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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第八章
69/117

69. バヨネット

 周囲に見える「翼ある人」の姿は一人だけ。それを確認してから、セシリアはバヨネットの取っ手に取り付けられた小さなレバーを引いた。弾けるような音は、バヨネットの鉄筒の中で、火薬が爆発した音だ。その、バンっと言う音とほぼ同時に、鉄筒の先端から、手のひら大の(パイル)が撃ち出された。その音に気が付いた「翼ある人」は、こちらに気づく。だが、秒速の速さで飛来するミスリルの杭をかわすことは出来なかった。

 パーンっ、と勢い良く「翼ある人」の腕が弾け飛ぶ。しかし、それは光の粒になって、再び下あった場所へと集まり復元していった。

「ジャック! マーカス! 散開! 敵は一人だけ。囲い込んで、十字砲撃っ」

 兜のバイザーの内側で、セシリアが叫んだ。「了解!」と威勢のいい返事とともに、後ろを付いてくるジャックとマーカスが、左右に散らばった。

 セシリアはそのままバヨネットを構えつつ、銃口を「翼ある人」に向ける。視界を狭める兜を脱いでしまいたかったが、そんな余裕はない。バイザーのスリット越し見える情報だけを頼りに、その狙いを定めて、杭を発射するが、「翼ある人」は新兵器を目の当たりにしても、まるで驚く様子もなく、するりするりと宙を滑って、杭をかわしていった。

「こうも簡単に避けられたんじゃ、技術部の博士たちはみんな泣くな」

 そう一人ごちた、セシリアの口許に、人知れず苦笑いが浮かぶ。バイザーの裏に設えられた、ヘッドアップ・ディスプレイに、映し出される照準計は、杭を打ち出すまで、確実に敵の胸を狙い済ましているのだが、一度攻撃すれば、そこに敵の姿はない。

 その無駄のない動き。そして、セシリアの攻撃に何にも動じる様子がなく、ただ無機質に無感情な視線でこちらを見つめる、「翼ある人」の顔に、セシリアは言い知れぬ嫌悪感を感じた。

 言ってみれば、生っぽさがないのだ。まるで、レバーを引けば火薬が爆発して杭が撃ち出される、バヨネットと同じ。機械仕掛けの人形のように思えてくる。

「少なくとも、人間じゃないことだけは確かか……。徹夜で報告書を書かなくちゃならない!」

 ひょう、と「翼ある人」の三叉槍が飛んでくる中、セシリアはまた独り言を口にした。そして、その槍の穂先が突き立てられる寸前に、砂煙を上げながらセシリアはそれをかわす。砂の特性を理解し、その柔らかさに足を取られないようにするのは慣れたものだ。

 一方、狙いを仕留めそこなった三叉槍は、砂の上にサクリと刺さった。だが、次の瞬間三叉槍は、宙に浮かぶ「翼ある人」の手元にすうっと引き寄せられていく。その光景を見つめるセシリアは、少なからず驚嘆した。

「魔法? 手品?」

 そのどちらとも言えないだろう。

『セシリア中尉! 配置に付きました!!』

 マーカスの声が、耳あてを介して耳朶を打つ。

「よし! 撃てっ!!」

 という、セシリアの命令と同時に「翼ある人」の左右から、×の字状に幾本もの杭が交差して、「翼ある人」の体を貫き、光の粒があふれ出す。

 さらに、セシリアは留めを刺すために、砂地を強く蹴って高らかに飛び上がると、バヨネットを剣のように振り上げた。

 バヨネットには、鉄筒の先端にミスリル製の片刃の小剣が取り付けられている。故に、ダイムガルドの古語で「バヨネット(銃剣)」と呼ばれているのだ。その小剣は、白兵戦闘も加味した予備装備であるが、切れ味は普通の剣と何ら変わりはない。

 今もまさに、振り下ろされたセシリアのバヨネットが、「翼ある人」を脳天から、真っ二つに切り裂いた。悲鳴や断末魔の叫びはない。その代わり「翼ある人」は砕け散るがごとく、光の粒に変わった。

 それらの光の粒は、砂漠を吹きぬける風に乗り、北の方角へと流れていく。

『あっちにあるのは……アトリア連峰か』

 空を舞い消え行く光の粒を目で追いながら、セシリアは見たこともない「アトリア連峰」を思い浮かべていた。

『セシリア中尉! お見事っス』

 さくさくと砂に足音を立てながら、ジャックとマーカスがこちらに歩み寄ってくる。

『しかし、こんなところにまで、「翼ある人」が迷い込んできているなんて。他の哨戒部隊の警戒網にも引っかからず、何処から飛んできたのやら』

 マーカスも、光の粒が流れていった方角を見つめていた。分析するような口ぶりは、真面目な性格の彼らしいといえば、彼らしい。

「あの鳥人間、何かを啄ばんでいるように見えたけど……」

『まさか、獲物を追いかけて、無限の砂漠に足を踏み入れた? 獣ではないんですから』

 それはない、と言いかけたマーカスに言葉をかぶせるように、「魔物でも、食事はする」とセシリアは返しつつ、あたりを見回した。

 だが、「それ」に最初に気づいたのは、セシリアではなく、ジャックであった。ジャックは良く自慢していた。五人兄弟の仲で、最も目が良いと。その視力が遺憾なく発揮されたのか、少しは離れた場所に何かがある。茶色の塊と行った方がいいだろうか。バイザー越しに目を細め、その正体に気づいたセシリアは、背筋に冷たいものを感じて、反射的にバヨネットを構えた。

「あれは、エイゲルだ!」

 セシリアの口にする魔物の名前に、ジャックとマーカスもバヨネットを構える。エイゲルは、鷹や鷲などの猛禽に良く似た姿をしているが、翼を広げた大きさは猛禽の何倍もあり、またより獰猛な性格で知られている魔物だ。未知の敵である「翼ある人」に次いで、今度は獰猛な「魔物」、なんてツイていないのか……、セシリアは砂の上にうずくまるエイゲルを睨み付けた。

 ところが、エイゲルは身動きひとつしない。それどころか、翼を折りたたみ、背中や腹に矢をつきたて、体のあちこちから血を滴らせていた。どうやらすでに息はないようだと、感じた三人は、警戒しながら、エイゲルの死骸に近づいた。

『こいつはでかい……並のエイゲルじゃないっスね。死んでるとは言え、ちょっと怖いっス』

 と、エイゲルの死骸を驚きと共に見つめるジャック。彼の言うとおり、普通のエイゲルよりもまだ一回り大きい。その見たままの素直な感想の隣で、冷静な分析を行うのは、マーカスである。

『エイゲルに刺さっている矢は、ガモーフの神衛騎士団の矢羽です。まさか「翼ある人」は、このエイゲルを狙っていたんですかね?』

「分からない……、でも付けられた傷は、明らかに、あいつの槍のものじゃないな」

 セシリアは、確認のためバヨネットの小剣で、つんつんとエイゲルの背中をつついてみた。すると、もぞもぞとその翼が動いたではないか。驚きとともに、セシリアはバヨネットの引き金に指をやった。

『待ってください、セシリア中尉! 羽の下に何かいるみたいっス』

 ジャックがセシリアのバヨネットを押さえつけると、自らエイゲルの翼を「よっこらしょ」とはぐった。すると、そこにいたのは、セシリアと大して歳の変わらない少年であった。

 全身をぼろぼろに傷つけ、青白い顔をする少年は、衰弱しきっている。このまま放置しておけば、日が傾くまでには、少年もこのエイゲルと同じように死んでしまう。一方のエイゲルはおそらく、ここで力尽き、最期に少年を砂漠の直射日光から守るために、その翼で覆い隠したのだろう。

 だが、そこにどんな事情があるのか、皆目見当もつかない。それでも、栗色の髪と肌の白い少年の哀れな姿に、セシリアは胸が苦しくなった。

『この人の着ている鎧。センテ・レーバンの鎧です。しかも、この装飾は、騎士団長クラス以上の……』

「マーカス、分析はいい! すぐに手当てを!」

『こんな砂漠の真ん中じゃ、無理ですよっ』

「それなら、この人を帝都まで運ぶ。二人とも、手を貸して」

 セシリアは、バヨネットをホルダーに収めると二人に指示を下した。二人がの驚きの声が、兜の耳あてを介して聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。


 全身を映し出す鏡の前に立っているのは、禿頭の男。髭こそ蓄えてはいないが、神経質そうな眼光は鋭い。初老にもかかわらず背筋はピンと張り、背も高く、身を包むダイムガルド軍将校の浅緑色の軍服もしっくりと馴染んでいる。

「皇帝陛下の御前会議は気が重い……」

 男は少しだけ捩れたネクタイを元に戻すと、顔色は変えずに深く溜息を吐いた。

「良い報告が出来れば、少しは気も楽なのだが、参議の連中は軍部に金を落とすことを、以前から嫌っていた」

「仕方がありませんわ。彼らは軍政のことにまるで疎いのですから」

 まるで砂漠の国に似合わない、清涼な風を思わせる女の声が、男の背後から聞こえた。その声の主が誰であるのか知っている男は、振り向かなかった。

「しかし、この事態において、未知の敵に対する防備を固めなければならない。そのためには、追加の予算が要る。停止した『飛航鯨(ひこうげい)』の三番艦の建造すらままならないようでは、『翼ある人』に対抗することは難しい」

「そのことですが、第三兵工廠から予算計上の上奏が届いていますわ。御前会議で提出されますか?」

「しないわけにはいかないだろう」

 男は踵を返した。部屋の中は、ほとんど殺風景だった。執務机と応接セット。作り付けの暖炉はただの飾りで、その上にずらりと並べられた勲章は男の、せめてもの調度であった。そんな部屋の片隅に立っていた女は、ヒールの踵を鳴らしながら、男に歩み寄ると、携えていたファイルの中から、一枚の紙切れを取り出した。彼女の言った「上奏文」である。

 それを受け取ると、男は上奏文に目をやりながら、ふと女の姿を目じりに捉える。スラリと伸びた背丈、軍服に包まれた女らしい体つき、妖艶ささえも伺える眉目と唇に、ダイムガルド人特有の浅黒い肌が華を添える。別段、この私設秘書の女を女として見てはいないが、それでもお世辞抜きに美女と呼んで差し支えはないだろう。しかも、秘書としての腕は厳格で、折り紙つきとくれば、言い寄らない男も少なくはない。しかし、何を思っているのか、この女は良縁さえも断り続け、自分の秘書として働いてくれる。そのことに感謝しない男ではなかった。

「第三兵工廠め、予算計上にかこつけて、工員の増派まで要求しておる。今から、御前会議での参議どもの青筋が目に浮かぶよ」

 上奏文を秘書に返しながら、男は鼻で笑いながら言った。

「この国は、センテ・レーバンやガモーフに比べて、苛酷な環境にある。鉄鋼資源こそ郡を抜いておるが、交易そのものがギルド連盟に握られている以上、金も水も食い物も、すべてが有限の資材だ。しかし、それを踏まえても、いつ戦争が起こっても良いように、動的防衛力の強化はしておかねばならない。『翼ある人』などという、得体の知れない敵を前に、もしも戦うこととなれば、憂慮しなければならないのは、それこそセンテ・レーバンとガモーフの存在だ」

「そうてすね。我々が『翼ある人』と戦っている間に、かの国が手を結び、わが国の領土を侵犯しないとも限りません」

 と、秘書が返すと、男は少しばかり驚いた顔をして「なんだ、君が軍務に口を挟むとは、珍しいな」と笑った。だが、秘書はにこりともせずに返す。

「わたしも、軍人の一人です、お忘れですか?」

「むっ、そうであったな……。さて、そろそろ御前会議の時間だ、参るぞ」

 男は苦笑すると居住まいを整えて、秘書を従え部屋を後にした。部屋の外は長い廊下が左右に伸びる。軍令部の施設、大本営であるから、華美な装飾は施されておらず、赤いカーペットが無骨な壁にひどく浮いて見えた。会議室までは、一度渡り廊下を渡って、大本営の向かいにあるダイムガルド皇帝の居城「皇居」に向かわなければならない。それほど遠くはないのだが、これから始まる参議とのやり取りを思えば、足が重くなるのも無理はない。

 廊下ですれ違う士官たちは、皆、男の姿を見止めると、背筋を伸ばし敬礼をとる。それだけで、男の身分の高さがうかがい知れるものだが、いちいちその敬礼に答えると言うわけには行かないので、男は無視するように通り過ぎた。もともと、軍隊と言うところは上下関係が厳しい。それは、何もダイムガルド帝国軍に限った話ではなく、センテ・レーバン騎士団でも、ガモーフ騎士団でも同様であった。

 ただ、とりわけダイムガルドはそうした慣習がきつく、とくに男のように位の高い者ほど、神のように崇められる。しかし、男としては、自分の存在と言うものをそれほど過大評価はしていなかった。

『ヨルンでのうのうと生き残った、臆病者』

 と、自分で評していることは、まだ誰にも語ったことがない。傍らを歩く、信頼の置ける美人秘書にもである。示しがつかない、という理由もある。そのため、表面上は偉そうに胸を張り、威厳をちらつかせているが、内心は軍の厳しい上下関係を気にはしていなかった。それよりも、懸案事項は、禿頭の中にぶら下がっているのだ。

 渡り廊下を越えると、香の匂いがする静寂の「皇居」である。さすがは皇帝の住まい。渡り廊下一本を隔てて、そこはセンテ・レーバンの王宮にも負けない美しさがある。そんな場所で、会議を催すなど無骨すぎる話だが、御前会議は皇帝陛下の前で陛下を交えて行われるものであり、臣下の身としてはこちらから赴くことが、礼節であった。

 何度か階段を昇り、何度か廊下で皇室付きの侍女とすれ違い、ようやく辿り着いたのは、大きな観音開きの扉である。言わずもがなだが、その向こうが御前会議の会議場となっている。さて、いざ「戦場」へ! 男はぐっと厳しい顔つきをしてドアノブに手をかける。

 このとき、男はよもやこの会議中に、軍部の末端である哨戒小隊から「『翼ある人』が無限と砂漠に現れた」という報告を受けるとは、夢にも思っていなかった。ただ、いつもと同じようにドアをノックし、自らの名を名乗り、参議どもの浮かない顔を総ざらえしながら、会議室の中に入る。

「ダイムガルド陸軍元帥エイブラムス・コック大将、ただいま参りました!!」

 

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