倒的となったダイムガルド・ガモーフ連合軍。しかし、当時のダイムガルド軍は軍隊としては他の二国に劣っていた。厳しい国土環境のため、国軍力の発展において、常に後進を歩んでいたのである。さらに一条の真っ白な光が戦場を駆け巡り、全軍併せて二百万人もの将兵が命を落とした。

 国軍力に歴然たる差を付けられた上に、戦争の結果としてもダイムガルド軍はヨルンの戦いで完全なる敗北を喫したのである。特に、ダイムガルド軍を戦かせたのは、あの白き光である。その名を「白き龍」と呼ぶことは知らずとも、あれをいずれかの国が手にしたとしたら、ダイムガルドの国土はたちまち焦土と化してしまう。その恐怖に端を発し、ヨルンから撤退したダイムガルド軍は徹底的な軍備改革をはじめた。

 主導を執ったのは、当時中将であったエイブラムス・コックである。

「まずは資源の獲得。モリアの鉱山から採掘されるミスリルは交易の資源だから、それとは別に軍が保有するミスリルが必要だった。そこで、エイブラムス大将は、神聖な霊場として崇めていた、神の遺跡ダスカードに眼を付けた」

『神の霊場……』

「そう、わたしたちの知る歴史のもっと太古の昔、この世界には神さまがいたと言われている。それって、ガモーフのベスタ教で言うところの、アストレアの時代。ダスカードはその頃に作られた、神さまの遺跡だと、この国では信じられている」

 格別に信奉する宗教がなくとも、それに近い信心は人間の心に宿っているものである。たとえば、センテ・レーバンの一部の地域でアトリア連峰のシエラ山を崇める、山岳信仰などはその一例であり、ダイムガルドでも似たような信心があり、その対象のひとつが、ダスカード遺跡だった。

 しかし、軍隊と言うのは、常に現実主義(リアリズム)の代名詞であり、エイブラムスはダスカード遺跡のあるアンジェロ山に、軍備改革の活路を見出したのである。

「アンジェロ山には、国有ミスリルの約十倍以上のミスリルが眠っていた。エイブラムス大将の読みは当たったんだ。だけど、ミスリルと一緒に、ダスカード遺跡の最深部で……」

 セシリアの声がやたらと低くなる。

「軍が掘り当てたのは、知恵……」

『知恵?』

 あまりにも曖昧模糊とした表現に聞こえたアルサスはが語尾を上げる。

「何千年もダスカードの地価で生き続け、神々の時代から脈々とその知恵を蓄え続けた、それがウルガンどのだ。もはや彼は『知恵』そのものと言ってもいい」

『何千年も……って! 長生き過ぎるだろ、その人っ』

「誰が人間だと言った?」

『まさか……!』

 セシリアが浮かべた不敵な笑みを感じ取ったアルサスが、スピーカの向こうで絶句する。記憶がない彼でも、思い当たる節があるのだろう。

 ダスカード遺跡の最深部でウルガンと出会ったことによって、ダイムガルドは変貌を遂げた。得体の知れない相手の話を鵜呑みにするなという議会の反対を押し切って、軍部はウルガンに協力を仰ぎ、古代の知識を手に入れ、今セシリアたちが着用する甲冑やバヨネットなどを作り上げたのである。

「古代の文明は、今よりずっと進んでいた。それがどうして滅んでしまったのかは、わたしたちには分からない。しかし、その超技術(オーバーテクノロジー)を糧に、軍備や暮らしを拡張し、来る戦争の日に備えた。『翼ある人』たちとの戦争の日を」

『途方もない話だな……。バヨネットやこの甲冑を手にしても、ぼくには俄かに信じられない』

「実際に会ってみればわかる。これから会いに行くのだから。話しは終わりだ。電源の無駄遣いになるから、もう回線を切るぞ」

 セシリアはそう言うと、再びバイザー裏の画面を見つめた。しかし、縋るようにアルサスの声が続く。

『待った、もうひとつだけ訊きたい。なあ、セシリア。最近なんか、妙に冷たくないか?』

 その問いかけに、セシリアはドキっとした。セシリアの素っ気無い態度はバレバレで、アルサスもその事を気にしていたのだと知ると、急に心拍数が上がり、バイザー裏の画面に映し出される、心拍計の数値が跳ね上がる。

「気のせいだ」

 セシリアはそう言って、強制的にアルサスとの秘匿回線を切った。また、素っ気無い態度をとってしまったと思いながらも、セシリアは心拍を落ち着けることに専念したその時、切ったはずの回線が再び接続される。しかし、今度は秘匿回線ではなく、相手もアルサスではなかった。

『セシリア大尉! 前をっ!!』

 飛び込んできた、太い声はデイビッド・ベル中尉の声だ。はっとなって、セシリアが顔を上げる。すると、唐突に眼前の砂丘が盛り上がった。

 ごごごっ、と砂漠の底から地鳴りのような音と振動。バイザー裏の画面に、緊急事態を知らせる文字が浮かび上がる。それとほぼ同時に、盛り上がった砂丘が激しく爆発して、砂煙の柱を天高く舞い上げた。

「スコルピオだ! 全員、戦闘体勢をとれ!」

 セシリアは、反射的にバヨネットを構え、叫んだ。

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