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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第六章
54/117

54. 王位継承即位式

 中央塔の舞踏の間。飾り窓に、いくつ者きらびやかなシャンデリア、赤いカーペットが華を添える舞踏の間の奥にある謁見の間と、それをしきる扉を開け放てば、縦に細長い、式典会場が出来上がる。その広さと言ったら、走り回っても剣を振り回しても、有り余るほどである。しかも、舞踏の間の入り口に立つと、謁見の間の一番奥にある、一段高い玉座は豆粒ほどにしか見えないのだ。

 そんな式典会場に、人々が集まる。千人は下らない祝賀客である。しかも、普段では見ることのかなわないそうそうたる面子。まず、玉座に一番近いところには、センテ・レーバン各地から集まった諸侯。無論、反乱を起こしたファレリア公や、逮捕されたハイゼノン公の姿はないものの、八百諸侯と呼ばれるほどたくさんの諸侯がこの国にはいることを、改めて見せ付けられる。

 その後ろに並ぶのはは、ガモーフ神国からの使者と、ダイムガルドの高官たち。敵国の人間ではあるが、現在は停戦協定を結んでいる。表面上は友好の印として、センテ・レーバンに新たな国王が即位することを祝っている。だが、内面ではやはり、形だけの祝賀ということなのか、それぞれの間に、言い知れぬぎすぎすした空気が流れていた。

 そんな三国の要人の更に後ろに参列するのは、ギルド連盟の主催者たちである。ギルド・リッター、ギルド・マーチャント、海運ギルドなどをはじめとする、主要ギルドから、小規模ギルドの主催者たちまで集まっている。彼らとしては、ギルド連盟と王国の間柄が、とても友好的であることを示す、パフォーマンスの意味も込められていた。

 ただひとつ、魔法使いギルドからだけは、主催者たる魔法学園校長の姿はなく、その名代としての幹部と一部の学生が参列していた。それには、ルミナス島で起きた、ガムウ事件が関与しており、魔法学園校長の姿がないのは、彼らなりの意思表示でもあるのだが、それを知っているものは少ない。

 各来賓たちの思惑や感情が渦巻く中、伝統に則って、アトリア連峰の上に月が昇る時刻を待ち、ついに次期国王の即位式がしめやかに始まった。

 即位式と言っても、戴冠の儀式自体は、夕刻のうちにすでに済ませてある。これには、王家のものだけが出席を許されており、各国の来賓が出席する式典そのものは、どちらかと言えば「お披露目」の意味が強かった。

「おお、あれが、シオン・コルネ・レーバンさまか!」

「聞いていたよりも、幼い」

「しかし、幼いながらに、すでに気品を備えられている」

 壇上に、ウェーブがかった栗色の髪をした一人の少女が姿を現すと、参列する来賓たちは口々に囁いた。それもそのはず、大衆の面前に、シオン・コルネ・レーバンが姿を見せるのはこれが初めてのことだった。噂だけなら、民間にまで流布している。しかし、見ると聞くとでは大違い。シオンと言う名から、その次期国王たる子どもが少女であることを想像した者は多くはないだろう。センテ・レーバンでば、シオンと言う名は本来、男子につけられる名なのだから、無理もない。しかし、その名にそぐわぬ少女は齢十一歳の幼さに、可憐さと王家の女性ならでわの気品を兼ね備えていた。

 そして、人々が目を奪われたのは、きらびやかなドレスと、輝きを放つ王冠である。ドレスは、先代国王の妻であり、シオンの実母である(きさき)が愛用していた純白のドレスを、まだ幼いシオンに合うよう、仕立て直したものである。ルリボシタテハ蝶の繭から採られた絹糸は、真っ白に透き通り、色あせたりはしない。

 また、王冠は新たに作られたものであり、それこそが次期国王の象徴でもあった。金の細工には、色とりどりの輝きを放つ宝石がちりばめられている。中でも一際、人目を引いたのは王冠の中心で燦然と輝く、まだら模様の宝石である。センテ・レーバンでしか採る事の出来ない、とても希少価値の高い宝石だ。

「センテ・レーバン王国、第五十五代国王陛下、シオン・コルネ・レーバンさまの御前である!」

 玉座に越しかける少女……シオンの隣に立ち、皆の平伏を促すのは、王国宰相ライオット・シモンズ。整えられたカイゼル髭はいつになく、尖っていた。まさに、それは、センテ・レーバン王国での、ライオットの権勢が頂点を極めたがごとくであった。

 ライオットの即位式に際しての口上が終わると、来賓の者たちは、一人ずつ玉座の麓へ歩み出て、跪いてはお祝いの言葉を重ねる。まずは名と身分を名乗り、「このたびは、この良き日に、シオン陛下がご即位なされましたことを、お喜び申し上げます」といった型どおりの文句は、式典会場を右へ左へと抜けていくばかりである。

 それに対し、「ありがとう」と子どもらしい口調で述べるシオンは、どこか空ろな顔をしていた。可憐な顔に似合わぬ、焦点の定まらない瞳。眠たいわけでもないのに、口調も確かなものではなく、まるで人形が賛辞に礼を述べているかのようだ。

 来賓たちは皆、シオンのぼんやりとし心ここにあらずといった姿に、疑問符を浮かべかけたが、武器を手に式典会場を護る、親衛騎士団や、なにより壇上から見下ろすライオットの、蛇のような瞳に圧倒されて、その口を噤んだ。

 粛々と、来賓代表者の賛辞が続く。そんな参列者の最後尾、背が低く、シオンの姿さえまともに見えないまま、やきもきしている少年が一人。丸ぶちの眼鏡に、切りそろえられた前髪、身の丈よりも大きなとねりこの杖を手にした少年……ルウがやきもきしているのは、なにもシオンの姿を見ることが出来ないからでも、形式的な即位式典に退屈しているからでもなかった。

 自らの前に立つ、ナタリーが、いつその懐から短刀を取り出し、シオンを殺そうとするのか、気が気ではなかった。ルウは式典の間ずっと、ナタリーの制服のすそを握り締めていた。ぎゅっと強く掴んでいると、何度も「やめて」「離して」とナタリーに叱られたが、その手を離せば、ナタリーは今にも飛び出していって、センテ・レーバンの新国王を殺めるような気がしてならなかった。

 すべては祖国ガモーフのため。優等生のジャレン・ジャラ率いる「エルフォードの会」はそう言ったが、ルウにはどうしても納得が出来なかった。ナタリーたちがしようとしていることは、悪いことだ。人の命を奪うことは、人殺しと同じだ。たとえ、「ガモーフを護るため」と大義名分を口にしたところで、それはハイゼノン公が街の平和を護るために、貧民たちを襲ったこととなんら変わりはないだろう。殺される側の心情を考えれば、すぐに分かりそうなものである。

 だが、ナタリーたちにも譲れないものがある。その想いが噴出したのが、ルウ不在の内に起きた、ガモーフ人学生の自殺事件であったとしても、一番ルウが悲しく思うのは、ナタリーが人殺しになる覚悟を決めていることだった。

 だから、手を離すことが出来なかった。本当は、アルサスがネルの手を握るように、自分もナタリーの手を強く握っていたい。そうすれば、もっと確実に、ナタリーの戦意を挫くことが出来るかもしれない。でも、そうできないのは、ルウが、どんなに生意気な態度をとったり、大人に対して物怖じしない子どもであっても、純情なところがあるということなのだ。

 せめて、今すぐにでもナタリーとセンテ・レーバンの人たちが、分かり合うことが出来たら。そう願う気持ちは、ナタリーの制服を掴む手のひらをよりいっそう強くする……。

『女神アストレアさま、どうかお助け下さい!』

 やがて、参列者からの祝いの言葉が終わる。最後に順番が廻ってきたのは、魔法使いギルドである。幹部の代表者が祝辞を述べるべく、玉座の方へと歩み出る。エルフォードの会と、ルウもその後に従った。そして、玉座にちょこんと可愛らしく座るシオンの前まで来ると、幹部に倣って、エルフォードの会のメンバーも、みな跪いた。

「この良き日に、シオン様が新たな国王陛下となられましたこと、魔法使いギルド一同、こころよりお喜び申し上げまする。こちらに控えます若者たちは、我らがルミナス魔法学園の学生にして、もっとも優等な成績を収めている者たちにございます。いずれ、この者たちが世界に羽ばたいた際、何卒、お引き立て願いますよう、シオン陛下、ならびにライオット閣下にお願いする所存にございます」

 幹部の慇懃な挨拶とともに、返ってくる言葉はやはり、人形のようなシオンの「ありがとう」の一言である。ルウはその違和感に気づき、ふと王冠の中央にあしらわれたまだら色の宝石に目を留めた。

『あれは……レパード!」

 嫌な予感が脳裏を駆け抜けていく。と、そのときである、すっくと立ち上がったのは、ジャレン・ジャラであった。主席卒業を控えた優等生らしい理知的な顔に、一瞬恐ろしいものが宿るのを、ルウは見逃さなかった。「あっ!」と思う間もない。それどころか、シオンの御前で、ナタリーの制服のすそを手放してしまったことをひどく後悔した。

「われら、大魔法使いサクラ・エルフォード様の意思を継ぎ、祖国のための剣となるっ!」

 ジャレンの言葉に合わせて、他のメンバーが制服の懐から、教鞭のようなステッキを取り出した。先端にはミスリルの欠片がはめ込まれた、簡易魔力増幅装置だ。彼らはそれを振り上げると、いっせいに魔法の言葉を唱えた。

「騎士団っ!」

 ライオットが危険を察知するのは、思ったよりも早かった。狡猾な政治屋である彼らしくない振る舞いだったが、それも空しく、魔法ステッキの先端から現れた火の矢、土の矢がまるで生き物のように、式典会場の天井に踊った。

 ガラス作りのシャンデリアが豪快な音を立てて割れる。粉々になったそれらの破片は、まるで冬の空を飾る雪のように、来賓者たちや騎士団の頭上に降り注いだ。それが雪だったら、どれほど良かったであろう。幸いだったことは、ガラスが細かい破片となったおかげで、たいした怪我人が現れなかったことだ。

 しかし、それでも式典会場内に悲鳴と混乱が巻き起こる。女たちは驚き泣き叫び、男たちはうろたえる。むしろ、それを狙って、エルフォードの会のメンバーは魔法を天井めがけて撃ち放ったのだ。更に言えば、玉座に目かげて魔法を放てば、玉座に仕掛けられた魔法装置による魔法障壁が展開し、彼らの魔法が防がれてしまうことは明白だった。

 だから、シオンの命を奪うには、直接その手を下さなければならない。魔法を使うのではなく、己が手でシオンの命を奪わなければならないのだ。そう、その役目を担うのが、ナタリーだった。小柄で足の速い彼女に、その任が任されたのは、至極当然といえば当然のことだった。

 シャンデリアの砕け散った破片が降り注ぐその瞬間、音もなく立ち上がったナタリーは、ツインテールに結んだ髪を揺らしながら、懐に手をしのばせ、玉座の段を駆け上った。

「ダメだ、ナタリーっ!!」

 どうして、そうしようと思ったのか、それはルウにも分からなかった。ただ無我夢中で立ち上がったルウは、心のどこかで恋している少女の名を叫びながら、走り出した。とねりこの杖を投げ捨てて、ナタリーを追い抜き、玉座の前で両手を広げて踵を返す。

 どんっ! 強い衝撃がルウの胸に突き刺さった。一瞬、式典会場が沈黙に変わる。まるで、時間が止まったかのように、降り注ぐシャンデリアの音さえも、消えうせた。

「ナタリー、ボクの好きな君に戻って」

 ルウの声はとても穏やかだった。ナタリーは何が起きたのか、理解出来ず、少しばかりうろたえながら後ずさりした。そして、自らの手のひらを見る。真っ赤に血で汚れている。しっかりと握っていたはずの短刀が見当たらない。顔を上げ、目の前に立つルウを見る。すると、彼の脇腹に短刀が突き立てられていることに気づく。

 そして、すべて理解した。

 ルウがその幼い身を(なげう)って、シオンを庇ったのだ。ナタリーの短刀は、その殺意の矛先を向けた、憎い相手であるセンテ・レーバンの新国王シオンではなく、いつも心配で気になって仕方なかった男の子、ルウの脇腹を突き刺していた。そう、突き刺したのは自分……。

「いやあぁっ!! ルウっ!!」

 自らの行いに恐怖したナタリーの、悲痛な声。それと同時に、脇腹を真っ赤に染め上げたルウは、血の気が失せていくような青い顔をしながら、その場に崩れ落ちた。

 参列の人々は、自らの頭上に降り注いだシャンデリアの欠片を払うこともなく、泣き崩れる少女と、シオンを庇った少年の二人を見つめる。その空気を打ち払うかのように、叫んだのはライオットだった。

「ええい、騎士団! 何をしておる! 直ちにこやつらを捕まえろっ!!」

 怒声がびりびりと式典会場に響き渡り、突然の事態にぽかんとしていた騎士たちが、弾かれたように鎧の音を鳴り響かせた。

 再び会場に喧騒が戻る。参列者たちは、混乱を取り戻し我先にと、会場を抜け出そうとする。騎士たちは、抵抗を試みるジャレンたちをその槍と剣を振りかざし捕らえていく。ナタリーは血に染まったルウの体を抱きしめながら、泣き叫ぶ。ライオットは、壇上から忌々しげにその光景を眺めた。

 その中で、ただ一人、シオンだけは空ろな目をしたまま、何の感慨も持たぬ人形のように、すべてを俯瞰する。

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