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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第六章
47/117

47. アルサスの書置き

 親衛騎士団の隊長と言っても、それほど華々しいものではない。部下への指示は、副官のブレック・ケイオンが代わりを務め、クロウの仕事と言えば、もっぱら部下から上がってくる報告書に目を通し、判を付くことだ。戦争が終わって、十年あまり。騎士は戦場を失い、国家を守る盾となった。その点では、ファレリアの反乱を平定したり、ハイゼノンで起きた粛清事件を鎮圧することは、国と国民を守ることにつながり、クロウにとってこの上ない騎士の本懐だと言える。

 しかし、一日中報告書とにらめっこをしていると、さすがに頭が痛くなってきた。裁量と責任、その両方が報告書には詰まっているのだ。もともと、幼いころ父ホーク・ヴェイルの仕事を端から見ていたクロウは、騎士の仕事が、その銀色の鎧を着けて戦うことよりも、机に向かい報告書を総覧することのほうが多いと言うことを知っていた。それなら、騎士という仕事も悪くない。名門ヴェイル家の跡取り息子だった、クロウは幼心にそう思ったのだが、見るのと実際に遣ってみるのは大違い。報告書に判をつくことがこれほど重労働だと、思っても見なかった。

 早いところ、王都から代官が赴任してこないものか。ガラにもなく、そんな不真面目なことを思いつつ、報告書から顔を上げると、病室の窓の外はすでに白んでおり、自分が徹夜していたことに気づいた。

 アルサスたちのこともあって、クロウは、騎士団の本拠を据えたハイゼノン城ではなく、アルサスたちを収容した病院の一室に間借りしていた。

「王都か……」

 疲れた目頭を押さえながら、頭痛を抑え、クロウはふと呟く。アルサスと旅をともにしていたと言う、銀色の髪の少女。名前をネルと言ったか……。アルサスの話では、ガモーフはラクシャ村の娘らしい。その娘が、元黒騎士団の団長で、現・黒衣の騎士団のリーダーであるギャレット・ガルシアに攫われ、王都へと向かった。

 元を正せば、アルサスは空白地帯で、裏ギルドは「運び屋」と呼ばれるゲモック・ラバンによって、センテ・レーバンに攫われていた彼女を助けたところから、始まっている。そう、ネルこそ、クロウたち親衛騎士団がアローズで「運び屋」から受け取るはずだった「積荷」なのだ。

 クロウは、ライオット子飼いの騎士であるが、知らないことが多すぎる。積荷のことも知らされていなかった。有無を言わさず下される命令と、断片的な情報のいくつかの中に、運び屋や黒衣の騎士団という、一国の宰相が付き合うべきではない名前を耳にしては、眉を潜めていた。それらが、アルサスという旧知の友と再会し、彼の仲間たちと出会ったことで、すべて繋がった。

 ライオットが何を考え、何をしようとしているのか……。ネルという名の少女に課せられた、過酷な運命の一端を知り、クロウは愕然とした。自分も、その片棒を担いでいたのだ。そして、アルサスもまた、渦中の中心に居るのだ。

 騎士は、国を守る盾。平和となったならば、再び戦争が起こらないよう守る。それが騎士の本懐だと思っているクロウにとって、アルサスの仲間の口から語られたことは、あまりにもショックだった。自分はライオットの手駒に過ぎなかったのか……。そう思えば、家名すら汚されたように思えてならない。命令に従うのは、騎士の務め。ヨルンの悲劇以降、国賊だのシモンズ家の犬だのと揶揄されても、耐えてきたのは、それが王国のためになると信じていたからだ。

 しかし、そうではなかったと知れば、愕然とせざるを得ない。そして、友はすでにそのことが分かっていて、自分の持てるものすべてを捨てた。当初は、アルサスが彼に課せられるはずだった責任のすべてを捨てたことに、腹を立てたこともあった。

 しかし、今になって思えば、自分の方が正しくなかったのかも知れない。騎士の本懐だ、と心を偽って、ヴェイル家を救ったライオットの言いなりになることに、甘んじていた自分の方こそ、責任を放棄していたのかもしれない。

 そんなことばかり考えていれば、仕事は捗るはずもなく、山積みになった報告書の束がクロウを苦しめる。しかも、ライオットからは、命令を無視してハイゼノンへ向かったことのお咎めがないことにも、疑念を抱かざるを得なかった。

 もはや、駒ですらないと見限られたか。ならば、自分がすべきことは何だ?

「考えていても埒が明かないということも、あるんだな。まったく、考えるより先に動き出す、君が羨ましい限りだよ、アルサス……」

 クロウはそう言うと、報告書を机の上に放り投げ、椅子の上で背伸びをした。気づけば、ずっと鎧を身に着けたままだ。思案と仕事に没頭していて、まったく煩わしいと思わなかった。

 さて、休憩がてら、アルサスの様子でも見に行くか。大人しくしていろ、と釘を刺したつもりだったが、アルサスの性格からして、じっとしていられるタイプではないことを、クロウはよく知っている。今後の方策についても、話し合っておく必要があるし、友人クロウとしては、友の傷の具合も心配だ。

 そう考えて、椅子から立ち上がり、部屋のドアを開こうとしたその瞬間、クロウの目の前で、激しくドアが叩かれた。ただ事ではないと言わんばかりに強く。

「クロウさんっ、大変だよっ!!」

 許可も得ずに、ドアを開け放ち部屋に飛び込んできたのは、丸ぶち眼鏡の少年だ。丈のあわない魔法学園の制服がいささか滑稽だが、彼の知識の広さはクロウも驚きとともに、一目置いている。

「どうしたんだい、ルウくん。そんなに慌てて」

 クロウが尋ねると、丸ぶち眼鏡の少年……ルウは青い顔をしながらクロウの目の前に、一枚の紙切れを差し出した。

『ネルを助けに行って来る』

 ひどく雑な字で、たった一言だけ。だが、その文字に見覚えがあった。アルサスの文字だ。予想通りとでも言うべきか、その一文だけで、アルサスがそっけない書置きと、ルウたちを残して、一人でセンテ・レーバン王都へ向かった事を示していた。

「アルサスは、センテ・レーバンの騎士で、クロウさん友達だったんでしょ? 何か聞いてないの?」

 ルウの縋るような視線が、真下からクロウを見つめる。クロウとアルサスは、かつて王都でともに騎士を務めていた友だ、と説明してある。ルウたちはそれを疑わなかったが、それはすこしだけ事実と異なる。

「王都だ……。ネルさんを助けに行ったなら、センテ・レーバンの王都だ。しかし、今はシオンさまの即位式の準備で、警備も厳しくなってる。簡単に王都へは入れない……まさか、メスカルの!?」

「何? 何か知ってるの?」

 ぶつぶつと語尾を濁し呟くクロウに、業を煮やしたルウが、クロウの腕を引っ張った。

「フランお姉ちゃんにも知らせなきゃっ。一緒に来て、クロウさんっ」

 強引に腕を引かれ、部屋を出たクロウとルウは、廊下の一番奥、フランチェスカのために与えられた病室へと向かった。

 フランチェスカ・ハイト。本人は、ダイムガルド人だとしか名乗らなかったが、着用している白銀の鎧はギルド・リッターのものだ。気になったクロウは、部下に命じて、その素性を探った。元ダイムガルド軍の兵士で、十年前のヨルンの戦いにて、ギャレット・シモンズ率いるセンテ・レーバン黒騎士団と戦った。その後、軍を退きギルド・リッターへ。しかし、ひと月ほど前、突然そのギルド・リッターを辞め、アルサスたちに同行した。 報告書を読む限りで分かっていることはそれくらい。どうにも、奇妙な女だが、アルサスもルウも彼女を信頼しているらしい。

「フランお姉ちゃんっ!!」

 ルウは、クロウの部屋にやって来た時と同じように、乱暴に扉を叩くと、また許可も得ずに扉を開け放した。

「こら、ルウくんっ。女性の病室にかってに……!」

 ルウのことを叱責しようとしたクロウの視界に、何も身に着けていない浅黒い肌が飛び込んできた。運悪く、ちょうど、フランチェスカは自ら包帯を取り替えているところで、こちらに背中を向けているものの、裸体を目撃してしまったクロウは、顔を真っ赤にし、慌てて後ろを向いた。

「こ、これは、失礼っ!」

 ルウの頭も鷲づかみにして後ろを向かせる。少年は、何故そうされるのかよく分かっておらず、少し訝るような視線を向けてきた。

 一方、裸身の背中を見られたフランチェスカは、意外にも落ち着いた様子で、

「あら、騎士さまは、純情なのね。もう少し、そうして待っていてくださるかしら?」

 と、笑いをかみ殺す。しばらくの間、包帯を巻く音と、上着を羽織る衣擦れの音だけが部屋を支配した。

「いいわよ、こっちを向いても」

 フランチェスカの許可を得て、クロウが振り返ると、フランチェスカはセンテ・レーバン特有の絹織物の上着を羽織っていた。ダイムガルド人が、センテ・レーバンの着物に袖を通す。ある種滑稽にも思えたが、ひと目で美人と分かるフランチェスカの雰囲気に、よく似合っていた。

「もう起きても大丈夫なのですか? フランチェスカさん」

「フランでいいわよ、純情な騎士さま。いつまでも、寝ていては体が腐ってしまうわ」

 にこりとするフランチェスカの真意は読み取りにくい。ただ、思わず先ほどの背中を思い出してしまいそうになるのを、何とか押しとどめながらクロウは、ルウに目配せした。

 ルウは、フランチェスカにアルサスの書置きを見せる。

「あら、アルサスったら……。それで、アルサスは何処へ向かったのかしら?」

 書置きに目を通したフランチェスカの問いかけは、クロウに向けられていた。

「おそらく、王都だと思います。ネルさんを攫った、ギャレット・ガルシアも王都へむかったと聞き及んでおります。アルサスがネルさんを取り戻そうとするなら、王都へ向かったに違いありません」

「ずいぶんと詳しいのね、センテ・レーバンの騎士さま。わたしの知る限り、裏ギルドのゲモック・ラバンに積荷を運ばせていたのは、親衛騎士団だと聞いているわ。そこのところも訊いておきたいところね」

 不意に、フランチェスカの目が辛辣になる。まるで、取調べ尋問のようだと、クロウは内心に思った。

「確かに、アローズで辻馬車……いや、ゲモック・ラバンから積荷を受け取るよう指示されていました。しかし、積荷がまさかネルさんであるなど、知らなかった。信じていただけるとは思いませんが、すべてはライオット・シモンズ閣下のご命令です」

 クロウは、自らのヴェイル家が置かれた立場と、自分がほとんど何も知らされていなかったことを付け加えた。

「ライオットって言ったら、王国の宰相ね。俄かに信用しづらい話だわ。ライオット閣下は、ネルさんの力を手に入れて、どうするつもり? まさか、センテ・レーバン人が、ベスタの伝説を信じるワケではないでしょう?」

「そう思いたいものです。しかし、ヨルンの戦いの後、宰相付参謀官になったメッツェ・カーネリアという男は得たいが知れません。彼が、ライオット閣下に何事か吹き込んだとしたら?」

「ネルお姉ちゃんの力を使って、戦争をするの? でも、奏世の力は人の傷を癒す力だよ。まさか、ネルお姉ちゃんを看護士さんにするわけじゃないでしょ」

 口を挟むルウ。

「いや、傷が癒えれば、何度でも戦える。無敵の軍隊になるし、兵隊の士気も上がる。だけど、アルサスは奏世の本当の力は、傷を癒すことじゃないと、言っていました。フランさんは何かご存知ですか?」

 さらりと、言い返されたルウは少し不機嫌そうに頬を膨らませた。そんなルウの姿に、フランチェスカは目を細めながら、クロウに頭を左右に振って答えた。

「それを知るために旅をしていたと、先日お話したばかりじゃないかしら? でも、あなたの言うことが本当なら、アルサスは何か知っているのね……。あなたも、わたしたちも知らない何かを」

 意味深で含みのある言い方をするのは、フランチェスカ自身が以前からアルサスのことに疑いを持っていた証拠だ。それは、仲間としての信頼というよりも、自警組織ギルド・リッターとしての(さが)なのだろう。

「それにしても」

 唐突に、フランチェスカが話を切る。

「王都までは、全力で馬を飛ばしても四日近くかかるはずよ。わたし、地理には少し詳しいの。ライオット閣下が、ネルの力を手に入れたとして、それを戦争に使おうとしているとして、アルサスが王都にたどり着くまで、じっとしていられるかしら?」

「それなら、アルサスにも話したことですが、四日後、我らが王国に新たな国王が誕生します」

「ええ、聞いているわ。なるほど……シオン陛下誕生の即位式典まで、ライオットは動かない。つまり、タイムリミットは四日」

「ええ。もしかすると、僕がそんなこと話したから、あいつは」

 クロウが肩を落として言うと、フランチェスカは小さく笑って「違うわ」と返した。

「あなたが言わなくても、アルサスはわたしたちを置いて、王都へ向かったでしょう。だって、アルサスはネルのことが好きなのよ」

「でもでも、みずくさいよね! ボクたちだって、ネルお姉ちゃんのこと大好きなのに」

 ルウがなお頬を膨らませ、蛙のような顔をする。その怒りの矛先は、アルサスに向けられていた。

「わたしたちを気遣ってのことでしょうけど、たしかに水臭いわね……。騎士さま、馬を一頭、用立ててもらうことは出来るかしら?」

 フランチェスカはベッドから立ち上がり、ルウの頭を軽く撫でてやってから、クロウに尋ねた。

「まさか、まだ傷も癒えていらっしゃらないというのに、アルサスを追うおつもりですか?」

「アルサスを一人生かせるわけには行かないもの。傷なら、アルサスの方がひどいはずよ。それにね、わたしたちもネルを救い出しにいくの。それなら、文句は言えないでしょう?」

「しかしっ! 王都は式典の準備で、警備が厳重になっています。いくら、ギルドの威光ちらつかせても、街へは近づけませんよ!」

「ならば、強行突破するわ」

「ボクの魔法を侮らないでよねっ」

 にべもなく言ってのけるフランチェスカとルウに、クロウは思わず頭を抱えそうになった。なるほど、この人たちは、案外楽天家なところがあるのだ。だから、アルサスの旅に同行した。理屈ではないということが分かれば、奇妙に見えていたフランチェスカとルウのことも、少しだけ分かったような気がする。

「止めても、無駄なようですね……。分かりました、あなた方にお供します。僕が同行すれば、あなた方をセンテ・レーバンの軍隊と戦わせるような、馬鹿な真似をさせずに済むでしょう」

 クロウはため息交じりに言ったが、それほど嫌な気分ではない。フランチェスカたちについていけば、頭を悩ませていることに、少しばかり踏ん切りが付くような気がした。

「そうね、騎士さまがいてくだされば、わたしたちも事を荒立てず、アルサスと合流できるわ」

「でも、クロウさんはお仕事があるんじゃないの?」

 フランチェスカの病室の隅に立てかけられた魔法杖を手に取り、早速出立の準備を進めるルウが、クロウに尋ねる。クロウは、少しばかり笑って、

「僕の仕事は報告書に判をつくだけ。こまごまとしたことなら、ブレック副官がすべてやってくれる。能無しの上官は居ないほうが、彼の仕事も捗るだろう。それに……もしも、ライオット閣下が再び戦争を起こそうとしているのなら、シモンズ家に救われたヴェイル家の人間として、閣下をお止めしなければならない」

 と返した。

「そっか。いろいろと大人は大変なんだね……」

 クロウの言葉を、自らの自嘲と受け取ったのか、ルウはなぜかクロウを憐れむような瞳を向けた。

「そういえば、アルサスはどうするつもりなのかしら? 王都の警備が厳重になっているのなら、アルサスだって、王都へは入れないはずよ」

 ギルド・リッターの鎧を、センテ・レーバンの上着の上に着込むフランチェスカが、疑問を口にする。それには、クロウは心当たりがあった。

「おそらく、メスカルにある王家別邸の、地下通路を使うはずです」

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