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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第一章
5/117

5. ハイ・エンシェント

「ガウっ!!」

「グルルルルっ!」

 闇に浮かぶ赤い三つの瞳が、次々と茂みから現れる。さらに、アルサスたちの背後からも、ゆっくりと獲物の様子を伺いながら、それらは姿を現した。

 魔物ヴォールフの、獰猛な牙はよだれを(したた)らせながら、じりじりとアルサスたちを取り囲んだ。一気に飛び掛られたら、勝ち目がない。どうすればいい? アルサスは後ろで震えるネルをかばうように、トンキチの傍に移動する。

「まずいな、トンキチ……数が多すぎる」

 数えられるだけでも、十や二十はいる。群れと言うより、軍勢と呼ぶほうが正しいほどだ。一匹や二匹なら、ネルをかばいながら戦うことも出来るが、こんなにも数がいては、多勢に無勢は火を見るより明らかだった。

 斬れるだけ、斬るしかないのか……。アルサスは、額から流れ落ちる、冷たい汗を拭うことも出来ず、敵を睨みつけ、牽制する。

 と、その時である、茂みからゆったりとした足取りで、一際巨躯のヴォールフが姿を現した。群れのリーダーなのだろうか、他のヴォールフたちは、彼のために道を開けた。

 巨躯のヴォールフは、ゆっくりとアルサスたちに歩み寄る。焚き火の火に照らされて浮かび上がった姿は、他のヴォールフに良く似ており、三つの瞳はどれも獰猛な光を帯びている。しかし、体の大きさは他の者たちに比べると、倍ほどもあり、威圧感のあふれる雰囲気を身にまとい、悠然と白いたてがみを夜風になびかせていた。

「バセット……」

 その名を呼んだのは、トンキチだった。

「久しいな、トニア。貴様が人間とつるんでいるとは、思わなかった」

 バセットと呼ばれた、巨躯のヴォールフはまるで、旧知の友人に語りかけるように、穏やかな口調でトンキチに言う。しかし、その声は、魔物然とした、腹に響くような低く重苦しい声だった。

「トンキチ、知り合い?」

 アルサスがそっとたずねる。

「うむ。古い友人だ。百年ぶりかの? 北方の雪山(せつざん)に身を隠したと聞いておったが……」

「百年!? トンキチ、今何歳なんだよっ!?」

 思いがけない単語に、アルサスは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。すると、バセットが、アルサスの顔を見て、愉快そうに笑う。

(われ)ら、ハイ・エンシェントは、族をまとめる長にして、魔物の中でも崇高な存在だ。人語を解するだけでなく、この世のいかなる生命よりも、長命だ。そして、貴様がトンキチと軽々しく呼ぶその者も、エイゲル族を束ねる長。そのようなことも、知らなかったのか?」

「そ、そんなこと聞いてねえよ」

「ふむ、人間と付き合うのに、崇高だの、長だの関係のないことじゃ。アルサスは、わしを友人と呼んでくれる。ならば、わしもアルサスの友人。友人に、むだな気遣いをさせたくはないからの」

 トンキチは、そう言うと、黒い瞳を細めた。バセットは、打って変わって冷たくトンキチに目をやった。

「愚かしいことよ。ハイ・エンシェントの誇りは何処へやったのだ、トニア?」

「とうに、何処かへ捨ててしもうたわ。そんなことよりも、これは何の真似じゃ? まさか、わしらを食い散らかすつもりか?」

 ぐるり、トンキチは周囲を見渡す。群れを成したヴォールフが、じっと長であるバセットの命令を待っている。

「わざわざ、そのためにアトリアの峻険を越えてやってきたと、本気で思っているのか?」

「ならば、何用じゃ、バセット。ことと次第によれば、わしはそなたたちの敵になるぞ!」

「用向きはひとつだけ。人間の小僧。貴様の背後に隠れておる、銀色の髪の娘をこちらに差し出せ。そうすれば、同胞(はらから)の命を奪ったことは、多めに見よう」

 そう言って、バセットの視線が、ちらりとヴォールフの屍骸に移った。それは、先ほどアルサスが剣で突き殺したヴォールフだ。

「ネルを? 何故だっ?」

 アルサスはネルを隠すように、手を広げて、バセットに問う。アルサスの背中にしがみつくネルは、怯えきって震えていた。そんな彼女の脳裏に、あの村を襲った黒衣の騎士団の姿が浮かんでいることなど、アルサスは知る由もない。

(しろがね)の乙女。その白き力を『奏世(そうせい)の力』と呼ぶ。それは、この人の手に余る絶大なる力。故に、その娘に私怨はないが、『奏世の力』に目覚める前に、ここで死んでもらう!」

「わたしが、しろがねのおとめ……?」

 バセットの言葉に、ネルが呟いた。

「大丈夫だよ、ネル。ネルを渡したりなんかしない……」

 アルサスは振り向かないで、怯えるネルに囁いた。

「おい、三つ目の犬野郎っ。しろがねの乙女だか、そうせいの力だか知らねえけど、ネルを殺させるわけにはいかないっ」

 右手にした剣にぎゅっと力がこもる。

「ならば、我れらに引き裂かれるか? ハイ・エンシェントである吾は、無益な殺生を好まない。それでも、抵抗するというのなら、容赦はしないぞ」

 脅し文句とともに、バセットの口元に鋭い牙がのぞく。その牙で噛み付かれれば、ノミの市で買ったギルド・リッターの鎧などひとたまりもないだろう。しかし、みすみす人の命を引き渡して、この場から逃げ出したいなどと、アルサスは思わない。

「かかってこいよ。ハイ・エンシェントだかなんだか知らないけど、女の子を見捨てて逃げたら、男として恥ずかしいからね」

「いい度胸だっ!!」

 アルサスの言葉を挑発と受け取ったバセットは、たてがみを逆立てた。臨戦態勢。一瞬の後に、ヴォールフの群れが飛び掛ってくる。たとえ、バセットよりも巨躯のトンキチが味方してくれたとしても、無事では済まされない。その、鋭利なつめに肉を切り裂かれ、獰猛な牙に喉笛を食いちぎられ、後に残るのは、無残な(むくろ)だけ。

「待ってくださいっ!」

 突然、アルサスの後ろで震えていたネルが声を上げた。かすかに上擦ってはいたが、それでも凛とした良く通る声は、飛びかかろうとするヴォールフたちの足を止める。

「待ってください、バセットさま。わたしの命が欲しいのなら差し上げます。だから、トンキチさんと、アルサスさんの命は、どうか見逃しください、お願いします」

 ネルは、そう言うと、アルサスたちの前に歩み出た。ぎゅっと握られたこぶしは、恐怖の表れなのかもしれない。怖いのを必死にこらえて、アルサスたちを守ろうとするネルの後姿に、こんな女の子にバセットが言うような絶大な力があるとは、アルサスには到底思えなかった。

「ネルっ!? 何言ってるんだよっ」

「いいんです、アルサスさん。これ以上、あなたにご迷惑をかけることは出来ません。それに……、わたしの所為で、誰かが傷つくのはもうたくさんです。わたしが死んで済むのなら、それでいいんです」

 ネルは、アルサスの方に振り向くことなく言った。ネルの心の中には、あの日の村の惨劇が渦巻いていた。悲鳴と炎の音、人の焼け焦げた匂い。

「わたしは、村の人たちと、女神さまのところへ行きます……」

「良い心がけだ。せめて、苦しまぬようひと思いに殺してやろう。それが、銀の乙女への、吾からの敬意と思え」

 静かにそう言うと、バセットはゆっくりとネルのもとに歩み寄った。ネルの足が震えている。肩が怯えている。死にたくないと、背中に書いてある。アルサスは、すかさず、ズボンのポケットに手を伸ばした。

 あと三枚!。

「そんなもの、敬意なんかじゃないっ!!」

 アルサスの叫び声が、森の木々を振るわせた。一瞬だけ、ヴォールフたちがひるむ。その瞬間、アルサスはポケットから取り出した、魔法カードを、バセットめがけて投げつけた。

「緑の精霊、その封印を解き放ち、風の槍となれっ!! ヴィント・ランツェ!!」

 飛来する魔法カードが、まばゆく光る。

 魔法カードは、魔法の力、即ち魔力を扱う素養のない人間でも、簡単に魔法を使うことが出来るように作られた道具である。カードの裏面には、魔法を封印するための幾何学模様が記され、表面には、魔法使いが魔力を込めて描いた魔法円が記されている。そして、封印解除の呪文と同時に、魔法円に込められた魔法が半自動的に発現する。ただし、一度魔法カードを使うと、描かれた魔法円は消滅する。つまり、使い捨ての道具なのだ。

「おのれっ!!」

 バセットの足が、川原の砂利をける。しかし、まばゆく発光するカードから飛び出した風の槍は、バセットを追いかける。

 その隙に、アルサスはネルの手をつかみ、強引に引き戻した。

「ネル、簡単に死んでもいいなんて言っちゃだめだ!」

「アルサスさん……でも」

「でもも、へちまもないっ!! 俺は、魔物なんかに負けたりしないっ!! 来いバセットっ!! ハイ・エンシェントだろうが、何だろうか、相手になってやるっ!!」

 なぜか、アルサスは頭に血が上ったように、激しく怒りをあらわにした。一方、風の槍をすんでのところでかわした、バセットも三つの瞳を怒らせた。

「小僧っ! 後悔しても知らんぞ」

「後悔するのは、お前じゃ、バセット。お前は、本当にこのか弱き娘さんが、銀の乙女だと思っているのか?」

 トンキチが、翼を大きく広げて、ヴォールフの群れを威嚇しながら言った。

「愚問っ! その娘の銀色の髪が何よりもの証拠」

「ならば、お前さんのしようとしている事は間違っておる。わしらは、銀の乙女を……」

「それ以上言うなっ! これは、同胞のため、いや、世界を守るためっ!! 邪魔立てするなら、同じハイ・エントェンとであっても、容赦はしない。みなのもの、狩りだっ!! 人間とエイゲルの長、そして、銀の乙女を殺せっ!!」

 アオオンと、狼の遠吠えよろしく、バセットは戦いの雄たけびを上げた。

「トンキチっ、ネルを守ってくれっ! 俺が負けたら、ネルをつれて逃げてくれっ」

 アルサスは、ネルの手を離すと、両手で剣を構える。そして、飛び掛ってくるヴォールフに挑みかかった。

「待って、止めてください、アルサスさんっ!!」

 ネルは、トンキチの傍に駆け寄りながらも、アルサスの名を呼んだ。しかし、その声は、ヴォールフたちの鳴き声に邪魔されて、アルサスには届かなかった。

「うおおっ! たあっ!!」

 アルサスの振り上げた、きっ先がヴォールフの顎を貫き、なぎ払った剣が足を切り落とし、振り下ろした刃が脳天を叩き割る。すでに、もうそこは戦場の様相を呈していた。

 さらに、ネルを片翼に包んで守るトンキチも、右の翼を羽ばたかせては、食らいつこうと飛び上がるヴォールフを叩き落とす。だが、次から次へと森の奥、茂みの向こうから、ヴォールフが現れる。

「ちくしょうっ! きりがねえっ!!」

 アルサスの剣は、あっと言う間に血油にまみれてしまい、切れ味が鈍る。アルサスはズボンのポケットに手を差し入れて、二枚目の魔法カードを取り出した。先ほどの魔法カードに書かれていた、魔法円とは形が違う。

「これでも、食らえっ! 赤の精霊、その封印を解き放ち、炎の矢となれ。フランメ・プファイルっ!!」

 アルサスの封印解除呪文が終わるや否や、カードの魔法円から、無数の炎の矢が飛び出した。それは、雨のように、ヴォールフの群れに降りかかる。

 そして、運悪く炎の矢が突き刺さったヴォールフは、あっと言う間に炎に包まれて絶命する。難を逃れたヴォールフも、同胞たちの死に様に怯えて、動きを止めた。

「魔界に帰れ、魔物どもっ!!」

「フンッ! ほざけ小僧っ。魔法を使えるのが、人間だけだと思うなっ」

 炎の矢を軽々と回避したバセットが、風のような速さでアルサスに突撃してくる。そして、バセットが大きく口を開けた瞬間、鋭利な牙が生え揃った口の奥から、炎の剣が現れた。

「フランメ・シュベーアトの魔法っ!?」

 アルサスが驚きの声を上げる。魔界の住人だったといわれる魔物が、魔法を使うことは想像に難くないことだが、実際に魔物が魔法を使うところを見たことがない。しかしそんなことに驚いている暇はなかった。

 バセットは、口の奥から出現させた炎の剣を加えると、一気にアルサスとの間合いを詰める。アルサスは、慌てて剣を振り上げた。しかし、それをいとも簡単に回避したバセットは、アルサスの振り上げた両腕の真下にできた、無防備な懐へと反動を利用して、飛び込んだ。

 アルサスの着ている、ギルド・リッターの鎧は、ほんの一部だけ。胸当てと肩当の部分だけを着ている。そのため、バセットが強く首を振った瞬間、くわえた炎の剣が、白銀の鎧に覆われていないアルサスのお腹を水平に斬り裂いた。

「うわあっ!!」

 アルサスの悲鳴。両手から、剣が零れ落ち、地面に乾いた音を立てる。

「やばいかも……へへっ。やられちゃった」

 傷口を押さえながら、アルサスは苦笑いを浮かべつつ、ちらりとトンキチの方を振り返った。その視線は、トンキチの翼の間から不安な顔をしてアルサスを見守っていた、ネルに注がれていた。

 その刹那、アルサスは膝から崩れ落ちた。

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