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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第四章
32/117

32. 鉄の魔物

 バチバチっ! 円錐形を逆さにしたような胴の頂点にある、黒鉄色の棒。その先端は、槍のようにとがっていた。それが武器であることは容易に想像できたが、まさか、火花を散らすとは思ってもみなかった。ただの槍ではない。そう察したアルサスは、じりじりと迫り来る鉄の魔物に、たじろいだ。

 相手が何者なのか分からないことは、ひどく戦いにくい。それは、十年も前から戦いに身を置くフランチェスカも同じだった。うかつに手を出せば、反対にこちらが傷つけられてしまう可能性もある。それは、経験があればあるほど、用心深くなるのと同じだ。

「ネル、あいつに見覚えは?」

 アルサスは、背後に隠れるネルに問いかけた。この奇妙な部屋に見覚えがある、というのなら、あの鉄の魔物のことも何か知っているかもしれない、と淡い期待を抱いたが、ネルは頭を左右に振り返す。

「ごめんなさい……」

「なあに、ネルが謝ることじゃないよ。どうせ逃げ場もねえ以上、まとめて、一気に片付けるっ!! ネルは下がってろ。ルウ、派手な魔法は抑えろ。フラン、行くぞっ!!」

 アルサスの掛け声に、フランチェスカとルウは彼の方に視線を送りつつ頷いた。

 まず、剣と槍を携えたアルサスとフランチェスカが、鉄の魔物に飛び掛る。その背後から、ルウが魔法の言葉を口にする。現れたのは、土の矢「エーアデ・プファイル」の魔法である。ただし、アルサスに釘をされたとおり、込める魔力を最小限に抑え、矢の数は三本にとどめる。出入り口を封鎖されてしまったこの部屋は、密室状態。いくら広い空間とはいっても、あまり派手に魔法を放てば、味方にまで被害を与えかねないのだ。それは、憂慮してしかるべきことだ。

 ルウの魔法杖から飛び出した土の矢は、そのまま、アルサスとフランチェスカの脇をすり抜け、寸分たがわぬ精度で、鉄の魔物に直撃する。鈍い音が鳴り響いたものの、相手は鉄で出来ている。その硬度は魔法で生み出された土の矢を遥かに凌いでいる、つまり魔法が簡単には通用しないことくらい、ルウにもわかっていた。しかし、彼の魔法のおかげで、一瞬鉄の魔物たちがひるむ。

 その隙を、突撃するアルサスとフランチェスカは見逃さなかった。剣を振り上げ、槍を繰り出す。金属と金属がぶつかり合う音。わずかに、火花が散った。

「か、硬ってえっ!! 何だこいつらっ!! ただの鉄の魔物じゃないぞ!」

 両腕に痺れを感じたアルサスは、剣を取りこぼさないようにしながら、後ろへと飛びのく。

「これじゃあ、わたしたちの武器が刃こぼれするだけね」

 槍を打ち据えたフランチェスカも顔をしかめた。

 鉄の魔物は何も言わず、ただ無機質に獲物を狙い、一歩ずつアルサスたちを追い詰めていく。真っ赤な瞳が気味悪い。だが、それ以上に鉄の足音が恐ろしい。

 剣も魔法も効かない魔物。そんなものが、この世に存在していたことよりも、突然舞い降りた危機に対処する術を、アルサスたちは必死で考えた。しかし、上手い手段が見つからない。まるで、魔物の餌場に迷い込んだ気分だ。ただ、眼前の鉄の魔物が捕食するようには見えない。そもそも、捕食するための口が存在していないのだ。ならば、何のために自分たちを襲う? 遺跡を守るためか? それとも、遺跡に迷い込んだ人間を殺すためか?

 いずれにしても、目的の不透明な殺意だけが、真っ赤な一つ目と共に、近づいてくる。どこか、弱点はないものか……。アルサスは、真っ赤一つ目を赤い瞳で睨みつける。

「こなくそっ!」

 と、突然アルサスは何を思ったのか走り出した。そして、鉄の魔物の前で、躓いたかのようにしゃがむと、剣を勢いよく振り回した。狙いは、足元。

 予期せぬその足払いに、鉄の魔物は対応することが出来ず、バランスを崩した。

「今だ、出口へ走れみんな! ネルっ、扉を開けるんだ!」

 アルサスがそう叫んだ瞬間だった。まるで逃げ場を与えまいとするかのように、出入り口あたりに新たな穴が開き、そこから新たに二匹の鉄の魔物が姿を現す。さらに、バランスを崩したかに見えた魔物は、巧みに残り三本の足で踏みとどまっていた。

 ふたたび、アルサスは飛びのいた。

「一体何匹いるの!?」

 愕然とするルウ。その疑問は、アルサスとフランチェスカも感じていた。

「逃がさないってことらしいわね。随分、お利口な墓守だこと」

「冗談言ってる場合じゃないよ、フランお姉ちゃん!」

 新たに現れた二匹の魔物は、やはり無機質に足音を立てながら、着実にルウたちを追い詰めた。ついに、部屋の隅にまで追いやられた、アルサスたち四人は、五匹の鉄の魔物によって取り囲まれてしまう。剣も魔法も通用しないのであれば、どうすることも出来ない。

 すると、五匹のうち一体だけが、こちらの事をじっと見つめる。そして、真っ赤な一つ目から、帯状の細い光を発した。そり光の帯はまるで物差しで引いたかのように直線を空中に描き、ネルの額に当たる。

「きゃあっ!」

 思わず、ネルは悲鳴を上げた。魔法か何かだと思ったのだ。しかし、痛みが走るわけでも、意識が遠のくわけでもない。むしろ眩しいだけで、何も感じない。光の帯は、ネルの体中を這い回る。一体何事か、手出しの出来ないアルサスたちは、じっとその光景に固唾を呑んだ。

 ひとしきり、光の帯を発した鉄の魔物は、突然歩み寄るのをやめた。すると、再び何処かから声が聞こえる。あの、女とも男とも取れぬ、奇妙な声だ。

『Die Passagierliste unseres Boten hat eine anwendbare Person. Ich halte prompt ein Verteidigungsgerät an.』

 意味の全くわからない、不思議な言葉だった。だが、その声が止むと同時に、鉄の魔物たちは、敵意を和らげたばかりか、現れたときと同じように足元に突如出現した穴の中に戻っていく。

 何事もなかったかのように、部屋は静まり返る。それは、嵐の後の静けさのようだった。

「た、助かった……」

 へなへなと腰を折るルウ。ネルは壁際に張り付いて、まだ怯えたような顔をしている。アルサスも深く息を吐き出して、腰の鞘に剣を収める。

「何で、あの鉄の魔物たちは、突然退いたのかしら?」

 ただ一人、フランチェスカだけが、怪訝な顔をしていた。その瞳は、さきほどの声の主を探しているかのようだった。

 だが、他に人の気配はない。そもそも、あれが人間の声なら、あの意味のわからない言語は一体何なのだろう。各国に伝わる古代語とも違う。どちらかといえば、魔法の言葉に似ているような印象がある。そのことをアルサスは、ルウに問いかけてみたが、

「分かんない。たしかに、魔法の言葉に似てるけど……」

 と、曖昧な返事しか返ってこなかった。


「遺跡船が起動したか……」

 事務机に向かうメッツェ・カーネリアは、書類に走らせていた羽ペンをピタリと止めて呟いた。その呟きは、すぐ傍にいた文官の耳にも届く。

「何か仰いましたか、メッツェさま?」

 奇妙に思ったのか、文官は事務机から顔を上げ、メッツェに尋ねた。

 ここは、センテ・レーバン城、宰相府文官執務室。三列に並べられた事務机には、文官たちが座り、一心不乱に庶務をこなしていた。陳情の処理、騎士団からの意見書、経理、公共事業や飢饉への対処、年貢の処理、様々な雑事をこなすことが、文官たちの仕事であり、陰日向に王国を支えている。

 メッツェもまた、宰相付き参謀官として、その職務に励んでいた。

「いや、何でもない。ただの独り言だ。それよりも、ファレリアへ派兵したクロウ・ヴェイルから、その後の連絡は?」

 わざとらしく、メッツェは話題をすり替えたが、文官はそのことに気づく様子もなく、自分の机の上に広げられた書類の束から、一枚の紙を取り出した。それは、つい一週間余り前に、王国に対して反乱を起こした、ファレリアの領主ボレウス公を逮捕・反乱鎮圧するべく送った、親衛騎士団クロウ・ヴェイルからの書簡である。まめな男らしく、毎日のように戦況を報告してくるその真面目さは、実に目を見張るものがあると、メッツェは思う。

「先ほど送られてきた連絡によりますと、ボレウス・ファレリア公は会戦に破れ、ファレリア城内に立てこもっているとのことです」

「クロウなら、一週間もあれば、カタがつくと思っていたが、てこずっているようだな?」

「はい、噂を信じるわけではないですが、ハイゼノン公が、ファレリア公の後ろ盾となっているとかいないとか。辺境の諸侯どもは、どうにも国王さまへの忠誠心に欠けるようですな。ああいったものたちの事を、分離主義者と呼ぶのでしょう」

 と、文官は口にしてから、メッツェが渋い顔をしていることに気づいた。慌てて文官は、取り繕う。

「あ、いや、私見でございます。クロウさまより、増派の要請はうけておりませんので、ファレリア鎮圧は、順調と見るべきかと」

「そうか、分かった」

 メッツェは素っ気無く返すと、再び、事務机に向かった。目の前にあるのは、最北の村の村長が宛てた、宰相ライオットへの陳情書である。本来ならば、この陳情に目を通すべきなのは、ライオット自身だ。無論、その陳情を取り合うかどうかはさておいても、である。

 しかし、当のライオットは、奥の歯が痛いと言い、今朝から私室のベッドに篭っていると、メイド長から聞かされた。フルーツばかり食っているからだ、などと口が裂けても、メイド長には言えないが、メッツェは呆れながらも、ご典医を招聘(しょうへい)する手続きを取った。王都の城下に居を構える、代々王室の医事を取り扱っている医者だ。

 もっとも、歯が痛くなくても、ライオットは陳情など相手にはしない。「庶民のわがままを、いちいち聞いていたら、身が持たない」と言うのだ。しかし、メッツェの前に置かれた陳情書には、貧しさに苦しむ村人たちの怨嗟が切々と書かれていた。わがままなどではない。世界は貧困の中にあって、富める者はますます富み、貧しき者はますます飢えている。

 ボレウス公は、そんな現実を鑑みて、反乱を起こしたのだ。もちろん、すぐに武力で物事をどうにかしようとするのは、あまりにも短絡的だと、メッツェは思う。納得のいかないこと、理解の出来ないことは、すぐに戦争で蹴りをつけようとするのは、人間の悪癖だ。何度世界が変わっても、それを理解する智慧(ちえ)が人間には備わっていないのか?

 彼らを指して「分離主義者」などと揶揄(やゆ)したところで、結果は変わらない。ライオットも、ボレウスも、結果として、進化できない人間の姿なのだ。

『何故、分かり合おうとしない。相手に優しくあろうとしないのか』

「ああっ、そう言えば!」

 唐突に、先ほどの文官が声を上げて、メッツェははっと我に返った。自分の思考に没頭しかけていた、頭を何度か振って、「なんだ?」と問い返す。

「これ、この黒い封筒。昨日、こちらへ届けられたもので、ライオット閣下宛ての手紙のようなのですが、あまりにも奇妙でしたので、まずメッツェさまに検分いただこうと思っていたのです」

 そう言って、文官がメッツェに差し出したのは、確かに不気味な手紙であった。真っ黒に染め上げられた封筒。黒い蝋でしっかりと封印されている。表には、ライオット宛てを示す一文が白インクで書かれており、裏面には、魔法文字が描かれている。標準語で言えばそれは、「G」に当たる。

 メッツェには、その差出人に心当たりがあったが、あえて、そのことは口にせず、封筒を静かに開いた。

『黒衣の騎士団、ギャレット・ガルシアより、ライオット・シモンズ閣下。お探しの品、ウェスアよりエントの森へ。かねてより、メッツェさまの言いつけどおり、我々は先回りをして、城郭都市ハイゼノンへむかう旨、ここに報告奉る。吉報ご期待されたし』

 ギャレットめ、エーアデ通信に妨害がかけられているのを知って、手紙を寄越したか。便箋に書かれた文字を、モノクルの奥の目で追いながら、メッツェは内心に思った。

「何でしょう、その手紙……?」

 ニヤリとするメッツェに、文官が怪訝な顔を寄越す。

「いや、なんでもない。ただの取るに足らない陳情書だ。このような黒い封筒に入れてくるとは趣味が悪いな」

 メッツェは文官に嘘を悟られないように、手早く便箋を折りたたみ、封筒の中にしまいこんだ。

 

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