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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第一章
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2. ギルド・リッター

 ギルド・リッターは、ギルド協会に所属する、戦士ギルドである。各国の腕に覚えある者たちが集まり、戦争や自治に武力介入する。言い換えるなら、傭兵集団と言ってもいいだろう。そんな彼らの表向きの仕事は、空白地帯の警備である。

 空白地帯とは、センテ・レーバン王国、ガモーフ神国、ダイムガルド帝国、それぞれからの街道が合流する地点のことである。この周囲半径五十クリーグは、どの国家にも属さない空白領地であり、当然統治するものがいない。そのため犯罪の温床になりやすい場所でもあり、誰かが未然に犯罪を防ぐ必要がある。そこで、どの国家にも所属しないギルド協会が自主的に治安維持を買ってでている。その治安維持の一翼を、ギルド・リッターが担っていると言うわけだ。

「おい、起きろっ!!」

 突然の声に、馬車の御者は意識を取り戻した。まだ頭の中が朦朧としている。空から少年が降ってきて、積荷をよこせと言い、少年は目にも留まらぬ速さで、御者との間合いを詰めて、膝で御者の無防備な腹を抉り、剣の柄(柄)で後頭部へ一撃。内臓が飛び出しそうなくらいの衝撃と脳を揺さぶるような痛みのあと、意識が飛んだ。

 あの体術はどこかで見たことがある。しかし、思い出せない……。

 馬車の荷台を見回してみると、少年の姿も積荷の少女もいない。あの娘は、センテ・レーバン親衛隊から直々の依頼があって、センテ・レーバン王都へ運んでいた大事な積荷だ。それを、あんな十六、七の小僧に奪われたと思うと、ムカムカしてくる。今からでも、曲刀を振り回して追いかけて、あの小僧の首を刎ねてやらねば気がすまないほど、はらわたが煮えくり返る。

「こいつ、ゲモック・ラボンです。顔に見覚えがあります」

 誰かの声がするのに気づいた、ゲモックはっきりしない意識で、自分の周りを見回してみる。三人の人影がこちらを見下ろしているようだったが、まだ視界がはっきりしない。つよく頭を打たれたために、脳がグラグラしているのだ。

「ゲモックって、あの裏ギルド『運び屋』の?」

 と、別の男の声。それに続いて、最初の男の声がする。

「ああ、ギルド協会に属さず、頼まれれば、ご禁制の品でも兵器でも運ぶ、違法集団だ」

「ゲモック・ラボン!! 辻馬車を騙って何をするつもりだったの? 言いなさい」

 最後に聞こえたのは、女の声。しかも、なかなか色気のある声だ。どんな顔をしているのか、人目拝みたい。そう思ったゲモックの視界に飛び込んできたのは、白銀の鎧だった。

「げぇっ! お前らギルド・リッター!」

 思わず、ゲモックは叫んだ。すると、色気のある声をした女が、ゲモックの首筋に細身の剣があてがう。ゲモックが想像したとおりの美女だ。歳の頃は、二十代後半。やや褐色の肌は、南の帝国ダイムガルドの人であろうか。ギルド・リッターの鎧に包まれてはいるが、ゲモック好みの凹凸のはっきりしたスタイルをしている。しかし、女の目は、ゲモックのことを、汚いものでも見るかのように冷たい。

「ご名答。わたしたちは、ギルド・リッター遊撃警備隊一番隊。わたしは、隊長のフランチェスカ・ハイト。何があったのか正直に話せば、死刑にならないよう、本部に嘆願してあげてもいいわ。その代わり、一生ブタバコ暮らしでしょうけどね」

「フン! あいにくだが、何も話すつもりはない。おまえらこそ、俺を捕らえたりしたら、センテ・レーバン親衛隊か黙っていないぞ」

 脅しのつもりで、ゲモックが言うと、フランチェスカは短く溜息をついてあきれたような視線をゲモックに投げかけた。

「こいつ、アホね。依頼者の名を軽々しく口にするなんて。いいこと、ゲモック? ギルドは何者にも、強制されない。しかも、ここは、空白地。センテ・レーバンの名を出したところで、どうにもならないのよ。ベイク、ランティ。こいつを拘束して。ダイムガルドの支部へ連行するわ」

 フランチェスカが、細い顎を振って、部下の男たちに何事か命じる。すると、部下の一人ベイクと呼ばれた筋骨隆々の男が、ゲモックの腕に手錠をかけ、ランティと呼ばれた細身の男が、呪文を唱えて魔法の鍵をかける。それは、ゲモックが少女に施した魔法の手錠と同じものだ。この手の魔法の手錠は、呪文が暗号化されており、それが分からない限り解くことが出来ない仕組みになっている。

 見れば、フランチェスカの足元、少女が座っていたあたりに、手錠だけが転がっている。どうやって、あの空から降ってきた少年が少女の手錠にかけられた鍵を解いたのか、ゲモックには分からなかった。

 その外された手錠には、フランチェスカも気づいていた。

「どうやら、こいつ、人買いの真似ごとをするつもりだったみたいね。まあ、詳細は、支部でたっぷり聞かせてもらうことにしましょう」

「隊長。あのエイゲルは、どうします?」

 ゲモックを強引に立たせたベイクがの問いかけに、フランチェスカはしばらく考えると、ランティの方を向いて、

「こいつを襲わなかったところを見ると、お腹いっぱいだったんでしょう。でも、用心に越したことはない。ランティ、後でエーアデの魔法を使って、別働隊に連絡を取ってもらえるかしら? エイゲルの警戒は別部隊に任せる」

 と指示を与え、もう一度、足元に転がった手錠に目を落とした。

「センテ・レーバンの親衛隊が、裏ギルドとつるんで、人買い……まさか?」

 フランチェスカの呟きは、ベイク、ランティにも、ふてくされた顔で連行されていくゲモックにも、聞こえてはいなかった。


 悠然と広がる草原に、ぽっかりと森が見えてくる。アトリアの森と呼ばれるそれは、万年雪の被るアトリア連峰の麓にまで広がる広大な森林地帯だ。一度森に入れば、アトリア連峰にたどり着くまで、コンパスが効かなくなるほどの樹海であり、追っ手から身を隠すにはうってつけだった。

 また、森を抜けた先のアトリア連峰は、大陸の中央を南北に分けるように横たわり、北の国センテ・レーバン王国とガモーフ神国の国境線を築いている山脈地帯だ。その中でも、最高峰シェラ山は「天下の険」と呼ばれるほどで、センテ・レーバンにとっては、アトリアの森と併せて、国土を守る天然の要害でもある。

「ここまで来れば、大丈夫だろう」

 と、アルサスは森に分け入ったところで、足を止めた。ちょうどそのころ、あの御者の男ゲモック・ラボンが、ギルド・リッターに拘束されたとは、知りもしない二人は、そろって、背後に目をやる。もちろん、土煙も、追っ手の気配もない。

 そもそも、コンパスの効かないこの森に、好き好んで入ってくるような人間がいないことは、アルサスにも分かっていた。つまり、この森は、本当の意味で、センテ・レーバンやギルド・リッターの警備が及ばない空白地といえる。だから、ここをトンキチとの合流ポイントに指定したのだ。

「あの、手を……」

 銀色の髪をした少女が、恥ずかしそうに俯いて、アルサスに声をかけた。そういえば、馬車からずっと手をつないだままだった。すっかり、アルサスの手も、少女の手も汗ばんでしまっている。

「あ、ああ、ごめんっ!! その、歳の離れた妹がいるから、つい手をつなぐのが癖になってて……」 

 アルサスも、何故か赤くなりながら、少女の手を離した。妙な沈黙が、二人の間に流れ、森の梢をさわさわと揺らす風の音と、鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。二人とも十六の年頃の少年少女だ。異性の手を握ることに、慣れてはいない。

「えっと、ネルだったよね。君の名前」

 アルサスは、沈黙を打ち払うように、言った。

「あ、はい。ネル・リュミレです」

「改めて、自己紹介するよ、俺はアルサス・テイル。一応、こんななりしてるけど、ギルド・リッターじゃない。いってみれば、レイヴンかな?」

「レイヴン?」

 聞きなれない単語に、ネルは思わず小首をかしげた。ちょうどその時、森のうっそうとした枝葉の間から、鳥の鳴き声が聞こえてくる。それを耳にしたアルサスは「トンキチだ。合流地点へ急ごう」と言って、その問いかけには答えてくれなかった。

 森を歩くには、ネルの帽子もワンピースの服も邪魔で仕方がない。枝や蔓に引っかかってしまうからだ。もともと、ネルの服装は、ガモーフ神国でも高地にあるラクシャの村の服装である。ラクシャは酪農で生計を立てる村で、特に「リャマ」と呼ばれる、赤羊の放牧が盛んだ。ネルが着ている、カチュアのワンピースと箱型の帽子も、リャマの毛皮で出来ており、乾燥寒冷気候の高地での生活のために作られている。そのため、森を歩くようには作られていない。

 だけど、前を歩くアルサスが、ネルのことを気遣って、剣で枝や蔦を切り、道を拓いてくれる。ネルは、アルサスの背中を追いかけながら、彼が何者で、なぜ助けてくれたのか、それを尋ねるのは後にしよう、今はこの命の恩人を信じよう、と思った。

 さらに小一時間ほど、森の深部へ分け入ると、どこかから水音が聞こえてくる。

「もうすぐだよ」

 アルサスの言葉どおり、茂みを掻き分けた二人の前に、森の中を流れる小川が見えてきた。そのあたりは、木々がなく、広場のようになっており、静かで、森林の匂いと、わずかな木漏れ日が当たる。休息をとるにも適した場所といえるだろう。

 なぜコンパスのきかないこの森で、アルサスは迷うことなくこの場所に来れたのか。それには、ちょっとした仕掛けがあった。

「トンキチっ、いるんだろう? 降りて来いよっ!!」

 ネルの傍でアルサスが空に向かって声を張り上げる。その声に反応するかのように、突然上空より強い風が吹き降ろしてきた。アルサスは髪を、ネルはスカートと帽子を押さえる。すると、森の木々の隙間に見える空を、巨大な影が舞う。あれは一体なんだろう、と思う間もなく、より強い風が広場を覆うドーム状の木々をバサッと掻き分け、その開いた口から、二人の目の前に巨大な怪鳥が舞い降りてきた。

「きゃっ!!」

 ネルは、思わず悲鳴を上げてしまった。

 翼を広げた体躯はゆうにヒトの三倍はあろうか。赤茶色の羽毛に覆われ発達した胸筋、長い猛禽のクチバシ、鋭くとがった爪。外見は荒野鷲によく似ているが、鷲というには、あまりにも巨大で恐ろしい。しかも、驚いたことに、鷲は怯えて震える少女の姿を見とめると、口を利いたのだ。

「おんやぁ、めんこい娘さんじゃ。アルサスよ、おぬしが助けたいと言ったのは、この娘さんじゃったか」

 ぬっと黒い瞳が近づいてきて、ネルの顔を覗き込む。今にも、そのクチバシでつつかれるのではないかと、ネルは泣きそうな顔になった。

「トンキチ、そんなに顔近づけるな。ネルが怖がってる。悪い魔物と勘違いされてるぞ」

 ネルの手をそっと握って、ネルが安心するように微笑んで見せると、アルサスは巨大な鷲に苦言を呈した。すると、巨大な鷲……トンキチは、翼をまるで手のようにして頭をぽりぽりとかいて、少しだけバツの悪そうに笑った。

「いやぁ、すまんのお。あんたの、銀色の髪が珍しゅうて、つい顔を近づけてしもうた。堪忍じゃ。わしは、トニア。トンキチと呼んでくれて構わん」

「あ、あの。あなたは……?」

「見ての通り、魔物じゃ。エイゲル族といって、アトリアの峰に住む、魔物じゃ。じゃがの、安心せい、わしはあんたを食うたりはせん。悪い魔物じゃないからの」

 と、言って、まだ怯えた瞳のネルに、ガハハとトンキチは笑った。その笑い方は、故郷のラクシャに住んでいた、羊飼いの老人そっくりだった。

 ネルはトンキチのような巨大な鳥を見るのは生まれて初めてだった。トイフェルと呼ばれる魔界の住人、すなわち魔物がこの世界にはたくさん棲んでいることは知っているものの、ラクシャの付近には、ごくまれに、ヴォールフと言う三つ目の狼が、ネルたちの飼っている赤羊を襲いに現れる程度だった。それでも、大事な家畜を襲う魔物は悪の対象であり、同時に、人を襲う魔物もいると聞いたことがある。

「ふむ。言葉では伝わらぬこともあるか。人間は、信頼を得るために、握手のだったな。ならば、仲直りの握手じゃ、娘さん」

 トンキチが、翼の先端をネルの前に差し出す。ネルは、恐る恐るその羽を手に取った。

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