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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第六章
50/117

50. 研究室の罠

 センテ・レーバン王家の居城、通称「王城」はハイゼノンの城とは比べ物にならないほど、巨大である。故に、下手をすれば、メリクス地下の迷宮と比肩しうるほどの迷路となっていることは言うまでもない。しかも、城は宵を待って始まる、シオン殿下の即位式のため、そこかしこに兵隊の姿があった。彼らの多くは、クロウが所属する、親衛騎士団の人間だ。クロウの部隊は、ハイゼノンにあるから、ここにいるのはクロウ隊を除くメンバーであるが、それでも百、二百という人数ではない。ピリピリとした空気は、猫の子一匹たりとも見逃さない、そんな風に言っているように見えた。

 メリクス別邸から伸びる、地下迷宮を無事踏破したアルサスが、顔を出したのは、王城の最深部。今は使われなくなった、地下倉庫である。カンテラに照らされた倉庫には、古い武具、価値も分からないほど埃をかぶった、壷や絵画がある。財宝と呼ぶには、非常に無造作なそれらは、すべて本物ではない。ここが脱出口であることを隠すために置かれた、ダミーである。

 本来ならば、王家の者にとって最後の生命線となる地下迷宮だが、建設から現在に至るまで、一度も使われなかった証が、それらダミーに積もった埃だ。おそらく、迷宮を通って城に入り込んだのは、長い歴史上アルサスが初めてだろう。そもそも、王家の者でも、この地下迷宮の存在を知っている者は少ない。ある種、この城最大の弱点ともなりうる。もっとも、それは、複雑怪奇な迷宮を潜り抜けることが出来たらの話であり、アルサスのように迷宮の順路を知っている人間はいない。ほぼ皆無だと言っていい。五代国王が建造を命じた、大工たちは皆、五代国王の手によって秘密とともに殺されている。

 かつて、アルサスがその話を聞いたときには、夜も眠れなかった。しかし、こうして、王国初の地下迷宮踏破という偉業を成し遂げてみれば、なぜかしら不思議な気持ちになってしまう。

「さてと、迷宮よりもこの先の方が厄介だな」

 独りごちると、アルサスは倉庫の扉にそっと耳を当てた。扉の向こうは場内の廊下。左右に伸びるどちらへ進んでも、上の階に上がれるが、ハイゼノンの城とよく似ていて、片方は偽ものの階段。上階へ上がっても行き止まり。もう一方だけが、本当の道。

 アルサスは、廊下に人の気配がないことを認めると、そっとさび付いた扉を開き、廊下へと出だ。アルサスは正解の階段が右側であることを知っている。十分な警戒と、手荒なまねはしたくはなかったが、もしものために剣を引き抜いた。

 すばやい行動と足音の殺し方は、シャドウズのそれに近い。壁から壁を伝い、巡回の兵隊に見つからないように、階段を駆け上り、廊下を走り、城の北側にある塔へと急ぐ。五つの塔で形成されるセンテ・レーバン王城は、塔単位でブロックとなっている。中央にそびえるひときわ高い塔は、「中央城」と呼ばれ、王家の生活の場でもあり、朝議や執務、謁見などの大広間がある。そして、「中央城」を取り囲むようにそびえる四つの塔には、宰相府、騎士団府、魔術師府などの政務機関が存在している。中央集権体制を敷く、センテ・レーバン王国の政治と、それに携わる者の暮らしが、この巨大な城には詰っているのだ。

 その中で、アルサスが目指すのは、宰相府の下位機関「技術院」である。アルサスは、なんども警備の親衛騎士団兵をやり過ごしながら、何とか、誰にも見つかることなく、技術院の研究室へとたどり着いた。

 ちなみに、親衛騎士団の名誉のために付記しておくならば、アルサスがまんまと研究室に忍びこむことが出来たのは、彼らが無能だからではない。アルサスが、城の構造を熟知し、また「影走り」と呼ばれる、シャドウズも顔負けの隠密行動の鋭敏さにある。

 研究室の中は明かりもついておらず、いたって静かだった。もぬけの殻と言ってもいいかもしれない。今日は新たなる国王の誕生を祝う、めでたい日。おそらく、研究員たちも今日ばかりは、祝賀ムードに参加しているのだろう、と踏んだアルサスは、そっと部屋の中央に据えられた、大きなテーブルに近づいた。

 テーブルの上に散乱するのは、何事かびっしりと書き込まれた図面と、計画書の束だ。そもそも、「技術院」は王国兵団のために、新しい武器や備品を開発する部署である。たとえば、かつて、ルミナス島でスキード族のハイ・エンシェント、ガムウを暴れさせた「レパードの魔法装置」も、この技術院が開発したものだ。もっとも、そこに散乱する図面に何が書かれているのか、それを理解するには、アルサスの知識は乏し過ぎた。

「まったく、こんなものと睨めっこしてるなんて、技術院の連中にも頭が下がるな」

 そう呟きつつ、アルサスは一通り、図面を見る。ほしいのは、新型武器の開発図面などではない。「銀の乙女」「白き竜」そんな単語が書かれているものを一心不乱に探した。

 そして、テーブルの隅に置かれた、ひと綴りの計画書が目に止まる。

 魔法文字で書かれた「銀の乙女計画」の計画書。魔法文字読解の心得があれば、そこに記されている文字の意味を知ることは容易である。ほとんどその知識を有していないアルサスにとっては、タイトルを読解するのがやっとではあるが、それは探していたものに他ならない。ライオットの目的が集約された計画書、それを確認し、手に入れることが出来ればば、あとはシオン新国王に掛け合うなり、その証拠をクロウに手渡すなりすることで、ライオットの目論見を台無しにすることが出来る。

 そうすれば、何も悩むことはない……。すべては円満に終わるかもしれない。

 アルサスは迷宮を独りで歩きながら、そんな希望に縋った。そうでなければ、アルサスは決断しなければならない。迷いをすべて振り切ってでも。だが、振り切れない迷いが、二の足を踏みたくなる心が、ここにアルサスの足を向けさせたのだ。

「ネルは何処にいるのだろう……?」

 あっけなく、ライオットの計画書らしきものを手に入れたアルサスは、いささか拍子抜けした。そして、計画書を片手に、研究室の中を見回す。だが、そこにネルの姿はない。本来の目的は、ネルを救い出すこと。この広大な城のなかから、ネルを見つけ出すことは、それ自体が広大な砂漠の中から、一粒の宝石を見つけ出すのと同じくらいに、難しいことだ。

 しかし、もしもギャレットに連れて来られたネルが、ライオットから客人の待遇を受けているのだとしたら、その身柄は宰相府にあるという公算が大きい。ひとまずは、危険を冒してでも、宰相府へ向かうのが近道だろう。宰相府であれば、この技術院がある北塔の上層階にある。

 アルサスは、計画書を手に踵を返した。

 と、そのときである、研究室の扉の向こうに、いくつもの足音と鎧のかすれる音が響いた。まずい、見つかったのか!? 冷たい汗が、アルサスの額を伝う。その嫌な予感をなぞるかのごとく、研究室の扉が観音開きに開く。廊下から差し込む、ひとすじの光は淡く夕刻の光となり、赤く染まっていた。

「動くな、賊徒!!」

 光を割って、雪崩を打つように現れた幾人もの親衛騎士団は皆、銀色の全身甲冑に身を包み、物々しい雰囲気を漂わせて、研究室に忍び込んだアルサスを威嚇した。

「シオンさまご即位の、この記念すべき日に、場内に忍び込むとは」

「不届き者め!」

「大人しく縛につけっ!!」

 口々に叫ぶ親衛騎士団の槍が、アルサスの眼前に突きつけられる。悪意はない、騎士としての義務感だけが、その穂先から伝わってくるようだ。この場合、城へ忍び込んだ自分のほうが悪者である。しかし、剣を下ろすわけには行かない。

 むしろ、研究室がもぬけの殻であったことや、あまりにも無造作にテーブルの上に置かれた計画書に、少しばかりの違和感を感じつつも、注意を払わなかった自分の迂闊さを呪った。

「手荒なまねをするでない!」

 じりじりと迫る騎士団の間を一喝の下に制止して、一人の男が闊歩してくる。

「これは、これは……。今はアルサス・テイルと名乗っているそうですな。メッツェの言うとおり、技術院に兵を忍ばせておいて正解でした。のこのこ、やってきてくださるとは。もっとも、宰相府へ直接お出ましになることも考え、あちらにも警備をまわしたため、盛大なお出迎えが出来ず、申し訳ない」

 鬢付け油で整えられたカイゼル髭。フルーツばかりを嗜むという偏食家故の、痩せぎすでひょろ長い体躯。不遜な顔つきは、いかにも態度が大きく、口調の丁寧さとは裏腹に、相手に対する敬意など微塵も含まれてはいなかった。

「さて、そのアルサス殿は、今日のこのめでたき日に、シオンさまの祝賀にいらっしゃったのですかな? それとも……」

「その先は、言わなくてもわかってるんじゃないのか、ライオット・シモンズ殿? ネルは何処だ?」

 不遜な態度には、不遜な態度で返す。剣を構えたまま、アルサスが問いかけると、ライオットは口元をにやりと歪めた。

「ネル? ああ、銀の乙女の名か……。彼女なら、(わたくし)めの客人として、宰相府にてメッツェが丁重におもてなしさせていただいておりますぞ。彼女は式典の大事なゲスト……心配召されるな。それよりも、今はご自身の心配をされたほうがよろしいのではないですかな、アルサス殿?」

 ライオットの言葉に眉を顰めるアルサス。しかし、踵を返したライオットは、ちらりとこちらに視線を送り返しただけで、それには答えようとしなかった。その代わりに、騎士団に命じる。

「何をしている、さっさと賊徒を捕らえろ! 式典が始まるまで、牢にでもぶち込んでおけ」

「で、ですが、ライオットさま。彼は、もしや……!」

 騎士の一人が、アルサスのことに気づいたのだろう、躊躇を言葉にしてしまった。ライオットは、そんな騎士を鋭くにらみつけ、

「構わん。その者は、レイヴンのアルサス・テイル殿だ。ドブ烏のレイヴンには、地下牢が相応しい。そして、あなたの名は、その伝来の名剣『ナルシル』とともに、お返しいただこう。もうここには居場所などないということを、身を持って分かっていただかなくてはならん」

 と、にべもなく言い放つ。宰相はこの国の国王に次いで高位である、彼に逆らうことは出来ない、と感じた騎士たちは、あっという間に、アルサスを取り囲んだ。今更、何を言ったところで、騎士団はライオットの命にそむいたりはしない。かといって、「ナルシル」を振りかざして暴れたところで、多勢に無勢は目に見えていること。ここで無駄な血を流す覚悟は、アルサスにはなかった。

「迷いが致命的ってか。仕方ない、大人しく従うか……」

 アルサスはナルシルの剣を床に放り投げた。乾いた音が鳴り響く。そして、左手の計画書も、投げ捨てる。もはや、無用の長物。いや、おそらくこの茶番が、アルサスを捕らえるための罠だったのなら、その中身は偽者であろう。後生大事に持っていたところで仕方ない。

 両手が空いたアルサスは、投降の意を示すべく、両手を挙げて見せる。騎士団は武具を突きつけたまま、手際よくアルサスを拘束した。


 センテ・レーバン王城の正門は、城と同じく巨大である。さながら、巨人の玄関とでも形容したくなるほどだ。クロウは、その門前で困っていた。

 街角で人ごみにルウを見失ってしまった、クロウたち一行は、しばらくルウを探してみたものの、少年の背丈が、町の人たちより小さいためか、見つけ出すことは適わなかった。そこで、一度ルウの捜索を諦めて、先に王城へ向かうことにした。何故ルウは突然いなくなってしまったのか、皆目見当が付かなかったが、何にせよ追っ付けルウも王城に現れるはずだ。それならば、無駄に歩き回って探すよりも、同じ目的地へ向かうほうがいいのではないか、というのはフランチェスカの提案だった。

 しかし、城門の前まで来たクロウたちは、門がぴったりと閉じられ、門兵が物々しい顔つきで仁王立ちしていることに気づいた。今宵は、新たな国王がこの王城で即位する。そのため、警備が厳しくなっていることは分かっているつもりだったが、それでも、クロウが親衛騎士団の分隊長であることを明かしても、門兵は頑なに、「お通しできません」の一点張りであることを、クロウはいささか奇妙に感じた。

「すでに、来賓のお客様はみな、入場されています。警備の万全を期すために、たとえクロウさまといえども、お城に入れるわけには行きません。不逞の輩は、排除せよとのライオット閣下からの命令です。これ以上ごねられるようでしたら、クロウさまを捕らえなければならなくなってしまいます。どうか、それだけはご堪忍を」

 職務に忠実そうな若い門兵。といっても、十九のクロウよりは年嵩なのだが、位はクロウの方が上である。しかも、没落した家とはいっても、ヴェイル家は何代もセンテ・レーバン国王に仕えた、騎士の名家である。その名を知らぬ、騎士や兵隊はいない。

「しかし、即位式のあとは、沿道でパレードを行うはずでしょう? ならば、私たちが城内に入ったところで変わりはない。それに、私の身分は、ライオットさまが保証してくれる。そして、連れのこの方の身分は私がほしょうします」

 クロウはそういいながら、少し後ろで黙って立つ、フランチェスカを示した。ハイゼノンほど、民族意識に固着していない王都では、フランチェスカのことを奇異の目で見るような人間はいない。しかも、今宵の即位式には、ダイムガルドからの来賓も来ている。

 しかし、それでも、門兵は、フランチェスカのことを「不逞の輩」と見ているような視線を送る。それは、フランチェスカの肌の色ではなく、彼女が纏う、ギルド・リッターの鎧に向けられているように感じ取ったクロウは、

「城で何かあったのですか?」

 と門兵に尋ねた。クロウの察しの良さに、門兵は少しばかり驚き目を丸くしてから、顔をクロウの耳元に近づけた。あえて、フランチェスカの耳に入れたくない、とでも暗に言っているようだ。もっとも、フランチェスカは良くわきまえており、嫌な顔はしない。

「何かあったのですね……」

 クロウが尋ねると、門兵はこくりと頷いた。

「たった今しがた、城内に賊徒が忍び込んだようなのです。お連れの方と同じく、ギルド・リッターの鎧を身に着けていたそうです」

 押し殺した声。しかし、予想に反してよく通る門兵の声は、明らかに、フランチェスカの耳にも届いていた。すこし驚いたような顔と、思案をめぐらせるフランチェスカの顔を横目に、クロウも驚きを覚えた。それは誰だ、と出すねるまでもなく、レイヴンの少年、アルサスだ。

「それで、その賊徒は捕らえたのですか?」

「ええ、ライオット閣下が直々に。ですが……問題はそれだけではありません。これはあくまで、宰相府の情報院が集めた噂なのですが、この式典を壊すため、ガモーフの過激派が街に紛れ込んでいるというのです。そのため、即位式後の街頭パレードも中止する運びになりました。ですので、例えクロウさまといえども、門をお通しするわけには参りません。どうか、ご理解下さい」

「そう、ですか……」

 クロウは、頷くとフランチェスカの方を振り返った。そして、フランチェスカの目配せを受け取ると、門兵に「手間をかけさせました」と謝辞を述べ、フランチェスカとともに正門前を後にした。

 立ち去る背中に投げかけられる門兵の視線を感じながら、クロウはきちんと押し殺した声で、フランチェスカに言う。

「面倒なことになりました。アルサスが捕まったようですね……」

「ええ。あの子、向こう見ずなところがあるから。でも、どうするの、騎士さま? 城に入れなければ、ネルもアルサスも助け出せない。もしも、ライオットが何かをしでかそうとしているなら、今夜。時間がないわ」

 そう返して、フランチェスカは西の空に沈み行く、真っ赤な夕日を見つめた。

「夜までは、時間がまだ少しだけあります。他の門を当たって見ましょう。もしかすると、他の門兵なら、私の名が力を発揮できるかもしれません。しかし、気になるのは、ガモーフの過激派とやら」

「信憑性の置ける情報かしら? 過敏になっているだけじゃない?」

「そうだといいのですが」

 嫌な予感ほど、的中するものだ。クロウはそう言いたげに少しだけ、城を振り返った。


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