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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第四章
29/117

29. エントの長

「緑の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、疾風の槍となれ……ヴィント・ランツェ! 固定(フェストレーグング)!」

 一度固定した魔法を魔法杖の上で待機させる。「固定応用」と呼ばれる魔法手技の、さらに応用である「待機応用」。ルウは、魔法手技の中でも、これら固定応用を得意としていた。必要に応じて、魔法を組み合わせ、使い分ける。まさに、魔法の極意中の極意。これを達成できた先に、魔法使いたちにとって憧れの奥義「昇華応用」が存在しているのだ。

 世界で一番有名な魔法使いになる。恥ずかしいから、アルサスたちには言っていないし、もちろん誰にも口にしたことはないが、ルウのひそかな「将来への夢」がその魔法には込められている。アルサス不在の今、ネルをちゃんと護らなきゃいけない!

 全身に滞留する魔力を、その細い腕を通して、魔法杖の先端へと集中させる。待機している三本の風の槍は見る見るうちに太くなり、蠢く茂みに照準を絞った。

「すべての魔法を解除する! アレス・フライセン!」

 敵を射抜けとばかりに、ルウは叫んだ。

「わーっ!! ちょっと待った、待った!!」

 突然聞き覚えのある焦り声。慌てて、魔法杖を振り下ろし、風の槍を地面へと激突させる。舞い上がる土煙。その煙を掻き分けるように現れたのは、声の主、アルサスとフランチェスカだった。

「俺たちを殺す気かよっ! ルウっ!!」

 髪の毛や衣服、甲冑の隙間に、大小の葉っぱをつけたアルサスは、手に抜き身の剣を握っていた。何かにおわれ、息を切らせながらこちらへと走ってくるフランチェスカも同様だ。そして、その何かは、推察するまでもなかった。なぜなら、アルサスたちが現れた茂みを突き破るように、蔦がその腕を伸ばして追いかけてきたのだ。

「無事だったんだね、二人ともっ!!」

 ルウは、アルサスの怒声を受け流し、心細さに固まりかけていた心を解いた。だが、再会を喜んでいる場合ではない。アルサスたちを追いかけてきた「おまけ」は、タコの足か蛇のような蔦の食指をうねうねとさせながら、一定の距離を保ち、あっと言う間に四人を取り囲む。

「なんだか、ここへ追い込まれたような気がする……」

 と、眉間にしわを寄せ、蔦の食指を睨みつけるアルサス。アルサスとフランチェスカがここへたどり着いたのは、ほとんど偶然だったことをルウたちは知らない。獣道で、エントの襲撃を受けたアルサスたちは、姿のはっきりしない敵と真っ向勝負を挑むのは、危険だと判断して、一目散に逃げ出した。そうして、獣道をはずれ、茂みに足を絡ませながら、たどり着いた先が、この泉だった。それは、まるでエントに導かれたように思わなくもない。 

 そんな、懸念を頭の隅に抱えつつ、

「ネル、怪我はない?」

 と、アルサスは不安そうな顔をするネルに問いかけた。

「はい、ルウがわたしのこと守ってくれましたから」

「そっか、でかしたぞ、ルウ」

 ちらりと、アルサスの視線がルウの方に移る。その視線が信頼を帯びていることに気づいたルウは、少し照れくさそうに「まあね」と、鼻頭をかいた。

「無事を喜ぶのは、まだ早いわ。結局最初に戻っただけよ」

 と、フランチェスカ。たしかに、別れ別れになる前に戻っただけだ。どうしたらいいのか、エントたちの姿もはっきりと捉えられないまま、囲まれたアルサスたちにそれを突破する手立てがない。

「あのさ、気のせいかもしれないけど、エントたちはわたしたちを傷つけるつもりはないみたい。なんだか、じゃれ付いているだけって、感じがするんだ」

 ルウが述べた意見には、アルサスもフランチェスカも同意するところがあった。どうにも、気配は不気味だが、明確な悪意がない。追いかけてはくるが、傷つけようとする意志が感じられないのだ。だから、アルサスは、「この泉へ導かれた」と思ったのだ。

 無論、そう思う根拠は他にもある。

「案外、ルウの言う通りかもな……。なあ、エントの親玉さんよ!」

 突然、アルサスの剣があらぬ方に向いた。切っ先が狙うのは、泉の真ん中に立つ、巨木の方である。

「さっきから、ずっと視線を感じてた。あんたが、エント族の長老、ハイ・エンシェントだろ?」

 物言わぬはずの巨木に、アルサスが声をかける。その光景だけ見れば、どこか頭でも打ったのではないかと心配になってしまうが、ルウたちの視線は一様に、奇行のアルサスではなく巨木に向けられていた。

 よく見れば、巨木の太い幹のウロは、人の目、口、鼻と同じような位置に開いている。むしろ、巨木の幹に顔が描かれているようだ。木がしゃべるはずがない、そんな風に思っていたルウとネルが見落とすのも無理はない。その顔は、人間の何十倍も大きかった。

「なんだ、びっくりさせてやろうと思っておったのに、もう気づいていたのか」

 一番下部のウロ……即ち巨木の口から、まるで地鳴りのような声が聞こえてくる。人間でたとえれば、老人の声に近いが、その声量はあまりに大きく、あたりの空気すべてがぶるぶると振るえ、腹の中までかき回されてしまいそうだ。

「者ども、客人に粗相をするでない、下がれ」

 長らしい口調で、巨木がアルサスたちの背後に叱責した。すると、蔦の食指たちは、何も言わずしゅるしゅると、茂みの奥深くへと戻っていく。ほっとするのもつかの間、再び腹の奥に響く声が聞こえてくる。

「一族の者が失礼をした。ここへそなたたちを連れてくるよう頼んだのだが、三ヶ月ぶりの客人に、喜び勇んで、乱暴なことをいたしたやもしれん」

「それは、それは、手厚い歓迎で。こちとら、泥まみれ、葉っぱまみれだ。おかげて、口の中まで泥と葉っぱの味がする」

 ちょっと喧嘩腰にも思える、アルサスの皮肉。しかし、アルサスの剣はすでにその切っ先を下ろしていた。

「許されよ、旅の子らよ」

 巨木は、そう言うと、頭上の枝葉を振るわせた。どうやら、頭を下げているつもりなのだろうか。しかし、びっくりさせてやろうと思った、と言うからには、驚かせる気は満々だったに違いない。厳格な口調とは裏腹な、巨木の性格を見て取ったアルサスは、ふとトンキチやバセットのことを思い出した。

 ハイ・エントェントも、十人十色ってことか……。

「俺たちのことを客人と言うからには、襲うつもりはないんだな?」

 アルサスが問いただすと、ウロの口から「如何にも」と返事が返ってくる。ようやく、警戒を解くフランチェスカとルウを目の端に捉えながら、アルサスは剣を鞘にしまいこんだ。

「我が名はローアン。エント族をまとめる、ハイ・エントェントだ。そなたたちが何者で、何のためにここに来たのか、知っておる。いや、わしは、そなたたちを待っておった」

「あの、どうして、わたしたちの事をご存知なのですか?」

 ぐっと、胸に手を当てたネルが、巨木……ローアンを見上げるようにして問いかける。

「風の便り。ご覧のように、地に根を張って動けないわしらエントは、そうやって外界の情報を手にする。そなたたちのことは、エイゲルの長、ヴォールフの長、スキードの長から便りをもらった。そう遠くない日、銀の乙女が訪ねてくであろうと」

 ウロの瞳、その中に目があるのかどうかは分からないが、(さや)かな泉を隔てて、ネルのことを優しげに見下ろす。

「お嬢さん、そなたがアストレア天使の一人、銀の乙女だね?」

 ローアンが投げかける瞳に答えるように、ネルは頷き、

「わたしは……、わたしたちは真実を知りたくてここに来ました」

 そう前置いてから、ここまでの出来事を淡々と語った。ローアンは、ネルが話し終えるまで、一度も口を開くことなく、静かにネルの話に耳を傾けた。

 自分が、ラクシャ村の夫婦に拾われ、娘として育てられたこと。生まれてからその日までの記憶がないこと。十六歳のその日、村に現れた「黒衣の騎士団」により、センテ・レーバンへ連れ去られたこと。そして、アルサスに助けられ、「答えを見つけよ」というバセットとトニアの言葉に従い、ここまで旅をしてきたこと。

 そうして、ネルが話し終えると、ローアンは再び頭上の枝葉をざわざわと揺らした。

「銀の乙女が何者で、奏世の力が何なのか、それを知って、そなたは何とする? 知るべきではなかった、と後悔するかもしれない。それでも知りたいというのか?」

「自分が何者で、この体に宿る『奏世の力』とは何なのか、それをわたしは知る義務があると思っています。そうじゃなきゃ、わたしを助けるために傷ついた村の人や、お父さん、お母さんに顔向けできません。ローアンさま! どうか、教えてください」

 頑なな視線をネルは投げかけた。だが、ローアンの顔はやや、困ったような表情に変わる。ネルに語りかけるべき言葉を探しているようにも見える。

 そうして、息苦しい沈黙の時間が流れた。沈黙に耐えかね、業を煮やし、アルサスが一歩前へ歩み出て、泉の淵から、声を上げるまで、幾ばくの時間が流れただろう。

「なあ、ローアンさんよ。トンキチ……いや、トニアにしても、あんたにしても、ウェスアの大司教にしても、どうして知るべきじゃない、なんて言うんだ? 自分が何者か知りたい、そう思うのは当たり前のことじゃないか。自分が何者か知ることは、それほど、ネルにとって辛いことなのか?」

「どう受け取るかは、その者次第。だが、答えを知るということは多かれ少なかれ、何かを背負うということだ。それは同時に、背負いきる覚悟がなければならない。だから、バセットやトニアは自らの手で、答えを見つけるように言ったのだ」

「つまり、あんたも何も教えてくれない、と言うのか?」

 アルサスの声は、少しばかり棘を帯び、ローアンは沈黙を持ってそれに答えた。舌打ちをしないまでも、アルスが蹴り上げた石ころが、泉に波紋を作る。

 ルミナスで空振り、ウェスアでは思うような成果を得られず、こうして遠路はるばるエントの森までやってきた。そしてまた空振り。ならばどうやって、その「答え」とやらにたどり着けばいい?

「銀の乙女よ、その血を受け継ぐ者よ……世界の運命を背負う覚悟はあるか?」

 泉に広がった波紋が、ローアンの根にまで届くと、彼は静かにそう言った。アルサス、ルウ、フランチェスカの視線が一様に、ネルの返事を待つ。だが、「世界」というあまりにも漠然とした言葉に、戸惑を隠せないネルは俯いてしまった。

「その力、奏世の力は、あまりにも強大な力。決して、そなたが思っているような力ではない。世界を変える力と言ってもいいだろう。それが、銀の乙女の血を引く者に与えられた使命でもある」

「使命だと仰るなら、なおさら、わたしは知りたい……。世界の運命をわたしなんかが背負えるかどうか、今はっきりとお答えすることは出来ません。でも、努力します」

 顔を上げたネルの青い瞳は、泳いでなどいない。(かたく)なな意思でしっかりと、ローアンの瞳を見据えていた。先に視線を逸らしたのは、ローアンだった。ウロの瞳を泳がせ、ローアンは、深く長い溜息を返す。

「ここへ来たそなたを、わしは説得するつもりだった。人の目に触れない、誰の目にも留まらない場所で、ひっそりと生きてもらえるよう。だが、遅かれ早かれ、『約束の日』が来ればその力はやがて本当の目覚めを迎える……」

 まるで、自分に言い聞かせるかのように、そう言ったローアンは、幾重にものびる枝のひとつをネルの眼前に伸ばした。すると、泉のほとり、色とりどりの花の間をひらりひらりと舞い踊っていた青い蝶々がその枝の先端に、静かに止まる。

「本当にそなたが、世界の運命を背負う努力をするというなら、その言葉とその瞳、信じよう。ここより三クリーグ先、森の最奥地に眠る『遺跡船』と呼ばれる場所がある。そこに求めるものの一端があるだろう。行くが良い。くわしい場所は、このルリボシタテハが教えてくれる」

 わずかな木漏れ日に照らされると、瑠璃色に輝く(はね)をゆったりと羽ばたかせる、物言わぬ蝶。

「ありがとうございます」

 そう言って、ネルが差し出す右手の人差し指に、ルリボシタテハは移る。

「銀の乙女。あなたの未来と、この世界の行く末に、幸福あらん事を」

 ローアンは、枝を戻すと、やはり地鳴りのような声で、ネルに告げた。


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