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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第一章
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7. それぞれの朝

 ライオット・シモンズの朝は、日の出とともに始まる。メイド長が、部屋の前でモーニングコール代わりのノックをするよりも早く(とこ)を出て、鏡台に映る、頬の肉の少ない自分の面に、ひとまず落胆しつつも、自慢のカイゼル髭を丁寧にとかす。

 そうしていると、メイド長のモーニングコールがやってくる。メイド長は、二十歳になったばかりの歳若い娘で、今年で四十も半ばになろうかと言うライオットにとっては、娘のような存在でもあった。

 だが、「おはようございます。ライオットさま」と頭を下げて挨拶をする、メイド長には、可愛気も色気もない。顔は、年頃の女らしく、美しい方だと思うのだが、職と雇い主に忠実な真面目な性格をしている。そんな、メイド長が珍しく、皮肉めいた口ぶりをした。

「今日もお早いお目覚めですね。これでは、わたしのモーニングコールは不要かもしれませんね」

「そう言うな。国王陛下不在の今、私が朝議に出ぬわけにはいかんだろう。騎士団の連中が待っておる。そなたが起こしてくれなければ、騎士団の連中の前で、赤っ恥をかいてしまう」

 メイド長の皮肉に、今日は雨でも降るのではないか、そう思ったライオットは、櫛を鏡台に戻しつつ、窓の外に目をやった。レースのカーテンがかけられた四角い窓辺からは、堅牢な城塞に囲まれた、センテ・レーバン王都の城下が見える。さらにその向こう、はるか遠方には、敵の侵入を阻むアトリアの峰がうっすらと雪を被っている姿が見える。どうやら、何クリーグも離れたアトリア連峰が見えるということは、雨など降りそうにもないようだ。

「お召し物、お着替えになられますか? それとも朝食になさいますか?」

 背後で、メイド長の声が聞こえ、ライオットは心臓が飛び出しそうになった。よもや、心の声は聞こえてはいないだろうが、この仕事に忠実なメイド長なら、心を読む魔法を持っていてもおかしくないように思えてしまう。もちろん、そんな魔法などこの世に存在しない。

 あるとすれば……。

「聞かずとも分かっておるだろう。先に朝食を。それから、メッツェをこれへ。例の件についての進捗を尋ねたい」

 ライオットが指示を与えると、メイド長はお辞儀をして、部屋を後にした。

 メイド長が下がると、入れ替わるように、食事が運ばれてきた。ライオットは、朝の食事を欠かさない。朝食のメニューはいつも決まっている。白パンに葡萄のジュース。それに、季節のフルーツの盛り合わせだ。すべて、この国の領内で採れたものだ。昨今、異常気象が続き、農村の収穫高が落ちているようだが、城下の町並みを見下ろしながら朝食を食べる身分のものとしては、関係のないことだった。

 パンがなければ、菓子を食えばいい。それだけのこと……。

 ライオットは、内心で呟きながら、ナプキンを着け、フィンガーボールで指先を洗い、フルーツを頬張った。程よい酸味と、たっぷりの甘みが口の中に広がる。糖分は脳にとって唯一の栄養源。朝は、しっかりと糖分を口にして、ぎゃあぎゃあとやかましい騎士団のごく潰しどもの相手をしなければならない。その後も、仕事は山積みだ。

 しかし、それが由緒あるシモンズ家にとって、誉れ高いことを知っている。富、名誉、すべてはシモンズ家のものであり、それを維持し高めていくことが、現シモンズ家当主たる、自分の役目なのだ。

「メッチェ・カーネリア、ただいま参りました」

 部屋の扉がノックされ、ゆっくりとメッツェが入ってくる。黒いスーツがよく似合う高い背丈と、モノクルの奥に理知的な目を持つその男は、ライオットが重宝している宰相府付の参謀官である。

「お食事中、申し訳ありません」

 メッツェは、ライオットが食事をしていることに気づき、お辞儀をする。ライオットは、口元をナプキンで拭きながら、「よい、呼んだのは私だ」と、言った。

「例の件、どうなっておる? そろそろ、アローズ関所に待機させた親衛隊の元に、例の荷物が届いているころではないか?」

「はっ。それなのですが……昨夜遅く、親衛隊のクロウ・ヴェイルより、エーアデの魔法通信がありまして。いや、夜遅かったものですから、すぐライオットさまにお伝えするべきかどうか迷ってしまい」

 敏腕参謀官のメッツェらしくなく、非常に歯切れが悪い。ライオットは、ワイングラスに注がれた葡萄ジュースを一口あおると、きつくメッツェを睨みつけた。

「どうした、メッツェ? なにがあったのか、はっきり申せ。クロウはなんと言ってきたのだ!?」

「はっ。本来は、ギャレットから積荷を預かった『運び屋』の男が、昨夜のうちに、アローズ関所へ積荷の少女を届ける手はずになっていたのですが、夜半を過ぎても現れず、斥候を送ったところ、『運び屋』が偽装に使っていた辻馬車ギルドのウォーラ(三頭立ての馬車)が、街道に残されていたそうにございます」

「どういうことだ?」

 ライオットは、眉間にしわを寄せて訝る。

「積荷も、『運び屋』の男も姿はなく、何者かに連れ去られたようだと、クロウは申しておりました」

「何ということだ!」

 メッツェが驚きで目を丸くするほど、ライオットは大きな声で怒鳴ると、葡萄ジュースの入ったグラスを床に投げつけた。派手な音ととも、ワイングラスは砕け散り、リャマの毛で織られた赤いカーペットにしみを作る。

「王が崩御され、あの忌々しいフェルトが不在の今が好機。そのために、諸侯を説き伏せ、騎士団どもを丸め込みシオンさまを次期国王の座につけたというに! 我が悲願を叶える道は、茨の道だと言うのか!? ええいっ、ギャレットなぞに任せた私がバカであったわっ!」

 まるで駄々っ子がそうするように、食卓を強く叩いたライオットは、メッツェを睨みつけた。そうしながらも、すでにライオットの頭の中では、想定外の事態への対処を如何にするべきか、計算が始まっている。もしも、ギルド・リッター警備隊に捕まったのであれば厄介だ……。

 メッツェは黙って、ライオットの鋭い視線を受け止めた。

「雨か……」

 不意に、ライオットが言う。メイド長の皮肉がとんでもない雨雲を呼び寄せた、ライオットはそう思って呟いたのだが、メッツェは知らない。

「は? 雨、ですか?」

「いや、独り言だ……」

 ライオットはそう言って、自分が床に投げつけたワイングラスのかけらに目を投じた。その時である。せわしない衣擦れの音が聞こえてきたかと思うと、宮廷付文官がメッツェの背後から姿を現した。

「おはようございます。ライオット宰相閣下!! 緊急の用向きなれば、閣下の私室へ押しかけましたること、お許しくださいませ」

 すこし青ざめた宮廷付文官は、慇懃に頭を下げた。

「構わん。私室とは言え、ここは宰相府。して、緊急の用向きとはなんだ?」

「はっ! 一刻ほど前、王城地下研究所の魔術師が、空白地帯はアトリアの森で強力な未知の魔力を探知した、とのことです! 委細は、現在、魔術師府の総員で調査しております」

「何だとっ!? わかった、報告ご苦労。下がっても良いぞ」

 宮廷付文官の報告に、顔色を変えたライオットは文官を下がらせると、その足音が遠ざかっていくのを確かめて、メッツェを手招きした。

「未知の魔力とは、『奏世の力』に相違ない。銀色の娘は、アトリアの森にいる。メッツェ、直ちに、私兵より密偵をアトリアの森へ放て。なんとしても、娘を奪った奴ともども探し出すのだ。黒衣の騎士団隊長のギャレットにも、連絡を入れろ。名誉を挽回するチャンスだと付け加えてな」

 メッツェの耳元に囁くような小声で指示を与える。ライオットが非常に用心深い性格をしていることを、メッツェは心得ている。

「心得ております。直ちに、出立させます。ところで、アローズに派遣したクロウ隊は、いかがいたしますか?」

「呼び戻せ。他の騎士や文官どもに、妙な勘繰りを入れられるわけにはいかん。メッツェ、くれぐれもこのことはシオンさまの耳に入るようなことがあってはならんぞ」

「それも、心得ております。それよりも……」

 メッツェは、カーペットに散らばったワイングラスのかけらに視線を落とした。

「メイド長を呼んでまいりましょう。朝議の前に、割れたグラスなど、縁起が悪いですから」

 そう言うと、背の高い参謀官は、静かに部屋を後にした。メッツェが出て行くと、ライオットはにやりと口元を歪めつつ、無造作に皿の上の白パンを掴み、乱暴に食いちぎった。

 ふと、目をやった窓の外、城下を取り囲む堅牢な城塞のあちこちに、いつの間にか、剣と盾の紋章をあしらったセンテ・レーバン国旗が、晴れ間を吹き抜ける風にはためいている。

「やまない雨は、何処にもないと言うことだ……あとは、奏世の力さえ手に入れば……」

 クククっ、とライオットは人知れず、哂った。

 

 東の空が明るくなり始めると、砂漠の太陽は容赦なく大地を焦がす。

 空白地帯より南方、百クリーグ。事実上ダイムガルド帝国の関所ともいえる、スエイド運河を越えた先にある、「レメンシアの街」。別名を、砂漠の玄関口と呼ばれており、レメンシアの街を一歩でもでれば、一面砂だけが覆う、広大すぎる砂漠が広がっている、まさに玄関口だ。

 そんなレメンシアには、大小さまざまなギルドが、ダイムガルド支部を設けていた。辻馬車ギルド、ギルド・マーチャント、運輸ギルド……もちろん、空白地帯の自警や傭兵活動を担う世界規模のギルド・リッターも例外ではない。

 ギルド・リッターの小隊長、フランチェスカ・ハイトは、寝不足気味の頭を抱えながら、支部の隊員詰め所から、レメンシアの町並みをぼんやりと眺めていた。

 すでに、街は旅人や行きかう人の声で賑わい、砂を固めたレンガ造りの特徴的な家々には、ギルド・マーチャントの商店が軒を連ねて、「いらっしゃい!」と威勢を振りまいている。

「今日も、暑くなりそうね……」

 フランチェスカは溜息をついて、昨日捕らえた裏ギルドの男の報告書に目を戻した。フランチェスカは、砂漠に覆われたダイムガルドの生まれである。それが証拠に、フランチェスカの肌は、センテ・レーバン人に比べて、常に日焼けしたように浅黒い。だから、ダイムガルドの灼熱の気候には、慣れているのだが、問題は窓ガラスに映る自分が着込んでいる、白銀の鎧だ。世界中に組織のネットワークを張り巡らせたギルド・リッターのメンバーが揃いで着るその鎧は、通気性など皆無であり、汗で服が蒸れて気持ち悪い。

 こんなものを着たまま、事務仕事をさせられるのは、うんざりだと、フランチェスカの顔に書いてあった。

 昨日、空白地帯で捕らえた、裏ギルド「運び屋」の主要メンバー、ゲモック・ラボンは、フランチェスカの想定どおり、取調室でペラペラと仕事内容を明かした。

 ゲモックに荷物運びを依頼したのは、同じく裏ギルドの「黒衣の騎士団」だった。積荷は、武器や密輸品ではなく、十六歳の女の子。銀色の髪をしたガモーフ辺境の村の娘らしい。要するに、ご法度の人攫いに与したということだ。しかし、フランチェスカたちにとって問題なのは、裏ギルドの起こした誘拐事件よりも、「黒衣の騎士団」にその少女を誘拐するように依頼した者がいるということの方だった。

「聞いて驚け、こん畜生っ! 黒衣の騎士団に人攫いを依頼したのは、センテ・レーバン親衛騎士団だ!!」

 逮捕されて、やけっぱちになったゲモックは、まだ聞いてもいないのに、その依頼主の名前まで明かしてくれた。よく、こんなアホが、裏稼業をこれまでやってこれたなと、ある意味でフランチェスカは感心してしまった。

 しかし、感心して終わるわけには行かない。事件は、それだけでは終わっていないのだ。ゲモックは、積荷の少女を乗せて、予定通り、空白地帯を抜けて、センテ・レーバンの国境へと向かっていた。ところがゲモックは、その道中で突然、謎の少年に襲撃を受けたのだ。

 少年は空から落ちてきた、などとゲモックは言っていたが、さすがにそんなバカなことはないだろう、とフランチェスカは思う。しかし、実際に、ゲモックは馬車の荷台で何者かに伸されて気を失い、積荷の少女は姿を消していた。

 一体誰が……? 少年は、ギルド・リッターの鎧を一部だけ身に着けていたらしい。しかし、ギルド。リッターの人間にそのような少年は心当たりがない。おそらくノミの市かなにかで、白銀の鎧を手に入れた、放浪者のレイヴンか何かだろう、というのは、フランチェスカの推測である。

 それにしても、ややこしいことになってしまった。「黒衣の騎士団」に「センテ・レーバン親衛隊」、レイヴンの少年。妙な事件に足を突っ込んでしまったことを、思わず後悔したくなる。そうすると、報告書が白紙同然になってしまうのも、仕方がない。フランチェスカは、それを、この蒸し暑い鎧の所為にしたかった。

「センテ・レーバンが人攫いか……十年前の悲劇を忘れたわけでもないだろうに」

 それは、ほとんど独り言のつもりだった。だが、タイミングを計ったように、詰め所の扉が開き、部下のベイクが顔を出す。

「どうしました、隊長? 浮かない顔してますぜ」

 ベイクは、フランチェスカと同じく、ダイムガルドの生まれだ。筋骨隆々のいかにも「戦士」といった風貌は、その浅黒い肌とあいまって、とても厳つい。

「それは、あなたの暑苦しい顔を見たからよ」

「ええ? そんな。ひどいですぜ、隊長! 家は祖父さんの代から、こういう顔なんですから」

 外見に似合わない、子どものようなふくれっ面をみせるベイクに、フランチェスカは苦笑した。

「冗談よ、それより、何か用かしら?」

「はっ。そうでした。ゲモック・ラバンの本部への移送手続き終わりました。これで、『運び屋』の悪事が芋づる式に暴かれると良いのですが」

「それは、わたしたちの仕事じゃないわ。それよりも、ランティは何処に行ったの? わたしの代わりに、報告書を代筆して欲しいんだけど」

 そう言って、フランチェスカは、ベイクの入ってきた扉の方を見やったが、もう一人の部下、ランティの姿は見当たらない。

「代筆って……。ヤツなら、馬の手入れをしています。昼ごろには、レメンシアを出立できるように。ほら、謎の少年と、ゲモックが運んでいた少女を探し出せ、って言うのがボスからの命令なんでしょ?」

「そうよ。厄介な事件に首を突っ込んだのはわたしたちなんだから、わたしたちで何とかしろってことよ」

 フランチェスカは、再び溜息をつく。

「いや、むしろ、ボスは隊長の手腕に期待してるんじゃないですか?」

「冗談はよしてよ。この事件にかかわるってことは、ギルドがセンテ・レーバンの政治に口出しするようなものよ。ギルドは、どの国にも属さない。その代わり、どの国の政治にも干渉しない。だいたい、相手がセンテ・レーバン親衛騎士団なんて、分が悪いわ。新聞ギルドにでも、売り込んだ方がマシよ」

「でも、ボスの命令は絶対ですよ」

「べつに、命令を無視するつもりはないわよ。だから気が重いの。そうだわ、ベイク。あなたが、報告書の代筆してよ。その間に、わたしは出立の準備と仮眠をとっておくから」

 フランチェスカは、白紙の報告書と普段は見せないような満面の笑みを、ベイクに手渡した。

「はっ? 俺がですか?」

「ええ、お願いね。それと、謎の少年と、銀の髪の女の子の捜索は、午後二時より出発します。各自準備を怠らないように!」

「ええっ!? それまでに、報告書を代筆するんスか? 横暴です。ちょっ、待ってください、隊長っ!!

 肉体労働派の部下にとって、事務仕事は苦行にも等しい。フランチェスカは、それを知っていながら、ベイクの呼び止めに応じず、詰め所を後にした。

 

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