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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第三章
23/117

23. 地下水道探検

 ウェスア地下水道への入り口は、頑丈な鉄柵で封じられていた。かつて、ここから病原菌が噴出し、大混乱を招いたとあれば、仕方がない処置だろう。これなら、保菌者の魔物も容易に地下水道に入り込むことは出来ないに違いない。それは、同時に、アルサスたちも容易に地下水道へ足を踏み入れられない、と言うことだった。

 ネルを背負い、ギルド・リッターの追っ手から逃げ出したアルサスは、ルウを従え、複雑に入り組んだ、町の路地をジグザグに走り、追っ手を撒くことには成功した。しかし、安心していられない。ぐずぐずしていれば、彼らが追いついてくるかもしれないし、警邏中の神衛騎士団の目にとまってしまうかもしれない。

「ルウ。こいつをなんとか、開けられないか?」

 ネルのお尻をさえるために両手がふさがっているアルサスは、顎をしゃくって、鉄柵を示す。

「魔法でぶっ飛ばすしかないよ。でも、いいのかな?」

「いいんじゃない? 後であの医者の爺さんたちが直すさ」

 何の保証もないことを言ってのけながら、ルウに早くしろと急き立てた。ルウは、渋々といった顔をしながら、魔法杖を構える。

「じゃあ、赤の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、火炎の槍となれ……フランメ・ランツェ!」

 魔法の言葉と共に現れた炎の槍は、ルウが杖を振ると、まっすぐ鉄柵目掛けて、飛翔した。ごうっ、と着弾と同時に、爆発の音と振動が響き渡り、あたりにもうもうと白煙が巻き起こる。

「は、派手すぎだっ!」

 白煙に包まれながら、思わず声を荒げてしまうアルサス。白煙が夜風に流されると、目の前には、ぐにゃりとひしゃげた鉄柵が現れる。派手な爆発の割には、人が一人通るのがやっとと言った大きさだ。それだけ、鉄柵が強固だと言うことだろう。

「アルサス、もう大丈夫です、降ろしてください」

 よほど、背負われるのが恥ずかしかったのか、ネルの声は少しばかり上擦っていた。

 アルサスはネルを背中から降ろし、まず先頭切って、鉄柵に空いた穴をくぐる。そして、ネルが続く。やはり、くじいた足が痛そうだ。最後にルウが鉄柵の穴をくぐると、三人はいよいよ地下水道へと足を踏み入れた。

 ウェスア大教会の周りに、街が造られ始めたころ、上下水道を完備するために、設営されたのが、この地下水道である。その後、街の広がりにあわせ、何度も増設れていったためか、内部は非常に複雑な迷路を形成している。町医者に書いてもらった地図がなければ、たちまち迷子になってしまうところだ。

「じめじめしてる」

 と、言うルウの声が、トンネル内に反響する。薄暗いトンネルの先を照らすのは、アルサスに代わって先頭を歩くルウの魔法杖。どういう原理なのか、アルサスとネルには到底理解できないが、魔法を発現する際の光に似た輝きが、魔法杖の先端に滞留し、カンテラの役目を果たしていた。

 時折、ポチャンと、水の滴る音が聞こえてくる通路の両脇には、二段になった水路がある。左の水路は井戸に供給される上水、右の水路は雨水や生活廃水などの下水と言った具合だろうか。たしかに、密閉されたトンネル内に水が流れているため、どこかじめじめとしているが、鼻を覆いたくなるような嫌なにおいはして来ない。それは、このウェスアと言う街がとても清潔な街であるということを表していた。

 もしも、大司教の事件が起きていなかったら、いや、アルサスたちが気ままな旅行者だったら、その清潔で美しい町を心行くまで観光したいところだが、今はたくさんの者たちに追われる身。観光など、もっての外だ。

「わたし、重くありませんでしたか?」

 不意に、ネルが言う。一瞬何のことだか、アルサスには分からなかったが、どうやら体重のことを言っているようだ。

「リュックより軽かったよ」

 アルサスは微笑みながらそう答えたが、実際のところ、走るのに夢中で、ネルの体重など覚えていない。しかも、背中に密着したネルの柔らかな感触を思い出すと、アルサスまで恥ずかしくなってくる。

「はいはい、そこ。二人でラブラブしない!」

 魔法杖を掲げるルウが、振り向き様に、キッと鋭く睨みつけて、頬を赤らめる二人を冷やかした。

「ら、ラブラブなんて」

「してませんよ!」

 慌てて声をそろえて、否定する二人を他所に、ルウはずいずいと地下水道の奥へと分け入っていく。ルウにおいていかれては敵わないと、アルサスとネルはその背中を追いかけた。

「それにしても、教会の地下室に牢屋があるなんて不思議ですね……」

 と、天井を見上げてネルが言う。確かに、聖なる場所とされる教会に似つかわしくない施設だ。しかし、その疑問には、ルミナス魔法学校の図書室でいやと言うほど知識を詰め込んだルウが答えてくれる。

「昔々、ボクらのお祖父ちゃんお祖母ちゃんの、そのまたお祖父ちゃんお祖母ちゃんよりも、ずーっと前の世代のころ。ベスタ教には、ふたつの宗派があったといわれてるんだ」

 メモ書きの地図を片手に、分かれ道を曲がりつつ、ルウが語る。

「ひとつは、女神アストレアさまこそが唯一の神であり、すべてのことは女神さまのお導きであるとする宗派。もうひとつは、アストレアさまは『白き龍』人間の世界に使わした魂のひとつであるとする宗派。お互いに、二つの宗派は主張を譲らず、一時は戦にまでなりかけた。その頃に、白き龍派が、ウェスアの地下に牢屋を作って、アストレア派の人たちを閉じ込めたんだ。その後の結果は知っての通り、白き龍派が論争で敗れて、異端派として追いやられてしまった」

「白き龍……それって、センテ・レーバンに伝わる伝説の?」

 アルサスが驚いて、そう口にしたのも無理はない。ベスタ教の信仰が薄いセンテ・レーバンに伝わる伝承と、ベスタの古い宗派に奇妙な接点が生まれたからだ。

「多分、無関係じゃないと思う。ベスタ教の歴史を研究してる学者さまの中には、センテ・レーバンの伝承は、ガモーフを追われた白き龍派の人がばら撒いた話が元になっているんじゃないかと言っている人もいる。要は、白き龍派の成れの果てが、センテ・レーバンの伝承ってこと」

「センテ・レーバンに、ベスタの異端派がねえ。途方もなく、昔のことだ。俄かには信じがたいな」

「ボクもだよ、アルサス。でも、民族は違っても、ガモーフもセンテ・レーバンも同じ地平でつながってる。ありえないことじゃないと思うな。そんなことよりも、ほら、見えてきた」

 突然、ルウが明かりを通路の先に向けた。そこには、ぼんやりと浮かび上がる小さな階段がある。どうやら、その先が、教会堂の地下につながっているのだろう。

 三人は用心を重ねながら、その階段に足を掛けた。使われなくなって久しい石の踏み板は、コケがびっしりと生えている。ともすれば、足を取られて転げ落ちてしまいかねない、と思ったアルサスは、ネルの手を引いた。やがて、何段もの階段を上り詰めると、頭上に扉が現れる。頭上に、と言うのは、普通の扉とは違い、上に開くようになっているからだ。

「物音はしないな」

 耳をそばだてていたアルサスがそう言うと、ルウは頷き返して、扉を押し上げた。錆付いた金具が金切り声のような音を立てるが、幸い木製の扉は、子どもでも容易に開けられた。

 そこは、壁に立てかけられたいくつかの燭台の、薄暗い明かりだけがともる、地下室の一番奥まった場所だった。眼前には、鉄の格子で仕切られた牢屋が、不気味にいくつも並んでおり、地下水道から這い出したと言うのに、なおもじめじめとしており、人間の生活臭が篭っている分、地下水道よりも居心地が悪い。

「見張りはいないよ。きっと交代の時間なんだ」

 と、ルウが声を殺して囁く。今度はアルサスが頷き返した。

「じゃあ、今のうちに、大司教の閉じ込められている牢を探そう」

 そう言って、アルサスは両側を牢屋に挟まれた通路を、慎重に歩いていく。どの牢屋も、最近使われた形跡はなく、格子も扉も、錆付いてしまっている。ただ、その一番入り口に近い牢屋だけは、少し違った。真新しい南京錠が掛けられ、格子もきれいに錆が落とされている。何故なのか考えるまでもなく、そこがウルドの閉じ込められている牢だった。

「あんたが、ウルド・リー大司教か?」

 格子の間から、牢の中を見やって、アルサスは問いかける。すると、牢の隅で静かに正座する男が顔を挙げ、小さく頷いた。彫りの深い顔をした、壮年の男。しかし、ぼろ布を纏っただけのみすぼらしい格好とは裏腹に、その瞳はよどみなく、アルサスたちを見据えていた。

「あなた方は、どなたですか?」

 少し枯れた声で、ウルドが尋ねる。

「善意の第三者ってやつ。頼まれて、あんたをここから、救い出すためにやってきた。すぐに出してやるから、ちょっと待ってろ」

「私を、ですかな……?」

 明らかに訝るような視線。アルサスは、その視線にニヤリと笑うと、ポケットから魔法カードを取り出した。それを南京錠にあてがうと、静電気のような光が、バチっと音を立てる。

「魔法で封印が掛けてあるな」

 案の定と言った具合に、アルサスは呟いた。カードを離すと、南京錠の表面に現れたのは、魔法文字。手錠や鍵などによく使われる、封印の魔法暗号だ。しかも厄介なことに、何重にも複雑化して、暗号が重ねられている。警備の薄さには、この南京錠が絶対に破られない、と言う自信があるからだろう。

「封印を解いてる暇はないな。ルウ、この鉄格子、さっき鉄柵を壊した時みたいに、魔法でぶち破れるか?」

「無駄だ。この鉄格子には、魔法障壁が込められている。内側からも、外側からもあけることは出来ない。そなたたちの、心遣いには感謝するが、交代の見張り番が来る前に、ここを立ち去りなさい」

「そんなっ。だめです、大司教さまをこんなところに閉じ込めておくわけには行きません!」

 普段大人しいネルからは、想像もつかないくらい大きな声を上げる。両手で格子戸を掴み、無理矢理引いてみるが、当然ネルの華奢な腕ではびくともしない。

 と、そんなネルの姿を申し訳なさそうに見つめていた、ウルドがあることに気づき、瞳を大きく見開いた。

「銀色の髪……あなたは、まさか、『銀の乙女』!?」

 ウルドの視線は、ネルのつややかな銀色の髪に注がれていた。そして、何故か身分も下、歳も下の少女に向かって、ムシロに額をこすりつけて、深々とお辞儀をしてみせる。それは、あまりに滑稽な姿だった。

「大司教さまは、わたしの事をご存知なのですか? もしそうなら、教えてください! わたしに眠る『奏世の力』とは一体何なのですか? もしも、わたしに使命があるなら、どうか導いてください」

 虜囚となってなお、ベスタの大司祭である、ウルドなら何か知っているかもしれない。その期待は、ネルの胸のうちで大きく膨らんだ。だが、それを破裂させるかのように、地下への階段から足音が聞こえてくる。衣擦れにあわせて、鎧ががしゃがしゃとこすれあうこの足音は、ウルドを捕らえた神衛騎士団の見張り役だ。

「まずい、交代の見張りが、帰って来たぞ!」

 アルサスは慌てて、ネルの手を引く。しかし、ネルとしては、ここですべてを知りたい。アルサスの手を振り解き、じっとウルドを見つめた。

 次第に足音は近くなってくる。アルサスは剣を抜き、ルウは魔法杖を構えた。

「あなたが、ご自分の事をわかっていないのなら、そのままひっそりと生きることが、この世界のために……いや、あなたのためになる。だが、どうしても、ご自分に隠された秘密を、そして世界の真実を知りたい、その覚悟があると仰られるなら、銀の乙女よ、ここより北、クァドラ山脈とアトリア連峰の狭間にある『エントの森』に行きなさい」

 ウルドは、静かに顔を挙げ、その淀みない黒い瞳で、導きを欲するネルに応えた。まるで、それが大司祭としての最後の仕事だとでも言わんばかりに。

「さあ、お行きなさい」

「でも、大司教さま!!」

「私は、ここで果て、女神まの元へと召される。わたしは、友である法王さまを裏切った、不忠者。一度の裏切りは、二度の裏切りを生む。やがて、わたしは女神さまをも裏切ってしまうかもしれない。そうなる前に、ささやかながら、あなたの幸せを祈りながら、死ねるわたしもまた、幸せです」

「死ぬことが幸せなんて……」

「いつか、あなたにも分かる時がきますよ。さあ、ぐずぐずしていたら、見張りの者に捕らわれてしまいます。赤い瞳の少年よ、早く銀の乙女を!」

 ウルドはアルサスに向かって、命じるような口調で、逃げるように促した。アルサスは、一瞬だけウルドに目を向けた。そうか、ウルドが虜囚に(おとし)められ、こんなじめじめした牢屋に閉じ込められてもなお、淀みない瞳をしているのは、大司教としての覚悟があるからだ。そのことに気づいたアルサスは、ウルドに頷き返して、ネルの手を引く。今度は振り解かれないように強く引っ張る。

 ネルはやや抵抗を見せた。だが、ルウの「行こう、お姉ちゃん!」と言う言葉に、名残を惜しむようにアルサスに従った。

 再び、地下水道へと舞い戻る。アルサスがその扉を閉めた瞬間、見張りの交代が地下室に戻ってきて、間一髪だったことを、アルサスたちは知らない。そして、ウルドが瞳を伏せ天井に、いや、そのはるか頭上にあるであろう星空に向かって、アルサスたちの無事を女神アストレアに祈ったことも、アルサスたちは知らない。

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