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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第四章
33/117

33. 過去からのメッセージ

 突如静寂を破って、石版が光輝いたのは、鉄の魔物の襲撃からようやく落ち着きを取り戻した時だった。ブンっ、と奇妙な音が響き、石版の盤面がまるで火でも焚いたかのよう明るく光る。そして、そこに次々と魔法文字が現れたのだ。

「なんだこりゃ……」

 思わず石版を見上げるアルサスも、口をあんぐりとあけてしまう。白地に黒の文字の羅列が、次々と上へと流れて行っては、ぱっと消える。そして、最後に現れた短い一文で、止まり、文字は何かを請うように、ぺかぺかと点滅を繰り返した。

「情報を閲覧しますか? そう書いてあります」

 アルサスの隣で、冷静な声のネルがその文面を読み上げた。驚きが隠せないアルサスたちは、一様にネルの方を振り返った。

「お姉ちゃん、魔法文字が読めるの!?」

 びっくり、が顔一面に書いてあるかのように、見開いた瞳を向けてくるルウが尋ねると、ネルは少しだけ困ったような顔をして、「なんとなく、わかるんです……。あの文字の意味が」と言った。さっきまで、壁に書かれた文字すら読めなかったのに、この部屋を見るにつけ、石版の文字を見つめるにつけ、何かしら記憶の底から染み出してくるような感覚があった。しかし、それを上手い言葉でアルサスたちに伝えられない。

「もしかして、ネルがここを覚えている、っていたことと関係あるのかしら?」

 フランチェスカにそう尋ねられても、やはりネルにはよく分からない。ただ、ごく自然と慣れ親しんだ言葉のように、石版に現れた文字を理解することが出来た。

「情報を閲覧って……どういうことだろうね?」

 小首をかしげるルウ。すると、それに答えるかのように、台座に並んだタイルのひとつが、緑色に点滅し始めた。驚きはしたものの、ルウはそれを躊躇なく押してみた。もちろん、アルサスは慌ててそれを止めようとした。また、先ほどの鉄の魔物が現れては敵わないと思ったからだ。

 しかし、ルウがタイルを押しても、魔物は現れず、代わりに石版には新たな文字が出現する。なにやら、長々しい文章であり、すべて魔法文字で書かれていた。

「読める?」

 ひとまず胸をなでおろした、アルサスが問いかけると、ネルは石版に現れた魔法文字を目で追いかけた。


『報告書、第23466号。第一次計画の実証の結果、適応には個々の体質があるものと推測される。拒絶反応は認められないため、更なる研究を必要とする。このことは、すでにマリア博士にも報告済みである』

『ハンナは素直でとてもいい子です。赤の他人であるわたしの事を「お母さん」と慕ってくれます。目覚めた時、今と変わらぬ彼女でいて欲しい』

『報告書、第35000号。本来二本柱であった計画を、委細変更とする。第二次計画の破棄は、中止。実施中の第一次計画が終了し次第、第二次計画へ即時移行する』

『すべてを、ハンナに託します。世界を、未来の命運を変える力を。白き龍は人間に幸福などもたらしません。しかし、誰もそのことに気づいていない。滅びへの一歩を自分の足で歩いていることに気づかない。わたしたちに出来ることは、最後の望みを託し、あなたをダスカードに隠すことです』

『報告書、第21306号。動物実験の一部が成功。高い知能。高い生命力を、付与出来たことを確認。人体実験へ踏み切るには、世論を味方につける必要があり』

『すでに聞き及びのことと思いますが、敵国は暴挙とも言える行動に出ました。戦争が長引かないように、世界……いや人類の命運はすべてわたしたちの手にかかっています。「奏世」計画の早期実現を目指し、一層努力が望まれます』

『報告書、第400907号。マリア博士の提言に従い、金の若子には世界を監視する使命を、銀の乙女には世界を変える力を』

『ハイゼノンで収容した銀色の髪の少女に、ハンナという名を与えました。彼女もその名を気に入っているようです。ただ、その笑顔を見ていると、彼女が何も知らされていないことが不憫で仕方ありません』

『報告書、第103456号。本計画とは別個として、計画をニ分割することとする。こと第二次計画に関しては、これを「金の若子」「銀の乙女」と名づけ、遂行のため二年を目処に予備実証を開始する。実証次第で、どちらの計画を「奏世」計画の骨子とするかを決定する』

『やがて、わたしたちの世界は終わりを告げるでしょう。そうして、新たに再生した世界が、同じ未来を歩もうとした時、ハンナの眠りは終わりを告げる。そして、世界は再び……』

『報告書、第57340号。銀の乙女を「鉄の鳥」でハイゼノンから、ダスカードの本部へ移送する』


 魔法文字の散逸的な文章の羅列。文字が読めると言っても、一体それが何を意味するのかわからない。だが、端々に聞き知った言葉が現れる。特に、ネルという名、そしてハイゼノンと言う地名。そして、何よりも、「奏世」「銀の乙女」と言う言葉。探していた答えの片鱗が、そこにあることだけは間違いない。

 不意に、石版に映し出されたものが切り替わる。文字列ではなく、人の顔が大きく現れたのだ。色の白い、ひと目で才女だとわかるような、美女の顔だった。歳のころは、フランチェスカと変わらないだろうか。ただ、しなやかな金色の髪はほつれ、目元に疲れが見え隠れしている。

 彼女は小さく咳払いをすると、静かに語り始めた。

『もうすぐ、この世界は終わります。そして、新生の時を迎えるでしょう。ハンナ、もしもこのメッセージを聞いているなら、あなたは、永い眠りから目覚めたということ。それがどのくらい長い時間なのか、わたしにはわからない。ただ、目覚めの日、つまりあなたとわたしの約束の日が訪れたということ……。そう言っても、あなたには何のことだかわからないかもしれない。あなたの記憶を消したのは、わたしだから』

 少し、悲しそうな顔をする。ネルによく似た青い瞳が、じっとネルを見下ろす。ハンナという人に向けられているはずのメッセージなのに、その瞳はネルを捉えているかのようだった。ネルは、ただ押し黙って、石版に映し出された女の顔をじっと見つめた。

「ど、どうなってるんだ? 石版の中に人がいるのか?」

「こんな薄い石版の中に、人間が入れるわけないでしょ!?」

 端では、言葉の意味がわからない、アルサスとルウがうろたえる。女の話す言葉は、先ほど鉄の魔物が現れたときに聞こえた声と同じような言葉だのだ。だが、ネルにだけはその言葉の意味がわかっていた。

『ほんとうは、そんな日が来なければいいと思った。でも、人間は分かり合えない生き物。そうやって、何度も繰り返し悲しみを生んだ。きっと、欲望に駆られた人間は再び「白き龍」を求めるでしょう。白き龍が目覚めたその時、また世界が終わる。それだけは、絶対に許してはいけないの。だから、あなたにはその連鎖を解いて欲しい。いつか、誰もが幸せだと感じる世界を作って欲しい。そのための力、それが「奏世の力」なの。今、わたしに出来ることは、ダスカードへの旅を、ここハイゼノンで祈るだけ。せめて、約束が果たされないことを願いつつ……マリアより』

 女は、最後に名残惜しむようにネルの名を呼んで、石版から姿を消した。部屋が突然暗くなる。石版の輝きまで失われたからだ。

「待って!」

 ネルは慌てて、ルウがそうしたようにタイルを押した。しかし、カチカチと音がするだけで、ふたたび石版に灯が点る事はない。まるで最後の使命を全うして、命が尽きたかのように、石版はウンともスンとも言わなくなった。ネルは、繰り返し「待ってください」と口にしながら、その場に膝をついた。

 今の人は誰? ハンナって誰? 計画? 記憶を奪った? 奏世の力? 永い眠り? 世界が終わる? 約束の日? 白き龍? わからない、何もわからない。教えてくださいっ!

 得体の知れない大量の疑問符は、恐怖を伴って、ネルの両肩に重くのしかかった。女の言葉に、今更ながら「世界を変える力」とローアンが呼んだ、自分に宿る力が恐ろしい。

「だ、大丈夫? ネル……」

 うずくまり、肩を震わせていると、そっとアルサスがしゃがみ、ネルの背に暖かな手を当ててくれる。心配そうに覗き込むアルサスの赤い瞳に、優しさを感じたネルは「大丈夫です」と答えようとしたが、言葉が出てこない。のしかかる疑問符が、喉元でその言葉を()き止めるのだ。

「石版の人、なんて言ってたの?」

 アルサスは、石版に映し出された女のことを、「石版の人」と呼んだ。もちろん、もはや眼前の巨大な石版がアルサスたちの知る「石版」でないことは明白だったが、他に相応しい語彙が見当たらなかったのだろう。

「わかりません。上手く聞き取れなくて……」

 上擦った声で、ネルは嘘をついた。上手く聞き取れなかったのではない。石版の女が言ったことの意味が、自分の中で、何一つ咀嚼できないのだ。だが、その疑問をアルサスにぶつけても、彼も何も知らないことは明白で、ただ無為にアルサスを困らせてしまうだけだ。だから、ネルは嘘をついた。

「そっか」

 アルサスは短くそう言って、ネルの嘘を疑っているような様子は見せなかった。ただ、震えるネルを気遣って、いるだけなのかもしれない。彼の本心は、ネルにはわからない。

「それにしても、報告書って何なんだろうね」

 ルウが手帳を広げながら言う。

「ちゃんと訳せたらいいんだけど、あんまりにも文章が散逸的過ぎて、意味がよく分からないんだ」

「おまえ、まさか今の間に全部書き写したのか?」

 ルウの手帳にびっしりと書き込まれた文字の塊。それは、さきほど石版に映し出された、短い文章だった。

「ふふん、ボクは神童だよ、アルサス。あのくらいの魔法文字、かんたんに速記できるよ」

 鼻を鳴らしながらルウは自慢するかのように、大きく胸を張る。さすがのアルサスも、それには感心したようで、よくやったと、ルウを褒めた。

「わかったことだけでもいい、教えてくれるか?」

「そう言われても。何かの計画を推し進めるための、報告書だと思うんだ。この不思議な石版が遺跡の中に最初からあったとすれば、そこにお姉ちゃんの名前が出てくることもよく分からない。それに、あの女の人は誰なんだろう……魔法装置の一種なのかな。でも、こんな魔法装置は見たことも聞いたこともない」

 ぶつぶつと言いながら、ルウは手帳のページをめくった。ここにくれば、すべてがパッとわかるものと思っていたわけではないが、わからないことが増えてしまったように感じる。それは、ネルだけでなく、皆一様に感じていた。

「最後の文章、あれは多分、銀の乙女を「鉄の鳥」ハイゼノンから、ダスカードの本部へ送るって言う意味だと思う。鉄の鳥というのは、この遺跡のことじゃないかな。ほら、鳥の形によく似ているし、鉄で出来てる。つまり、この遺跡はもともとここにあったんじゃなくて、『銀の乙女』をハイゼノンからダスカードへ移す途中だった」

「ダスカード? ダスカードと言えば、ダイムガルドのアンジェロ山中にある、太古の遺跡の名前ね」

 フランチェスカが言う。

「太古の遺跡?」

「ええ。ほら、言ったでしょ。ダイムガルド軍は遺跡から超技術を回収しているって。それが、神々の時代のものと思われる、ダスカード遺跡なのよ。ハイゼノンも、古い遺跡の上に建造された都市だと言われているわ。この遺跡船も含めて、すべてが同年代の遺跡だと仮定したら、その名前が石版の文章にあっても、不思議なことじゃないわね」

「じゃあ、やっぱりここも、神々の時代の遺跡。神話の聖遺(イコン)だということか? まさか、さっきの女の人は神さま?」

 アルサスの問いかけに、フランチェスカは少しだけ苦笑いを返した。

「さあ、どうかしら。わたしには、神さまには見えなかったけれど。でも、神話は実在する、そう考えた方が自然じゃないかしら」

「いずれにしても、もっと手がかりが欲しい。確証を得られるくらいの」

 ぱたん、と音を立ててルウが手帳を閉じる。

「ここからなら、ダイムガルドのダスカード遺跡へ行くよりもセンテ・レーバンのハイゼノンの方が近い。ハイゼノンへ行けば、何か新しい手がかりが得られるかもしれない」

「新しい手がかりって、何だよ、ルウ?」

「さっきの魔法文字の文章中に、こんなのがあった。『白き龍は人間に幸福などもたらしません』って。『白き龍』と言う言葉。それって、センテ・レーバンに伝わる伝承だよね。つまり、銀の乙女と奏世の力、そして白き龍の伝承はすべてつながりがあることなんだよ、きっと」

「だったら、迷うことなんてないわね。メルちゃんのことといい、次の目的地はハイゼノンで決まりね」

 フランチェスカの言葉に、ネルの傍でアルサスが頷く。だが、何故かアルサスは浮かない顔をしていた。

「アルサス、どうしました?」

 今度はネルが心配になって、アルサスの顔を覗き込んだ。すると、アルサスは何事もなかったかのように、いつもどおりの笑顔を作り、

「なんでもないよ。立てる? ひとまずここから出よう」

 と、ネルを助け起こす。

 部屋の出入り口の扉は、再びネルが手を当てることにより、入ってきたときと同じように、半自動的に開いた。ネルは部屋を後にする直前、少しだけ振り向いて、もう一度巨大な石版を見遣る。そして、そこに映し出された金色の髪の美しい女の顔と声を頭の中に浮かべた。

 あの女の人、どこかで会ったことがある。この場所に訪れて以来、ことあるごとに脳裏を掠めていく既視感の数々。だが、ひとつだけ確かに分かったことがある。

 あの人の声……わたしに呼びかけてきた、アストレアさまの声と同じだった!

 この既視感の意味も、ハイゼノンへ行けば何か分かると言うのだろうか? いや、そんなことよりも、今はメルの事を考えたい。あの子が無事なら、もう一度その名を呼びたい。自分のことなんて、後回しでも構わない。なぜなら、大切な家族だから。

「行こう、ハイゼノンへ。メルを探しに」

 アルサスがネルに手を差し伸べる。ネルは、部屋の方からアルサスの方へと顔を戻し、その暖かな手を取った。

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