表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第六章
49/117

49. センテ・レーバン王都

 式典を夜に控えた、街道には、十クリーグも手前から、関所が設けられていた。王都への出入りを著しく規制し、監視するためである。

 式典の最中には、王都にたくさんの人間が集まる。その中には、大ギルドの幹部や、ダイムガルド帝国、ガモーフ神国の要人も含まれている。休戦状態にある三国と、ギルド連盟、それぞれの関係は、表面上敵対していないことを表すための、いわば自国民へむけたパフォーマンスの意味もある。それでも、祝賀に現れる客人たちに、何かあっては、センテ・レーバン王国の名に傷が付く。そのため、威信をかけた警備は、とても厳しい。少しでも疑わしい不逞の輩がいれば、王都より追放される。運が悪ければ、王国騎士団に逮捕されて、式典が終わるまで、牢獄に繋がれる。

 強行突破すればいい、フランチェスカは、三日前、ハイゼノンを発つ前に言った言葉を撤回したくなった。だが、この世に顔パスというものがあり、フランチェスカとルウに同行したクロウが、一度親衛騎士団隊長という身分を明かせば、関所をあっけなく潜り抜けてしまうことができる。たとえ、クロウがギルド・リッターと魔法学生を従えていても、なんら疑おうとはしないのだ。

 これには拍子抜けしてしまいそうになるが、同時に、センテ・レーバン騎士団の上下関係の厳しさを物語っている。そもそも、軍隊というのは、何処の国でも、上下関係が厳しいものであり、そうでなければ統率をとることは難しいだろう。

 何にせよ、アルサスの友人という、クロウが親衛騎士団のいち隊長であったことには、感謝しなければならないだろう。おかげで、王都に入ることが出来るのだから……。

 やがて、十クリーグの道を進めば、目前に目的地、センテ・レーバン王都が見えてくる。国王一族の住まいにして、政治の中枢でもある、五つの塔がそびえたつ、巨大な城を中心に、三百六十度、城下町が城をぐるりと取り囲みながら広がる都市の様式は、ハイゼノンのそれによく似ている。もっとも、ハイゼノンの壁のようなものはない、という意味では、むしろ学舎を中心に造られたルミナス島や、大教会の教会堂を中心とするウェスアに近い。その規模は、首都たる威厳とともに、それらの何倍にも及ぶが。

 街としての名前はなく、センテ・レーバン人からは「王都」と呼ばれている。八百諸侯を纏め上げる、王国の権力が集う場所であり、そこに住む人間だけでも、かなりの人数だ。しかも、今は、前国王の急逝からついに、新たな国王が誕生するその瞬間をひと目見ようと、人々が集まり、街全体がお祭り騒ぎになっていた。

 家々には、横断幕が張られ、「新国王さま、万歳」の文字が、所狭しと躍っており、沿道には、色とりどりの花が飾られている。まるで今だけ、王都は世界の歪などものともしないような、浮かれぶりで、華やかさそのものに彩られていた。

「前王が、急逝したため、継嗣問題が長い間片付かなかった。宰相府をはじめとする文官は、正当な後継者としてシオンさまを推し、騎士団たち武官は、シオンさまの兄上であらせられるフェルトさまを推し、対立が続いていたんだ」

 すれ違う人たちが、口々に言う他愛もない会話に、フランチェスカは耳を傾けた。噂くらいなら、ギルド・リッターの一員として小耳に挟んでいた。自警組織として世界中に散らばるギルドとしては、各国の国内情勢に疎いわけには行かないのだ。フランチェスカが地理に詳しいのも、それが一因といえる。

「しかし、フェルトさまが突然失踪され、騎士団は擁する者を失った。もともと、フェルトさまはシオンさまの兄上と言っても、愛妾が産んだ子。ご正室の子であるシオンさまに比べるまでもないと、わしは思っておった」

「しかし、王位を継ぐのは、長子と昔から決まっていたはずだ。だから、騎士団はフェルトさまを推したのではないか?」

「なあに、フェルトさまは昏君(馬鹿殿)との噂もあるくらいだ。シオンさまが王位に付かれた方が、わしらの暮らし向きはずっと楽になるだろうて」

 好き勝手言う彼らは、王都に住んでいても、遠目にしか王家の人間を見たことがない。政治と同様、彼ら王都の一般民衆にとって、王家そのものが雲上の人、別世界の存在なのだ。だから、興味本位に噂話を繰り広げる。だが、フランチェスカとルウを先導して、城へと進むクロウは騎士であり、またその騎士のなかでも王家を護ることを本懐とする親衛騎士である彼にとっては、それほど別世界の存在ではなかった。騎士団が挙って推す、フェルト殿下のことを馬鹿にもされれば、腹も立つだろう。そっとマントの奥で握り締めた拳を、フランチェスカはさりげなく見止めていた。

「他人事であれば」

 すれ違う町の人たちが通り過ぎたのを確かめて、フランチェスカは声を殺しながらクロウに言った。

「他人事であれば、人は好き勝手に想像を膨らませ、日ごろの鬱憤を別世界の人間に押し付ける。自分たちの暮らしと直結しない事柄は、彼らにとってはお酒の肴程度でしかないのよ」

「そんなこと、言われなくても分かっています。ただ、フェルトさまは、昏君ではない。それを国民が、王都の人間が知らないというのが、情けなくて」

 人の流れに逆らいながら、歩くクロウの顔は、前を向いたままだった。彼の視線が捉えているのは、眼前にそびえる巨城か、それともそこに住む王家の人間か、フランチェスカには図りかねる。しかし、王室は下々の者に開かれてはいない以上、彼らの知らぬところで、ちょっとした噂に尾ひれが付いてしまうのは止むを得ないことだ。

「あら、あなたはシオン殿下の即位に反対なのかしら?」

「わたしは、将軍でもなければ、一隊の隊長に過ぎません。しかも、王家の皆様をお守りする立場。ただ、シオンさまは、今年十一歳になられたばかりなのです」

「十一歳って、ぼくとひとつしか違わないじゃん!!」

 驚きの声を上げたのはルウ。十二歳のルウにとって、身近な年齢の者が国王になる、というのは衝撃以外の何者でもない。かたや、魔法使いギルド魔法学校のいち生徒、かたや王国を統べる長なのだ。生まれの違いで雲泥の差の人生である。しかし、どちらにしても、まだ子ども。

「重責をその幼い双肩に委ねていいものか。シオンさまを存じ上げる身としては、無責任にその王座をシオンさまに押し付けるわけには行かないのです……」

 クロウは難しい顔をしてそう言うと、おもむろに立ち止まり、道の両端に渡された横断幕の文字に視線を移した。

「あら、まじめなのね、騎士さま」

 フランチェスカは軽くクロウの背中を叩き、流し目に微笑んでクロウを追い抜いていく。

「からかっているんですか? フランチェスカさんっ」

「さあ、どうかしら」

 少し怒ったように、ぷんすかしながらフランチェスカを追いかけるクロウ。その後姿を見つめながら、ルウは「子どもなんだから」とぼやきつつ、二人を追いかけようとした。しかし、その視界に人ごみの中から、ふと見慣れた姿を見つけ、足を止める。

 大通りを行きかう街の人たちの列。その隙間に、少しだけ背の低い後姿。女の子らしい華奢ななで肩よりも、特徴的な二つ結びのツインテールが目に止まる。

「ナタリー……?」

 小さく呟いたルウの足は、フランチェスカたちを追いかけるのを止めて、その後姿を追いかけた。ルウの姿が見えなくなったことに気づいた、フランチェスカとクロウが振り返ったときには、すでに視界の何処にも、丸ぶち眼鏡の少年の姿はなかった。


 授業の時間であっても図書館にこもり、書籍を開く。ルウは、飛び級生と言っても、まだ下級生。島の外に出ることは許されない身分であり、見聞を広める最良の手段が、外の世界を見ることだと知っていても叶わかった。だが、教室で学ぶようなことは、すでにルウが習得した範疇であり、詰まらない。そのため、ルウは、本を読み漁った。古書や学術書から知識を得ることだけが、彼の背伸びを支えていたのだ。

 そんなある日、出会ったのが、同級生のナタリー・リウルという少女である。授業に出席しないルウを気にかけて、図書館に現れた彼女は、ルウよりも三つも年上の彼女は、ルウたちの学級の級長を務めている。ガモーフ人らしい、艶黒の髪を頭の両端で束ね、見た目はとても愛らしく見える。しかし、ルウは「頭の固い人」という第一印象しか持てなかった。

 何故授業をサボるのか。他の生徒と協調性を持たないのか。図書館の真ん中で、憚りなく大声で説教するナタリーに、ルウは困り果ててしまった。困り果てて、とうとう口論になってしまった。司書に止められるまで、言い分をぶつけ合った、ルウとナタリーはどちらかと言えば、犬猿の仲となった。

 顔をあわせれば、廊下でも教室でも、何処でも喧嘩を始める。だけど、ある日ふとルウは気づいた。ナタリーが叱ってくれるのが、少しだけ嬉しいのだ。気に入らない相手なら、普通は口をきかないものなのに、ナタリーはことあるごとに、ルウを心配して、声をかけてくれる。

 それが級長としての義務なのか、そうはないのかは分からなかったが、「天才ぶりやがって」と、飛び級生のルウを妬ましく見るような他の生徒たちと、ナタリーは明らかにちがった。

 一度その気持ちに気づくと、ナタリーのことが嫌いではなくなった。そして、ナタリーと顔をあわせると、胸の奥がどきどきしてくる。言葉を交わせば、それが口論であってもなんだか温かくなる。思えば、エントの森でネルが話したことと、同じだ。それを恋と呼ぶのか、十歳の少年にはまだよく分からなかった。

「ナタリーっ!!」

 雑踏をかき分けて、ナタリーの姿を追いかけるルウは、頭の片隅で、出会ったころのことを思い出していた。そして、なぜ、センテ・レーバン王都に彼女の姿があるのか。奇妙な疑問に、小首をかしげた。

 大人たちの肩の隙間に、ちらりちらりと見え隠れする、亜麻色のツインテール。それだけを追いかける。何度か、その後姿を雑踏に見失いかけるたび、他人の空似かもしれないと不安が過ぎったが、自分がナタリーの後姿を間違えるはずがないという自負が彼の足を急がせた。

 やがて、ルウは大通りをはずれ、家々が密集する狭い路地へと入る。大通りの賑わいと歓声は徐々に遠くなり、ひとつの足音だけがルウの耳朶を打った。ナタリーと思しき少女の足音だ。その足音を追いかけて、路地を進めば、住宅街の中心に作られた、小さな広場に出る。おそらく、共同の洗い場として使われる場所なのだろう。真ん中に水路があり、その傍に立てかけられた盥や洗濯板が、生活の匂いを醸し出していた。

 少女は、広場の中央で足を止めると、ふわりと身を翻した。少女も、後から追いかけてくるルウの気配に気づいていたのだろう。その瞳は、ひどく辛辣にとがって、ルウを射すくめた。

「誰っ!?」

 少女が手にするのは、簡易魔法杖「ワンド」である。ルウの愛用する、とねりこの魔法杖に比べれば、魔力の集中は少ないものの、ミスリルで作られたそれで自慢の、「炎の槍」を撃たれてはさすがにひとたまりもない。あわてて、ルウは駆け寄ると、西日の下に自らの顔をさらした。

「ボクだよっ、ルウ・パットンっ!」

「ルウっ!? どうしてあなたがここにいるのっ!?」

 驚きに口許へ手をあてたナタリー・リウルは、すかさずワンドを下げた。

「それは、ボクの質問だよ。ナタリーこそ、どうしてセンテ・レーバン王都なんかにいるの!?」

 お互いに質問で質問を返す。ルウは、そんなナタリーの制服姿を懐かしく思った。まだ、ルミナスを離れてひと月あまりしか立っていないと言うのに、ずいぶんと久しぶりのような錯覚さえ覚える。ブレザー型の魔法学校制服は、ルウが着ているものと同じ。男子は、半ズボンもしくはスラックス、女子はスカートと言う差はあるものの、デザインはまったく同じである。しかし、ナタリーの右腕に、見慣れぬ赤い腕章があることに、ルウは気づいた。

 腕章には、紋章のワッペンが貼り付けられている。その紋章は、魔法使いギルドのエンブレムでも、学内委員のエンブレムでもない。

「エルフォードさまの紋章……その腕章は何?」

 ルウが口にした、エルフォードとは、魔法使いギルドの創設者にして、世界最高峰と謳われた大魔法使いの名だ。ルウがあこがれる、魔法使いでもある。

「あ、あなたには、関係ないっ」

 突然取り乱したような口調になる、ナタリー。そんな彼女を見るのは初めてだった。女の子だてらに、級長を務めるナタリーは、いつも威厳と尊厳に満ちていた。取り乱すところなど、一度も見たことはない。

「関係ないって……どうして、ナタリーがエルフォードさまの紋章が入った腕章なんかつけてるんだよ」

 口ごもるナタリーに、いつもの口喧嘩の調子で問いかけるルウ。すると、二人の間を割るように、別の路地からいくつもの足音が重なった。ゆっくりとこちらへ近づいてくる足音は、やがてルウの前にその姿を現す。

 ルウよりは年嵩な魔法学生たちだ。その先頭を率いる少年に、ルウは見覚えがあった。年のころは、アルサスやネルと同じくらいか。切れ長な瞳と、少しばかり頬骨の張ったその顔は、上級生の中でも、主席学生として皆から尊敬を集めるガモーフ人、ジャレン・ジャラである。

「エルフォードさまは、かつて、まだこの世界に数多の国が存在していたころ、故郷の島を救うため、その志を胸に敵国を滅ぼした。それが、魔法使いギルド、ひいてはルミナスのはじまりとされている。俺たちは、その志を継いで、故郷のために戦う同士。その証が、ルウ・パットン、お前の言う赤い腕章だ」

 ジャレンはそう言うと、手にした魔法杖の先端をルウに向けた。


ご意見・ご感想などございましたら、お寄せ下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ