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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第四章
31/117

31. 鉄の鳥

 ルリボシタテハが導いたその場所は、とても大きく開けた広場であった。エントの森に入ってまだ半日ほどしか過ぎていないというのに、久々に夜空を見上げたような錯覚さえ覚えずに入られなかった。それくらい、エントの森は圧迫感があり、この広場は、広大な砂漠にポツンと現れたオアシスのようだった。

 だが、そこはオアシスというには、いかにも奇妙な場所。広場の中心には、見上げるほど巨大な鉄の塊がその半分を地面にうずめるが如く、鎮座していた。表面は赤茶けた錆におおわれ、ところどころ、風雨によって朽ちかけている。それこそが「遺跡船」と呼ばれるものなのだが、船というよりは、鉄で出来た鳥を思わせる。よく見れば、鉄の塊は、鳥が翼を広げたまま力尽き、横たわっているかのように見える。

 それが、「まるで空から落ちてきたみたいだ」という印象を、遺跡船を目の前にしたアルサスに与えた。もっとも、鳥というには、その体躯はトンキチの何十倍もあり、巨躯が自慢のエイゲル族も真っ青だ。そもそも鉄が空を飛ぶなど、魔法の力を以ってしても不可能だ。子どもでも理解できる「ありえない」ことのひとつだ。だが、その子どもが、キラキラと目を輝かせて、興奮気味に声を弾ませている。そう、すっかりコートに馴染んだルウだ。

「エントの森に、こんなものがあったなんて! ルミナスの研究者たちも、知らないことだよ! せ、世紀の大発見っ!!」

 そう言うと、ルウはボールが飛び跳ねるように、遺跡船へと走り出した。彼の背中を、好奇心と探究心がぐいぐい押しているのが、端から見てもよく分かる。

「待ってください、ルウっ!! 危ないですよっ!」

 慌ててルウを追いかけるネル。二人は、あっと言う間に、遺跡船の側面へとたどり着く。一方、アルサスとフランチェスカは、慌てる様子もなく、遺跡船の全景を見上げながら歩いた。

「思ってたよりも、大きいわね……」

 言葉少なに、フランチェスカがその驚嘆を口にする。

「こいつは、一体何なんだろうな? 神々の時代のものかな?」

 アルサスは、遺跡船の側壁を触りながら、早速調査を始めたルウと、それを心配そうに見つめるネルの姿を眺めつつ、フランチェスカに尋ねた。もちろん冗談のつもりで「神々の時代」などと言ったつもりだったのだが、

フランチェスカはしばらく、小首をかしげてから、

「そうかも知れないわね」

 と真剣な顔つきで返してきた。

「なんだよ、冗談に付き合ってくれるわけ?」

「違うわよ。超技術の産物かも知れないってことよ。ダイムガルドでは、ヨルンの戦いの後、本国へ帰還した人たちが主導となって、『神々の時代』の超技術(オーバーテクノロジー)の軍事転用を研究しているのよ」

「超技術って何?」

 聴きなれない言葉に、アルサスの頭に疑問符が浮かぶ。

「わたしはご覧の通り、学者じゃないし、あの後すぐにギルド・リッターに入ったから、くわしいことはよく知らないわ。ただ、神々の時代には、今よりもっと進んだ技術があったって言われてるのよ。もっとも、ルミナスの研究員や魔法使いたち、それに、各国の博士たちはそれを否定しているけれど」

「呆れたものだな……リアリズムの権化みたいな軍隊が、実在したかどうかも分からない『神話』にすがるなんて」

「事実はどうであれ、少なくとも、センテ・レーバンにも、ガモーフにもこれだけ大きな鉄の建造物を作ることは出来ない。遺跡という名前からも、これが神さまの超技術だって考えた方がしっくり来るわ。それに……、少なくとも、ローアンは、ここに『奏世の力』を知りたければ遺跡船へ行け、と言ったのよ。ベスタの言い伝えで神々の黄昏を治めた女神アストレア。そのアストレアに仕えた天使の一人が銀の乙女。銀の乙女は、今わたしたちの前に実在している」

 フランチェスカの視線の先には、ネルの美しい銀色の髪が、月影に照らされて輝いている。

「神話が真実か否かに関わらず、この遺跡が神々の時代のものであっても、不思議はないわ。もっとも、わたしはまだネルの力を見せてもらっていないけれどねぇ」

 そう言って、フランチェスカはからからと笑う。彼女自身、この鉄の鳥の正体に関して、興味があるようだ。そして、ネルの華奢な体に秘められた力のことも。しかし、彼女の言うとおり、彼女は学者ではない。その一方で、魔法使いギルドの一員であり、学者の卵とも言えるルウは、まるで歳相応の男の子がおもちゃを手にした時のようにはしゃいでいた。

 そんなルウの元にアルサスは歩み寄った。

「何か見つけたか?」

 と、尋ねると、ルウは鉄の鳥の肌撫でるように触りながら、「中に入れそうなんだ」とこんこんとその肌を叩いてみせる。響く鉄の音が、その体内へ吸いこまれて行く。どうやら、遺跡船の内部には、広い空間が広がっている。

「でも、入り口みたいな場所はないし、扉もないんだ。外側には、何か手がかりになるようなものも見当たらないし」

 うーん、とルウはあたまを悩ませる。だが、悩むのも楽しいといった顔だ。

「わっ!」

 不意に、ルウの傍でルウに倣って鉄の鳥の肌に触れていたネルの指先が白い光を帯びる。すると、ネルの小さな悲鳴と共に、ちょうどその突起の真下に、手のひらが入るくらいの小さな扉が開いた。驚く一同。まるで、ネルに反応して、開いたかのようだ。そんな扉の中には、白い吊革状の取っ手のようなものがあった。

「アルサス、ちょっとその取っ手、引いてみてよ」

 ルウがアルサスに目配せをする。得体の知れない取っ手に触れる勇気がないわけではなく、背の低いルウの手が取っ手に届かないのだ。

「仕方ないな。みんな、下がってろ」

 アルサスはそう言うと、ごくりと喉を鳴らして、白い取っ手にてをかけた。どうやら取っ手は手前に引くことが出来そうだ。トラップの類である可能性も否定は出来ない。アルサスはこの手の遺跡と呼ばれる場所へ来るのは初めてだが、予備知識として、遺跡には侵入者撃退用の罠が張られているものである、という認識を持っていた。

 この取っ手を引けば、いきなり矢が飛んできて来たり、固定魔法の封印が解かれて、魔法弾が飛んでくると言う恐れもある。しかし、迷っていても仕方がない。ルウの言うとおり、遺跡船の中へ入るための入り口がどこにも見当たらない。外側に何もないとすれば、『奏世の力』を知るための手がかりは、中にあると思った方がいいだろう。

 ええい、ままよ! とばかりに、アルサスは思い切って取っ手を引く。

 何かが外れる音。続いて、静かな振動が遺跡船を包み込む。慌てて、アルサスはとってから手を離し、遺跡船の外壁から離れた。なおも振動は続き、やがて外壁に長方形の亀裂が入る。そして、亀裂の内側がこちら側へと倒れこむように開いた。

 取っ手は罠のスイッチではなく、遺跡船内部への扉を開くノブだった、と悟るアルサスたちの前にぽっかりと、エントランスが口をあける。人一人がくぐるのがやっとという大きさだろうか。

「中へ入ってみよう」

 と、一番最初に言ったのはルウだった。足元に転がる、手ごろな大きさの枝切れを拾い上げ、その先端に、ごくごく力を弱めたフランメの魔法を着火する。簡易の松明(トーチ)だ。

「待て、俺が先頭を行く」

 アルサスはルウの手から、松明を奪うと、それを翳して、扉より内部へと踏み込んだ。

 遺跡船の内部は、遺跡と呼ばれるだけあって、随分と埃っぽい。ともすれば、鼻腔粘膜がくすぐられて、くしゃみが出てしまいそうになる。ちょうど、入り口からは狭い通路になっており、アルサスたちは一列に並んで、奥へと歩み進んだ。

「中は錆びていないんですね……」

 アルサスの後ろにぴったり寄り添うネルが、壁や天井を見上げる。どうやら、内部は鉄製ではないようで、どこも錆び付いてはいない。埃にまみれている以外、とてもきれいな保存状態だった。

「石じゃないみたいだけど、とっても硬い。ミスリルかなぁ?」

 興味と好奇心が尽きないルウは歩きながら杖の先端で、壁を叩いたり、靴のかかとで床を蹴ったりしてみた。金属特有の、甲高い音は聞こえてこないが、その感触は金属のように硬く冷たい。

「金属でもなそうよ。もっと別の材質……、神さまの遺産というよりは、人工物に近いわね」

 フランチェスカは、均一に角のたった壁や、あちこち壁面に描かれた奇妙な文字を指差す。その文字を、ルウは「魔法文字だよ」と付け加える要に言った。

「魔法文字は、世界でもとっとも古い文字。その昔、神さまが使っていた文字だと言う学者もいるよ。ルミナスでも解読研究が行われてる。少しくらいなら、ボクにも読めるよ。例えば……」

 眼前の壁に書かれた文字を指し示し、

「睡眠……保管……部屋?」 

 幾何学模様にしか見えない文字列を、ルウが読み上げる。しかし、その脈絡のない単語の連続に、四人は一様に小首をかしげた。

「何だよそれ。神さまの寝室だとでも言いたいのか?」

 アルサスが鼻で笑う。

「だって、そう書いてあるんだもん。そんなことより、行き止まりだよ、ここ!」

 ぷうっ、と頬を膨らませるルウ。彼の言うとおり、周囲は壁に囲まれた行き止まりだ。しかし、ここまで何度か曲がり角を横切りはしたものの、通路には分かれ道らしきものはなかった。

「部屋ってことは、この先に部屋があるってことなのかしら?」

 フランチェスカが再び、ルウの読み上げた文字の書かれた壁を指差した。

「でも、ドアノブもないし、さっきの入り口みたいに取っ手もない。こいつは間違いなく行き止まりかもな」

 アルサスは壁に手を触れて見るが、亀裂が入りそうな隙間も見当たらなかった。思わず、溜息がこぼれてきてしまう。ローアンは何のために、こんな何もない場所へ導いたのか。冗談なら性質の悪い悪戯だ。神々の時代の遺跡を見せて欲しいのではなく、アルサスたちが知りたいのは、ネルの命運の鍵を握る「奏世の力」と「銀の乙女」の真実。それが、ここにあるものとばかり思っていたアルサスは、目の前に現れた行き止まりに、落胆の色を隠せなかった。

「あの、ちょっと」

 ネルが、アルサスの脇から、ひょいっと手を伸ばす。そして、ネルの手のひらが魔法文字の書かれた壁に触れる。すると、気ほどと同じように、ネルの手のひらが白い光に包まれた。「やっぱり」と、ネルが呟く。そのニュアンスは、どこか「知っていた」「分かっていた」とでも言いたげに、アルサスには聞こえた。

 ぷしゅっと空気の抜ける音がして、壁がゆっくりとせり上がっていく。

「す、すごいっ! ネルの手のひらに反応して、壁が勝手に開いた!」

 ルウが一段と目を輝かせる。  

 壁の向こうは、フランチェスカが推察したように、広々とした部屋が広がっていた。背丈の三倍近い天井高、悠に走り回れるほどのフロアの広さ。一番奥の壁面には、大きな台座ととても巨大な石版らしきものが鎮座している。そして、両側の壁には、棺を思わせる箱がいくつも並んでいた。

「不思議な部屋ね。センテ・レーバンの様式とも、ガモーフの様式とも、もちろん、ダイムガルドの様式とも違う」

 部屋中を見回しながら、フランチェスカが呟いた。奇妙な室内は、居辛いような環境ではなく、むしろ静かで温度も一定に保たれているのか、居心地がよく感じてしまう。それが、かえって奇妙な感覚を四人に与えていた。

「墓所かしら? まさか、神さまのお墓じゃないわよね?」

「多分……違います」

 フランチェスカの疑問に、ネルが冷静な声で答えた。驚いた、アルサスとフランチェスカはネルを振り返った。ネルは両手を固く結び、棺のような箱を見つめる。

「何か知ってるのか、ネル?」

「分からないです。でも、わたし、この場所に見覚えがあるんです。ずっと、ずっと昔。この場所に来たことがあるような」

「既視感ってやつ? それとも、ネルが忘れている記憶……」

 アルサスの言葉に、ネルは頭を振った。ネルには、リュミレ夫妻に拾われる前の記憶が欠落している。自分がどこで生まれ、誰の子であったのか、それすらわからないのだ。もしかすると、その欠落した記憶が、ネルに既視感を与えているのかもしれない、とアルサスは思った。

「これ、なんだろね」

 いち早く石版の台座に駆け寄った、ルウが言う。ひとまず、ルウの元に駆け寄ったアルサスの目に飛び込んできたのは、これまた奇妙な台座だった。

 普通、遺跡と呼ばれる場所にある、石版の台座は、きれいな装飾が施してある。そうした装飾が、盗掘者(トレジャーハンター)に狙われることも少なくはない。そして、石版には様々な文章が刻まれているものだ。もしも、ここが墓所だとしたら、石版にはここに埋葬されている遺体の、功績や生きた証が書き記されていなければならない。

 しかし、石版には何も書かれていない。そして、台座には宝石や金銀の装飾など施されていない代わりに、小さなタイルがびっしりと並んでいた。

 鉄で出来た鳥のような遺跡、ネルが触れると勝手に開く扉、棺の並べられた部屋、何も書かれていない石盤、タイルが敷き詰められただけの台座。あまりにも、理解に苦しむ光景には、さすがのルウも頭を悩ませてしまう。

「ええい、ままよ!」

 まるで、アルサスの真似をするかのように、ルウが台座のタイルに触れた。すると、突然、タイルが赤く光り、点滅を始めた。

『Warnung! Unser Bote hat einen Eindringling. Wenn ich prompt die Geburt und die Abstammung verändere und nicht falle, entferne dieses』

 女とも男とも、大人とも子どもとも似つかぬ声が、何処かから部屋いっぱいに響き渡る。つづき、耳を(つんざ)く音が鳴る。危険を知らせるための音のようだ。

「何!? 何をしたんだ、ルウっ!!」

 アルサスが慌てて叫ぶ。音は次第に大きくなっていくばかり。ルウはもう一度、タイルに触れてみたが、二度とそれが光ることはなかった。

「何かくるわよっ!!」

 部屋の入り口に向かって踵を返したフランチェスカの声にあわせるように、部屋の扉が開いたときと同じように、空気の抜ける音がして閉まる。さらに、同時に部屋の中心部の床に三箇所、丸く穴が開いた。

 アルサスは剣を引き抜き、ネルを自分の背に隠す。ルウはタイルをあきらめて魔法杖を構える。

 足元から伝わる小さな振動。そして、穴の中から、出現したのは、アルサスたちを驚愕させるものだった。外見は蜘蛛を思わせる。もっとも、狼ほどの体躯をしたそれは、もはや蜘蛛ではない。鉄で出来ていると思われる逆円錐型の胴体からは、四本の足が生え、そしてその胴の中心に、血のような真っ赤な瞳がひとつ。

「魔物か!? こんなやつ、見たことがない!!」

 アルサスたちの知識では、それを魔物と形容するほかなかった。しかし、どう見ても生物には見えない。しかし、生物でないとしたら、それは何なのだ!?

 三匹の鉄の魔物は、金属音の足音を響かせ、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。無機質な敵意を露にしながら……。 


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