58. 訣別の刻(とき)
「な、何故だっ!?」
ライオットは青ざめた顔で、信じられないと、呟いた。アルサス……いや、フェルトがその性格から、銀の乙女を安易に殺したりなど出来ないと、タカをくくっていた節はあるものの、それでもフェルトの行動に驚きは隠せない。だが、それ以上に驚愕すべきは、銀の乙女がその口を開いたことだ。
レパードの魔法装置は、技術院に直接命じ、「遠見の鏡」と同様に古代遺跡の技術を転用させて開発させたものである。レパードは、四精霊の魔力に反応する他の魔宝石と違い、魔力を蓄え人間の精神に作用する。ライオットは、それに目をつけて、説得や勧誘を施すよりも、もっと手軽にシオンや銀の乙女を、自らの意のままに操ろうと画策したのだ。
そうして、何度となく罪人などを用い、人体実験を試みた。更には、捕獲したハイ・エンシェント「ガムウ」の巨体での実験も試みた。それらはすべての実験は順調に成功し、レパードの魔法装置を取り付けられた者は、自ら自我やアイデンティティすべてを喪失し、自らの意思で言葉を発することはおろか、体を動かすこともままならず、ただひたすらに、ただ従順に、主たる者の命令に従い続ける。
だから、目の前の少女が、フェルトの剣に胸を貫かれ、彼の名を呼んだことは、驚きに値した。レパードの魔法装置が失敗作だったというのか? それとも、銀の乙女が、魔法装置の呪縛を解き放ったというのか? いろいろな疑問符が、ライオットの脳裏を掠めていく。
一方、アルサスもまた、ネルがか細い声で自らの名乗った偽名を口にしたことに驚いていた。顔を上げたアルサスを見つめるネルの瞳に、先ほどまでの空ろな色はない。代わりに、薄っすらと涙と憂いを帯びて、アルサスの顔を見ていた。
「ネル……?」
胸を貫かれたにもかかわらず、ネルは痛がりも苦しみもしない。それどころか、傷口からあふれ出さなければならない、真っ赤なものが一滴たりとも零れない。確かに、アルサスの剣は、ネルの薄い体を貫き、その切っ先は彼女の背中から顔を見せている。
「アルサス、どうして嘘を吐いたのですか? 最初から、わたしを殺すつもりだったのなら、どうしてアトリアの森で……ううん、辻馬車の中でわたしを殺さなかったんですか?」
今度ははっきりとした口調で問いかけてくる。すると、突然ネルの全身を、光り輝く微細な粒のようなものが包み込んだ。それはまるで、ネルの体が光っているかのようだった。光の粒子は、徐々にアルサスの剣を包んでいく。アルサスは、咄嗟に剣を離した。危険を感じたからではない。ただ、得体の知れないその光の粒子に、言い知れぬ不安を感じたからだ。
「ネルっ、お前まさかっ」
アルサスが言いかけた言葉を塞ぐかのように、アルサスの剣が光の粒に浸食され、跡形もなく消え去った。それどころか、ネルの胸には傷一つついてはいない。
「どう……なってるんだ?」
うろたえるアルサスは、後ずさりする。ブーツの踵が、壇の端にかかり、危うく転げ落ちそうになったアルサスの眼は、心なしか怯えているようだった。
そんなアルサスの耳元に、高らかな男の笑い声が響いてくる。疑問符を浮かべるライオットではない。クロウに剣を突きつけられたギャレットでもない。
「私たちの体を取り巻くフォトン・アクシオンがあれば、傷を直すことなど、造作もないことです、フェルト殿下。だから、あなたは王家に伝わる聖なる剣、『ナルシル』を持ってこの王城を出奔なされたのでしょう? 銀の乙女を殺すために」
悠然たる足音を響かせながら、そう不敵な笑みとともに言ったのは、モノクルが良く似合う精悍な顔つきと金色の髪が印象的な青年、メッツェ・カーネリアだった。先ほどまで、その存在を消すがごとく、宰相付き参謀官として玉座の背後に控えていたメッツェが、含みのある言い方をしながら、歩み出てきたことには、誰もが驚いた。
「どういうことだ、説明しろ、メッツェっ!!」
ライオットが怒鳴る。しかし、メッツェは動じることなく、冷ややかな笑みを落とした。
「メイド長に頼んで、ネルのティアラに仕掛けた魔法装置を取り外しておきました。彼女に、真実を確かめてもらうため。そして、『約束の日』を達成するため……。今彼女の額にあるのは、ただの飾りです」
「何だとっ! あの女、メイドの分際で舐めた真似を……っ!」
ぎりぎりと歯軋りするライオットの脳裏には、鉄面皮のようなメイド長の顔が過ぎる。
「日ごろから、あなたのバカさ加減には愛想尽きていたそうです。もっとも、それは私も同じ。クロウ殿と同じく、私にとっての使い勝手のいい手駒に過ぎないあなたが、千年の王国を築くなどと、身の丈を弁えられてはいかがかな?」
「貴様も私を裏切るのかっ!?」
「裏切る? そもそも、私はあなたに与した覚えはない。十年前、行方の分からなくなった銀の乙女を探すのに、宰相と言う立場が、ちょうどいい手駒だった。操り人形立ったのは、あなたご自身だったということです」
「このシモンズ家当主である、私を操り人形呼ばわりするとは。何が目的か!?」
「それをあなたに話したところで、その果糖でできた貧相な頭で理解することは出来ないでしょう。しかし、それでも、あなたは、愚かな人間の代表格だ」
歯に衣着せぬ、まさにそんな風にメッツェはばっさりと言葉の剣で、主人たるライオットを切り落とすと、その視線をネルに向けた。
「ネル……これで分かったろう? 人間が如何に愚かで、分かり合えない生き物か。私利のため、自らの身の丈に合わない力を欲する者。それを見るや、手のひらを返したようにひれ伏す者たち。彼らもまた、その力を求めている。自らの欲のため、他人を犠牲にすることを正しいと思う者たちだ。それこそ、シオン殿下に剣を向けた、そこの魔法使いの少女とて同じ。人は、誰かを犠牲にすることで、自らの幸福を得ることしか知らない。こんな分かり合えない世界では、明日も命が失われるだろう。ハイゼノンで君を守って死んだ、あのメルという少女のように……。そんな世界に、何の希望がある? 価値がある?」
語り掛けるメッツェの言葉は、他の誰に向けたものではなく、光の粒に覆われたネル一人に向けられていた。
「約束の日が来たのだ。アストレアと、私たち『奏世計画』の子が交わした、約束の日が……。十年前、遺跡船で君のコールドスリープが解けたことも、こうして私と再会したことも、すべてはアストレアさまのご意思だ」
「アストレア様のご意思……」
視線だけ、真っ直ぐにアルサスを捉えたまま、メッツェの言葉を反芻するようになぞるネル。
「アストレアの意思だとっ! お前自身も、白き龍の力を手に入れたいだけじゃないのか? そうして、世界を滅ぼすのか!?」
ネルにだけに語り掛けるメッツェの間に割って入るように、アルサスが声を荒げた。アルサスの声は心なしか上ずっている。それは、ネルが魔法装置に操られていたわけではなく、自らの意思でルミナスを滅ぼしたという事実を目の当たりにして、怯え、戸惑っていたからだ。何か得体の知れないもの、そんな眼でアルサスは、ネルから視線を逸らした。
そんなアルサスのことを、冷ややかに見つめるメッツェは、静かにネルの傍に歩み寄り、アルサスの問いかけに答えた。
「フェルト殿下。ライオットと同じように、何か勘違いをしているようですね。『奏世の力』は白き龍を蘇らせる力ではありません。白き龍など、たった十六個の解除コードを唱えれば、誰にでも蘇らせることが出来る。忌むべき白き龍と、神聖なる使命を帯びた『奏世の力』を同一視してもらっては、困ります」
「神聖なる力なんて、どのみち世界を終わらせる力であることに、何の変わりがあると言うんだ!?」
「世界は終わるのではありません。生まれ変わるのです。悲しみも苦しみもない世界へと……」
「悲しみも、苦しみもない世界……」
再びメッツェの言葉を反芻したネルは、ようやくメッツェの顔を見た。硬い表情で、二人を見つめるアルサスとは対象的にメッツェは優しくネルに微笑む。
「そうだ、ネル。そのために、アストレアが約束の日が訪れるまで、封印した君の記憶と真の奏世の力を完全に目覚めさせなければならない。君の力があれば、この世から、悲しみも苦しみもすべてなくなる。あらゆるものが、幸福のうちに生をまっとうできるんだ」
「本当に、アストレアさまは、わたしたちとそんな約束をしたんですか?」
「君は眠りについている間、その力を悪用されぬよう、アストレアによって記憶を封印された。だから、憶えていないのも無理はない。だが、アストレアは、終末の前に、私と君に約束をした。それはベスタ教の伝説ではなく、真実だ」
「あなたは一体……? 何故、何もかも知っておられるのですか?」
ネルの問いかけに、メッツェはそっと彼女の肩に手を置いた。すると、ネルの体を包み込む光の粒に呼応して、メッツェの全身もすっぽりと光の粒に覆われてしまった。
「フォトン・アクシオン。私たち『奏世計画』の子にのみ与えられた神の光。私は君の兄であり、世界を監視する『奏世の眼』。即ち『金の若子』だ」
メッツェの言葉に、メルは驚きを隠せず振り向いた。「金の若子」であることを示すがごとく、メッツェは金色の髪をかきあげつつ、慈愛ともとれる優しげな笑みのまま、続ける。
「そして、君は我が妹。『奏世の力』即ち、『銀の乙女』ハンナ・フリュゲール。それがネル、君の本当の名前だ。私たちは、欲望と悲しみに満ちたこの世界を、真の幸福たる世界に生まれ変わらせるという崇高なる使命を、マリア・アストレアさまから頂いた天使なんだ」
その信じがたい言葉と裏腹に、ネルはまるでそうであることを予見していたかのように、少しだけ眉を動かした。
だが、アルサスはメッツェの口から語られる真実に、頭を振る。母から聞かされた話とずいぶんと違う。しかし、それだけではない。メッツェ・カーネリアという宰相府の参謀官に過ぎないと思っていた男の、突然の告白は、アルサスの足元を揺らした。
いくつもの疑問が、結びつきそうで結びつかない。真実を知る一歩手前で、足止めを食らったようなもどかしさ。だが、それに比しても、アルサスの心の内をかき乱すのは、メッツェがすべてを知る立場。すなわち、「金の若子」であるという告白だ。
「金の若子」とは、ベスタ教の経典に記された、「銀の乙女」と対を成す、女神の天使。それまで、ライオットの金魚の糞だと思っていた男の、想像しえなかった正体の暴露に、アルサスは言葉を失った。
ネルの本当の名が、ハンナ? メッツェと兄妹? 世界を生まれ変わらせる? マリア・アストレア?
あらゆる疑問の中で、アルサスはメッツェとメルの交わす、言い知れぬ絆のようなものを見つけ、自分がその外側で、ライオットと同じ線の上に立っていることに気づかされた。
「奏世の力は、世界を変える力」エントの森で、ローアンが語った言葉。今更ながらに、その本当の意味は、白き龍と呼ばれる、あの滅びの光のことではないことを思い知る。だが、何が出来る。何をすればいい? あと一歩後ずさりすれば、体は壇から転げ落ちるだろう。そして、ネルがどこか遠くへ行ってしまうような焦りがあった。
「何が、奏世の力か。何が、奏世の眼か……。世界を生まれ変わらせるなどと、我が千年王国の理想の前には児戯にも等しい。そのようなわけの分からぬものを受け入れられるものか」
不意に耳元に届く、ライオットの呟き。メッツェとネルの会話に閉口していたのは、アルサスだけではなかった。手駒と思っていた腹心の裏切りにも等しい告白は、信頼の分だけ、クロウの離反よりも、ライオットの心をざわつかせ、怒りに火をつけた。
「おのれ、メッツェーっ!!」
腹心と思っていた男の、予想もしない突然の裏切り。すでに驚きを通り越して、ライオットの脳裏は怒り一色に染まる。そこには、なぜメッツェが裏切ろうとするのか、という疑問など差し挟む余地はなかった。裏切り者は死を以って購え。そんな短絡的かつ単純な思考のみが残されたライオットは、完全に頭に血が上った状態で、そうでなくとも吊りあがった、蛇のような眼をより一層吊り上げ、腰に帯びたサーブルを引き抜く。式典用の装飾を凝らした飾りの細剣だが、丸腰の男を突き殺すことくらい造作もない。
「か、閣下!!」
傍で、クロウが制する声も、耳に入らぬライオットは、細剣でメッツェを突き刺した。その刹那、メッツェの体を覆うフォトン・アクシオンなる光の粒が、ネルを貫いたアルサスの剣同様に、ライオットの細剣を飲み込み、消し去った。
「金の若子たる私を殺そうとする方が、児戯に等しい……」
薄く他人を見下すような笑みを浮かべたメッツェが、指を鳴らす。乾いた音が当たりに響いたかと思うと、おもむろに、黒い影がライオットの背後に近づいた。
油断していたわけではなかったが、クロウがライオットに気をとられている隙に、ギャレット・ガルシアがすばやくライオットを背後から切り伏せたのだ。
「ギャレット……! 貴様もかっ」
振り向きざまに、血反吐を吐き出したライオットの眼が、ギャレットをにらみつける。ライオットの血反吐は、黒い鎧をべったりと汚したが、ギャレットは気にすることもなく、いたってまじめな顔で、
「俺も好き好んで人殺しをしているわけじゃない。ヨルンの戦で、戦場を得ることも許されず、おめおめと生き延びたと、汚名だけを着せられた俺たち黒の部隊の生き残る術が、人殺しだけだった。だがな、その名誉を取り戻せるのであれば、俺は誰にだって着く。それが、天使サマでもな……。あんたは忘れてたのさ、俺も、誇り高き騎士の端くれだってことを!」
「ぐぬうっ!」
ギャレットの剣が引き抜かれ、その傷口から大量の鮮血が噴出すとともに、ライオットは奇妙な声を上げて絶命した。あと少し、あと少しで頂点を極めようとした、シモンズ家の男の末路としては、あまりにもあっけなく、あまりにも情けない最期だったといわざるを得ない。
「ギャレット・ガルシア。お前が名誉を取り戻したいというなら、天使の騎士となれ……。お前の罪と、お前が失った名誉は、世界が生まれ変わるその日、回復されるだろう」
崩れ落ちたライオットの亡骸を、ただの肉の塊でも見るような顔をして、メッツェが言う。ギャレットは血塗られた剣を腰の鞘に収めると、膝まづきメッツェに服従の言葉を継げる。
「はっ! 仰せのままに! 金の若子さま、銀の乙女さま」
僕の言葉を耳に、メッツェは再びネルの方に向き直る。
「世界を変える。私たちは、その使命……いや、約束を果たす。さあ、ネルこの手を取るんだ」
そう言って、メッツェはネルの目の前に手を差し伸べた。
今更ながらに、アルサスはギャレットの口走った「あのお方」というのが、メッツェであったことに気づくが、もはやそんなことはどうでもいい。すべてが、はじめからメッツェの思惑に沿ったものだったとしたら。ネルを生かし、彼女の真実を知りたいという気持ちに付き合った結果、ハイゼノンの騒動に巻き込まれ、彼女の心に癒えない傷を与えた自分は、メッツェのいう「世界を生まれ変わらせる」ことの片棒を担いだにすぎない。
だが、何が正しいのか、今アルサスにそれを論じる時間はなかった。
「だめだ、ネル!! 世界を生まれ変わらせて、その世界が本当に幸せになるかどうかなんて、誰に言える? 人は分かり合えない。だから戦争をする。命を落とす。でも、メッツェの手を取れば、君は必ず後悔する」
根拠のないことを言っていると分かっていながら、アルサスは咄嗟に手を伸ばした。ネルがこれ以上遠くに行ってしまうのが怖かったのかもしれない。だが、それにも増して、メッツェの言葉を信じられないとアルサスは思う。
「いいだろう。ハンナ、君が選ぶんだ。私の手をとるか、フェルト殿下の手を取るか……」
ネルの前に差し出された、二つの手……。一つは、自分を助けてくれた少年の手。もう一つは、自分と同じ運命を持つ青年の手。
どちらを取るべきなのか、どちらが正しいのか、ネルには良く分からなかった。しかし、少なくとも、メッツェの言うとおり、分かり合えないで戦争を繰り返し、命が消えていく世界に希望も価値もないと、ネルも思う。
『こんな世界、いやだなあ……』
心の隅で、眠っていても目を覚ましていても、いつでも蘇るメルの言葉。血は繋がらなくとも、妹として十年間寄り添ったメルの最期の言葉は、ネルに十六個の解除コードを口にさせた。
決まっていたのだ。これも最初から。ネルが自らの言葉で、ルミナス島を滅ぼした瞬間から、もう後戻りしないという、覚悟が。
「世界を変えられたら、メルは……メルは笑ってくれますか?」
そっと顔を挙げ、メッツェに問う。メッツェは言葉にせず、ただ静かに頷いた。その頷きをかき消そうとするかのごとく、アルサスが叫ぶ。
「行くなネル! メルが死んだのは、君の所為なんかじゃないっ!! 失われた命は、君が後悔し続けることを望みはしない」
「分かっています……。だけど、あなたは、わたしを殺して全部終わらせるつもりだった。メッツェさまからお話を聞くまで、わたしは何も知らなかった。あなたが、この国の王子さまで、わたしを殺すために家出したことも……。だったら何故、出会ったその時にわたしを殺してくれなかったんですか? そうすれば、メルは死ななくて良かったかもしれない」
「それは……っ! 何も知らない君を、殺すことが出来なかったからだ。君が悪い人間には見えなかった。世界を滅ぼすような人間には見えなかった。だから迷った。君を殺すべきなのか、生かすべきなのか。それは嘘じゃない、本当だ! だから……」
「死んでもいいなんていうな。あなたは、旅の約束にそう言いましたよね?」
ネルの言葉がアルサスを絶句させる。
「わたしは、多分あなたを信じられない……。嘘で塗り固めた、あなたの言葉を。だって、そうでしょ? あなたは現に、わたしを剣で貫きました。人が分かり合えないというのなら、あなたとわたしも分かり合えない。だから、あなたの剣がもう一度、わたしを貫く前に、わたしは世界を変える」
ネルはメッツェに視線を戻すと、メッツェの差し伸べた手のひらに、細い指先を添えた。それは、暖かなアルサスの手のひらに告げる、決別の意思だった。
「では、行こう。君の記憶を取り戻し、世界を変えるための旅に……」
メッツェはネルのか細い手をしっかりと握り締めた。そして、左手で玉座の背後を指差す。すると、その指先に光の粒が集まる。メッツェの指先が空中になぞるように、なにやら魔法文字を描くと、音もなくあたりは輝きに満たされ、一瞬の後に玉座の後ろに、巨大な光の扉が現れた。
扉はゆっくりと観音開きに開き、メッツェとネル、そして僕たるギャレットを招き入れる。固唾を呑み
それを見送るしか出来ないアルサスと対照的に、参列者たち、そして、ルウ、ナタリー、フランチェスカ、クロウは、ただ呆然とその神秘的な光景を見つめていた。
やがてメッツェに手を引かれたネルは、一度も振り返ることなく、光の扉の向こうへと姿を消す。その扉の向こうが何処へ繋がっているのか分からない。アルサスの知らない場所、それだけは確かだ。
「行くな、ネルーっ!!」
アルサスの叫びを他所に、光の扉は光の粒になってはじけ、最初からそこには何もなかったかのように、消えうせた。
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