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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第五章
36/117

36. 再会

 旅籠ギルドは、ギルド・リッターや魔法使いギルドと同じく、ギルド連盟に加盟している、商業系ギルドのひとつだ。商業系ギルドは、既得権益を守るために結成されたギルドの、本来の姿と言われ、例えば商人の集まりであるギルド・マーチャントや、交易を執り行う海運ギルド、辻馬車ギルドなどがそれに当たり、経済の一端を担っている、商品やサービスを提供する。旅籠ギルドの場合、旅人に宿泊施設提供することを主としており、人種や所属、信教において客を選ぶことはなく、安価な寝床と食事を提供する、という誇りを持っている。

 しかし、最初は愛想良く迎えてくれる、どの宿屋の主人も、ガモーフ人とダイムガルド人の連れがいる、と口にした途端、宿泊を断る始末。これでは、ギルドとして本末転倒である。よっぽど、ギルド・リッターの誇りを捨てて、自らの信念に従ったフランチェスカの方が立派だ、とアルサスは思う。

 センテ・レーバン人の前に、旅籠ギルドの一員としての誇りはないのか? 十二軒目の宿屋に断られたアルサスは、とうとう堪忍袋の緒が切れて、主人にぶつかった。

「そう言われてもねえ……。あたしは、ヨルンで家族を失ったわけじゃないけど、ハイゼノンには、ヨルンの悲劇で命を落とした者も多い。前ハイゼノン公も、その一人だ。それに、センテ・レーバン人のあんたなら分かるだろう? もともと、この国の人間は、ガモーフの人間が嫌いなんだ。その感情が、ヨルンで憎しみに変わった。その片棒を担いだ形になった、ダイムガルド人も同様だよ」

 恰幅のいい、いかにも世話好きそうな宿屋の女主人は困った顔をしながらも、つらつらとそう答えた。

「だけど、俺たちはただの旅人だぜ? それに、代表者はセンテ・レーバン人の俺だ」

「いや、あたしは泊めてあげてもいいと思ってるんだよ。だけどね、領主さまが『だめだ』と言う以上、あたしにはどうしようもないんだ、ごめんね、あんたたち」

「そう言えば、最初の宿屋のハゲ親父もそんなこと言ってたな……」

「おや、あんたたち、知らないのかい? ここハイゼノンでは、領主さまから『市民は貧乏人と外国人には市民権を与えない』っていうお触れが出ているんだよ」

 女主人がカウンターの引き出しから取り出したのは、ハイゼノン公の名が入った一枚の通達書であった。おそらく、ハイゼノン市民の各戸に配られたものなのだろう。

「そいつはまた、乱暴な話だな……」

 アルサスは、受け取った通達書に目を通す。

「十年前から、この街には、戦災で家を失った人達や、折しの異常気象やらで住む家や村を失った人達が、流れ着くようになったんだよ。街の西側には、そういった人たちが住み着いた『貧民街』というところがあるのさ」

「貧民ですか? でも、その方たちは、センテ・レーバンの方々なんですよね」

 ネルが横から尋ねる。この宿屋の女主人も、ネルのことをセンテ・レーバン人だと疑っていない様子だった。

「そうとも言い切れないんだよ。ほら、ガモーフでも、辺境にある村とか町が滅びて、難民になった人達がたくさんいるでしょ? そういう人たちまで、アトリアを越えて、貧民街に集まってるんだ」

「だからって、このお触れは度が過ぎてるだろう」

「確かにそうだけどね……。でも、貧民たちは常々、待遇改善を求めて、大通りでデモを起こしたりしてるんだ。貧民たちのリーダーの名前、なんて言ったかしらね」

「それで、ハイゼノン市民は、貧乏人と外国人には関わるなってわけか」

「もともと、遺跡の高い壁に守られたこの街の人たちは、同じ民族でも他所の人たちや、外国人たちに免疫がないんだ。そういう感情がない交ぜになって、もしも市民と貧民が衝突する、なんてことになったらいけないだろ? だから、心優しい領主さまは、みんなを守るためにお触れをだしたんだと、あたしは思ってるけどね」

 女主人の話に耳を傾けながら、通達書に目を通したアルサスは、「なるほどね」と呟いた。

 通達書には長々と、貧民街の人間とハイゼノン市民を区別する旨が記され、商店やそれに関与するギルドに対して、貧民や外国人を相手に商売をしてはならない、という文言が書かれていた。

「そういうことだから、悪いけどあんたたちを、泊めてあげられない。もしも、そのお触れを破ったら、この宿を取り上げられちまうからね」

 そう言われてしまえば、アルサスも無理強いできない。レイヴンなどという、やくざな生業をしていても、裏ギルドのような野蛮な人間だとは思いたくない。そういう、誇りがレイヴンなりにもある。

 だが、そうは言っても、寝床を確保できなかったとなれば、街角で野宿するほかなくなってしまう。メルを探し、「奏世の力」の真実に迫る手がかりを見つけ出すまで、何日この街に逗留することになるかも分からないというのに……。

 女主人の宿を後にした、アルサスとネルは途方にくれてしまった。もうじき、夜が来ようとする薄暮の町並み。温暖なガモーフ神国と違って、センテ・レーバンの夜は冷え込む。ネルやルウの事を思えばこそ、安心できる屋根のついた寝床が欲しいところだ。

「残り一軒をを当たってみるか……」

 一人ごちたアルサスはネルの手を引いて、溜息交じりに薄暮の街を歩き出す。当てはないが、一件一件しらみつぶしに当たってみるほかないだろう。路地を曲がり、次なる宿屋を探す。センテ・レーバン有数の大都市にも拘らず、大小あわせて十三軒ほどしか宿がないというのも、このハイゼノンがどのような街がを知らしめるかのようだ。

 薄暮の町並みは、すでに夜の支度を始め、人もまばらに、時折、夕餉(ゆうげ)の香りが民家から漂ってくるばかり。ルウではないが、そろそろお腹が空いてきたな、などと思っていると、軒先に民宿を意味する魔法文字の書かれた看板が見えてきた。

「これが最後の希望。いっそ、神頼みしたい気分だ」

「どうか、アストレアさまのご加護がありますように」

 二人は、祈るような気持ちで、宿屋の玄関をくぐる。だが、その足を止めさせたのは、通りをはさんで反対側の薄暗い路地裏から聞こえてきた、随分とガラの悪い声だった。

「ガモーフのガキが、市民街をうろついていて、いいと思ってんのか?」

 アルサスとネルは思わず振り返ったが、路地裏は薄暗く、明らかに大人の男が誰かに絡んでいると言うことしか分からない。しかし、彼の言葉から察するに、その誰かはガモーフ人の子どもなのだろう。

「まさか、ルウのやつ!?」

 アルサスの脳裏に、嫌な予感が過ぎる。だが、先に踵を返して走り出したのは、ネルの方だった。アルサスの手を振りほどき、路地裏へと駆け込むネル。慌てて、アルサスもその後を追って路地裏へと駆け込んだ。

「なんだ、ガモーフ人のクセに、随分と可愛らしい顔してんじゃねえか。裏ギルドの奴隷商人どもに売ったら、好事家が高い値で買ってくれるかもしれないな」

 路地の奥、真っ暗なその先から、別の男の声が聞こえてくる。やはり、光のない路地裏は真っ暗で、その姿は見えないが、どうやら、ガモーフ人の子どもに絡む男は、一人ではないようだ。

「好事家って、どんなヤツに売るつもりなんだよ?」

 また別の男の声、続いて聞こえてくるのは、ゲヒャヒャと品のない笑い声の輪唱だった。ネルは、意を決して、男たちに近づこうと一歩踏み出す。すると、背後から突然腕をつかまれ引っ張られた。思わず、声を上げそうになったのだが、それがアルサスであることに気づき、自ら両手で口許を塞いだ。

「下がってろ」

 と、アルサスの目が言っている。すでに彼の手には、魔法文字の刻まれた剣が握られていた。

「やめてください、離してっ!!」

 男たちの笑い声の間から、女の子の悲鳴が聞こえてくる。それが誰のものかは分からなかったが、少なくともルウでないことは確かだ。アルサスは胸をなでおろすと共に、剣を構えて男たちの背中を睨みつけた。

「おい、チンピラども。その薄汚い手を離せよっ」

 アルサスの挑発的な口調を投げかけられた男たちは一斉にこちらを振り向いた。一見して、ごく普通のハイゼノン市民だと言うことは分かるが、あまり賢そうな面構えはしていない。アルサスの吐いた、チンピラと言う言葉が、あまりにも似合いすぎているような男たちだ。そんな彼らの脇には、細い腕をつかまれ顔をしかめる少女の姿がある。年の頃は、十三、四歳と言ったところだろうか。ルウと同じような黒髪と、深い(みどり)の瞳。愛らしい丸い顔つきに、カチュアの鎖が紋様された、藍色のワンピースは彼女がガモーフ人であることの象徴のようだ。 

 はっと、息を呑む声がする。口許を押さえたままのネルが、大きな瞳を丸くしている。そのネルの反応だけで、その少女が誰なのか、アルサスにも察しがついた。

「なんだ、てめぇ? 痛い目見たくなかったら、あっちへ行ってろ」

 男の一人が、凄みを利かせた声音でアルサスを脅す。しかし、そんなことに臆するようなアルサスではない。いつものように、余裕ある笑みを浮かべながら、

「痛い目ってどんなだよ。頭悪いの丸出しだぜ、おっさん」

「なんだとっ!?」

 軽々と挑発に乗る男は、袖を捲くり、拳を作る。だが、脇に控えていた別の男が、それを制して、アルサスの白銀の鎧を指差す。

「まて、ガキの鎧。ありゃ、ギルド・リッターの鎧だ」

「ギルドがどうした。ここは、ハイゼノンだ。そんなこと、関係ねえ!!」

 仲間の制止も聞かず、男はアルサスに飛び掛った。筋肉のよくついた豪腕が唸りを上げ、アルサスの顔面に迫る。だが、その拳がアルサスの鼻頭を叩いたと思った瞬間、そこにアルサスの姿はなかった。

「遅いんだよっ!」

 拳が空振りした上に、真横からアルサスの声がして、男は驚きを隠せずそちらに顔を向ける。だが、次の拍子に彼の意識は、何処かへと遠のいてしまった。アルサスが剣の柄で男の後頭部を叩いたからだ。さらにアルサスは、地面を蹴って、雷が天より降り注ぐ速さで、もう一人の腹に膝蹴りをねじりこむ。全身のバネを利用したアルサスの蹴りは、体躯の割りに思い一撃となって、男を昏倒させた。

「これで二人。後はお前だけだな」

 二人の男が気を失うまで、数秒間、身動きできなかった最後の男は、その首筋に冷たい剣の切っ先を向けられ、ひいっ、と情けない悲鳴を上げた。

「その子を離してとっとと、この場からずらかるか、この剣に首を刎ねとばされるか、好きなほうを選んでくれよ」

 ニヤリとアルサスは顔をゆがめた。もちろん、脅しのためであり、剣を振るつもりなどない。ネルの目の前で、人殺しをしたくはない。

「か、勘弁してくれよおっ!」

 ガモーフ人の少女の細腕を離した男は、大概のチンピラがそうであるように、情けない声を上げながら、しかも、地面と仲良しになっている二人の仲間を見捨てて、脱兎の如く逃げ出した。

 アルサスは、やれやれ、といった表情で逃げ行く男の背中を見送りながら、剣を鞘に収めた。その傍らで、少女はへなへなと膝を折った。よほど怖かったのだろう、まだその小さな肩が小刻みに震えている。

「ありがとうございま……」

 アルサスに礼を述べようとした少女の顔が、冷たく凍りつく。彼女の視線はアルサスを通り越してその向こうで、驚きと歓喜の表情を浮かべるネルに向けられていた。

「メル……! やっぱり無事だったんですね。良かった!」

 目頭にいっぱい涙をためて、ネルが声を上擦らせた。やはり、その少女はネルの探していた妹、メル・リュミレであったと、アルサスは得心したものの、肝心のメルの顔はこわばっており、とても偶然の再会を喜んでいるようには見えなかった。

 確かに、ネルの妹と言う少女は、長い黒髪を丁寧な三つ編みにしていること以外、ネルに似ているところは一つもない。ガモーフ人の女の子らしい愛らしい顔つきも、髪や目、肌の色もネルとは違う。もともとネルはリュミレ夫妻に拾われた養女であり、メルは夫妻の実子である。そのた所為だったとしても、同じ環境で暮らせば、少なからず似てくるものだが、二人の雰囲気はあまりにも違った。

 ネルを春とたとえるなら、メルは冬のように冷たい顔色だったのだ。

「お姉ちゃん……何でこんなところにいるのよ」

 風に攫われそうな声で、メルはそう言うと、すっくと立ち上がり、何故かアルサスの脇を通り抜け、ネルを押し退けて走り出した。まるで、ネルから逃げるように。

「メル!? どうしたのですか?」

 突然のメルの行動に、困惑を隠しきれないネルは、慌ててメルを追いかける。あっと言う間に、彼女たちの姿は薄暮の街に消えてしまう。

 ただ一人、蚊帳の外に置かれたような気分になったアルサスは、姉妹の間に何があるのか、それを勘繰ることも出来ず、二人を探した。 

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