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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第八章
73/117

73. 近衛教導団

 教導団……。正確には「ダイムガルド近衛教導団」という。教え導くという言葉の通り、下士官を募って、訓練や教育を施す部隊である。いわば、軍学校と言ってもいい。すでにその歴史は長く、この国に軍隊が出来上がった頃から、その名で存在していた。

 しかし、十年前、ヨルンの悲劇を教訓として、軍役制度を募兵制から徴兵制に切り替えた時点で、教導団は形骸化してしまった。徴兵された若者は皆、各配属場所で各自訓練をする。いまや、教導団は近衛騎士の育成のためだけに存在しており、その力を持ち余している形であった。つまり、力を持っていても使いどころがないのだ。その鬱憤が、軍国化などという、蛮勇的な考え方に到らせたと言っても差し支えないだろう。

 だが、その教導団が本当にクーデターをもくろむなどと、誰が想像しただろうか。皆、それを聞けば「まさか、そんなはずはない!」と一度は耳を疑うに違いない。

 それだけに、記憶もなければ、ダイムガルド人の常識や観念も当然のように持っていないアルサスは、すぐに行動に起こせたのである。

 大本営の渡り廊下を抜けて、皇居に押し入ることはそれほど難しくはなかった。何故なら警備兵たちは教導団と交戦中であり、その脇を通り抜けて皇居に入った少年と少女に構っている余裕などなかった。そうして、城内を駆け抜けて、御前会議の会議室に辿り着いたのだが、すでにモーガンたちは会議室に雪崩れ込んだ後だった。

「わたしたちだけで飛び込むのは危険だ」

 セシリアはそう言ってアルサスを止めようとしたのだが、部屋の中から聞こえてきた「皇帝陛下には死んでいただくとしよう」というモーガンの一声に、アルサスは突き動かされた。扉の前に見張りとしてついた、二人の教導団兵を倒すことはそれほど難しくはなかった。皇居を押さえた事で生じた、彼らの油断を突いて飛び掛れば、あとは体が勝手に動く。雷のような速さで教導団兵を伸した。

「そんな剣技、何処で身に着けたんだ?」

 セシリアは素直に驚きを口にしたが、アルサスにも良く分からなかった。失った記憶のどこかで、見に染み付いている剣の技、と言うことくらいしか見当がつかない。少なくとも、一瞬でも気を抜けば、その剣は相手の命を奪いかねない狂気を孕んでいた。

「もしかすると、ぼくは暗殺者だったのかもね……」

 なんて、アルサスはおどけて見せながらも、会議室のドアを勢いよく蹴破って、会議室内に飛び込んだ。広い部屋には二十人以上の人間がいた。壁際に集められているのが参議たち、そして、腕章を腕に巻いているのが教導団。

 その中でリーダーがどの人物なのかはすぐに見当がついた。円卓の向こうで、御簾に向かってバヨネットの小剣を振り上げている髭面の男、モーガン・トールだ。アルサスは迷うことなく、円卓を飛び越えてモーガンに切りかかった。背中を向けていたモーガンはくるりと振り返り、アルサスの剣を受け止める。そして力任せに、アルサスを押しのけると、バヨネットの銃口を向けてきた。

「よけて、アルサスっ!!」

 セシリアの声にはじかれて、とっさにアルサスは身をよじって椅子の陰に隠れた。その拍子に、バヨネットから秒間隔で打ち出された、鋭いミスリルの杭がたんっ、たんっ、たんっと、次々に椅子の座面に突き刺さっていく。

 ぞっ、と背筋が寒くなる。よけなかったら、今頃蜂の巣にされていた。

「くそっ、ちょこまかと!」

 撃ち方をやめた、モーガンが舌打ちする。

「おい、何をしている、その娘も捕らえろ!」

 アルサスとモーガンの戦いに、少しばかりあっけに取られていた教導団兵たちを、モーガンは叱責しながらも、バヨネットを小脇に構えて、ゆっくりと、椅子の後ろに廻る。

「こんなことして、国が変わると思ってるのか、あんたたち!」

 椅子の後ろで、アルサスが言う。今椅子の後ろから飛び出せば、間違いなくバヨネットの餌食になる。それが分かっているから、セシリアも大人しく、剣を捨てた。今更になって、ちょっと無謀すぎたかな、と思いつつも、時間稼ぎのために、モーガンに話しかける。

「反乱なんて、出目の悪い博打と一緒じゃないか……。そんなことして、あんたらが無事で済むと思っているのか?」

 と、問えば、案の定モーガンはぴたりと足を止めた。少しでも時間を稼げは、セシリアが連絡した近衛騎士団が駆けつけてくるはずだ。

「センテ・レーバン人ごときに、わが身を心配されるとは思っても見なかった……。無論、無事で済むかどうかはこれからにかかっている」

「これから?」

「そうだ。ここで皇帝を亡き者として、皇室という仕組みを廃止する。そして、近衛騎士団にその罪を被ってもらい、我らの手で軍隊を再編し世界に強国をアピールするのよ。平たく言えば、そういうことだ」

「とんだ誇大妄想だな。よしんば、反乱が成功したとして、国民はついてくるかな? この国の人たちは、みんな皇帝一族を敬っている。その敬意の対象を殺せば、あんたたちだって無傷じゃいられない」

 アルサスはそういいながらあたりの様子を伺った。

 他の教導団兵は、セシリアを捕らえ、固唾を呑んでモーガンと、椅子の後ろに隠れるアルサスを見守っている。そんな教導団兵に銃口を向けられているのは、参議たち。ちょうど、円卓を挟んで向かいの壁際に固まっている。そして、モーガンの背後。御簾と呼ばれる竹で編まれたのカーテンの奥にうごめく人影。皇帝とその侍女たちだ。逃げ場を失った、彼らもじっと固唾を呑んでこちらの様子を伺っているようだった。

「革命には、犠牲も付き物だ。無傷でいるつもりはない。少なくとも、お前がその心配をする必要はない。それから……近衛騎士団が来るまで、時間稼ぎをするつもりなら、話はここまでだ。そんなところに隠れていないで、でてきたらどうだ?」

「お見通し……ね」

 フッ、とアルサスは鼻で笑う。どのみち、時間稼ぎなど出来ないか。アルサスが椅子の後ろから出てこなければ、モーガンはバヨネットで先に皇帝を射抜くだろう。その隙を突いてモーガンを切り伏せたとしても、皇帝が死ねば、本末転倒と言うことになってしまう。

 迷っている暇はない!

 アルサスは立ち上がると同時に、カーペットを蹴って、天井近くまで飛び上がる。

「軽業のつもりか!?」

 唸り声を上げながらモーガンは、バヨネットの引き金を引く。撃ち放たれたパイルは、アルサスを追いかけるように、壁や天井に突き刺さっていくが、アルサスを仕留めることは適わなかった。

 アルサスは、モーガンの言うとおり、サーカス・ギルドの軽業師のように、ひょいひょいと右へ左へ飛び跳ねながら、巧みにパイルを交わしていく。紙一重ではあるが、アルサスには飛んでくるパイルの軌道が見えていた。火薬によって打ち出されるパイルは、言わば一直線に飛んでくる。モーガンの視線と銃口を捉えておけば、その弾道を読むことなど、造作ないことなのだが、口で言うほど簡単に出来ることではない。現に、セシリアや参議たちは、アルサスの見事な軽業に、驚きの声を上げている。

 どうして、こんなことが出来るのか。記憶を喪った彼には、分からないことだが、身に備わったその動体視力と敏捷さに感謝した。

 やがて、モーガンのバヨネットはパイルを打ち出すのを止め、カタカタとかすれた音を立て始める。アルサスは、それを好機とばかりに踵を返すと、雷のようなステップで、モーガンとの間合いを詰めて、その首筋に剣身をあてがった。

「弾切れたみたいだね……。バヨネット火薬で杭を打ち出す魔法みたいな武器だって事は、セシリアから聞いて知ってた。でも、パイルは無限じゃない。形勢逆転だ。全員、武器を捨てろ!!」

「野郎っ! やらせるかよっ!!」

 リーダーの危機を悟った教導団兵たちが、一斉にバヨネットを構えた。しかし、アルサスの剣がリーダーの首筋に突きつけられている以上、彼らもバヨネットを撃つわけには行かず、パイルの代わりに、鋭い視線を投げつけた。

「武器を捨てるのはお前のほうだ、センテ・レーバン人!」

 教導団のクーデター、そしてセンテ・レーバン人の少年の登場。めまぐるしく膠着するかに見えたのだが、モーガンはアルサスの不意をつき、その腕力で力任せにアルサスを突き飛ばした。それほど体重の重くないアルサスの体は、ふわりと宙に浮き、そのまま御簾の裏に転がっていく。

「アルサスーっ!!」

 セシリアがアルサスの名を呼ぶ。おかげで、体を打ちつけ、再び開きかけた傷口の痛みに、何とか平静を保つことができた。

 アルサスは剣を握り締め、立ち上がろうとして、突いた肘に何かやわらかいものを感じて戸惑った。振り向くと、ちょうど自分の下敷きになって、見知らぬ女の子が苦しそうに呻いている。複雑な幾何学模様の刺繍の施された、綺麗な光沢をみせる赤絹のドレス。ゆったりとした合わせと、袂の大きなデザインはダイムガルドの民族衣装だ。そしてダイムガルド人特有の褐色の肌に薄化粧に良く似合う、気品のあるきらびやかな宝飾の数々。その女の子が誰であるのかアルサスが察する前に、傍らの侍女が目を吊り上げた。

「ぶっ、無礼者! 皇帝陛下を押し倒すなどと、何ごとですか!」

 きいっ! と今にもマニキュアの塗られた長い爪で、アルサスを引っかこうとする侍女。アルサスは慌てて飛びのいた。

「き、君が皇帝陛下?」

 と言いながらも、アルサスは思わずぽかんと口を開けてしまう。目の前にいるのは、自分やセシリアと歳の変わらない少女なのだ。皇帝と言う響きから、男を想像していたのは、アルサスの早合点だとしても、まさか十六、七歳の少女だとは思いもよらなかった。

 皇帝は、アルサスに押しつぶされそうになった鼻頭を押さえながら起き上がると、

「そうじゃ。いかにも、わらわがダイムガルド皇帝『アイシャ・マイト・ダイムガルド』じゃ。そちは何者じゃ?」

 と、慇懃な口調で言った。疑念と警戒というよりは、どちらかと言えば、素直な疑問をアルサスに投げかけたのだ。確かに、突然現れた、謎の救世主。しかも、外国人とあれば、疑問に思わぬはずもない。

 アルサスは、すこしだけ答えに窮した。なんと答えるべきか、いい言葉が見当たらない。セシリアに助けられて、記憶喪失で……なんて、説明している余裕はない。

「ええっと、ぼくは……暗殺者だよ」

「はぁ?」

 今度は、皇帝アイシャが驚く番だった。もちろん、アルサスのそれは冗談だったのだが、アイシャと侍女たちは少しだけ気色ばむ。

「こ、殺し屋とな!? 殺し屋がわらわを何故助けるのじゃ?」

 しかし、モーガンの「撃て! 皇帝もろとも、センテ・レーバン人を撃ち殺せっ!!」と言う声を聞くなり、アルサスはそんなアイシャたちを無視し、手前にあった皇帝の執務机を倒した。

「机の裏へっ!」

 アルサスは、アイシャと侍女を手招きする。彼女たちが机の裏に潜むと同時に、バリバリと机にバイルが突き去る音が重なった。

「とにかく、ここから逃げよう。もうじき、セシリアが呼んだ近衛騎士団がここに駆けつけるはずだ。でも、その前にあいつらは、君を殺す。あの目は本気だよ」

「ですが、逃げると言っても、裏口の扉は開きません。おそらく彼らが細工したのではないでしょうか」

 侍女が青ざめた顔をして言う。アルサスの事を信用してはいないが、少なくとも敵ではないと感じたのだろう。むしろ、目の前でバヨネットを撃ち続ける教導団の方が敵。敵の敵は味方の理論だ。

「こちらから、その鍵を解除できないの?」

 アルサスの問いかけに、侍女は首を左右に振る。

「無理です。安全のため会議室側からは、鍵を開けることは出来ない構造になっています」

「そんなことなど、どうでもよい! わらわは、本当に殺されるのか? わらわは、何の罪を犯したと言うのだ。何故、あのような野蛮な者たちに殺されなければならんのじゃ!?」

 机の裏でうずくまるようにして、アイシャは嘆いた。その皇帝らしからぬ威厳のない青ざめた横顔に、アルサスはふと胸を揺さぶられた。何か、記憶が語りかけてくるような気がしたのだ。こんな女の子をどこかで見たことがある……。

「アイシャ、君を死なせたりしない。ぼくが君を守るよ」

 そう言うと、アルサスはアイシャの手を取った。アイシャが驚いたのはもちろんだが、侍女も「まあっ!」と声を上げた。下々のものが、神聖なる皇帝陛下の手を取るなどと、あってはならないことだ。しかし、アルサスは、そういうダイムガルドの(しがらみ)を知らない。

 アルサスの視線は、壁際にある小窓を見つめていた。アイシャは歳の割りに小柄だ。その窓を抜けられると判断したアルサスは、侍女が制止するのも無視して、立ち上がると、アイシャの手を引っ張って、一直線に小窓めがけて走った。

「何をするつもりなのじゃーっ!?」

 悲鳴共に突かぬアイシャの声を背中に受けながら、アルサスは小窓のガラスに体当たりした。派手にガラスは砕け散り、アルサスと、アルサスに手を引かれたアイシャは窓の外へと飛び出した。

 そこは、皇居の五階。眼下に広がるのは、固い地面……。

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